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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第二章 奔走する少年と少女

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第58話 忍び寄る闇はいくつ

「ふん、頭だけじゃなくて身体のほうも頑丈でよかったですね」

 アルセスですら背筋の凍るような一斉射撃を放ってなおティエナはやや不機嫌であった。
 日はすっかり落ち辺りが赤から黒へと変わろうかという空を背後に仁王立ちで不敵に立ちはだかるティエナを見て、指一本動かせずに膝をつくフレリクは鬼女か何かだろうかと思わんばかりだった。

「……身体が起こせねえな。だっていうのに意識だけははっきりしてるから身体のあちこちが痛くてしょうがねえ……」
「当然じゃないですか。話を聞くだけ聞いてやるっていうのに、息も絶え絶え、意識が朦朧みたいな状態の相手に尋問なんて効率の悪い。喋れる程度に、しかし抵抗は一切出来ないように調整するのがどれだけ大変だったと思ってるんですか」

 あれだけの攻撃を受けてなお気絶せずにフレリクがかろうじて意識を保っているのはそういう理由だった。
 綿密なダメージコントロール。ティエナであればこそ出来る芸当にフレリクは同情の意味を込めて呟いた。

「おい、小僧。お前組む相手間違ってねえか」
「生憎この娘の殺気が俺に向けられる事はないんで、むしろ最高の相棒だよ」

 彼女に対して誠実である限り、その刃が自分に向けられる事は無い。
 そう確信しているアルセスからすればティエナがどれだけ残虐行為を行おうとも信頼も愛情も損なうことは無いだろう。
 ある種、妄信的でもあるこの関係。ある者はバカップルと呼ぶのだが。

「そもそもテクニックで生き延びる技巧派相手に同じ土俵でアルセスに戦ってもらったのは時間稼ぎですからね。相手の得意分野を自分の得意分野で潰す、それが一番簡単じゃないですか」
「世の中、それが出来る奴ばっかりじゃないからな?」

 ティエナの言う事は正しいが、火力で圧倒する相手を搦め手で潰す、搦め手が得意な相手を圧倒的火力で潰す、持久戦が得意な相手にその防御力を上回る攻撃力で潰す、など対抗手段としては考えうる方法ではあるがそれを簡単に為せないからこそ特化した能力者というのは強いのである。
 誰もがティエナのように引き出しが多い訳ではない。だからこそ得意技を磨くのだが。

「さて、こっちとしても時間が惜しい。せっかく繋いだ命だ。約束通り話せる事は話して――」
「アルセス、下がってください!」

 どうして、とは聞かずアルセスは思い切り地を蹴って後ろに下がりフレリクから距離を取った。
 瞬間、彼の周囲から延びてくるのは――闇だ。
 一切の光も景色も通さぬ黒。ティエナの力の権限である黒い光とはまた別種の何かが今までアルセスが立っていた場所をあっさりと塗り潰した。
 身構えるようにウェバルテインを構えなおすと同時にアルセスの耳が捉えたのはエンジン音。側の岩山の影から高速で疾走してくるのは逃げたと思っていた相手の車であった。
 戦いに気を取られていて位置に気づけなかったか。しかし、それでもティエナの感知にすら引っかからなかったのは何故か? という疑問がアルセスの脳裏に過ぎったが今はそれを気にする場合ではないと頭を切り替える。

「ティエナ、丁度良い! あの車を――」
「いいえ、ダメです! それよりもこっちへ!」

 自分が気づいていない何かに気づいているのか? とアルセスはその疑問を口にせず素直にティエナの側に駆け寄った。
 すると次から次へと不規則に現れるのは黒い何か。小さな円形の影のようなものが地面を動いているかと思えば、そこから突如巨人の腕かと見紛うような巨大な腕が現れて周囲を薙ぎ払う。
 それも一つ二つではなく、まるでアルセスとティエナを包囲するかのように次々と自走する腕だけが影から現れては近寄ってくるのだ。
 形勢逆転。
 アルセスはあっさりと敵に主導権を奪われたことを自覚したが、それでもなお打開策を探ろうと周囲に気を配る。
 こちらが警戒している間に、小さな影の腕に運ばれて車に放り込まれたのかフレリクの姿はその場に無かった。代わりに運転席から興味深そうにこちらを窺っているスーツの男とアルセスは目が合った。

