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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

序章 旅路の宿場街にて

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第5話 代償


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 係わり合いになるのも面倒だと判断し、二人は件のオーファクトの破壊を確認した後、名も知らぬ加害者でもありオーファクトに踊らされた哀れな被害者でもある男をその場に放置してこっそりとホテルにまで戻って来ていた。
 近くを兵士が巡回していたし、そもそも男の服は返り血で黒く染まっていた。
 男が正直に自供するか、それとも記憶があやふやの可能性もあったがとりあえずこれ以上切り裂き魔の被害者が出ないと分かったのならば、それ以上の結果を二人は求めなかったのである。
 そうして二人は旅先のホテルの部屋でリラックス中という流れになっていた。

「ふふーんふーん♪ お風呂上りにこうしてアルセスを小間使いのように使うのは格別ですね~。ああ、身体を手に入れてよかった、と実感する貴重な一瞬です~」
「何故入っている間と上がった後でこうも態度が急変するのかね、うちのお姫様は」
「ほらほら、アルセス~もっと丁寧に! 慈しみと畏敬の念を込めて!」
「髪乾かすだけなのに慈しみはともかく畏敬は感じねえよ」

 などと言いながらすっかり手馴れた手つきで女性用のヘアブラシと低温のドライヤーとを使い分けてティエナの輝く金色の髪を整えて行くアルセス。その表情には嫌々やっている節は欠片も感じられず、ティエナもまたご機嫌なのを隠そうとしない。
 主従、という関係ではある。現状、ウェバルテインのマスター権限はアルセスにあり、その気になればティエナを一方的に支配する事も可能ではあるのだ。その許可を――他ならぬティエナが出しているので行使することに何も問題は無い。
 だが、その実、言動だけ聞けば立場は逆のようにも見えるし、或いはそもそも単純な上下関係にも見えないのがこの二人の不可思議なところでもある。

「だけど、くすぐったがりなのはいい加減どうにかならないのか? 身体洗わせておきながらくねくね動かれるとやりにくいんだけど」
「あ、あれはアルセスの手つきがいやらしいからだと何度言えば!」
「……女の身体洗ってて無心になれってのは無茶じゃねえ?」
「け、決してわたしが敏感肌だからだとかそういうのじゃないんですからね! そう! 全てはアルセスの邪念がわたしを身悶えさせるからなんですから!」
「……いや、だから自分の身体を考えろと」

 アルセスの身長も同年代の少年と比べると標準よりやや高いという自覚があるが、ティエナはそんなアルセスより拳一つ分くらい身長が小さい。
 にも関わらず形、張り、感触とそのすべてにおいてこの上ないと断じれる自信をアルセスに抱かせる胸部を筆頭に、しっかりとくびれを意識させる女性らしいラインを維持した腰つきから理想的な曲線を描くヒップラインへと続く。
 肉付きは本当に文句のつけようが無い女性らしさに満ちており、どこを触っても超一級品とは男性で唯一触れる事を許されたアルセスの評価である。
 そんな少女と風呂を共にし、なおかつ身体を洗わせておいて平然としていろ、というのは土台健康な少年には無理な話である。
 もっともこんな文句でさえティエナにとってはコミュニケーションの一環であり、アルセスもまた彼女の言葉の裏の真意をしっかりと感じ取っている。傍目にはまるっきりそう見えなくとも、この二人は互いに意思の疎通はしっかり為されているのだ。

「よし、これで仕上がりっと」
「ふふふ、いい仕事っぷりですよー、アルセス。さて、ではでは、今度はわたしが褒美を与える番ですかね」

 アルセスの使い古しのシャツを手直したのを着込んだだけのティエナが腰掛けていたベッドの上に上がりアルセスと向き直る。少し袖が余っているばかりか、ボタンを二つほど外しているので豊かな双丘の谷間が目に飛び込んでくるというとても扇情的な格好なのだが、アルセスは心の動揺を押し殺した。
 旅の最中の仮宿などでは、ティエナはもっぱら寝間着はこの格好だ。凝った物を持ち歩くのは面倒だと言うのは本人の弁であるが、果たして言葉どおりの意味かどうかは疑わしい。
 ティエナは舌なめずりを一つすると、アルセスに抱きつくように顔を近づける。アルセスもまた、ティエナの細い身体を抱え込むように迎え入れた。
 そしてしばしの間を挟んで二人の唇がゆっくりと重なった。

