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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第23話 美を展示する場所で醜な催し物

 散々悩んだ挙句、アルセスの遅めのランチはアジトの食堂で簡単に済ませるという流れになった。
 ティエナいわく、

「悩む時間と、店を選ぶ時間と、そこから更に待つ時間がもったいないです」

 という正論に叩き伏せられたからだ。何より、アルセスが反論できなかったのはそう宣言するや否や、キッチンと併設された食堂にティエナに連れて行かれてテーブルに座らされたと思ったら、十分ほどで熱々のミートソースのかかったパスタの乗った大皿を持って来たために言葉を失ったというのもある。

「その、わたしだって出来上がっているソースを温めたり、パスタを茹でるくらい出来るんですからね!」
「いや、それは知ってるけど」

 むしろ、空いた時間を使って料理の練習をしていることまで知っているが、とはアルセスはティエナの名誉の為に黙っておいたが。本人は隠れてやっているつもりらしいので、それを暴露するような悪趣味な真似はしたくなかったのだ。
 そして空腹という事もありがっつくような真似はせず、しかし丁寧に食べつつも速度は早いという器用さを発揮してアルセスはやや大盛りのパスタをあっという間に平らげたのだ。

「さ、これで後はわたしを連れて街へ出るという有意義な時間を過ごすだけです。急いで支度してくださいね」

 などと急かすような言い方をしつつも、アルセスの食べっぷりが余程嬉しかったのか鼻歌交じりで後片付けを始めたティエナの背中を見て、アルセスもまた食事以外の何かで胸が満たされるような感じがしたのだった。

 こうして発案から僅か数十分後には二人は整備された石畳の歩道を連れ添って歩いているのであった。
 王都ゼルダンタは王城へと一直線に繋がる広く長い道路をメインストリートと称し、そこから枝分かれした道路をそれぞれの街区の番号に合わせて一番街ストリート、二番街ストリート、と銘打って区別している。
 二人は目的の場所である五番街の美術館に向かってあまり人通りの少ない五番街ストリートをゆっくりと歩いていた。

「ですけど、番号で区別するだけって機械的で何とも味気ないと思うんですけどねえ。ナントカ公園通りとか、もうちょっと名前の工夫くらい出来そうですけど」
「実用性重視なんだろう。アルデステンは見た目だけの派手さとか印象より、質実剛健を好む傾向がある気風だからな」
「だからこそ他の国に比べて治安やら統治やらが幾分かマシなのでしょうね」
「いや、ティエナ基準だから厳しいけど、他の国だって別に荒れ果ててるほど酷いわけじゃないだろ……」

 多少はそれぞれの国の一部に触れたことのあるアルセスからすれば、何処の国もティエナが言う程情勢不安なところは多くはなかったという印象だ。
 あくまで表に出ている部分は、という注釈こそ付くが少なくとも人が住めないという程の国は幾つもなかったように思える、と。

(酷い国もあるにはあったが、そういう国には長期滞在はしなかったからな……そういう比較情報が少ない俺には何処が良くて悪い、なんてのは決められないのかもしれないが)

 過ごしやすい国であるに越したことは無いが、そうそう都合の良い国ばかりではないだろう。
 などとガラにもないことを考えていたアルセスだったが腕にくっつくティエナの感触で思考が中断された。
 先程まで手を繋いでいたはずのティエナが思い切り身体を寄せてきたのである。

「アルセス? わたしが隣にいるのに無視して考え事とかいいご身分ですねえ? わたしを放置するとかいつの間にそんなに偉くなったんでしょう」
「あー、悪い悪い。ちょっと余計な事に頭が回っちゃったんだよ。構ってあげなくて悪いな」
「誰が構ってもらえない事を拗ねたと言いました!」

 事実その通りにしか見えないのだが、アルセスは今の発言も含めて謝る事でティエナを宥めるしかなかった。傍から見ればなんだこのやり取りと思われる二人であったが、アルセスはこの関係を全く苦に思わないし、ティエナはティエナでとにかく相手さえしてもらえれば満足するタチなので、この程度で揺るぐような緩い関係ではない。
 そもそも、二人ともが常日頃から本音でぶつかり合いあまり男女の駆け引き的な事が行われないからか二人の関係はとにかく強固になっていくばかりである。
 アルセスがティエナに対して不満を全く抱かないからか、ティエナの機嫌が簡単に直るからか、とにかく二人の相性は抜群だったといえよう。団員の誰もがコイツらが別れる未来は見えないな、と断言されるほどである。

