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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第二章 奔走する少年と少女

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第35話 穏やかに過ぎる一日

 王都ゼルダンタへの人の出入りは二十四時間体勢で厳密に管理されている。
 とはいえ、時間がかかるのは初回の手続きのみできちんと滞在を証明する許可証を持った者はほぼ自由に出入りが出来る。何せその関係であまり時間をかけられるほどゼルダンタの門を守る仕事は暇ではない。
 基本的には北門と南門にそれぞれ関所のような詰め所が用意されており、アルセス達は南門で手続きをして王都入りしたわけだが、東西に関する配慮が無いのは国防を考えての事らしい。

 王都入りより早一ヶ月以上。早くもギルドからの依頼を二つ達成したアルセスは自由な時間を手に入れたため自身の目的の為に行動を起こした。
 ただアルセスの場合、目的が壮大すぎるため何の当てもなく動けるわけではない。地道に調査をしたり、情報を精査したり、噂を集めたり、資金を稼いだり、とやる事は山積みだ。
 そんな忙しい中でも、一つだけ疎かに出来ないのは――日々の鍛錬だ。

「シッ!」

 短い呼気を吐くと同時にアルセスが跳躍する。
 ゼルダンタより少し外れに位置する森の中。
 昆虫の魔物や獣の魔物が時折現れるという事もあって、王都の治安維持の対象にもなっている木々の生い茂った場所で、アルセスはいつもの得物であるウェバルテイン――ではなく、ティエナ製(レイリアの手も入っているが)の短剣型のオーファクト「セラキア」だ。
 ウェバルテインを扱うのと同様に、セラキアによる自身の力を制限した状態でも戦えるようにと、アルセスはこの手の訓練も日課に含めている。
 朝早くから心気を使ってまで移動時間を短縮し群れる習性のある蜂の魔物『アルダンビー』を相手にしているのは、単調な訓練を繰り返すだけでは意味がないと彼自身が思っているからだ。
 小さな子どもほどの大きさのある蜂型の魔物で森などの人里離れた場所に巣を作り、群れを為して周辺を飛び回っては、人や家畜などを襲う魔物である。アルダンビーはアルデステンのある地方で独特の進化を遂げた種であり、他の地域の同種の魔物とは違って毒を持たない代わりに針や牙などの殺傷力が高いという特徴を有している。
 一対多の訓練をしようと考えていたアルセスにとってこの魔物はまさに格好の得物だ。昨晩、何気なく聞こえてきた噂を頼りに森に踏み込んだわけだが、こうも簡単に遭遇できるとは彼も思ってはいなかったが。
 アルセスがこうした特殊な訓練も日課に組み込むのは、基礎の積み重ねを軽んじているからではない。準備運動を兼ねて、一通りの短剣の技の型を繰り返すといった鍛錬を彼は欠かした事は無い。その積み重ねがあればこそ、突き抜けた才を持たぬ彼であっても強者と渡り合うことが可能なのだ。
 しかし、単一の訓練だけでは状況対応力や応用力といった力が身につかないのも事実。実戦の中でこそ磨かれる力もある事を知っているアルセスは、近場に魔物がいるならばこうした対処もまた訓練に含めているのである。
 日差しが差し込んでいればさほど暗くはならない開けた森という地形であってもまばらに生える木々は時に武器の扱いを阻害する。
 環境が違えば必要となる戦術もまた違う。
 木々の間を飛翔し、自身を包囲するように迫る巨大な蜂の魔物を相手にアルセスは木の枝から木の枝へと飛び回るという機動力を生かした戦闘を展開する。
 アルセスの跳躍力を持ってすれば、多少飛翔できる魔物と戦うのに苦はない。
 むしろ立体的な動きによる多面移動によって、蜂の方がターゲットを狙うのに困るという始末。元々敏捷性で相手をかく乱するのはアルセスの得意技であるが、この残像すら目で追うのが困難な高速移動は場所を選ばないのだ。同じような多面移動ならば、立体的な建物の中の方がよっぽどやりやすい、と断言するほどである。
 彼が飛翔し、蜂とすれ違うたびに刃が舞う。
 一つ、また一つと翅をもがれ空を飛ぶ術を無くした蜂が無様に地面に転がっていく。
 針を飛ばす個体、がむしゃらに突っ込もうとする個体、ただ翻弄される個体。
 二十数匹はいたアルダンビーは次々に数を減らし、神速の狩人によって仕留められていく。
 アルセスのダガー捌きもまた見事だが、飛来する針を避けるようにしながら、カウンターの如くクロスボウのボルトを叩き込む反射神経もまた特筆すべき点である。

