挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

29/55

第28話 キャットファイト

「ええい、何をしておるのかお前たち! さっさとあのコソ泥を捕まえて引き摺り下ろして来い! 捕らえた者には三倍の報酬を支払ってやるぞ!」

 何とも気前と威勢の良い掛け声を放つモッチであったが、周囲の護衛達はいささか困惑顔をしている。暗闇のせいでお互い見えないが。
 まずミーシャの位置が大問題である。
 ゆらゆらと揺れているシャンデリアの上に佇む彼女は一見隙だらけに見えるが、視界をまるで確保できない状態で飛び掛るのは危険が伴う。まして、今は彼女は自身の姿が見えるようにしているが、これで現在暗闇の中に飛び込まれでもすれば捕縛はほぼ完全に不可能。
 では遠距離攻撃によるけん制はどうかと言えば、間違ってシャンデリアを落としてしまっては未だ逃げる事すら出来ていない客を確実に巻き込む。報酬を三倍もらっても、客から治療費を要求されては全く割に合わない。
 よってモッチの声に反応して動くような護衛は誰もいなかった。否、動けなかった。

「ふふん、アタシの可愛さと恐ろしさにどいつもこいつも怖れをなしているようね」

 いや、それ関係ない。
 心底ティエナはそう指摘してやりたかったが、こちらの存在に気づかれてはますますミーシャの出方が読めなくなるので、苦渋の思いで言葉を飲み込んだ。

「さあ、モッチ! とくとご覧! これがアタシ、ミスティタビィの華麗なる盗みの技よ! アンタが大金積んだところで拝めない美技をじっくり見ておくことね! 報酬は勝手に戴くわ!」

 パチン、とミーシャが指を鳴らすと同時にアルセス達の視界を覆っていた闇は唐突に晴れた。
 周囲の客や護衛達も同様に、突如戻ってきた視界に困惑しつつも、客は一目散に逃走を始め護衛達は一斉に武器を抜くなど各々の行動に出たがそれでも遅い。

「ひょいっとな!」

 シャンデリアの上でグルグルと回りながらミーシャが手元から投げ放ったのは、やや大きめのくの字型の投擲武器――ブーメランであった。
 自転する自身そのものから揚力を発生させ弧を描いて手元に戻る武器――としては知られているが、この時代においては武器の選択肢にすら上がらぬ前時代の武器をミーシャは自信満々の笑みを浮かべて投げた。
 そのブーメランは例に漏れ――て、ジグザクや上下移動なども加えて実に不規則に動き、どこがブーメランだ、と言わんばかりの軌道で会場内を駆け巡る。
 ブーメランが舞う高さは展示品によって高さの違うショーケースに合わせて上下しており、まるで展示物をその軌道の内側に攫うように高速で飛行した。
 次々にその軌道に絡め取られる展示物。それらは重さも大きさも関係なく、まるで風に舞い上げられるようにブーメランの上を舞っていた。
 一通りの品を奪い取ったブーメランはまるでミーシャの手招きに応えるように彼女の手元へと戻って行く。奪い取った品々を一つ一つ確かめては彼女は腰に提げた鞄に詰め込んで行くが、不思議な事に鞄の容量がまるで増える様子を見せない。

「へえ、金にはガメついのに目だけは良いって本当だったみたいね。結構な値打ち物も混ざってるじゃない? わざわざこのブーメランのオーファクト『セルタリンク』を持ち出す価値はあったようね」

 その言葉にアルセスは混乱の極みにある展示場を見渡したが、どうやら金銭的に価値が生まれるもののみをあのブーメランは選別して奪っていったようだ。あまりの早業に動けるようになった護衛達も手をこまねいているが、アルセスにとっての問題はそこではない。

「……しまった、あの鏡もアイツの眼鏡に適ったか」

 ウキウキとお宝を仕舞うミーシャの手に自分が狙っていた鏡があったのを彼は見逃さなかった。

「一切光を通さない限定的な闇の空間を作り出す、物理法則を無視した動きで飛翔するばかりか干渉するターゲットを選択できるブーメラン、そしてあの鞄。まーた、あの小娘はどっかでオーファクトを見つけたみたいですね。しかもどれもコソ泥向けの仕様じゃないですか」
「鞄は類似品があちこちに出回ってる奴だよな。しかし……研究してると常々考えるんだけど、何でオーファクトってああも多種多様に色んなのがあるんだ?」
「そういう流れで生み出されたわたしにそれを聞きますか、アルセス」
「……だな、愚問だった」

