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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

序章 旅路の宿場街にて

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第4話 少年と姫 その力

 野次馬の作る人垣に紛れつつ最前列とまではいかないが、しかし状況を確認できるくらいの位置まで進んだ二人は目の前の光景に眉をひそめる。
 街灯の灯りの下のせいではっきりと分かる血の赤。うずくまってしゃがみ込む若い女性と、ただオロオロするばかりで落ち着きの無い男性。カップルかどうかまでは分からないが知人同士の男女の片割れを犯人が襲ったであろうことは明白だった。
 悲鳴があがってさほど時間も経っていないのに、既に武装した兵士が数人で現場を固めていることから、街の主も警戒を強めていたであろうことが窺える。
 兵士の装備も金属性の篭手やすね当てに胸当てでしっかりと急所をカバーし守れる防具に、腰には拳銃とサーベルとこの世界の標準的な武装を備えており、少なくとも平和ボケの雰囲気は微塵もない。

 銃火器に分類される兵器が一般化して以降、それらを扱う事を前提とした銃闘術なる武術が編み出される一方で、近接武器の類は――むしろ衰退する事無く切磋琢磨するかのように進化している。
 拳銃は携帯に便利かつ人間相手では――少なくとも闘法などに精通した者でもない相手であれば極めて強力な殺傷力を秘めた武器になる。魔物相手であってもそれは同様だろう。戦う術を持たない商人が小型の魔物に襲われた際に護身用に持っていた拳銃のお陰で命拾いをした、などという例もある。

 だが、それはあくまで標準以下の戦闘能力や身体能力を持つ者相手に限られる。

 大半の国では武具の販売及び所持に関しての制限を設けている国は殆ど無い。
 これは時代の進歩と技術の発展がまだまだ多くの民に安全を提供しきれていない証左である。国も街も防衛には力を注いでいるが、一歩その庇護下に及ばない場所や状況に陥った場合には自分の身は自分で守らねば、という自衛心を捨てられるほど、完全に安全な場所というのは残念ながらこの世界には殆ど無い。

 故に武具の類の進化もまた科学技術には負けていない。

 銃火器の普及にともない全身を覆うようなプレートメイルを始めとした重装備は瞬く間に姿を消したが、代わりに防刃や防弾を前提とした強化繊維による衣服と手首、足首、心臓といった致命的箇所を守る金属製の防具というのは戦闘に携わる者のポピュラーな装備としてあっという間に浸透した。
 一方で重装備と共に姿を消したクローズドヘルムの類に紛れるように頭部全体を覆うような兜の種類は減少傾向にある。少なくとも、周辺に居る兵士達は頭部上部を覆うだけの金属製のサレットを身に着けており、防御力よりも身軽さを重視しているのが見て取れる。
 それでも彼らは普段の見回りでは視界を確保する事を目的にサレットまでは身に着けないことが殆どであるし、兵士達の規約にも強制はされていない。
 では平時とは違う慎重な装備の理由とは。

「……また通り魔だってよ……」
「やだ怖い……ねえ、早く帰りましょうよ」
「兵士達も殺気だってんな……まあ、同僚も二人やられてるしな……」
「どっから来たんだよ、この辺明るいのに誰も犯人の姿を見てないっておかしくないか?」

 わざわざ尋ねなくとも噂話を拾うだけである程度の状況をアルセスとティエナは理解する。
 先程レストランで聞いた話は事実のようで、鍛錬を積んだ兵士すらも傷つけるような危険な通り魔が潜んでいるとなれば慎重にもなるだろう。
 やがて肩口を押さえていた被害者の女性は、兵士の女性に付き添われて車に乗り込み男の方も慌てて後を追う。巡回用の強化ガラスに厚めの金属製ボディの車が去っていったところで、周囲の野次馬に散るように指示する兵士達。
 自分達も被害者になりかねない、という不安を隠しきれない野次馬達も散っていき、その流れに沿うように二人も一先ずはこの場を離れた。

「どう見る? ティエナ。被害者の人、出血こそ派手だったみたいだけど致命傷には見えなかった」
「ええ、後ろから左肩辺りを深めにバッサリ、ですね。身体に傷が残りそうなのはお気の毒ですが命があっただけでも良しと考えるべきでしょう」

 女としては同情するがそこまで深入りはしないティエナの言葉は聞きようによっては冷たく感じるかもしれないが、彼女を昔から知るアルセスにしてみれば被害者として慮っているだけマシというものだ。
 自身の扱われ方からして無理もないのだが、ティエナは本当に人間というものに対して冷たいのである。アルセスを始めとした周囲の人間でさえ極めて稀な例外だと本人が断言するほどに。

「オーファクトの残滓みたいなのは?」
「ちゃーんと調べたわけでは無いですから断言は出来ませんけど……ま、小物なら関わってるかもしれませんね――今もあの周辺をウロウロしているようですし」