 ウェバルテインを扱う時はそちらに心気も生命力も使われる事もあり、クロスボウのオーファクト「バルンティア」を常時左手に構えていることは多くは無い。せいぜい相手の虚を突く際にけん制も兼ねて数発撃つくらいだ。
 だが、セラキアのみでは攻撃力に欠けるということもあり、ウェバルテインを使えない、もしくは使わない状況においてはアルセスはダガーとクロスボウというやや変り種の武器の組み合わせで立ち回るのが基本だった。
 それ故に編み出されたのがこの的を絞らせず自身が一方的に攻撃できる状況を作る空間戦闘術。
 徹底して鍛え上げた体力とウェバルテインの扱いによって身につけた無尽蔵のスタミナを利用して行われるアルセスの基本戦術なのである。
 やがて最後の一匹になったところでアルセスはバルンティアの引き金を引いて最後のボルトを射出した。狙い違わず、正確に蜂の頭部を貫いた後、さらに接近してダガーを一閃。一動作にしか見えぬ「連撃」によって最後のアルダンビーは解体された。
 当然の戦果とばかりにアルセスはダガーに付着した虫の体液などを布で拭うと腰の鞘に仕舞った。

「さて……後は解体と売却か」

 訓練の為に討伐した魔物とはいえ、その素材は貴重だ。
 資金になるもの、素材として一家で活用するもの、どちらの用途も重要であるため、アルセスにとっては自身の財布の潤いの為においそれとは出来ぬ作業なのである。

「この間のミーシャが使っていた鞄……あれ絶対後期型のオーファクトだよなあ……どっかに横流し品でも流れてないかな。これ容量少ないしなあ」

 せっせと鞄にバラバラになった魔物の素材を詰めていくが鞄そのものの外見に全く変化が無い。
 そこへ、別の少女の手が混じる。

「今でこそ収納に特化したオーファクトの存在が知れ渡り対策が広まった事で裏稼業では人気が落ちましたが、利便性は変わりませんからね。早々便利なものは見つからないと思いますよ?」
「ティエナ? 珍しいな、ティエナが回収作業を手伝うなんて」

 普段はこんな細々した仕事はアルセスの仕事です、とばかりに手伝わないのにとアルセスは首をかしげた。そんな少女の態度には普通の男ならば憤慨やるかたないであろうが、アルセスはそれもティエナらしいの一言で片付けてしまう。
 それだけに今日はどういう風の吹き回しだろうかと疑問に思ったのだが。

「わ、わたしが手伝えばそれだけ早くアルセスはアジトに戻れますし、その分時間も作れます。いわば合理的判断に基づいての行動であり何の深い理由はありません」
「……うーん、つまり今日は甘えたくなった気分なんだな」
「どうしてそういう解釈になるんですかっ!」

 それ以外理由は無いだろう、とアルセスは確信しつつも作業の手を止めない。意味ありげに微笑むアルセスにティエナはいつものように顔を真っ赤にしつつ、照れ隠しのためとばかりにせっせと手を動かした。

 その日、アルセスは普段よりも随分と早く精算の手続きまで済ませられたのであった。


 ★


「さて、ティエナ。精算する前に言っていた自分の発言について振り返ってみようか」
「知りませーん。わたしの記憶領域の中には、該当する発言の記憶は一切残っておりませーん」
「やれやれ……どうしてそこまで意地を張るんだか」
「乙女のプライドは安くないんですよー」

 どう考えても面倒な自分の性格の所為だと思うが、とアルセスは思いつつもティエナが背中から抱きつくのをしたいままにさせていた。
 今は定期的に行っているウェバルテインのメンテナンスの最中だ。昼食を済ませた後、解体し素材となったアルダンビーを手渡したところで、団員の一人がずぶ濡れになって帰ってきたのだ。
 急に天気が崩れた事を彼から聞いたアルセスは予定を変更し、一日前倒しでオーファクトのメンテをしようと考えて部屋に戻ったのだが、ベッドに腰掛けて道具を広げたところでティエナに突如背後から抱きすくめられ今に至る。

