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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第二章 奔走する少年と少女

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第53話 デクトマンド商会

 王都ゼルダンタのビル街の一角。
 中規模の会社の三階建ての雑居ビルや、新聞社などが居を構えるビル群の通りに並んでいる一つ。
 五階建てのビルの最上階、そこにやや質素なビジネス用の机の上の報告書を眺める男と、背筋を伸ばした黒服の男が神妙な面持ちで会話をしていた。

「ぬう……それでは両方とも輸送車が襲撃されたというのか」
「はい、それも相当の腕利きの連中のようで。加えて予め待ち伏せをされていたかのようなタイミングの襲撃、完全に我らの計画が漏れていたと思われます」
「……裏切りの可能性は?」
「無い、とは言えません。ですが、元より少々急ぎすぎていた計画でした。搬入、移動、車の手配など準備段階の内どこかから嗅ぎつけられた可能性は否定しきれないかと」
「その挙句、危ない橋を渡ったというのに肝心の品が根こそぎ奪われたというのではな。忌々しい……一体どこの手の者だ……?」

 最近浸透しつつあるという紺のビジネススーツを着込んだ中年の男は苛立たしげに眉をひそめると、側近の男が持って来た報告書をグシャリと握りつぶした。声を抑え努めて感情が表に出ないようにはしているが内心では腸煮えくり返っているのがよく分かる。

 デクトマンド商会アルデステン支部、支部長モース・ヘクセン。

 ビジネスマンとしての腕は二流。しかし荒くれや傭兵を使っての力に物を言わせた商売ならば少々腕のいい悪徳商人。それがモースという男を簡単に現す表現であろう。
 ただこの男、一昔前のいかにも危ない人間を使っての脅迫や押し売り紛いの商売には手を出していない。
 法整備が徐々に整いつつある現代において、そうした昔ながらのビジネスは全て犯罪として簡単に検挙される時代だ。わざわざ目立つように暴れるなどと早々に見切りをつけるだけの先見の明は持っていた。
 彼はそうした人脈を表舞台から隠しつつ、顧客がギリギリのラインで「被害者」とならないような商売によって財を築いた。

 土地を安く買い叩いたとしても、脅迫の結果ではない。所有者がデクトマンド商会以外に売りようがなかっただけ。
 粗悪品を高く売り付けたとしても、強要した訳ではない。購入者に納得して金を払ってもらっただけ。
 相場よりも少々高い賃貸契約を結ばせたとしても、詐欺を行ったわけではない。書面上の契約書には何ら問題は無く契約者も合意の上だ。

 近年、裏稼業に身を置いていた者の中では栄華と没落の差は激しくなっている。
 昔ながらのやり方から脱却が出来ず、次々と構成員が逮捕され弱体化する組織がある一方で、まだまだ完璧とは言い難い法の網の隙間を潜り抜ける方法にシフトする事に成功した組織はライバルを蹴落とす形で大きく生長し、裏のマーケットを牛耳るなど裏社会の勢力図の変化も時代の進歩と同じように波乱の時代を迎えているのだ。
 デクトマンド商会はその例で言うなら成功した組織であろう。商会というのも細々とした裏稼業の組織の人員のはみ出し者や弱体化した組織をそのまま吸収し、適材適所で「仕事」を与えた形に過ぎない。
 モースは本来ならば纏まりようのなさそうな連中を上手く纏め上げた功労者と言って良いだろう。実際、人の配置をはじめ仕事の割り振りに関しては「紹介本部」からも評判がよく、彼が支部長の地位につけたのはその世渡りの上手さであると内部では噂されるほどだ。

「計画書の方は片割れが奪われたか。半分が手元に残っているならば仔細が割れることまではないだろうが……今回の取引がご破算になった損失の方が大きいな……」
「黒狼団の連中も言う程たいした腕ではなかったという事でしょうか」
「そう評価するのは早計だな。むしろ奴らを蹴散らせるほどの人員を揃えられるところが動いたと判断すべきだ」
「しかしそれでは……東の連中ですか? 最近はウチのシマにも目をつけていると聞きますが」
「いや……奴らではない。風の噂では奴らは地元の組織とまだ覇権を争っていると聞く。海を挟んだこちらにまで手を出す余裕はあるまい。抗争が終わっていたのならば話は別だがな……」

