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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第25話 泥棒猫(二重の意味で)

 美術館でのデートからはや二日が過ぎた。
 展覧会兼オークションの開催日時が迫る夕暮れ、勢いよくアルセスの部屋の扉をノックするのは今日も元気溌剌のリーンである。

「やっほーい! 二人とも色々とわかったよーん! ……って何してんのさ二人とも」

 ノックの後に返事を待たずにアルセスとティエナの私室に入ったリーンは眼前に飛び込んできた光景に呆れるやら納得するやらの微妙な声で呟いた。
 右手で自分の太股に頭を乗せてご満悦のティエナの頭を撫でながら、左手で器用に本を読みながらベッドに腰掛けるアルセスの姿であった。

「おう、リーン嬢ちゃんどうした……って、何だ、いつものこいつらじゃねえか。オレぁてっきりお楽しみの最中かと思ったぜ」

 後ろからはエモンドもゆっくりと室内に入ってきた。適当な椅子を引っ張って背もたれに寄りかかるように座る辺り、この程度のことは慣れているようだ。

「いや、まあアタシも今更こいつらに空気読めとかそういう事は言わないけどさ。本当、年中引っ付きっぱなしで飽きないのかと」
「俺は飽きないな。ティエナを構うのは楽しいし」
「わたしも飽きませんね。べ、別にアルセスに色々されるのが嬉しいからとかそういうのではなく、オーファクトとしてご主人様(マスター)との定期的な接触が不可欠という機構上必要な――」
「あーはいはい、その辺の事はどうでもいいや、アタシー」

 適当に聞き流したリーンも幾つかのメモ用紙を手で弄びながらアルセス達から少し離れた位置に座った。
 幸いベッドが大きめなのでスペースは十分にあるのである。そう、一人で寝るには大きいほどのベッドなのだから。

「それで、何でエモンドまで一緒なんですか。確かに一昨日の件でリーンに情報入手は依頼しましたけど」
「へへっ、そりゃリーン嬢ちゃんだけじゃちょいと厳しい案件もあったからオレも手伝ったつーだけよ」
「そうですか。では情報だけ置いてさっさと部屋を出てください。空気が汚染されますので」
「オレはいるだけで害悪なのかよ……」
「自覚がないようなので自覚させてあげたんですから感謝してくださいね」
「酷すぎる侮辱をしておいて、ちっとも悪びれてねえぞコイツ!?」
「何が侮辱ですか。本当の事を言って何が悪いんです」

 取り付く島もないティエナである。ツーンとした表情で澄ましているが体勢が体勢なので、どこか愛嬌が無くもない。アルセスは読んでいた本を置くと、ティエナに起きるように言ってからリーンに向き直る形に座りなおす。若干ティエナは不満そうだったが、それならそれで、とアルセスの背中に回りこみ自分の首を彼の肩に乗せるような形で抱きついていた。
 とにかくくっついていたい気分らしい。
 アルセスは何も言わずにあやすように頭を撫でている。
 リーンはもう慣れっこなので何も言わずに何から説明すべきかを考えている。
 エモンドは興味なさげにあくびをしている。

 これがダンセイル一家の逞しさの一端なのであった。

「とりあえずティエルの懸念は大当たりー。『ミスティタビィ』の連中の予告状だったみたいだねー。使用人に化けて色々噂話を館で聞いてきたけど、あいつ等の特徴の『ぶち猫』の絵が描かれてたみたいだから」
「よし、なら出会い頭に消し飛ばせば良いんですね。分かりやすくて結構です」
「落ち着けティエナ。とりあえず殺すのは無しだ。協定に触れるからな」

 ミスティタビィとはとある盗賊集団の名である。集団と言っても規模はダンセイル一家とは比するほどではなく、本当に少人数であるが。
 彼女らは陸海空に人間の手が及びつつある技術進歩の真っ只中にある現代において、予告状を送りつけてから金品を盗み出すという、どこかレトロさを感じられる盗賊団なのだ。
 その詳細はあまり一般には知られていないが女性中心の盗賊団で、ダンセイル一家同様に飛行船を所有している事から活動範囲は世界各地と幅広い。トレードマークであるぶち猫がそのまま「タビィ」の名に通じているため、通な者の間では予告状は一種のファンアイテムであるらしい。
 その仕事の性質上、アルセス達と様々な理由で対立する事も多いが、とある背景の都合上から殺し合いにまで発展させるほどに争う事は禁じられている。
 もっとも殺しさえしなければどんな手段を用いても構わない、という裏返しでもあるが。
 対立している点も含めてただの盗賊団とは一線を画するのだが、アルセスとティエナにはある因縁が彼女らとの間にあるのだ。