 多くの道具には存在する理由や作り手の求めた何かが現れるものだが、オーファクトの多くはそれがより極端だ。
 量産型が存在するものはともかく、一品物のオーファクトにはその傾向がより強い。だからこそ、今の時代にあっても多くの人間が手に届かぬ力を求めて西へ東へとさ迷い歩くとはいえ、もう少し後の事を考えられなかったのだろうかと、アルセスは思わなくも無かった。
 そのような些事はさておき、まだミーシャはアルセス達には気づいていないようだったがこの場で派手に仕掛けるのも問題と考え、アルセスはミーシャの次の動きを待つ。とはいえ、彼女のことは知らない仲でもない。狙い通りにお宝を手にした彼女の動きは恐らく、と予想を立てた上で身構える。

「ま、肥え太ったブタには過ぎたお宝よねー。これはアタシが有効活用してあげるわ~。ほーら、学者とか頭でっかちな連中が喜びそうなものは残しておいてあげたから、せいぜい地味~なオークションでも再開したら? アッハハハハー!!」

 上機嫌で高笑いを浮かべたミーシャは今度は何か丸い物を放り投げた。

「アルセス!」
「ああ、分かってる! エモンドもいいな?」
「おうよ。しかし、ワンパタな嬢ちゃんだな」
「あの女の頭の程度などそんなものですよ」

 ティエナが即時展開したアートによって、目、耳、鼻と行動不能に陥らせやすい器官を即座にガードした三人は推移を見守る。
 地面に放り投げられた「それ」はアルセス達の予想に違わず、閃光と煙さらには音まで詰まった爆弾であった。

 ミーシャが名付けたそれは閃光音響煙幕弾。

 誰もがその名を聞けば、少しは捻れよ、と突っ込むだろうふざけた名前の爆弾はしかし効果は絶大で、

「目が! 目がぁぁぁぁぁ!」

 と叫びながら床をのたうち回る紳士風の男や、煙に喉をやられた護衛が武器を手放して咳き込み、爆発の中心近くに居た者達は皆、音で耳をやられていた。
 その大騒ぎの中、ミーシャは悠々と窓を破って逃亡していった。昼間だというのに随分と大胆なと重いながらも、アルセス達も彼女を追って飛び出す。
 美術館の庭園には既に彼女らの姿は無い。三人がそれぞれ別の方角を見渡している内に、耳につけていた連絡用の無線の受信機から声がした。

『おーい、皆ー! 何かおっきいオーファクトの反応がそっから凄い勢いで離れてるけどそれじゃないの? なんか街の作りとか無視して一直線に離れてるし!』

 監視用の小型の飛行偵察機とティエナのオーファクトの合作というとんでもない代物を使って後方支援を行っているリーンからの助言だった。

「一直線……チッ、逃げたように見せかけて上を使ったか!?」
「アルセス、どうやらオーファクトを使って自分の姿を見えにくくしているようです。小娘のくせに生意気な! これじゃ高い建物を使ってあっという間に逃げられますよ!」
「くそ、どっか目立たない場所なら派手に立ちまわれるんだが……とにかく追うぞ!」

 アルセスは心気を、ティエナはアートで、エモンドもまた心気による身体強化で肉体能力を強化し、軽々と跳躍すると美術館の屋根、そしてビルの上と素早く頭上を飛んで行く彼らに地上を歩く者達は気づかない。ティエナの展開したアートによって彼らの影すら地上には届かないのだ。
 そして一際高いビルの屋上にミーシャが差し掛かったときだった。
 かなりの速度で同じように建造物の屋根を飛び越えて行く二人の姿を遂に捉えた。

「ティエナ、あそこだ、やれ!」
「はーい、射程内にとらえてまーす! くたばれ小娘!」

 なお今の台詞、前半と後半でトーンが全く違った。どんな違いかはティエナの名誉の為に伏せさせてもらう。
 屋上を中心に不可視の結界による壁が展開されたが、透明のそれは注意深く反応を探らねば分からない代物であり、お宝を手にして浮かれきっていたミーシャは当然――

「ふぎゅむ!?」

 まるでガラス窓に顔面から突っ込むようにして結界の壁に顔面をぶつけていた。
 反対側からはさぞかし無様な彼女の顔が見えることだろう。
 突然の事態に対処しきれなかったミーシャの足が完全に止まるという絶好のチャンス。

「今だ!」

 アルセスはバルンティアを素早く引き抜き――クロスボウにあるまじき速度で連続して引き金を引いた。
 カカカカ! と断続的に矢が足元に刺さり咄嗟に逃げようとしていたミーシャの動きを妨害し、エモンドが詰め寄る余裕が生まれた。

「うっしゃ! とりあえずその鞄は置いてってもらおうか!」

 変装を解き身軽になったエモンドが神速で剣を抜き放ち、一足、二足、三足、と僅かな歩数で一気にミーシャに距離を詰める。その俊敏さはさながら俊足の獣が如し。

 ダンセイル一家随一の剣の使い手。早抜きのエモンド。

 その多彩な剣技は銃火器で武装した相手すらも圧倒し、巨大な魔物すらも切り伏せる神速剣の使い手。
 口も態度も軽く手も早い。しかし、その実力に関しては軽んじられぬ凄腕の剣士。
 目にも止まらぬその早業で放たれた剣閃がミーシャの肩口を狙い――

