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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第30話 そして途切れぬ因縁

 驚くミーシャを尻目にティエナが操る黒い手は鏡を掴んだまま飛来して彼女の手元へと戻り、悠々と鏡を手にした。

「ふふん、少々構造が複雑な記述(プログラム)でしたが、わたしの手にかかればこの程度のアートを使いこなすなど造作もないですね」
「殺傷力は無いが、応用は利きそうだな」

 アルセスが壁となってティエナがアートを駆使する姿を隠しつつこっそりとミーシャから鏡を奪う作戦は綺麗なまでに成功し、アルセスとティエナはその場でハイタッチを交わした。
 当然、納得するはずが無いだろうミーシャは二人を指差したまま、動揺とも激怒ともつかぬ怒声を上げて抗議する。

「どういう事よぉっ!? なんで? いつの間に!?」
「どの疑問に答えたら良いのかは分からないが……ウェバルテインはオーファクトの中でも極めつけに変り種なのは――知ってるだろう?」
「うぐっ……」

 言葉に詰まるミーシャ。
 他のオーファクトと違い、心気だけではなく所持者の生命力すら代価として要求するウェバルテイン。
 しかし、この性質はそもそもウェバルテインの本質なのである。
 ティエナがアルセスの生命力を一時的に奪っても、その総量以上の生命力を生成してアルセスに譲渡するように、ウェバルテインの力の根源とは譲渡と変質。
 基本的な攻撃性能を生み出すのに、生命力の譲渡を要求し攻撃力へと変質させるという流れも含め、ウェバルテインの性能の全てはこの流れに集約される。

 これをティエナはより上位の性能へと昇華させた。すなわち模倣からの改竄――意思ある道具であっても極めて難しい自己による自身の改造である。
 学習による機能向上などとは根本的に違う。ティエナは得た情報を元にウェバルテインの性能そのものに手を加えることが可能なのだ。それも極めて早い速度で。その気になれば戦闘中の間に新たな能力を得ることすら実現させるだろう。

 アルセスとティエナがオーファクトの情報は求めても、オーファクトそのものを必要としない理由もここにあった。彼らにとっては必要なのはオーファクトが所有する情報なのであり、オーファクトそのものではないのだ。
 そしてその改良、改造、模倣の範囲は単にオーファクトの性能だけではなく心機述構(グリモワルアート)を後付で得ることすら例外ではない。
 先日戦ったリオネスの持っていたオーファクト。その基盤から得た情報からティエナは一つの心機述構(グリモワルアート)を創造した。そのベースとなったのは無論あのオーファクトのアートであった、対象を遠隔操作するアートである。

 それを元に生み出された新たなる力の名を――隠密者の魔手(スティーラーハンド)

 ティエナの意思によって浮遊する黒い手を生み出し手で行える物理的干渉を可能とするアートだ。
 当然ながら攻撃力は皆無に等しい。というよりは、そもそも攻撃をする為のアートではない。
 今、アルセス達がやったように相手の死角より忍び寄り攻撃の妨害、注意を引く、または道具を盗み出すなど、搦め手を行うのに特化した心機述構(グリモワルアート)だと言えよう。
 このようにティエナはベースとなったアートの記述(プログラム)を参考にウェバルテインに新たなアートを書き込むことが可能なのだ。それも、基盤の中身を弄るという専門的な手段を介す事無く、である。
 未だ既存のオーファクトを修繕は出来ても改良の域に至った技術者は存在しない。
 学習による成長は行えても、自らの意思と技術で己を改竄するオーファクトも皆無。
 ウェバルテインの特殊性はこの事実だけでも既存の研究者を驚きで引っくり返させる凄まじさだ。何故このようなことが出来るか、ティエナですらその理由を知らないというのだから尚更だ。

「残念ながら操作と構築が複雑すぎるのでアルセスが使うには不向きですけどねー」
「別にいいさ。ティエナがいれば使えるなら何も問題ないからな」
「ええ、ええ、その通りです。その通りですとも! アルセスにはやっぱりわたしがいないとダメですからね!」

 これ見よがしにアルセスの腕に抱きつき自身の存在をアピールするティエナをミーシャは恨めしげに睨み付けている。言葉こそ当然の事だと言っているが、内心ではアルセスに頼られて小躍りしたいほど喜んでいるのは満面の笑みからも明らかだ。そして、そのティエナの本心が理解できてしまうからこそ、ミーシャは己が望んだ位置を欲しいままにするティエナが妬ましかった。
 このままで済ませてなるものか。ミーシャは強くそう思って動こうとしたが、