 いかに外国での抗争の話とはいえ、モースの情報網にはその件が落ち着いたという話は聞いていなかった。
 間違いなく今回の件は国内、それも相当力を持った組織の手によるものだとモースは断定した。
 その理由は今回の輸送計画はそもそも事前準備にさほど時間をかけていない。発案から実行にかけての時間はおよそ一週間ほど。この短期間に急ごしらえで立てた計画を嗅ぎつけ、そこから無駄なく襲撃する手筈を整えるには、この近辺に足場の無い組織には無理だろうという予測からだ。
 だが、モースにとって今急いで考えるべきはそこではない。

「……まずは先方に取引場所の変更を申し出る事を伝えろ。今回の襲撃で計画書の一部が持ち去られたのでケースBの手法で改めて連絡する、とな」
「畏まりました。奪われた商品の補填については?」
「……北門を通るルート一つに絞る。金を握らせた憲兵が次に仕事に入る日に合わせて車を入れられるようすぐに輸送計画を見直すように伝えるんだ。引き続き黒狼団に護衛もさせる。今度はしくじるなと奴らに念押ししておけ」
「はっ、承知しました!」

 黒服の男は委細をまとめると一礼してモースの部屋を後にした。
 ビジネス重視なのか派手なのは好まないのか、モースの仕事部屋はそれこそ堅気の企業や会社の執務室などと比べても遜色なく、強いて高価そうな品といえば丁度彼の頭の上に当たる位置になる壁にかけられた鹿の剥製だろうか。他にも置いてある調度品の類はビルの規模からいえばどこでも見かける程度の品で、裏稼業の人間の部屋というには地味だ。

「……今回が本命ではなかったからよかったものの、黒狼団の連中ですら相手にならぬか……ならば商会の実働部隊では相手にもならんな。取引の日には少々金が動くがもっと腕の立つ連中を雇うべきか? 後はもう少し利用できそうな連中も引き込みたいが……この国の憲兵共は真面目なのが多過ぎる。賄賂の類もしにくくなったものだ……会長の嘆きにも納得だわい……」

 誰に聞かせるでもなくモースは一人呟く。
 ただでさえ資金繰りに困ったところにこの被害である。加えて仕掛けてきたのが何処の誰なのか、全く当たりがつけられぬこの状況に彼の頭痛はますます酷くなる。

「ええいっ! 何が近代法改定だ! ワシらみたいな人間にとっちゃますます住みにくくなるだけだ! ああ……ただ単に金を脅し取ってれば済んだ時代が懐かしい……だからこそ今回の取引にはワシが出向かねばならんのだが……ああ、どうしたものか……」

 なんとも身勝手な事を叫びながらモースは手元の書類を見ながら仕事を進めていく。
 支部長という立場であれど、こうした細かい仕事からは逃れられはしないのだ。


 ★


「……ということなので、一応慎重には動くつもりらしいですけどあんまり頭は良くない感じの人みたいですね」
「いっそ清々しいくらいの馬鹿ならこっちも動きやすかったんだが、そこまで酷かったらそもそも一つの支部の長なんか任せられないか」

 会話の内容まで拾ってきた詳細な情報を諜報担当の団員から受け取ったアルセスとティエナはすっかりお気に入りになったカフェでそのような話をしながら午後のティータイムを堪能していた。昼食が遅めだったというのにティエナは既に二つ目のケーキに手を伸ばしている。アルセスはコーヒーだけだ。幸せそうなティエナを見ていれば満足、という訳ではなく甘い物が入るほど空腹ではないという理由だが。
 相変わらず寡黙な老人のマスターが一人で切り盛りしているカフェだが、寂れているわけでもなく、かといって賑やか過ぎるほど人が入るわけでもなく、親しんだ客だけが各々の時間をゆったりと過ごすのを歓迎するかのような雰囲気が気に入ってアルセスはすっかり常連であった。
 そして片時も彼と離れないティエナも同類なのであるが、彼女の場合は例えアルセスと一緒であっても気に入ったメニューが無ければ一度は難色を示す。示すだけで彼女が理不尽な我侭を通す事はないが。あくまで「自分は気に入らない」という点は伝えなければという意思表示なのである。

「どうしましょうか。わたし達も動いて情報を集めてみます?」
「うーん、ギルドとしては取引現場を押さえて流通経路を探りたいって話だからなあ……泳がせたいのは山々だが、足取りが掴めるかどうか」