「ん……」

 ティエナの吐息が艶っぽくそして熱が篭もるようなものに変わり、アルセスもまた彼女を受け入れるだけでなく舌を重ねながら言葉無き逢瀬を重ねて行く。
 酷く長く、極めて短い、どちらとも断言できぬような夢のような一瞬が過ぎ、二人はどちらからともなく身体を離した。

「……はふぅ……どう、ですか、アルセス? 身体に異変は無いですか?」
「……強いて言えば熱っぽい」
「……それは今の行為にお互いちょっと燃えただけじゃないかと……って毎回毎回そうやってはぐらかすのやめませんか?」
「俺だってストレートに気持ちよかった、って返すのは恥ずかしいんだよ、分かってくれ」
「言っちゃたら意味無いですけどね……」
「とりあえず、身体に異常は無いよ。いつも通り――元通りだ」

 生命の譲渡(ライフチェンジ)

 魔剣の主であり、最古のオーファクトの擬似人格でもあったティエナは肉体を得たことで単なるワンダラーとは異なる異能を備えているが、この能力は元々――身体を得る前から所持していた力の一つだ。
 所有者であるワンダラーが魔剣や魔剣の力の行使に伴って剣に捧げた生命力を持ち主に返還する能力。
 事実上、ウェバルテインのデメリットを帳消しにする規格外の異能である。
 この能力を備えていながら、何故ウェバルテインには恐ろしい逸話がついて回るのか?
 その理由は単純だ。今までの所持者がただ一人の例外も無く――ティエルライーナ姫に認められた所持者ではなかったからだ。
 そもそも、擬似人格のようなものを備えたオーファクトの例は知られていない。
 ウェバルテインは適性があればこそその力を振るえるが、リミッターとしての側面も持つティエナに認められていない所持者はいずれ必ず破綻する。命の力とはそう容易く回復するものではない。

 必要に迫られて。
 力に溺れて。
 手に入れた物を守るため。

 理由は様々であったが、魔剣がもたらした栄光ゆえに多くの所持者達は戦いから逃れることが出来ず、その戦いの果てに自らの命を使い尽くし死ぬ。それが魔剣ウェバルテインの持ち主の逃れえぬ定めであった。
 それでもなお、使う者が後を絶たなかったのは――人の業ゆえか。
 流れに流れて、アルセスがかつて住んでいた村にウェバルテインが流れ着き、彼が手にするまでその死の宿命から逃れられたワンダラーは一人も存在しなかった理由がこれだった。

 ティエナの身体の維持にはアルセスの生命力や心気は関係ない。
 ウェバルテインの基盤そのものが破壊されるような事があれば危うくなるだろうが、それも人格しか持たなかった頃の話。
 身体を得た彼女は自身の存在をウェバルテインとアルセスの二つに紐付けしている。
 ウェバルテインが仮に故障に至っても、しばらくは存在の維持が可能であり、その間に修理さえしてしまえば再び元通りという状態にまで長い年月をかけて自身の存在を変質させた。それほどまでに彼女は自身の存在というものをアルセスというたった一人の少年に預けているのだ。

「昔は味気なかったのに、今はちょっとだけ楽しいですよ、この力」

 昔というのはまだ短剣に宿っていた頃の話だ。あの頃は単にもらった生命力を増幅し、ただ返すだけであり、アルセスから何かをしたりする必要は無かった。
 それと比すれば今の主流となっているこの逢瀬のようなやり取りは明らかに手間が増えているのだが、その点を指摘するのは野暮であろう。

「ちょっとだけ? その割には消耗が激しかった時は馬乗りにされた事もあるんだが」
「あ、アルセスだって獣みたいに襲い掛かってきたことがあるじゃないですか! 何でわたしだけがアブない人みたいに言うんですっ! 心外です、実に心外ですっ」
「息も絶え絶えに助けてくれ……ってつぶやいた瞬間にまさかマウントを取られようとはな」
「しょ、しょうがないじゃないですか……あんな弱った顔を見せられたらもう辛抱たまらな――ってちっがーう! わたしは! あくまでご主人様(マスター)の非常事態に慌てただーけーでーすー! 他意はありませんでしたー!」
「でも、正直突然ティエナが身体を得たときはびっくりしたよなあ」
「また、あっさりと話題を変えますねこの人は……というかあの時はわたしが一番驚きましたよ。そもそもこの姿になった理由だって生命力のやり取りにあるのははっきりしてますけど、この格好になったのは何でなんだか」
「だから、俺の理想が形になっただけじゃないかって事で落ち着いたじゃん、その推測は」
「ま、まあ、アルセスが良いって言うんだからそれで納得してあげます――って言ったんでしたっけね、わたし」