「フフフ……ここでかち合ったのが運のツキですよ、あの小娘が。今度こそはそっ首落として晒し者にしてあげますからね……」
「だから殺すなと言ってるのに」

 気持ちは理解できるのだが耳元で不穏な発言を繰り返されてはたまらない、とアルセスはティエナの額を指で弾くようにして小突く。

「あうっ……ぶー、アルセスはあのメス猫の肩を持つんですか」
「そういう意味じゃない。俺だって迷惑はしてるが、連中とは『協定』の件もある。あまり乱暴な手段は使えないだろ」
「だっはっは、予想通りだが、やっぱりあの嬢ちゃん達が絡むとティエルの反応はおもしれーなあ」

 訳知り顔でエモンドが大笑いするが、アルセスとティエナからすればそれどころではない。
 不思議なブチ猫、と訳すミスティタビィ。その盗賊団の頭目の少女の名はミーシャ。何を隠そう十七歳という若さで一つの盗賊団を纏め上げる由緒正しき「三代目」なのだ。
 後半部分は最初に出会った際にアルセス達に告げた自己申告なので真相は不明だが。

「まーまー、ティエルも押さえて押さえて。愛しのアルセスの周囲を飛び回る虫が気に障るのは理解するけどさ。乱暴はダメよ乱暴は。決まり事だし」
「ぬぐぐ……害虫なら殺しても良いじゃないですか。百害あって一利無しです」
「いい加減その物騒な思考を止めろというのに」

 うんざりしたような表情でティエナを窘めるアルセスだが、これはティエナの相手をするのに疲れたからではない。またミーシャという面倒な少女の相手をしなければならないのか、という憂鬱さからくるものであった。

「アルセスも顔がイマイチ冴えねえな。やっぱ、あの嬢ちゃんとやりあうのが嫌か」
「嫌というか、会う度に引き抜かれそうになってそれを断って癇癪起こされてって流れにはうんざりだな」
「引き抜きっつーかあれはもう愛の告白だろうに、贅沢なヤロウだなー。普通は女の方からのアプローチに喜ばねえ男なんていねえんだけどなあ。贅沢だ! つくづく贅沢だぜ、アルセスよ!」
「ならエモンドが口説き落としてくれよ。俺にはティエナがいるからいいんだよ」

 その一言でティエナが天にも昇りそうなほどに嬉しそうな顔をしたが、角度の問題からそれが見えたのはリーンだけであった。誰もいなかったらアルセスのほっぺたにキスしそうな程に喜んでいる。

「悪いが、既に断られた! 口と態度が軽薄な男は眼中にねえ、とよ!」

 エモンドは胸を張って堂々と答えたが、この部屋の女性二人の視線は冷たかった。

「一応はライバルに当たる女を口説くとか、相変わらず節操の無い種馬ですね」
「というか貧乳は趣味じゃないとか言ってたくせにな。ミーシャはスタイルに関しては……俺が言うのも何だが、少々エモンドの好みからは外れるというか」
「時には好みじゃない珍味を試してみたくなる時もあるだろ?」
「最低ですね、この男。死ねば良いのに」

 ティエナはすっぱりと断言した。情けも容赦もない本音溢れる断言である。

「エモンドに今更言っても仕方ないけどさー、ちょっとは節度ってもんを持ったら?」

 大抵の事は笑って流すリーンですら半目で呆れていた。
 しかし、その程度で怯むような神経はしていないエモンドは涼しい顔であった。

「大丈夫だ、アルセスも言ったがオレぁ、あの嬢ちゃんみてえなスレンダーかつガキっぽいのは好みじゃねえ。本気で口説けば落とせたかもしれないんだけどな」
「聞いた? ティエル。貧乳に人権はないとかほざいたよこのサイテー男」
「万死に値しますね。女性にケチをつけられるほどの男のつもりだとか自惚れも程々にして欲しいですよ。やっぱり死ねば良いのに」
「お前らオレはそこまでヒデェ事言ってねえぞ!?」

 エモンドの信頼が地に落ちた事はスルーして、アルセスは随分とややこしくなった今回の仕事について改めて整理をする。
 まずはミスティタビィとターゲットがブッキングした件だ。
 これについてはリーンも何が狙いかは掴めてないという。

「予告状にもコレクションの一つを頂戴しに参上する、としか書いてなかったからしいから、どれがあいつ等の狙いか分かんなかったんだよねー」

 リーンが申し訳無さそうに頭を下げたが、アルセスもそこを責めるつもりは無かった。
 何度か彼女らの「仕事」は拝見したり或いは獲物がかち合ってやりあったことは何度もあるのだが、予告状なんてものを出す割に、その内容が曖昧な事が多いのだ。

