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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第29話 不戦勝

「だーもー! めんどくさーい! そもそも何でティエルライーナがあそこにいたのよ!? アルセスだけならともかく!」
「アルセスの仕事に横から割り込んだのはそっちでしょう! こっちだって貴女の顔なんか見たくもありませんでしたー!」
「はぁ!? こちとら二週間前から仕込みしてたっつーの!」
「はい、残念ー! アルセスが王都入りしたのはそのちょっと前でしたー! その瞬間から請けてた仕事ですからアルセスが先ですぅー!」
「んなもん理由になるかぁ! お宝も仕事も早い者勝ち! それが『ウチら』のルールの一つでしょうが!」
「完了する前なら強奪もアリ、ってのも忘れてもらっちゃ困りますぅー!」

 一度火がついたら止まらない二人が徐々に理由にならない理由をお互いにぶつけ合ってヒートアップしていく。半ば予想していた事態ではあったが、こうなると自分が前に出なければ収まらないだろう。意を決してアルセスはティエナを庇うように前に出た。

 一方でエモンドとロザリンドはお互いの剣の柄に手をかけたままにらみ合っているかのように向き合ったまま微動だにしなかった。
 いや、正確にはどちらも出来なかったのだ。
 先手を打とうが後手に回ろうが、どちらの剣も相手に届く事がないという読み合いの結果ゆえの不動。

「ままならぬな。ここまで私についてくる相手は稀だと言うのにだからこそ動けぬ、というのは。どうせ意味が無いのならば数合は打ち合いたいところなのだが……」
「そのお誘いはオレとしても是非とも乗りてぇが……あいつらの戦いに水を差すのもなあ」
「舌戦は相変わらず泥仕合だからアルセスが動くか。さて……何をしてくるのかしばし見物させてもらうとしよう。どうせ動くに動けんしな」
「あの嬢ちゃんのお守と名乗った割には結構ドライだねぇ」
「ふふ……そうせざるを得まい。こちらが先に動けば――そなたもまた動く。この状況では仕方のない事よ」

 実力伯仲の達人同士だからこそ、脇役という立場から見守ると断じたロザリンドは静かに、しかし楽しげに笑う。それを見てエモンドは普段の軽い笑みではなく――相手の力量と度量を素直に認める感嘆の笑みを浮かべた。

(なんつーか「イイ女」の見本みてぇな姐さんじゃねえか。剣だけでなく純粋に話も楽しめそうだな……仕事抜きの場で会えりゃあ、実にいい酒が飲めそうなんだが)

 エモンドは自他共に認める色好みではあるが、女性に応じてこまめにアプローチを変えるだけの器用さも持ち合わせている。何だかんだで仲良くなるまでは普通なのだ。そこから破局に至るまでが早いのだが。
 だが、その実、中にはそうした色事を別にした会話や付き合いもまた良し、と好む傾向もある。
 ロザリンドのような実力も人柄も整った相手に対しては、己の別の側面――すなわち剣と武について話に花を咲かせるのも悪くないと考えるように。
 そんな事にエモンドが思考をやっていると、泥沼を通り越した単なる口喧嘩になり収集がつかなくなりそうになったところで動く男がいた。いや、動かざるを得ない、と理解させられた苦労人の顔をした男がいた。

「とりあえず……これ以上は話が進まないので割り込ませてもらうぞ、ミーシャ」
「アルセス……!」

 ティエナを庇っての行為だというのに、自分に向けられるアルセスの凛々しい眼差しにミーシャの目のハイライトがハート型に変わる。恋する乙女の思考の恐ろしさを目の前の少女と後ろに立つ少女の二人から常々実感させられているアルセスにとってはため息を吐くしかない反応であったが。

「仕事……というかターゲットが被っちまったのは事実なんでな。ミーシャが素直にこっちの狙いだった物を譲ってくれるなら俺の方からはこれ以上争うつもりは無い。こんな場所だし、尾行は撒いたから追っ手はこないだろうけど、時間をかけたくはないんでな」
「アルセスがあたしのところに来てくれるならいくらでも譲るわよ? あたしの愛もつけちゃう!」
「そうか、じゃあ要らないな。なら、悪いが実力行使で奪うことにしよう」