「――見えてるぜ、そっちだろ?」

 そこからさらに反転、背後から迫る「何か」を弾いた。
 エモンドにやや遅れて到着したアルセスとティエナが見たのは――エモンドの直剣と自身の片刃のサーベルを交す見覚えのある女性の姿だった。

「まあ、貴女がいないわけが無いんですよね――ロザリンド」
「ああ、その通りだ、ティエルライーナ。ミーシャのお守はおいそれと他人には任せられんのでな」

 鍛え上げた剣を扱うための肉体と腰にスリットの入った独特の戦装束を身に纏った褐色肌の女性。
 長い薄紫色の髪は後ろ手に適当にまとめただけ、という丁寧さに欠けるが凛とした佇まいが魅力的に映る妙齢の女性。
 名をロザリンド。
 ミーシャと共にミスティタビィの一員であり、どこか抜けたところのあるミーシャを的確に補佐する文武両道の才女であった。
 アルセスとティエナの乱入を警戒し、ロザリンドは自ら退くとミーシャの側に控えた。自然仕切り直しの空気が生まれ、お互いの間合いの一歩外、という位置で睨みあう形になる。

「あいたたた……っのお、ティエルライーナ! 相変わらずコスい手ばっかり使って! この陰険女!」
「自分は散々こすっからいオーファクトを使って盗みをしたくせによく言いますねこの小娘。そっちこそ面の皮が厚すぎてパンパンじゃないですか。鏡見てください鏡」
「あ、アルセス、お久しぶりー♪ 一ヶ月くらい顔合わせてないけど元気してた? そこの性悪女の我侭に振り回されてない?」
「人の話を聞きなさい! そしてわたしのご主人様(マスター)に色目つかってるんじゃないですよ、この泥棒猫!」

 猫なで声でこちらのご機嫌をうかがおうとするミーシャと、その発言だけで怒りのメーターが振り切れているティエナを見て、ああやっぱりこうなるのか、とアルセスは頭を抱えた。
 ミーシャとの因縁は割と複雑なのだ。
 とある仕事でかち合って以来、彼女とは度々顔を合わせることがあるのだが、その度にミーシャはアルセスを引き抜こうとモーションをかけてくる――と言えば単なるヘッドハントのように聞こえるが。

「ねぇねぇ、今日のこのイヤリングとかどう? アルセスに会えるかもーってお洒落してきたんだけど、まさかこんな形で叶うなんて最高! やっぱりアタシ達って運命で結ばれてると思わない?」
「思いません。来世で猫に生まれ変わってから出直してきてください」
「アンタには聞いてないってのよ!」

 しなを作って可愛らしさをアピールしてくるミーシャの前に立ちはだかり、アルセスを庇うようにして前に出たティエナが静かな視線で彼女を威圧する。
 二人の背後には文字通り二匹の猫が幻視できそうなくらい一触即発の気配だった。シャー、とかフー、とか聞こえてきてもおかしくない空気である。

「いい加減、アンタみたいな女にアタシのアルセスを預けておくのも我慢の限界なのよねー。大人しく帰ってくれない? あ、勿論アルセスは置いていってもらうわよ」
「ハッ、寝言は寝て言えって教わりませんでしたか? 未来永劫、アルセスが貴女のモノになる可能性なんて欠片ほども存在しませんよ。まずはその貧相で凹凸のないガリガリの身体をどうにかしてから言う事ですね。何せアルセスはわたしの身体にメロメロなんですから!」
「で、でかきゃいいってもんじゃないわよ! アタシのスレンダーな身体にはアタシにしか出せない魅力が詰まってるんだからね!」
「へーえ、そうでしょうとも。世の中の男性の好みは千差万別ですからね。貴女のような肉付きの欠片もない身体の方が良いと言う男もいるでしょう――アルセスは違いますが。それだけで貴女なんかお呼びじゃないってんですよ」
「こ、この性格最悪のクソ女めぇ……!」
「あーあ、何か聞こえますねえ。現実を理解しない最低知能のメス猫の負け惜しみがー」

 完全に勝ち誇ったティエナにミーシャが喧々囂々と噛み付く光景。
 彼女らを知る者の間では定番の口喧嘩(キャットファイト)

「……オレぁ初めて見たが、ティエルの嬢ちゃんにも譲れねえ一線ってのはあるんだなあ」

 目の前の油断ならぬ女剣士の雰囲気に飲まれまいとしながらも、どこか力の抜ける光景を前にエモンドはそのような事を呟いた。

 
セルタリンクの名前とオーファクトの効果は関係ない。
繰り返す、セルタリンクの名前とオーファクトの効果は関係ない。

なお、ティエナとミーシャの会話部分の執筆にかかった時間は
数分である。こいつらは便利だが使いすぎてはいけない(戒め
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