「相変わらず目標を曖昧にするクセはそのままかよ……せめてターゲットくらいははっきりさせておけよなぁ……そうしたらもうちょっと詳しく対策練られるのに」
「何も考えずに貰えるものだけ盗めば予告が成立すると思ったんじゃないですか? あの娘、勘はそこそこですが、肝心な時に抜けてるアッパラパーですし」
「実は俺もそれは疑ってる。アイツ、計画とか割と適当なくせに、失敗を認めたがらないタチだからな」

 予告状の文面に間違いが無ければ問題ない、とアバウトな解釈をするのがミーシャの仕事のやり方である。
 今回の場合、成金のコレクションの内、どれか一つでも盗み出せれば少なくとも彼女の面目は保たれる事になる。それが例え値打ち物ではなかったとしても、だ。
 プライドと見栄を保つための保険の一つなのだと、アルセスもティエナも予告状の内容を分析しており、何度か顔を合わせてその性格を見知っているからこその理解である。

「ともかく! 今回の仕事も二人でやるつもりではありましたが、予定変更です。不本意ですが! とーてーもー不本意ですが! エモンド! 貴方にも手を貸してもらいますよ!」
「断れる雰囲気出さねえで言うのは勘弁してくれよ。どうせ今は仕事がねえし、『同業者』との競争となったら高みの見物っつーワケにもいかねえ。ここはティエルちゃんの顔を立ててやるよ」
「何言ってるんですか、そもそも拒否なんてさせるわけが無いでしょう。場合によってはリーンとレイリアに頼んでルガーを篭絡させてでも同行させます。アルセスの身の危険ですから」
「えー、ティエルー。アタシにもそんなことさせるつもりだったのかよー」

 苦笑交じりのエモンドに対して、リーンは本気で嫌そうだった。
 そこまで親父を嫌わんでも、とアルセスは思ったが薮を突きたくなかったので口には出さない。沈黙が金であることを、彼はティエナとの長年の付き合いで心底身に染みているのだ。

「つってもよ、手だけ増やしたってしょうがねーだろ。何か具体的な策はあんのか」
「とりあえず、あの小娘の狙いが分からない以上、そっちを妨害する事は考えていません。わたし達は『アート』を使って会場に直接潜り込みます。エモンドはあの成金に護衛として雇われてください。まだ募集をかけていたようですし――貴方の特技を生かせば堂々と紛れ込めるでしょう?」

 普段はアルセスに任せて適当なティエナがいつに無く真面目に作戦を検討していることに、エモンドとリーンは驚――きはしなかった。
 アルセスの身に危険が迫っていると判断すれば、誰より真剣になるのがティエナという少女の性格だと二人とも付き合いの長さから知っているのだ。もっとも今回は危険の種類が若干違うが。

「エモンドはいざという時に中からのバックアップ担当って事? ティエル」
「ええ、リーンは予定通り無線で館周辺の動きをアルセスとわたしに伝えてください。わたしでも潜入用のアートと探索用のアートの併用は出来ませんので」
「おっけー! アタシの腕の見せ所ってワケね! 監視用の機器に特製の無線の調子もバッチリだから、あんた達の耳と目の役割はきっちりやってあげるわよ!」
「ええ、頼りにしていますよ。状況把握と予測の早さは、わたしも認めるところなんですから」

 ティエナの評価は世辞ではなく事実だ。
 偵察を度々任される事があるように、リーンは諜報活動に関しては優秀である。同時に情報の把握と頭の回転も早く、現場にいる人間よりも俯瞰的な情報を入手出来る事から次の場面の推測もかなり高い的中率を誇る。
 逃げる相手を追い詰める、逃走経路の予測を始め、目と耳で把握できている範囲内であればあらゆる可能性の中から、敵が選ぶであろう行動を的確に見定める頭脳の持ち主、それがリーンなのだ。

「アルセスは現場でわたしと適時判断して行動です」
「要は俺は行き当たりばったりで行くしかないって事か」
「わたしが側にいるんですから、細かい打ち合わせなど要らないでしょう? わたし達二人が揃えば?」
「何にだって立ち向かえる、か。確かにその通りだな」
「ええ、ですので、アルセスはわたしが側にいる、その事に感謝して思うままに動けば良いのです。最良の結果はわたしが引き寄せて見せましょう」

 そのまま見つめ合い二人の空気を作り出したところで、エモンドとリーンがまるで砂糖でもかじったような顔をするのだった。
 特にリーンは最近もこんなのがあったような、といい加減うんざりしたような表情も混じっていた。

個人的にキャットの名を使うのが躊躇われたので
検索かけたら、こういう英語もあったので迷わず飛びつきましたw
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