「ところでティエナって絵の良し悪しとか分かるの? 俺は全然なんだが」
「アルセスは教養は無いですから無理もないでしょう。と言っても、わたしもその辺は全然です。いえ、全く分からないというよりも『好事家が好む条件が分からない』と言いますか」
「ん? 絵とか彫刻ってとにかく上手だとか、心に訴える何かがあるとか、そういう曖昧な何かがあれば売れるんじゃないの?」

 アルセスが聞いた限りではこの手の芸術品に価値がつくようになったのは、近代に入ってからだという記憶があった。生きるのに必死で、魔物から身を守る術が安定せず死が隣人であった時代にあっては、人々を励まし、和ませる音楽のような分野はともかく、絵や詩などと言ったものに価値を見出されることは無かったとされていた。
 ティエナはアルセスを見上げながらしょうがないですね、とさらに説明を続ける。

「なんというか……わたしの審美の基準って絵なら技巧や色彩のバランス、彫刻なら躍動感やテーマと言った技術や論理で分析できる美しさだけなんですよね。例えば、今でこそ写真がありますが、それに近い写実的な風景画をそれを描いた場所に持っていて見比べたら、アルセスならどう思います?」
「俺なら人の手で描いたのに全くそっくりだな、って驚くと思う」
「ええ、そうした賞賛の言葉が出てくるものでしょう。しかし、好事家の中にはそうした絵を『ただその場にあるものを描いただけのつまらない絵』と称し、まるで何かの破片を組み合わせたような絵かどうかすら分からない絵に大金を積んだりもするでしょう?」
「ああ、あるなあ、そういうの。俺も依頼を請けて悪徳商人の倉庫から横流しされる予定だった絵を持ち出したことがあったけど、何が描いてあるかさっぱりだった絵を見たことはある」

 ティエナにはあくまで一般的な「絵」という存在の良し悪ししか判別できない。
 なので、価値を分かった上での絵の審美は出来ないのだと語った。

「ですので、わたしに価値の評価は求めないで下さい。ついでに言えば感想も恐らく、上手い、普通、下手の三段階で済みます」
「ばっさり過ぎて描いた画家が泣くレベルだな」
「正直描いた人間の心情とか興味ないですし」
「興味があるのは俺の事だけか……」
「な、何を自惚れたことをそんなことは……そんなことは無い事も無いとは断言できない複雑な……ごにょごにょ」

 言葉に詰まって言い訳を探すティエナを見て満足げに微笑みながらアルセスは結局、ティエナを腕にくっつけたまま歩道を歩き、図書館や公園といった公共の施設が並ぶ五番街の中央、フィングベル美術館と呼ばれる場所まで辿り着いた。
 ビルなども並び始めた街並みとは違い、この美術館は歴史的な古い館の内部をそのまま改装したものであり、多目的ホールとして一般から上流階級までご用達の西館と、安価な入場料だけで絵画の鑑賞が出来る東館を中央のエントランスホールで分割して運用されている。
 さる貴族の館であったらしいが没落した際に手放し、それを現オーナーが美術館として改装して運営しているという話をアルセスは聞いていたが、元々は庭園であったらしい歩道ですれ違う客層を見るに、どちらかというと普通の一般庶民向けの施設なのではないだろうかという印象を受けた。
 入り口近くの受付で二人分の入場料を支払い案内板に従って東館の方へと足を向ける。

