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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第32話 情報の一欠

 レイリアは夕食の時間が近くなる前に「上」での仕事を切り上げて戻ってきた。
 一番繁盛するだろう時間に彼女を置かない理由は明白だ。居座る男性客が多くなりすぎて結果として回転率が落ちてしまうのである。最初からそうなることを予想して、常連客がつくまでは自分が客寄せになり、料理と接客で固定客を稼いだ後は出会えること自体がラッキーである、という付加価値を自らにつけたレイリアはある意味で商才も頭抜けていた。
 アルセスとティエナは彼女が戻るのを待って作業場で集合した。
 例のくすんだ鏡のようなオーファクトのジャンクは作業台に既に乗せられており、ティエナの指示で調査用の機器とケーブルで繋がれている。

「ごめんね、二人ともー。準備まで任せちゃって」
「ここまではわたしでも出来ますから。それにレイリアが来るまで何もしてないなんて非効率の極みでしょう。今日はもう一仕事終えてるんですから、とっとと寝たいのはお互い様ですし」
「それもそうね。ティエルちゃんも今日はミーシャちゃんに会ったっていうから、きっとアルセス君の側から離れたくないんでしょうし」

 べったりとアルセスの腕にくっついているティエナを見てレイリアはからかうような視線を向けて小さく笑う。

「だ、誰がそのような事を言いましたか。これは、ご主人様(マスター)としてメンタルが傷ついたオーファクトに対するサポートのようなものです。ええ、そうなんです。これくらいワンダラーなら当然の事ですっ」

 ティエナは顔を赤くして弁明したが、レイリアは表情を変えずに笑い続け、アルセスはやや呆れたように言葉を吐いた。

「……ティエナみたいなオーファクトなんて世界に数えるほどしかないだろう……ワンダラー全般の常識にしちまうには無理がありすぎる」
「メンタルケアが必要なオーファクトってつけたらきっとティエルちゃんしかいないんじゃないかしらねえ」
「ああああもおおおお! 二人とも! わたしの事はいいんです! それよりもこれですよこれ! このままじゃわたしでも何のオーファクトか分からないんですから、とっとと作業を始めましょう!」

 強引に仕事に戻れと主張するティエナは半分涙目になっていた。散々アルセスには挑発的なアプローチすらするくせに、本当に他者からの攻めには弱いのだ。
 分かった分かった、とティエナをあやすようにアルセスが慰めると、それだけで機嫌を直したのか少しばかりの笑顔で作業を始めだした。

「……ティエナ、離れなくていいのか」
「問題ありません。わたしの仕事は分析ですから片手で出来ますから。なんです、アルセス? せっかくわたしがくっついてるのにもう離れちゃっていいんですか」
「直前までそれを理由にからかわれて、コロコロ表情変えたばっかりなのにお前も相当だよな……」
「ふ、ふん、なんのことやらさっぱりです」

 つい数秒前のことだぞ、と言いたくなったアルセスだったが作業が進まないので口を閉じた。
 本音を言えば早々にこんな残業は済ませて休みたいというティエナの意見には全面的に同意だからだ。
 そんな二人をよそに、調査用の機器類を立ち上げ入力用の端末も起動したレイリアは実に軽やかな動きで入力用デバイスのキーを叩いていく。その姿は鍵盤楽器を演奏する演奏者にも似ていた。

「まだ一般では実用化されていない高度情報処理機器と入力用デバイスを早々に使いこなすとか……まるで崩壊期前の人間を見ているかのようですよ」
「あら、少なくとも扱いに関しては正しいのかしら。何となくで使いこなしちゃってるんだけど」
「……そのレイリアの器用さにも驚きますが、これを用意できたルガーも大した物ですね。これ――復興品(レストア)じゃなくて、今の技術で開発されたものじゃないですか」

 そう、ティエナが一番驚いたのはそこだ。
 オーファクトの解析や改良が遅々として進まないのは、そもそも基盤に手をつけられるほど技術が追いついていないという理由も大きいが、ティエナのように中身が分からない事だ。
 加えて形状は一般の機械類や道具類に似たものから大きく逸脱したものまで千差万別。これでは扱いを分かっているワンダラーであっても類似品を生み出すことは難しく、結果として少しずつ技術を解析し劣化コピーを生み出しながら、試行錯誤を繰り返しているのが現状だ。