 ティエナは明るい通りから少し外れた建物に囲まれた路地を視線で告げる。
 ()()の反応を感じ取るくらいは彼女にとっては朝飯前だ。ましてや起動中の物となれば尚更である。
 場所も分かり下手人の正体も知りたい。
 アルセスは兵士達の視線から目の届かない場所につくや表情を変えた。

「――何処に当たりがあるかは分からない。ここは一つ、しっかりと調べさせてもらおうか」
「ま、ハズレの可能性のほうが高いですけどねー。ついでに言えば賞金首でもないのにやっちゃった後はどうする気なんですか?」
「兵士の詰め所に通り魔って書いた紙でも張って放り込んどけばいいだろう。死なないようには手加減はしておくけど、正直、オーファクトに振り回されてる時点で半分詰んでるようなもんだし」
「ですね。あーあ、ただ働きとかアルセスは働き者ですねー。わたしには何かサービスしてくださいよ?」
「へいへい、後できちんとご要望を聞きますよ」

 よろしい、と横柄に頷くティエナだったが口元が緩むのを堪えようとして震えているのをアルセスは見逃さない。これだからこの相棒は可愛いのだ、と内心思いながらも表情は既に――狩人のそれだった。

「――行くぜ、相棒」
「――ええ、ご主人様(マスター)。貴方のどうぞお好きなように」


 ★


「ひ……ひひ……ひひ……血……血だ……血があれば……血があればまだ……!」

 薄汚れた衣服にところどころこびり付く汚れは――全て返り血。
 変色の度合いに差がある事から――犯行を始めてから一度も着替えておらず、その身に血を浴びることを繰り返したであろう事が分かる男が、裏通りに詰まれたガラクタを前に荒い息を吐いていた。
 猫背なのと血走った目が合わさり、まるで獣と人が混じったような異質さを感じさせる男は口元から涎を垂らしており、およそ正気には見えない。
 だらりと腕を下げた姿勢、犬を思わせる乱れた呼吸、身体が大きい事もあって夜中に影からこのような者が飛び出したら誰しも驚くだろうという風体の男の背後に、

「――悪いが()()()は今晩限りでお仕舞いだ」
「――な、誰――ほがっ!?」

 声をかけたアルセスはその男が振り向くと同時に思い切り顔面に拳を打ち込んだ。
 躊躇無く振り抜いた、技術と力の乗った一撃は男を悶絶させるには十分で両手を伸ばして吹っ飛んだ男はガラクタの山の上でさらにもんどりうっている。
 不意打ち気味とはいえ、真正面からの攻撃に対処できぬほどの体たらくの上に不健康な細い身体、にも関わらず彼は右手に握ったそれを手放す様子は無い。まるで――手放すことすら出来ないかのように。

「振り向き様に問答無用パンチとか、これで人違いだったらどうするつもりなんですかねー、アルセスは」
「ティエナの見立てに間違いはないだろ。なら、奇襲不意打ち先制攻撃は当たり前だっての」

 悪びれもせず言い放つアルセスの背中越しにティエナは倒れた男をじっくりと観察する。
 ただの観察ではない。彼女に宿る力が、知恵が、知識が、男に纏わりつく力の正体を明らかにしていく。
 しばらく黙って調べていたティエナだが、やがて諦めたように首を振って告げた。

「あー、ダメダメですね、これ。粗悪品の上にすっかり『基盤』がイカれちゃった品ですね。しかも、作った技術者も低レベル。どこでこんなガラクタにうっかり手を出しちゃったんでしょうねー」
「というかこれどう見ても……アイスピックだろ。なんでこんな形のオーファクトまであるんだ」

 アルセスとて全てのオーファクトを知っているわけではないが、その形状が多岐に渡ることは知っている。
 人間の心気に関わる機能を有しているからか、人間が直接触れて扱う類の道具の種類が多いことは知っているが日用品の形状をしている物はかなり珍しいと聞いているので首を傾げていた。

「さあ? 昔の人間が何を考えて作ったのかなんてわたし、しーりませーん。大半が無駄に丈夫だったりしますから、ホイホイあちこちから発掘されますけど――こうやって長年放置されて汚染されて単なる害悪をもたらす物になってるのも多いですよーって、アルセスは知ってますよね?」
「話としてはな。親父にも幾つかは見せてもらったことがあるが……」

 こうした人間にとって害でしかないオーファクトが持つ雰囲気というのは独特だ。
 何故単なる道具なのに、こうも不安を感じさせるのかその原理は分からないが、義父の「仕事」の関係で、こうしたオーファクトの類を見てきたアルセスにとって、このおぞましい雰囲気は初めてではない。

「証拠は無くなるが……コイツは壊しておくか。何か役に立ちそうな情報は取れそうか?」
「うげー、こんなのの『マスターデータ』を解析するとか、汚れそうで嫌なんですけどー」
「後で一緒に風呂に入っていくらでも綺麗にしてやるから」
「誰が物理的に汚れるって言いました!? そんなのは……そんなのは却下です、大却下!」