 そう、ティエナが肉体を得ることになったその遠因は――この儀式である。
 今となっては単なる恋人同士の睦み合いにしか見えないだろうが、アルセスが渡した生命力をティエナが自身の力として昇華、増幅させ、献上された分をアルセスに過不足無く返す。
 このやり取りを数年繰り返した頃――彼女は突如として身体を得たのだ。
 彼女自身は、人の属性を得る行為を意図的に繰り返したからだろうとは理解しているが、アルセスにも言っていないもう一つの理由が隠れている。

 ――もしも、アルセス好みの女の姿であれば、もっと違う形で彼の側にいられるだろうか。

 という、決して表には出さないだろう乙女心。
 入力情報(プログラム)として分別されていただけの女性人格は、とどのつまり恋する乙女になった。その結果抱いた願望が影響した可能性は否定できない事実であろう。ティエナは頑なに認めはしないだろうが。

「親父は素っ裸で毛布に包まってたティエナと俺を見てでかした! とか叫んだもんなあの日」
「あの時、ルガーにもしも裸を見られていたら今頃あの人はこの世には居ませんよ」
「いや、不可抗力だろ……俺が自分の部屋に女を連れ込んでるなんて微塵も思わなかっただろうし」

 何しろ当時はまだ十四になったばかりの上にティエナがその姿を現したのは一般には知られていない本拠地での事である。その状況下で縁も縁もない女性を連れ込むなどという暴挙に出ていたとしていたら仲間内の女性陣から実に冷たい扱いを受けたに違いないとアルセスは今でも身震いする。

「それでなんやかやで一緒に訓練を受けてたらあっという間に馴染んだなあ。正直このお姫様大丈夫か? ハブられないかなあって心配したんだけど」
「わ、わたしだって処世術というものくらいは理解しています。ええ、見知らぬ他人でしたらゴミのように扱ったかも知れませんが、貴方の周りの人間は幾分かマシな部類というのは短剣の頃から見てましたし」

 こうして素直に本心を認めたがらない意地っ張りな発言が性格によるものだというのを、アルセスごとウェバルテインを回収したアルセスの義父ルガーを始め、仲間内でも知られていただけに人間の属性を得たティエナは存外上手く社会に溶け込めた。
 もっとも興味の無い人間、敵対した相手に対しては冷徹なのは変わらなかったが。殺気の鋭さは元が刃物だからか、などと呟いた仲間の一人を虫でも見るかのような目で蔑んだことはアルセスの記憶に新しい。
 そんな懐かしい話をしたからだろうか。それとも儀式の疲れか。
 二人は同時にあくびをして、アルセスは立ち上がると部屋の照明を消した。ベッドの近くにあるチェストの上のランプだけが部屋を照らしている。

「……そろそろ寝るか。明日には王都入りだし」
「そうですねー。お金にならない仕事までして無駄に疲れましたし、さっさと寝るとしましょうか」

 横になるアルセスの隣に当然の様にもぐりこむティエナ。
 借りた部屋はツインである。当たり前だが、ベッドは隣にもう一つある。そもそも二人で寝ることを想定したベッドではない為、若干手狭なのだがティエナは全く気にした様子を見せなかった。

「常日頃から崇めよ讃えよと言いながら、甘えてくるのはなんでなんでしょうね、ティエナさんや」
「ちーがーいーまーすー。これは、あくまでウェバルテインの姫として、主であるアルセスのアフターケアに必要な行為であり、断じてわたしの願望などではないのですー」
「ほほう、しかしてその理由は?」
「か、身体が冷えてはいけないから」
「……素直に一緒に寝よう、と何故言えないのか」
「そ、そんな、はしたない事、女の子から言わせるとかアルセスは鬼畜ですかっ!」
「えぇー……それ以上の事をやる時は、思い切って言うのに何故――」
「た、ただ一緒に寝たい時と、そ、そーいう事をする時では気分とか勇気とかそういうのが違うんですっ! はい! はい! いいから寝ますよ! 明日も早いと言ったでしょう! 姫命令です! 絶対なんです! アルセスは逆らっちゃダメなんですーっ!」

 完全に駄々っ子のそれで、理屈も何も合ったものではないわがまま以外の何者でもない。
 だが、背中に引っ付かれて見えない彼女の顔はきっと羞恥で真っ赤になりながらも何とか絞りだした声に違いないことをアルセスは知っている。
 知っているから、彼は毎回こう応えるのだ。

「ああ、逆らうもんか。ティエナの頼みなら、な。大抵の事には頷いてやるさ」

 そう呟いて、彼はランプを消した。

※ 本日20時にもう一話更新します。
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