「……ふむ……堅気の者には見えないがさりとてただのチンピラの集団でもない……奇妙なオーファクトの使い手という事から察するに――梟の目か?」

 ラークオウルの存在を知り、なおかつその手の者かと問いかける男の声はあくまで自然体。
 探るような台詞でありながら、半ば確信しているかのような物言いにアルセスは返す言葉が見つからず沈黙で返した。

「……まあ、いずれ目をつけられるのは分かっていましたし答えてもらう必要はありません。かろうじて商談にも間に合いそうですし、商会との契約はこれで一区切りですからね」

 暗にこれ以上商会を探ったところで出る物は無いと告げると青年はまるでアルセス達の徒労を笑うかのような笑みを微かに浮かべていた。
 癇に障る、とアルセスが睨み返すが男の方は意に介さない。まるでこの程度の手合いは慣れている、かと言わんばかりに。
 間違いなく情報を持っているであろうこの男を逃がしたくは無いのだが、動けば即座に反応しそうな自身の身長を遥かに上回る巨大な腕に囲まれていてはアルセスも迂闊には動けない。ティエナも大技の反動で準備が整っておらず、防御は可能だがアルセスを送り出す事もできず男の乗る車に近寄るには非常にタイミングが悪かった。

(……俺達がフレリクを殺さないこと、ワンダラーがアートを使った後に生じる反動の時間、果ては割り込む位置まで計算づく、か?)

 アルセスは表情の読みにくいスーツの男を一際強く警戒する。
 これら全てが彼の望んだ盤面だとしたら、誘導された自分は完全に負けている、と。
 ジリ、と僅かに足を動かしただけで目の前の腕の内、二本が反応してアルセスの進路を塞ぐ。大人しくしている分には構わないが、動くのならば容赦なく叩き潰す。そんな意思が見て取れる行動だった。
 これではティエナが心機述構(グリモワルアート)で打開するのも難しいだろう。ティエナは今、アルセスを守るための防御用のアートを展開中だ。これを解除した時点で相手はアルセス達を制圧できる上に、そもそも相手の能力が未知数だ。ティエナは既にこの黒い腕の詳細をある程度掴んでいたが、相手の手の内がこれだけだと確信するには至らない。
 結果として二人はこれ以上の追跡は不可能だと諦める他はなかった。だとすると、次に考えるべきはこの場からの撤退だが、スーツの男の能力ではあるのだろうが、この腕の群れはアルセス達を包囲してはいるが攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
 どうしたものかと策を巡らせていたアルセス達だったが、この状況を動かしたのはスーツの男の方だった。

「若いなりに功を焦って動くかと思いきや冷静ですね。それだけ強力なオーファクトを持ちながらも、慎重に事を運ぼうとするあたりは……臆病だと罵られそうなものですが」
「蛮勇で捨てる命は持ってないんだ。特に――一得物を使いこなしていそうなワンダラー相手にはね」
「成るほど。どうやら経験も豊富なようだ。こうして会話をしながらもなお――私を出し抜こうと策を巡らせている辺り、抜け目の無い素養も持ち合わせている。フリーのワンダラーならば是非とも引き抜きたい逸材ですね」
「悪いけど既に専属契約済みでね。そういうのは他を当たってくれるかな」

 仕方ありません、とスーツの男は肩をすくめるとパチン、と指を鳴らした。
 するとまるで地面に沈み込むように影の腕が次々と消えていく。その姿はまるで地の底から蘇った怨霊が帰って行くかのような不気味さを感じさせた。

「貴方が賢明なお陰で無駄な力を使わずに済みました。ですので、一つだけ情報を差し上げましょう。貴方の上司か、或いは組織の古株の人間にツテでもあるのでしたらこうお伝えなさい。『太陽に仇なす者』が帰ってきた、と」
「太陽に……それは一体――」

 なんだ、と尋ねようとしたアルセスの言葉は続かなかった。
 背後から大きな破砕音が響き、そちらに一瞬視線を向けたからだ。
 視界の先には真ん中から豪快に潰された自分達の車の姿があった。既に姿は無いが、まるであの巨大な腕が力強く拳を叩きつけたかのようなそんな破壊のされ方である。
 そして同時に車を一気に走らせてスーツの男とフレリクは遥か彼方へと向かっていた。日もすっかり落ち始め、間もなく夜の闇が周囲を包むだろう。仮に一時的に身体強化して走って追いかけようとしてもとても追いつける距離ではない。