 聞いた限りでは具体的な方法そのものは洩らさなかったようなので、何時、誰が、どのようにして、取引相手に日時や手段を伝えるのかが具体的に絞れない以上、アルセス達が尾行及び追跡調査を行うのは難しい。それこそ電話を使われたのならば、商会の誰を見張っていれば良いのかという話になる。
 専用のメッセンジャーが必要な仕事という訳ではないし、それこそまともな仕事の合間に紛れて誰かが情報をやりとりする、となると追跡のしようが無い。商会の構成員全員を見張る事は不可能なのだから。
 アルセス達の手札には光学迷彩(ステルス)を始めとした諜報活動に向いたアートもあるにはあるのだが、どれもアルセスやティエナが直接ターゲットに接触するかある程度相手が絞れていればこそ活用出来るもので、不特定多数の人間を見張るようなアートやオーファクトは手持ちに無かった。
 ルガーの方でも手は打っているそうだが、今は少しでもギルドに恩を売っておきたいアルセス達としてはやれる事は全部やっておきたい。そう思って動いたのだが、どうも相手の出方待ちでは分が悪そうだという結論に至った。

「なら、仕方ない。商会長さんには出来る限り動いてもらう事にしようか」

 ククク、と押し殺した笑いを浮かべるアルセス。その表情は邪悪の一言に尽きた。真っ当な好青年が浮かべるような笑みではない。ティエナは半目で彼を睨みつつも目の前のケーキを口に運ぶ。

「なーんかまた変なことを思いついたみたいですけど、どうするんですか?」
「何、取引とやらにはその支部長さんが出向くのは絶対条件っぽいだろ? だからこそ日時と場所が洩れるのを嫌ってる節がある」
「大きな取引だとしたら部下に任せて後はよろしくってワケに行かないですもんね」

 お互いの組織のメンツというものがある。下手な人選で行っては相手の顔を潰してしまいかねない事態にも発展する事がある。この辺は何故か表の政治でも裏の社会でも似たような事をやっているのは何の因果だろうかとティエナが不思議に思う点であったりする。

 相手の家格に釣りあうような人選を行う事で外交をスムーズに行う政治。
 相手に舐められないように対等な立場の人間を立ち合わせることで行う裏社会の取引。

 世の中の表裏一体とはこの事か、などとティエナは結論付けているが言いえて妙である。

「ちょっと脅し文句の書かれた手紙でも置かれてたら――そりゃあ警戒するよなあ?」
「あー……散々ビビらせていざ取引に行く時には大量に護衛を連れて出かけさせようってことですか?」

 それなら確かに支部長を見張ってるだけですぐさま動きに気づけそうだが、アルセスはそれだけじゃない、と首を振って否定する。

「奴がよっぽど慎重なら護衛を増やしたり外部から戦力を呼び寄せたりと派手に動くはずだ。動けば動くほどボロが出る。その辺も含めて諜報員に探ってもらえば、今回みたいにルートや取引場所が割れるかもしれないだろ?」
「ああ、そういう事ですか。単に一日中見張ってもらうだけじゃなくて、わざと隙が出来るように派手に動いてもらおうって事ですか」
「そういうの俺達なら楽にこなせるからな。引きこもってコソコソ動くつもりなら――こっちはバレないように突っついてみようじゃないか」

 まさしく篭もるならば出てこいと外から脅しつけてやろうというのだ。
 やや及び腰になっている相手にさらなる仕打ちを加えるという中々に悪辣な手であるが――

「相手が既に引けない状態になっているところにどうあっても動かざるを得ない状況を作る、ですか。ふふん、それはちょっと楽しみな仕事ですね。あ、でもやりすぎたらダメですよね?」
「ああ、直接支部長に被害が来るかのような文面はダメだな。適度に、しかし軽視はされない程度に脅すくらいじゃないとな」
「匙加減が難しいですねえ。いっそ、怒らせるような内容の方がいいかもしれませんよ?」
「そうか、そっち方面で挑発する手もあったか」

 ティエナも悪巧みは好むので全く問題は無かった。
 二人であれこれと楽しそうに相談を始めるが、会話の内容までは聞こえないマスターには相変わらず仲睦まじい二人だ、としか映らなかったという。

そういう小賢しい手が大好きな二人です。
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