「これは確かお父さんが上とかけあったんじゃなかったかしら。どうせ使える人間が本部にはいないんだから貸してくれって、本部の技術部に乗り込んでいったのよね」
「ああ……義姉さんが一言『うーん、もう少し分析に特化したツールがあれば楽なのにねえ』って何気なく呟いたあれを聞いて『よーし、お父さんはりきっちゃうぞー!』って言って本部に一週間かけて殴りこんだアレな……」
「ルガーは本当に娘に甘いですね……ああ、思い出しました。半年前にアルセスとレイリアが二人でやけに疲れた顔で運び込んでいた箱の山がこれですか」
「うん、と言ってもこれは私が見よう見真似で作った模倣品なんだけどね。本物はもうギルドに返しちゃったし」
「今、さらりととんでもないことを聞いてしまった気がするんですが、アルセス」

 ギルドの技術部もまさか模倣品を作られると思ってなかったからこそ貸し出したのではないだろうかと思っていたティエナは流石に事の大きさに少しばかり気を使った。
 アルセスはその反応を見て額を掻きながらも苦笑いをする。

「いや、その件は黙ってたら流石にヤバイと思ったのか、親父も一度本部に伝えたらしいんだけどな」
「それで返答は?」
「なら、次はそれよりもさらに難解で性能が上の物を作る! 今度は簡単に模造品など作らせないぞ! って技術部が燃え上がったから不問にするって言われたらしい」
「アホの集まりじゃないですか」
「返す言葉もないな」

 技術流用をその一言で済ませて良いのか、とアルセスも思ったほどだ。ティエナの暴言を否定する気には全くなれなかった。傘下の組織というかなり遠いギルド員とはいえ、もう少しギルドの事は理解しておいた方が良いのではないかと考える一方で、理解できる連中が集まっているのだろうかという不安はアルセスの中では未だに消えない懸念なのであった。
 機器の立ち上げも終了し、ティエナの準備も整ったという段階で最後に機器と繋がっている配線の端子をオーファクトに繋げば準備は完了というところで問題が発生した。

「あれ? ティエルちゃん、このオーファクトどこにも外部接続用のジャックがないよ?」
「え? そんな筈は無いんですが。どんな形状であろうと必ず調整用の接続機構はついている筈……あっ」

 ティエナがそこでようやく何かに気がついた。
 しまった、と言いたげに顔を困らせてその原因を告げる。

「すみません、二人とも。姫たるわたしとした事が何たる見落としを……これは厳密にはオーファクトではありません。オーファクトの部品の一部です。いえ、正確には部品であったもの、と言うべきでしょうか?」
「部品であった……もの? この鏡自体が他の何らかのオーファクトのパーツって事じゃないのか?」
「これに関しては見せた方が早いでしょう。アルセス、この鏡の枠を外してもらえませんか?」
「ああ、わかった。えっとこいつは……ああ、ここを外せば鏡だけが取り出せそうだな。
「私、作業台の上に敷く布か何か持ってくるねー」

 物が鏡なので固い作業台の上で何らかの間違いがあっては、と気がついたのだろう。レイリアはパタパタと後ろの作業棚の方へと走り、さほど汚れていない柔らかい布を引っ張り出して作業台の上に敷いた。
 アルセスはやや慎重に鏡だけを丁寧に扱いその布の上に置く。
 楕円形のそれは何処からどう見てもくすんだ鏡である。磨けばまだまだ使えそうな鏡面だが、ティエナがオーファクトと誤認した品だ。単なる鏡ではないのだろうとアルセスはティエナの次の説明を待つ。

「これはウェバルテインより少し前の時代の頃のオーファクトの名残とも言うべきものですね。当時はまだ情報蓄積の分野が未発達でして、今で言うカセットテープのような記録媒体を小型化出来ていなかった時代の頃の品ですね、これは」
「へー、見た目はただの鏡なのになあ」
「表面が反射素材の方が情報のやり取りに都合がよかったので。もう分かったかと思いますが、これはその情報管理装置に記録媒体――の一部です。当時はそれこそ小さな家くらいの大きさの機械が動きながら大量の情報を管理していたんですよ」
「そうなんだ……どういう風に使うのかさっぱり分からないけど」