「……まんまと一杯食わされたか」
「おまけにこっちの足まで壊されてますもんね。まさかわたしの冷静さを欠くまでが相手の思惑の内ですかね?」
「それはないだろ。初対面の相手が何をしたらブチ切れるか、なんて読めてたまるかよ」

 戦闘でこそ勝利はしたが結果として相手は逃亡を成功させた。手痛い負けの上に苦労も合ってアルセスの声はやや沈んではいたが、相手のお情けとはいえ得るものはあった。

「太陽に仇なす者……か。ティエナは何か聞き覚えあるか?」
「いいえ、わたしは人間の歴史まではさほど頭に入ってませんので。厄介事の類であろうことは否定しませんけど」
「違いないな。とりあえず……夜の荒野は冷える。適当な岩山の影に入って救助を待つか。無線機で連絡しようぜ」
「そうですね。そういえば……今の内に言い訳を考えておいた方が良いですよ、アルセス? 車を一つおじゃんにしてしまいましたし」
「……不可抗力だろ、これは」
「報酬はパーですかね」
「多分な。はぁ……くそ、この借りは絶対に返してやる」
「いいようにあしらわれましたからね……ま、それはそれとして。とりあえず休みましょう、アルセス。車の中身自体は無事ですから。毛布とか出さないと」
「そうだな……二人で暖まりながら待つとするか」
「も、毛布は確か一つしかなかったですからね! くっつくのはしょうがないですよね!」

 そうしてティエナの力で距離を大きく伸ばした無線機で何とか連絡をつけ、救援に来たエモンド達とアルセスはその二時間後に合流するのだった。


 ★


「……怪我は相当きつそうだな、フレリク」
「……キツいなんてもんじゃねえな。それこそあちこちから激痛がしやがるのに、何時まで経っても寝れやしねえ。あの女、どういう痛めつけ方をしてやがるって感じだったな」

 後部座席に転がったまま、フレリクはそうぼやいた。下手に喋れるのと外傷がそう多くない事から重傷ではないように一見見えるが、実際は少し姿勢を変えるだけでも彼の体には激痛が走るのだ。

「運がよかったな。もう少し日没が遅かったら君を助けようなどとは考えなかった」
「むしろ見捨ててもらってもよかったんだがねえ。どうせ俺はろくに渡せる情報はもらってねえしよう」
「確かに君の口から洩れても困るような情報は無いな」
「なら、なんで来たんだよダンナ」

 フレリクの問いにスーツの男はしばし黙考する。
 そして、何か答えが思いついたかのように小さく呟いた。

「生憎と君ほど仕事熱心でなおかつ腕が立つ護衛というのがそうそう転がっていないのでね。助けられる可能性が高いからその方が楽だと思ったまでだ」
「あれだけの事が出来るワンダラーに何で護衛が必要なのか理解しかねるが……あ、イテテテテ!」

 ガタン、と大きく揺れた車内でフレリクが苦痛に思わず呻いた。
 スーツの男は気にせずに会話を続ける。

「前に説明したとおり昼間は無能なんだ。夜という僅かな時間でしか使えぬワンダラーゆえに臆病なくらいでないと生き残れないのさ」
「じゃあ夜だけ仕事してりゃあいいんじゃねーのか?」
「それが出来るほど人手が無いのさ。特に私は組織に入って日が浅いのでね。信頼を積み重ねる為には日夜問わず働かねばならん」
「世知辛い話だな」
「世の中とはそういうものだろう。表も裏も変わりは無い。人が集まって作り上げた組織だから柵もあれば駆け引きもある。人間とはな、自分の住んでいない世界の事をまるで遠い場所の様に思いを馳せるものだが、何のことは無い。人が生きる場所という事では大差ないのだよ」

 それをスーツの男は知った。かつての日常から違う日常へと進んだが故に。
 日の当たる場所から月の浮かぶ夜の世界へと住み替えた時に。
 その夜を住処とする影の住人を従える技と道具を手にした時に――

「まあ、そんな考えをしていたから使えたのかもしれないな。この私のオーファクト『暗夜を彷徨う影(ナイトストーカー)』をね」

 
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