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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第二章 奔走する少年と少女

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第60話 母、登場

 仕事としては成功だが微妙なしこりを残した結果に終わった襲撃計画より早二日。
 日課である鍛錬を終えて戻ってきたアルセスとティエナは朝食を摂りながら目下の問題に向き合うべく知恵を絞っていた。

「魚が煮崩れするくらいに溶けた二日目のスープって独特の味わいがあるよな」
「確かに旨みが濃厚な感じであるのは否めませんが現実から目を逸らすのはやめません?」

 パンをちぎりながら的確に指摘するティエナにアルセスはため息をつきながらも情報収集担当の団員が集めてくれた日替わりの仕事表に目を通す。
 広間に置いてある掲示板の内容をそのまま写したものなのだが、情報収集の過程で集まったいわゆる「仕事」の一覧表であり、進捗状況なども細かにまとめられているものだ。

「……くそう、軒並み金になりそうな仕事は取られてる。というかエモンドは稼ぎすぎだろ!」
「どうせあの種馬の事ですから貢ぎすぎて素寒貧なんでしょう。今回の仕事の報酬もきっとツケを払ったらなくなるんじゃないですか?」

 だがアルセス達の仕事に対する意欲とは裏腹に現在主だった仕事の大半が団員たちに受注されており、即金になりそうな手頃な仕事の空きは殆ど無かった。
 ギルドからの細かな依頼、王都全般で買取の対象となっている素材など、身元が不定でも報酬を受け取れる仕事となるとある程度数は限られるような印象を受けるが、そこは蛇の道は蛇というべきか。裏には裏の仕事が転がっているもので数は多いのだが、今回はそれ以上に受け手が多過ぎた。
 リストの載った紙を避けて手早く食事を済ませるも、方針が纏まらずに二人は食後のコーヒーを飲みながらどうにかならないかと頭を捻るが名案は浮かばない。

「……もういっそ、しばらくは休みという事にしてどこかにお出かけしません? アルセス」
「そうしたいのは山々だが、色々と細かい備品の補充をしたいからなあ……爆弾系をここ最近で結構使ったし」
「むー、それくらいならわたしがアートでいくらでも代用を――」
「そもそもデートするにしても資金が無い。交通費すらないから近場を歩くくらいしか工夫できないんだよなあ」
「わたしはそんなお金のかからないデートでもいいですが! いいですけど……うん、地味なデートばかりというのもわたしという格を下げてしまうかもしれませんね。ひいてはアルセスのも」

 という建前でティエナは真剣に検討するが、その本音は。

(うー! 今のは割と本音なんですけど、そういうデートばっかりだとアルセスが申し訳なさそうな顔をするからゆっくり楽しめないんですよね! お金のかからないデートというのは偶にだからいいのであってそれに甘えてばかりなのは男の甲斐性に関わる、ってアルセスは気を使って考えちゃうからぁー!!)

 という互いの気遣いの結果、あまりお金を使わないのも問題のある二人だから、という理由なのであった。
 どこまでもお互いを尊重しあうカップルである。少々度が過ぎた点が無くもないが。

「うーん、やっぱり困ったさんになってるみたいねえー?」

 と、そんな二人にほんわかというかやんわりという表現が的確なおっとりした女性の声がかかった。
 二人は揃って声の方に振り向くとそこには予想通りの人物がやはり予想通りの笑顔で立っていた。

「フィオネじゃないですか。こんな時間に珍しいですね。いつもは遅めに起きるのに」
「そうそう、そうなのよティエルちゃん。今日ね、今よりちょーっと早くに目が覚めちゃってね。二度寝しようと思ってウトウトしてたらふわぁ~ってアイデアが湧いてきたのよ! 忘れないうちにって仮デザインだけまとめてたら眠気もどっか行っちゃってね~」
「道理で義母さんがこの時間なのにハキハキしてると思ったよ」
「アルセスくんたらひどいわ~」