 若干の間に何を考えたのか、ティエナの頬は赤い。

「いいから騒ぐなって。とりあえずとっとと済ませて帰ろうぜ」
「誰が大声を出させてるんで――アルセス!」

 ティエナの指摘も早かったが、それ以上にアルセスもまた俊敏にその場から跳躍し倒れていた男からの奇襲を回避した。
 カツン、と振り下ろしたアイスピックが空しく舗装された道路を突く。ゆらりと男が立ち上がる様はまるで幽鬼のようで不気味だ。

「ふ……ふひひ……血……血……血だ……血がああああああ!!」

 男の目に生気は無く、顔は醜く歪んでいる。
 すっかりオーファクトの放つ瘴気に汚染されている。気の毒だが、やってきた事からは逃れられないし、アルセスもそこまで面倒を見るつもりは無かった。本人が望んで手にした訳ではないというのなら尚更その巡り会わせを哀れに思うが、そのフォローは法に求めて欲しい、とアルセスは静かに戦闘の構えを取る。

「これだけ技術が発達した中で、やれ呪いの道具だのなんだのと言う話が真面目に伝わるってのも困り者だな」
「魔物が怨霊化したり、その犠牲者が引き摺られたりみたいな事件もある中で何を言うんですか。心気の根源――いわば人間の身体に収まった精神体のような概念がある事もしっかり立証されているでしょう。一応、それらの事件に関係する法律まで整備されているのには感心しますが」
「その研究、物証やデータがあっても頭ガチガチの学派には不評の精神学の一つだけどな。法律はまあ割と救われている人はいると思うぜ? 本人の意図に関係しないところで加害者が生み出されるケースは少なくないからな」

 アルセスは全面的に信じているが。何せ隣に立つ少女自体が科学で証明できぬ「不思議な」少女である。
 しかし、狂気に狂った男を前に二人は余裕だった。
 それも仕方の無い話だ。旅の経験こそ無くとも――戦いの数や仕事をこなした数はそれなりの二人。
 いかに狂ったオーファクトを持つにわかワンダラーとはいえど怖れるに足らず。

「――悪いな、名前も知らないオッサン。運が悪かったと諦めてくれ」

 闇夜ですらはっきりと「黒」と分かる軌跡が瞬時に三つ走る。
 その発生源はアルセスの手元。いつの間に抜いたのか、逆手に構えた短剣が彼と共に鋭い刃が舞ったのだ。

 一つはアイスピックの刀身を断ち。
 二つは支配を逃れた手からアイスピックを掬い上げ。
 三つはそうして宙を舞った哀れなオーファクトを一太刀の元に破壊した。

 動いたのはアルセスの方からだ。千鳥足のような男の動きに合わせる必要は無い。自然に、まるで草でも刈るかのように気軽に――しかし怖気を走らせるほどの冷徹な短剣捌きは、武芸に通じる者が見たならば畏怖を感じるだろうに研ぎ澄まされていた。
 そしてオーファクトの呪縛から逃れ呆然とした表情の男の腹部に重い拳撃を見舞う。その動作にすら躊躇いは一切無い。男は苦悶の声すら上げる事無く悶絶し、気を失った。
 まさしく瞬殺の一言に尽きる。相応の修羅場をくぐり経験を積んだアルセスと、いかに壊れたオーファクトによる力の底上げがあったとはいえ、武術の類も収めていない一般人とではその戦闘力に差がありすぎた。
 倒れた男を見下ろすアルセスの手には鈍く光る黒い光を刀身に纏わせる黒い短剣がある。
 それは先程まで血に染まっていたアイスピックよりも怖気が走り、しかり目を離せぬ異様な魅力をも併せ持つ不思議な光で染め上げられていた。
 当然の様にアルセスはそれを腰の鞘に納めると、オーファクトの機能が失われている事を確認しティエナに振り返った。

「すっかり加減には慣れたけど、絶妙なコントロールはやっぱりティエナ任せになっちゃうなあ」
「当然です。わたしという高尚なオーファクトを、たかだか十年程度頑張った人間が使いこなせるほど底の浅い品だと思ってるんですか。アルセスはその剣を扱える事をわたしに常に感謝してくださいね?」
「勿論ですとも、勝利の女神様」
「そうでしょう、そうでしょう。アルセスもまあ、最近はすっかりいい心気と生命を捧げるようになって、使われている身としても鼻が高いですよ、ふふん」

 ご機嫌のティエナは隠し切れない嬉しさを満面の笑顔の表情で物語る。
 ウェバルテイン。
 それは人間から心気だけではなく命そのものを吸い取り原動力とする代わりに、絶大な力を与える魔剣。
 この仕組みゆえに、多くの持ち主は力で覇を唱え栄光を手にした後、命を吸い尽くされてきた。

 現在の所持者であるアルセスという例外を除いて。


※ 本日19時にもう一話更新します。
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