「悪いな、ミーシャ! 俺達の狙いはこの鏡だけだから、今日はこれで勘弁してくれ!」

 左手から筒状の何かを放り投げながら叫んだアルセスの動きに注目してしまったため、放り投げられたものへの対処が遅れることとなった。
 この状況で何をやっている、とミーシャを責めるのは酷だろう。

 どれだけ手を伸ばしても届くことは無く。
 どれだけ手を伸ばしても手が差し伸べられることは無く。
 どれだけ手を伸ばしても――まるで実体が無いかのようにするりと彼の姿は消えて行く。

 だからこそ執着し渇望した相手から目を逸らすな、というのが土台厳しい話であった。
 カツン、と屋上の床の上で跳ねたそれは――閃光弾の一種。
 極小の破裂音で広範囲に閃光で周囲を染め上げるそれはアルセスが逃亡用に仕込んでいる爆弾の一つだ。
 それが何かを知っているエモンドは即座に反応し、身を翻してビルから飛び降りた。アルセスとティエナもまた閃光に身を紛れさせてミーシャから距離を取る。
 反応が遅れたミーシャは身体を硬直させてしまい、彼らのその動きを阻むことは出来なかった。本当に瞬く間の閃光が止んだ後、既にアルセス達はビルから姿を消していた。

「~~~~~~~ッ! また逃げられた! あんの勝ち逃げ女ぁ~~!」

 ミーシャは憤慨して地団太を踏んだ。はっきり言えば彼女の損害は壊れたオーファクトの成れの果てである鏡一つを奪われただけで、多数の値打ち物の数々は残っていたのだから仕事に関しては間違いなく成功なのだが、彼女の怒りはそこではない。

「してやられたな。最初からアルセスはティエルライーナに鏡を奪わせる気だったんだろう」
「ロザリンド! アンタなら今からでもあいつらを――」
「残念だがこれ以上揉めるのは得策ではないぞ。今回はそもそもターゲットが完全にかぶっていた訳ではない。アルセス達の狙いがあの奪っていった鏡だけだというのなら、盗られた時点で私達の負けだ。一度ついた勝負をぶり返すのもまた『協定』違反になる」
「っくう……!」

 ロザリンドの窘めるような忠告に、ミーシャは納得が行かないとばかりに顔を歪めはしたが、それ以上は言葉にはしなかった。
 騙し討ちでも負けは負け。それを認める器量くらいはミーシャにもある。

「しかも、今の閃光弾でこちらに注目しているのが何人かいるな。殺気立っているのが近づいている気配がするぞ。我々もとっとと逃げた方が良い」
「アルセス、まさかそこまで狙って!?」
「そうだろうな。この明るさではよほど注意深い者でなければ異常に気づかないだろうが……逃亡しなければならないのはアルセスも一緒。不必要なほどに注意を引くのは彼にとっても問題がある」

 だからこそ、まだ夕暮れには早い時間という状況で閃光弾を選んだのだろう。
 相手の隙を作るだけなら音響弾のようなものでもよかっただろうが、それでは周囲を探っているかもしれないモッチの護衛や憲兵に異常を間違いなく察知されるだろう。現に閃光弾一つでも気づくような猛者が居たほどだ。そうなっては逃亡も危ういと計算していたのだろうとロザリンドは推測する。

「だからこその極小の音で動作する閃光弾という選択……私の動きを封じる為に連れて来たあの剣士……何度やりあっても抜け目の無い男だ。あれでまだ――新人だというのだから恐れ入る」
「……そうよ。アルセスは才能なんかじゃなくて努力で堅実な実力を身につけた腕利きなんだから……!」
「環境が良かったのもあるだろうがな。何せ――あのダンセイル一家の中で揉まれたのだからな。それでいて本人が努力家という事もあれば――」
「そうよ、そうなのよ! 唯一の欠点があのティエルライーナとかいう性悪女を側に置いている事よ! それさえなければ、強引にでもアタシのところにスカウトしたのにぃー!」

 どこかから取り出したハンカチを噛みながら絶叫するミーシャ。サイドテールを振り乱しながらイヤイヤをするように首を振る姿は、傍目から見ても見苦しい。

「あの二人を引き裂くのは到底無理だと私は思うのだがね……とにかく逃げるぞ、ミーシャ。いい加減本当に包囲される」
「覚えてなさいよ、ティエルライーナ! この借りはずぅえったいに返してやるんだから!」
「……もうすっかり返しきれぬほどになったと思うのだがな、その負債」