 ちっとも困っているようには見えない態度で文句を言う女性はフィオネ・ダンセイル。
 長い赤毛のストレートな髪を伸ばし、背中の辺りでリボンで結んだだけというシンプルな髪形だがこれがルガーの一番の好みだと知って結婚して以来ずっと同じヘアスタイルを貫いているという事実を知っているのは家族だけである。
 本人は質素なロングスカートのワンピースにエプロンという至って普通の主婦の格好をしているが、ダンセイル一家の主に服飾面での仕事を一手に担っており、場合によっては変装用の衣服すら用意するほどの裁縫の腕を持っている。実用化されて久しい機械式のミシンなども使いこなしており、デザインから型紙作成に至るまで全て我流だが、その出来は職人のそれに劣らないという腕前である。
 何よりこれを本人が服や小物を作るのが好きだから、という趣味の範囲内で続けてきた結果身についた技術だと言うのだから尚更である。それでいて基礎を疎かにした訳ではない
 すらりとした全体的に細身の身体はとても荒事をメインに据えている一家の一員、それも団長の妻には見えないがこれで護身術の心得まであるというのだから驚きである、が。

「もう、そんな事を言う子には今日は時間があるから焼こうと思っていたスコーンをあげないわよ? 私、昨日からちゃんとジャムも用意していたのにー」
「先程の発言は全面的に撤回しますのでそれはご勘弁を」

 可愛らしく腰に両手を当てて膨れる年齢不詳の義母の兵糧攻めの前にアルセスはものの数秒で屈した。
 仕事に行き詰ったり作業が捗らない時などは別のことをやるに限る、という主張の元に磨かれた調理の腕もやはり素晴らしく特に菓子の類は絶品を生み出すほどだった。

「むぅー、フィオネがアルセスを餌で誘導します。卑怯ですー」
「ティエルちゃんも男の人を側に捕まえておきたかったらこういう風にするのよー」
「勉強になりますね!」

 むくれていたかと思いきや言葉一つで機嫌を直す安い少女ティエナ。お前ら別れるようなことあんの? という周囲の団員たちの疑問の視線はさておき、フィオネは二人の向かいに座る。

「ところで二人ともやっぱりお仕事を探してるみたいだけど、良いお仕事がないんじゃない?」
「やっぱり、って事はルガーから一通り事情は聞いたんですね?」

 ティエナの質問にフィオネはそうなのよー、と今度は本当に困った顔をした。身内にも団員にも甘いおっとり妻で通っているが厳しい面もしっかり持ち合わせているのだ。ルガーの所業については問題ありだと彼女は判断したようである。

「全くねー。男親は娘には甘いっていうけど今回の件はちょっとやりすぎよね。安心してね、二人とも、お母さんガッツリやってやったから」
「聞くの怖いんだけど何をやったの」

 大体の想像はつくのだが一体どれをルガーが食らったのかが気になったのでアルセスは若干怖れつつも尋ねてみた。フィオネはえへん、と胸を張って答える。こういう仕草を天然でやるから、彼女は想定される年齢以上に若々しく見えるのだが。

「レイリアと二人でルガーを正座させてお説教してしばらくお酒を禁止にしたわー。ティエルちゃん、もしもこっそり飲んできたんじゃないかしら? っていう時は調べるのに協力してね?」
「ええ、外で飲んできたっぽい時は呼んで下さい。成分検査のアートで体内アルコールを検知しますので」

 何と恐ろしい、とアルセスは肩を震わせて身震いした。
 ルガーは大の酒好きだ。それこそ本アジトには自慢の貯蔵室を持っているし、この仮アジトにも倉庫の一角に専用のスペースを設けている。
 もっとも鍵を管理しているのはフィオネだ。いわずもがな「こういう罰」の際に隠れて酒を持ち出すのを防止するために。
 だが、この手の罰はそれこそ監視する者達の目さえなければいくらでもすり抜けられる。酔わない程度にちびちびと、酒の匂いを感じさせない程度に外でこっそりと、など抜け道はいくらか存在する。
 それをあらゆる方向から塞ぐのがご存知ティエナの豊富なアートである。
 体内に存在する成分から特定の成分だけを検知する、呼気に含まれるアルコール濃度を測定する、などといった分野での調査をも可能とするティエナならではの調査方法の前では飲酒など絶対に不可能なのだ。
 最後の手段はそれこそ泊りがけで一日以上留守にすることだが、罰則期間の間にそれをやった場合には妻と娘からさらなる精神攻撃によって追い詰められることを知っているルガーは遂に無駄な抵抗は諦めたのだ。