「それじゃあ改めて、さっきの甘えたいわけではない、という発言を真っ向から否定するこの行為について弁明を聞こうじゃないか」
「あーあー、聞こえません聞こえませーん。アルセスの質問には全面的に答えることを拒否しますー」
「仕方の無い奴だなあ……それじゃ俺の邪魔にならない程度にくっついてろよ?」
「ふふん、最初から素直にわたしの感触を喜んでいれば良いのですー」
「今、顔赤くなっただろ」
「だからこっちも見ないで見抜くのはやめてください!?」

 見なくても分かるわ、とアルセスが呟くとティエナは何故か余計に力強くくっついた。つくづく言動と行動が中々一致しない少女である。
 自分の背中越しに当たるティエナの凶悪な凶器の感触に耐えながら、アルセスはウェバルテインの刀身を磨き、丁寧に刃を磨ぎ、装飾や普段目の届かないところにゴミなどが詰まっていないかを確認しつつメンテナンスを進めて行く。
 バルンティアやセラキアと違い、ウェバルテインの基盤部分は完全に人類には理解不能――ブラックボックスと呼ばれるほどの高度な機構で出来上がっている。
 ウェバルテインに近い年代のオーファクトでさえ解析が進んでいる中、研究者や歴史家が名付けた「原初」の名を冠するオーファクトに関しては、そのオーファクトによって引き出される事象や能力しか人類には伝わっていない。
 もっとも、原初、という冠以外は半分以上が眉唾な情報と知識というのが関の山なのが悲しい点とも言える。それなりに世に名が知られたウェバルテインでさえ実在が疑われているのだ。その他のオーファクトの情報が正しいかどうかは――

「アルセスも随分と手入れが上手くなりましたね。昔は少々刃の磨きが足りない、掃除が甘いと不満がありましたが、今ではすっかり文句のつけどころがなくなってしまって……つまんないです」
「おいこら、最後の台詞!」
「だーってー、アルセスにここの磨きが足りない、ここが汚れてるーって言ったらゴメンゴメンって言いながら何度だって手入れしてくれるの好きだったんですもーん」

 この原初のオーファクトが生まれた時からあやふやに知識を蓄えてきた謎の少女たるティエルライーナならば判別できるのだが、そんな少女は今はつまらない我侭で恋人を困らせていた。
 もしも世にこの事実が知れ渡ったとしても誰一人信じないであろう。
 蕩けた笑顔で恋人の背中に甘えるこの何処にでもいる――と言い切るには非凡な容姿を持った――美少女が世の考古学者や研究者が垂涎物の知識を有しているなどとは。
 真実とは常に人の想像の斜め上を行くのである。

「そんなに今日の外出が潰れたのが不満なんだな。らしくもない我侭を言ってるってことは」
「そ、そんなわたしが子どものようなことをするわけないじゃないですか!」
「目が泳いでるぞ」
「だーかーらー! なんでこっちも見ないのに分かっちゃうんですか! そんなにわたしの事を……わたしの事を分かってくれてるんですね!」
「遂に喜びが溢れて捻くれた台詞を言えなくなったか……」
「はっ! しまった! これがアルセスの巧妙な罠……!」
「単なるティエナの自爆です。いつもの通りな」

 いつもじゃないですぅー、と言いながら体勢を変えつつもアルセスにくっつくのはやめないティエナ。
 アルセスはそんな風にティエナを構いながらもオーファクトのメンテを終えて丁寧に仕舞いこむ。

 道具と仲間の扱いが二流の奴は何をやっても二流のままだ。

 ルガーの教えの一つだが全くもってその通りだとアルセスは強く実感する。

「アルセス? この後はどうするんですか?」
「どうもさっきから俺の背中にのしかかってくる奴が寂しがってるみたいだから相手をすることにするよ」
「へー、誰なんでしょうねえー」
「ああ、本当に誰なんだろうなあ」

 この気紛れで高慢で意地っ張りで、その全てが実は弱さの裏返しでもある少女の扱いが二流のままでは、目的を達することなど出来やしない。
 その為にも少しでも強くなろうと思うのならば――この気難しい彼女を全て受け入れられるくらいの器の大きな男にならねばな、という気持ちをアルセスは忘れずにいられるのだ。

「なら――その身体に聞いてやろうじゃないか!」
「きゃー、アルセスのけだものー」

 単なる突き合いくすぐり合いの応酬という光景を見ると、果たしてそんな崇高な目的の為なのだろうかと、ギャラリーでもいれば誰かが言ったかもしれないが、生憎とこの部屋にはじゃれ合う恋人が二人だけだった。
砂糖で終わった前章。
砂糖で始まる新章。
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