 この反応まで一切の逡巡無く冷静に言い放つアルセス。
 告白同然の台詞をすげなく断られ、がっくりとうな垂れて両手足を地に着くミーシャだったが、そんな彼女を指差してティエナは大笑いし始めた。

「あははははは! 即答! 即答ですよ! 当然ですけどね! 悩む余地も無くアルセスはわたしに惚れ込んでますからね! 他の女の愛なんて迷惑以外の何者でもないですもんねー!」

 さらには無遠慮な追加口撃まで交えミーシャを更なるどん底へと突き落とす。これ見よがしにアルセスに背中から抱きついたりなどして見せるあたり、ミーシャに対してどのような行動が効果的にダメージを与えられるかを理解してやっている。

「わたしの優秀な頭脳はしっかりと記憶しています。これで通算101回目の玉砕です! いやー、百回もフラれれば流石のミーシャのおつむでも理解いただけるかと思ったんですが、まさか記録更新に挑戦するとは、その努力だけは認めましょう。貴女の数少ない利点であり――無様な点であると!」
「ふっ……ひぐぐ……!」

 屈辱と恥辱の合わさった涙目でミーシャはティエナを気丈に見上げるが、現実は残酷だ。
 これがティエナとミーシャが互いにアルセスへの一方通行の愛を競い合う戦いであれば、まだ目はあった。
 だが、現実は違う。
 アルセスは一部の隙も無くティエナ一筋と気持ちを固めている以上、この勝負に乗った時点でミーシャは敗者となる事を決定付けられている。いや、勝負という場に持ち込もうとすること自体が間違いだ。何せ既に勝ちの目は無いのだから。
 その内気持ちが変化するかもしれない、という淡い期待を抱いて挑むにはアルセスとティエナの二人の絆は固すぎるのである。
 陳腐な言葉だが運命で結ばれた二人と言っても信じる者は多いだろう。少なくともダンセイル一家の面々は誰一人としてそれを否定も笑いもしない。それだけの絆の強さが――二人の間には確かに感じられるからだ。

 だが、そんな理屈は恋する乙女の破綻した理論の前では何ら意味を為さない。
 ミーシャの最大の不幸は、そもそも出会った時点で既にティエナという少女を連れていたアルセスに惚れてしまったことであろう。彼が絡むと普段とは違い視野の広さも頭の回転も全てがダメになる。仕事にも少なからず影響が出るというのに、生来の諦めの悪さだけで実らない恋を追いかけ続けて早一年。
 ティエナの言うとおり、彼女のアプローチがアルセスによって一刀両断されてきた回数は遂に今しがた三桁に届いたほどなのだ。普通の女性ならそもそも意中の相手に既に心に決めた相手がいる時点で引くのが大半、略奪愛に走るのは極々少数だ。そんな強かな女性でも全く芽が無いと感じれば手を引くのが普通である。

 その諦めの悪さはティエナも認めるほどだ。常人のそれではない、と。
 それは事実だが、賞賛する意味合いで認めたわけではないのは、彼女が笑いを堪えていた時点で分かるだろう。どちらかといえば奇人変人認定に近いものがある。気の毒な話であるが。

「ふ、ふふふ……だ、大丈夫、大丈夫。知ってた、この結果も知ってた。今更この程度で凹んでいる余裕なんて無いんだから……そう、いつもの事いつもの事……!」

 自分に言い聞かせるようにして自らを鼓舞しミーシャは立ち上がるが、その声は震えていた。
 アルセスはあくまでティエナをその背に庇ったまま、油断なくミーシャの様子を窺う。
 ブツブツと虚空に向かって何かを呟きながら集中力もまるで欠けた状態であるが、それでもミーシャは――数々の予告犯罪を一応は成功させてきた腕利きの盗賊だ。
 その身体の柔らかさを生かした柔軟な体術と、猫顔負けの勘の良さは簡単に手を出せる相手ではないということをアルセスは知っている。
 彼女自身は先程見せたように戦闘向きではないがオーファクトを所有したワンダラー、加えて心機述構(グリモワルアート)の効果すら、直感で見抜き対処してしまう彼女と相対して余裕などという言葉は絶対に出ない。
 何故こんな自分にいつまでもアプローチを続けるのか、というアルセス最大の疑問にさえ目を瞑ればミーシャは決してそこらの凡俗とは桁が違う。ティエナが言う程楽勝という雰囲気は露ほどもないのだ。