 それでも念の為にとティエナに頼んでおくあたり、フィオネもルガーが魔が差す可能性を捨てきれないのだろう。長年の付き合いがあればこその理解であった。

「ま、親父のあれは自業自得だからいいとして……もしかして義母さん、何か頼み事?」
「そうなのよー。あ、心配しなくて良いわよ。ちゃんと私のポケットマネーから報酬は払うし」
「リーンやレイリアならともかく、フィオネから直接お金をもらう仕事というのは少々気がとがめるのですけど」
「ティエルちゃんはそういうところ可愛いわよねー」
「いえ、単にフィオネには借りが多すぎると言いますか……その」

 これでアルセスを除く大半の人間にはともすれば傲岸不遜な発言の目立つティエナであるが、唯一彼女が頭が上がらない存在がフィオネである。
 リーンやレイリアも少なからず助力しているが、女という身体である以上、知識以上に実生活において色々と未熟な点があった頃にまさしく様々な救いの手を伸べてくれたのがフィオネなのだ。
 決してティエナはそれを口にはしないだろうが、彼女がフィオネに向ける感情はまさしく母親に対するそれであろう。その溢れる母性からなる頼もしさと、母親ならではの厳しさを知るが故にティエナは口では何のかんのと言いつつも、フィオネに対する畏敬の念は少なからずあるのだ。

 まさしく母は強し、という言葉を身をもって体現した女性、それがフィオネというダンセイル一家に咲く一輪の花なのだ。そうでなくてはティエナから遠慮などという配慮を引き出すことは出来ないだろう。

「まあ、正直大して金にならない仕事をやるくらいなら義母さんの手伝いをした方がマシって状況だから、一応話を聞かせてくれるか?」

 なので及び腰のティエナに代わってアルセスが話を進めることにした。これで義母として接した時間も長くなったアルセスにとって必要以上の遠慮はむしろ彼女に怒られると考えたからだ。

「うふふ、ありがとうアルセスくん。と言っても難しいことじゃないのよ。ちょっと欲しい素材があるんだけど、今ちょっと市場だと品切れ状態なのよね」
「一体何がですか?」

 ティエナが尋ねるとフィオネは困った顔で答える。

「染料なの。今仕上げている服に使いたい青の染料なんだけど、仕入れていたお店に大口の注文が入ったとかで在庫まで切らしちゃったそうなの」
「他の店のじゃ……ダメなんだろうなあ、義母さんの事だから」
「そうなのよー。一応試したんだけど、私のイメージからちょっとズレた色に染まっちゃうのよねー」

 衣服を染めるという作業はこれで意外と繊細だという事をアルセスは知っていた。
 加減やら材料やら、果ては使っている衣服の素材まで実に色んな条件で変化するものらしく、アルセスにはどう判断しているのかは分からなかったが、フィオネが妥協しないことだけは理解している。

「でもお話を聞いたらね、その染料の材料の一部が足りないだけらしくて」
「その一部を融通したら作ってくれるって話なのか?」
「そうそう、そうなのよー。でもねぇ、その素材がちょっと大変なのよー。魔物の骨粉なんですって」

 染料にどう関係があるのか、と頭を抱えそうな素材だがアルセスもティエナもそうなのか、と言わんばかりに納得していた。成分、というのは本当何処の何に含まれているか分からないものなのだ。

「王都郊外の平原で時々群れで現れる狼の魔物の骨らしいの。粉にするからそこまで量は多くはなくていいんだけど……ほら、最近は色々と物騒で色んな仕事があるから冒険者の人とかに頼もうと思っても報酬が安いから中々人が来なくてそこの店主さんもちょっと頭を抱えてるみたいなの」
「仕入れの業者とかに頼んでいる人ではないんですね?」
「元々は近場で集まる素材でいい色を出そうって考えた職人さんだそうよ」

 ティエナの言うように細かい素材を組み合わせて染料を作ってるのならば出入りの業者がいてもおかしくなさそうであったが、こういう状況では報酬が安い仕事は確かに敬遠されるだろう。実際アルセスも実入りが少ないと意図的に避けていたくらいなのだから。
 とはいえ、こればかりは依頼人が義母とあっては報酬の安い高いの問題ではなくなった。

「まあ、それくらいなら日帰りで帰って来れる範囲だし構わないよなティエナ」
「そうですね、ついでに小銭になりそうな素材も取ってきましょうか」

 そんな二人の返事にフィオネはありがとう、と笑顔で喜ぶのだった。
 
なおスタイルの一部に関してはレイリアが突然変異なのであって
フィオネもどちらかというとリーン寄り(何が
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