 困ったものだ、と呆れながらロザリンドは別のビルに飛び移り、ミーシャもそれに続く。
 そして誰にも発見されること無く、路地裏に姿を隠し周囲の安全を確認してから二人は歩き始めた。
 その足取りは重い。いや、重いのはミーシャだけであるが。

「あーあ……勝ったのにまた負けた気分……」
「あの二人に会った時は大体そんなものだからな。しかし、アルセスの連れだったあの男……」
「んー? あのケーハクそうな男に興味あんの? ロザリンド」
「男としての興味は全く湧かないがな。あれは女泣かせの類だ。進んで関わりたいとは思わんが……」

 剣士としては別だった。
 ロザリンドの推測交じりではあるが、互いに先の先を取ろうと相手の手の内を読み続けた結果、動きが硬直してしまったという事から、自身と同じ速度重視の剣を使う男ではないかと彼女はエモンドを分析した。
 彼女もまた速さを求めた剣士ゆえに、同じスタイルの剣士と技を競うのには胸が躍る。ミーシャの守役とはいえ、こうした自身の欲求を満たす事まで捨てての奉公の精神は彼女には無い。

「軽薄なのは事実だろうが、剣に対しての誇りは持っていたようだからな。叶うならば一戦交えたかった、と少々惜しいことをしたと思っただけだ」
「へぇー、アンタにそこまで言わせるなんてあの赤毛、結構な腕なのかしら?」
「ああ、少なくとも――私が一撃で仕留められる自信が微塵も湧かない程度にはな」

 やや含みのあるロザリンドの物言いにミーシャは興味深そうに笑う。

「それはアンタが先手を打てないって意味? それとも仕掛けても凌がれる?」
「両方だな。先の先か後の先、どちらを狙ったとしてもヤツをただの一撃で斬れるイメージが露ほども沸かなかった。あの男ほどの相手ならば久しぶりに剣戟が楽しめそうだ」
「おーコワ。ボディガードとしてはこの上なく頼もしいけど、ロザリンドも大概よねー」
「私にはこの道しかなかったからな。その上、選んだら選んだで、今度は相手に困るという始末だ。つくづく人生というのはままならぬ、と絶望したものだが……こうして強者に巡りあえる機会を作ってくれたお前には感謝しているさ」

 闘術の達人。
 ワンダラー。

 どちらも一筋縄ではいかぬ強者で溢れているが、人生の間で自分を満足させられるほどの相手にどれ程遭遇できるものか。
 こうして世界を飛び回り、人の世の表と裏の両方に触れたからこそロザリンドは己が戦場という場に立てる喜びを何度も得てきた。
 真っ当な光差す道に自分の戦場は無い。オーファクトを始め、金銭と陰謀が蠢く影の世界にこそ自分の剣を振るう場所がある、とロザリンドは珍しくも笑みを浮かべていた。

「これで戦闘狂じゃなくて理知的ってのがまたタチが悪いわよねえ……あからさまに危険に見える暴れ者が可愛く見えるんだもの」
「ふふ、血を浴びても狂うな、酔うな――溺れるな、が我が剣の真髄。戦を楽しむのは良いが、戦そのものが目的となっては刃が狂い、戦場に酔い、そして己の剣が邪に溺れる。渇望し、焦がれ、それでもなお『己』を見失わぬ者こそが真の強者だとな」
「……自分を見失わない、ね。それって――結構難しいことよね」

 恋に狂い、狂い続けている自分を振り返ってミーシャは自嘲した。
 それを知ってか知らずか、

「さて、どんな状態をもって『狂っている』と称するかは誰にも分からないのではないかな。ミーシャのアルセスへの執着も――これだけ数を重ねてしまえば、むしろ諦めるほうが狂っているのかも知れぬぞ」

 どんな意図が篭もっているのか分かりにくい言葉をミーシャに送った。

「フラれるのが既に自分の一部だなんて真っ平ゴメンよぉぉぉぉぉ!!」

 潜伏中だという事も忘れてミーシャはその場であらん限りの声で叫んだ。
 その後、叫びを聞きつけた憲兵から身を隠すことになったのはその数秒後のことであった。

こうしたドタバタ劇のほうが圧倒的に多い
ミスティタビィの面々でしたとさ。
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