 レイリアは感心とも呆けとも取れるような吐息と共に作業台に置かれた鏡をあちこち見回している。
 アルセスも興味深そうに見てみるが、どう見てもただの鏡にしか見えなかった。

「単純に見るならこれが石版のようなものだと思っていただければ分かりやすいかと。詳細を知るのには解析用の機材を通さないと無理でしょうけどね」
「でも何でまた鏡なんかにされたんだろうなあ、これ」
「アルセスはちょっと想像力が足りませんねー。わたし、これが使われている機械は家くらい大きいと言いましたよ? 発掘された時に外側が無視されたか、それとも中身の一部が流されたか、いくらでもこのパーツだけが出土される可能性はあるじゃないですか。これ、ちょっとした基盤に差し込むだけの部品ですしね。少し間隔を空けてまた同じ物を差す……とそれを繰り返して一つの巨大な情報集積用のオーファクトの基盤になるわけです」

 ティエナがちょっと自慢げに説明するのを黙って聞いて、アルセスはようやくその全体像にイメージが届いた。それならば確かに部品単位で流れてしまうのも頷ける。

「それできっとただの古い鏡の一部だと思われたんだね。装飾は後付かな?」
「だと思いますよ、レイリア。そもそもこの鏡になっちゃってるこの板、本来は四角形ですから。鏡に加工する上で一部は切り落としちゃったんでしょうね」
「おいおい、俺にもオチが先読みできたぞ。それじゃあこの鏡の中にあるかもしれない情報ってのは」
「ええ、よくてぶつ切り、悪くて解析不能の意味不明な破壊データが読み取れるだけでしょうねー。完全にジャンクと感じられたのでかろうじてオーファクトとしての機能は生きている可能性は高いですが」
「うーん、今回は無駄足踏まされたか? ていうか上に提出する時に親父は何て言えばいいんだ、これ」

 オーファクトのジャンクであったのならばまだしも、それ以前の問題だ。
 若干不安げなアルセスに、レイリアが明るく心配するなと言いだした。

「大丈夫だよ。アルセス君はこの手のケースは初めてかもしれないけど、実はオーファクトの一部でした、ってのは案外無くもないんだよ。特にギルド単位で見たら」
「そうなのか……俺は今回が初なんだけど」
「うーん、例えば刀剣型のオーファクトにはありがちだよ? 刀身だけ発掘されて改修したら、僅かにオーファクトとしての機能は発揮したけど、本来の基盤である柄が見つかるまでは中途半端な武器だった、みたいなのが」
「それは刀身の芯自体もオーファクトとしての基盤の機能を備えているケースですね。ウェバルテインも似たような構造になってますが」
「成る程な。それじゃ、こいつも一応中身のチェックはした方が良いのか」
「そうですね、歯抜けであっても何かの手掛かりが見つかる可能性は否定できません。レイリア、わたしがサポートしますので調査用機材を接続しますよ」
「はーい、それじゃよろしくねティエルちゃん」
「ええ、ここまでのサービスはわたしにとっても不本意ですが、あの小娘に事実を知られて爆笑されるのも腹立たしいですからね。何か得る物が無い事には収まりがつきそうにありません」
「珍しくよく働くと思ったらそういう理由か……」

 この場合、普段は働かない、のではなくて、アルセスが言わなくても自ら動く、という意味での「よく」働くであった。
 ティエナは鏡の側面に本来であれば基盤に差し込むための端子の溝を発見し、調査用機材のケーブルをそこに繋げると、強引にアートの力を使って分析結果を映し出す小型の箱のモニターをも繋げた。
 本来ならば一流の技師達が集まって試行錯誤するところを片手間にやる。この特異技能こそ、ティエナの「オーファクトを制御する者」としての専売特許であろう。

「何が飛び出すかね、はてさて」
「あまり期待は出来ませんけどね。壊れてなければ御の字みたいなものですし」

 そのように対して期待せずにモニターを覗き込む二人と、機器を操作するレイリアが見るものは一体何か――
よーし、パパ張り切っちゃうぞーネタには
困らないルガー。
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