「西館は立ち入り禁止になってましたね。忙しなく人が出入りしてたようですけど」

 静かな音楽が館内に取り付けられたスピーカーより流れる中、ティエナがそっとそのような事を呟くと、アルセスも同意するように首肯した。

「エントランスホールから行ける二階はスタッフ用のフロアらしいが、まあ階段を上ったり下りたりしつつ奥の部屋から何かを運び込んだりと忙しそうだったな」

 受付の女性にも急なイベントの準備で忙しない事を謝罪されたほどだ。
 もっとも東館に入って扉が閉まってしまえばそうした喧騒とは無縁の静かな美の空間が広がっている。
 テーマ別に様々な絵を展示し、敷いてある絨毯も上質、さらに分かりやすく噛み砕いた説明文の表記されたプレートや、休憩用に小さなソファが並べられた一角があるなど、美術館としての質は非常に高い印象をアルセスは受けた。
 絵画を展示し、絵に親しんでもらおうという主の心意気がそこかしこに感じられ、さほど絵に興味の無いアルセスでもとりあえず一通り目を通してみようという気にはなる。
 これ見よがしに高級な品を並べ立てているだけのような趣味の悪い成金のお宝自慢の為の展示室のような空気の悪さとは違うな、と。

「こんな質の良い美術館を経営しているオーナーが成金の悪趣味な展示会とオークションを一手に引き受けるってのもちょっと違和感があるな……」
「その辺はまあ横か縦の繋がりでしょう。一般の人には貸すが成金にはホールを貸さない、と言う訳にもいきませんからね。お金さえ払えばオーナーにとってはどういう使い方をしようがお客様ですよ。用途も少々下品ではありますが、真っ当な催し物ではありますからね」

 一日だけの短期間の展示の後にオークションという少々場所を間違えていないか、というイベントも内容が骨董品というだけあって、芸術の分野から大きく外れるとは言い難い。
 ましてや無理矢理スケジュールを詰めたなど、道理を押し通しての無茶でないというのならば、この厳かな美術館にはやや不似合いなイベントと言えど、確かに断れるものではないか、とアルセスも納得した。
 人物画、風景画、抽象画、分かりやすくテーマ毎に区切られた一角を歩き、絵を見つつもアルセスは建物の内部を観察する。

「……西館も広さは同じだよな?」
「対照的な館でしたから恐らく。こちら側は元々色んな部屋や廊下があったのを大広間に改装して展示場としているようですが、総面積は一緒でしょう」

 そこそこの広さを誇る展示場がどのような形になるかは想像でしかないが、目的の物がどれか分からないとこっそり盗み出して手早く逃亡とは行かないかもしれない。ある程度の逃走計画は必要かも知れ無いなとアルセスは考えを改めた。

 ティエナの力とて万能ではない。

 他人の認識を誤魔化す、意識を奪う、それこそ御伽噺の中の魔法めいたことの数々も可能だが、心機述構(グリモワルアート)とて必ずしも十全の効果を発揮するとは限らない。
 中には卓越した心気の力を用いて強引に解除してしまうような強者もいるし、毒物や薬と同じように先天的にこの手のアートに対する耐性を持っている人間もいる。強引に事を運べば同じく裏社会の人間にもかぎつけられる可能性も増えるし、力を持つからこそ力押しで事を進めるのをアルセスは好まない。

「……オークションが始まる前に目標を絞り込み、展示場の照明を落として素早くターゲットを確保。そしてそのまま逃亡、がベターか?」
「うーん、出来れば気づかれずに、が欲しいところですね」
「だけど、人の視線が集まってるような会場で盗み事態に気づかれないようにするのは難しいだろ? それこそショーケースの中から何か一つでも消えればすぐ騒ぎになるぞ」
「ですが、逃げるにしてもここからメインストリートは遠いですよ? この辺はそもそもあまり建物が密集して無いですから路地も少ないですし。腕利きの傭兵でも護衛に雇われていては、振り切るのも難しいかもしれません」
「……金持ってそうだからな……盗むのに気づかれるにしても、少し時間が欲しい、か」

 そうなると、ティエナの進言どおり盗む事自体の発覚は遅い方がいいかとアルセスは結論付けた。
 やはり計画を練るためにも西館への侵入は必須だな、と考え直し、一応一通り東館を確認してからアジトに帰る事にした。

「……しかしまあ」
「どうかしました、アルセス?」
「いや、こんだけ綺麗な絵が揃ってるのに、隣の部屋では欲に塗れた醜い顕示欲に溢れた展示会が開かれるのかと思うと、場所を貸し出す商売ってのも良し悪しだな、と思ってさ」

 素人のアルセスにも分かるくらい上手い絵が並んでいるだけに、アルセスは美醜が並び立つのを惜しいと思ってしまったのだった。
なお、作者も絵の良し悪しは分からない模様。
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