「いつもの事、と分かりきってるならいい加減俺のことは諦めて欲しいんだがな。そんな事にこだわり続けると、後ろから手が伸びてくるぞ?」
「こんなアタシ相手でも心配するアルセスの優しさが身に染みる……!」

 今度はズキューン、なる珍妙な銃声の擬音と共にミーシャの心臓が撃たれた。
 無論、そんな反応にさらに対応の温度を下げて行くのがティエナである。もっとも、今のアルセスの背中に抱きつくのが気に入ったのか、彼の肩越しから文句を言うだけであったが。

「その程度の言葉で満足とかやっすい女ですねえ。わたしなんか、もっと素敵な愛の言葉を毎晩耳元で囁いてもらってますよ。ま、姫ですからそれくらいは当然なんですけどね!」
「ま、毎晩同衾……!?」

 今度はまるで冷水に足でも突っ込んだかのようなこの世の終わりでも見たかのような絶望した表情で固まるミーシャ。対照的に、そこまでの暴露は少々思うところがあったのか顔を真っ赤にしているティエナ。この二人、身を削らねば口喧嘩が成立しないのだろうか。

「ティエナ、俺達の赤裸々な寝室事情とかはいいから……んで、あの鞄はやっぱりオーファクト?」
「そ、そうですね、あの女を突き落とすためとは言え、わたしも少々はしたないと思ったところです。それで、質問の答えですが、そうですよ。それも後期型のいわゆる『一般人にも使える便利グッズ的な安価なオーファクトを作ろう』という主義主張が流行りだした頃の量産品ですね。中身を入れても見た目と質量が変わらない、という鞄の入り口から別空間を作り出す、オーファクト自身がすでに心機述構(グリモワルアート)を常時発動させているタイプの物です」
「……地味に便利だな」
「ええ、便利すぎて、あの鞄専用に様々な防犯対策が講じられたほどです。何せやりようによっては危険物は持ち込み放題、盗みをしても一見分かりにくいと、犯罪利用がされないほうがどうかしてるというオーファクトの一つでしたからねえ」
「うちにあるのってそれの初期型だよな」
「ええ、容量に関してはあちらの方が断然上かと。機能は一緒ですけどね」

 そして時を経て現代。今もなお犯罪の片棒を担いでいる鞄型のオーファクトが少々哀れに思えてきたアルセス。
 ティエナのしおらしい態度とそれを優しげな顔であやすようなアルセスの態度を見せ付けられ、ミーシャはすぐさまヒートアップしていく。落ちたり上がったり、つくづく忙しい娘である。

「ふん、勝者の余裕かしら、ティエルライーナ? でも、そこまで分かってるのならこのオーファクトの便利さも分かるでしょう? 何しろアタシの手にこれがある限り、アンタ達は狙いのブツを手に入れられないものねえ? 外からは何が入っているか分からない、手探りで鞄を探ろうと思ったらアタシからこれを奪い逃げ切らないといけない。け、ど? それがどれだけ難しいか、アンタにはわかるわよね?」
「……そうですね。王都、という状況で貴女を振り切るのは難しい。そして、わたし達は『協定』があるからこそ、貴女たちを害することは出来ない。殺して逃げることが不可能である以上、認めたくはありませんが、それが難事であることは否定しません」
「そうよね、そうよね! 貴女のその事実は事実として認める点は褒めてあげるわ、ティエルライーナ! アーハッハッハ!」

 この状況を維持すれば、少なくとも仕事としては負けは無い。
 そう確信したからか、己を認めさせる言を、他ならぬティエナから引き出したからかすっかり上機嫌でティエナを煽るミーシャ。

「ですので――必要な分だけいただきますね」
「は?」

 ミーシャが惚けた瞬間、彼女の背後から黒い何かが飛び退った。
 それは――黒いモヤで作られたような「手」だった。しかも――鏡のようなものを掴んでティエナの元へと舞い戻る。傍目には黒い手袋が空を飛んでいるかのように見える光景に、ミーシャは何が起こったのかを理解できずにいた。
 ティエナは手にした鏡を見てしたり顔。そして最後まで自分に注意を惹きつけるように立ち回ったアルセスが一言呟いた。

「だから言っただろう? 俺にかまけていると――後ろから手が伸びてくるぞ、ってな」
結果として戦わずには勝ちました。
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