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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第20話 ティエナと姉妹

 仕事の疲れと生命力の消費――とそれに伴う補給の為のティエナとの『運動』――の疲れもあってか、仕事を終えた翌日、アルセスはややゆっくりと目を覚ました。
 既に太陽は昇り昼も過ぎた時間――ではあるが地下にあるアジトでは外の様子などまるで分からない。愛用の懐中時計をベッドの側のチェストから持ち上げて中の文字盤を見てようやく分かる、といった具合だ。
 アルセスは起き上がって部屋を見渡す。
 必要最低限の調度品と家具はどれも上質とは言い難いが、アジトに持ち込むという点で目立つのを避ける為に一家の大工担当が組み上げた品だ。材質にそれほど良いものを使っていないというだけで、どの家具も使い勝手は悪くない。
 ただ男の部屋なのにタンスやクローゼットがやや大きめであったり、鏡台などが用意されているのはこの部屋にはティエナもいるからだった。
 場合によっては証拠隠滅の為にもろとも吹き飛ぶ可能性もあるのに、ティエナだけではなく女性陣の大半は何かと衣装や小物を溜め込む傾向がある事がアルセスには未だに理解できない。本拠点のほうならばともかく、このハイドアウトの地下もあくまでアルデステンでの行動を補佐するための仮拠点なのに、と。
 ただ、その疑問を口にすることはしない。
 女心を理解しているから――ではなく、ルガーがうっかり口を滑らせた結果、妻、娘二人と家族から揃ってそれはもう言葉の袋叩きに合ったのを先に見たからだ。
 着替えを済ませて腰にウェバルテインを鞘ごと横差しにし、ジャケットの裾で隠すように着込むといつの間にか部屋にいなかった相棒を探すべくアルセスは廊下に出た。

「おっ、アルセスおはよーさん」
「おはよう……って言っても昼だけどな」
「何言ってんだ、そんなもん俺らにとっちゃ珍しくもないだろ」
「違いない」

 少し前髪で目が隠れがちな男の団員に出会ったアルセスは軽く挨拶を交わす。今も雑用の途中らしく木箱を両手で抱えており、邪魔をしては悪いと聞きたい事だけ尋ねる事にするアルセス。

「ティエナを見なかったか? 珍しく起きたら部屋にいなかったんだ」
「あー、ティエルさんならレイリアお嬢さんの作業室にいるみたいだぜ。さっきリーンお嬢さんと一緒に入るのを見たからな」
「そっか、ありがとな」
「おう、仕事明けなんだし、ちっとは休んどけよー」

 そう言って団員の男は荷物を抱えながら廊下の向こう側に歩いていった。
 アルセスは彼とは反対の方向へ向かい、団員の憩いの場でもある広間を抜けて作業室やらルガーが詰めている団長室などの入り口が並ぶ廊下の方へと向かい、その通りの一つにあるレイリア専用の作業室の前に立つ。

(……工作用のオーファクトを使えるからいいものの、こんな凝ったアジト、一々作ってたら赤字なんてものじゃ済まないよな……)

 本来アジトとは元々ある建物や廃墟などをある程度使いやすく改良するのが殆どだ。
 それを、王都の地下を張り巡らされている下水道に引っかからない位置を探し、なおかつ利便性を追及して一から作り上げるなど、正気の沙汰ではない、と普通の人間なら思うだろう。
 その常識を覆すのがオーファクトという物の力であり、それを使いこなすワンダラーの特殊性の証明でもあるのだ。
 ただ、その凄さがイマイチ伝わらないのは、一般人からすれば心気を用いて人並み外れた身体能力や妙な技を使って大立ち回りを演じる兵士や冒険者と、火や氷を出したり稲妻の剣を振るって暴れまわるワンダラーも大差ないという認識が広まっているからなのだ。
 また戦闘用ではなくこのアジトを作り上げたオーファクトとそれを扱うワンダラーでさえも珍しいという程ではないので、知らないうちに恩恵を受けていると感覚が麻痺しているのも無理なきことなのである。実際には一般の人々が思うほどワンダラーというのは遠い存在ではないのだ。目立つ者と目立たない者の差が激しいだけである。
 さて、一歩間違えば相当目立つ側のアルセスであるが、彼の場合はティエナの力もあって表社会ではさほど知られていない――というより実在を疑われているウェバルテインの所持者では同業者以外にはよく分からないと答えるのが大半だろう。
 数々の逸話とて、それが事実だと語れるのは当事者であるティエナのみであり、信憑性に関しても半々というのが世間の評価だ。
 とはいえ無駄に騒がれたり疑われるのも面倒な身の上、そんな問題を解決してきたのが今彼が立つ作業室の主であるレイリアなのだ。
 そして作業室とはいえレディのいる部屋なので、アルセスは軽くノックをする。この辺のデリカシーに関するマナーの差は、ティエナの教育の賜物であり、姉妹と義母フィオネの教育の効果でもあるだろう。この点にルガーと比べてアルセスの扱いがマシな理由があったりする。

「はーい、どなたですかー?」
「義姉さん、アルセスだけどティエナはそっちにいる?」
「いるわよー。丁度良かったわ、アルセス君を呼びにいこうと思ってたところなの。入ってきてくれる?」
「ああ、それじゃ失礼する」

 主の許可をもらい木製の扉を開いて入った先は――鍛冶場か工房かと思うほどの部屋だった。
 各種オーファクトの調整を行う大型の機械に、刃物の鍛造すら行える特殊な炉など、ハイテクとローテクが混在する奇妙な作業場だったが、オーファクトがそういう存在である以上、製造やメンテナンスを行うための作業場を作ると、このような雑多な工房になりやすいのである。

「おっ、アルセス、おっはよーう。夕べは疲れてたんだね、ティエルより後に起きるなんて珍しいじゃん」
「ああ、ちょっと昨日は頑張りすぎたからな……」
「夜の戦闘を?」
「そいつは正しく無いな、リーン。夜の戦闘『も』だ。昨日は一応仕事も片付けてきてんだぞ」
「あ、そだったそだった。何かティエルから話聞いたら全然楽勝っぽかったから忘れてたー」

 リーンは猫科のような愛くるしい口元をいやらしく歪めてにっしっしと笑うが、アルセスもこの手のセクハラ交じりのジョークくらいは軽く流していた。リーンはそれでなくても少々下ネタを好む傾向があるので、一々反応していては疲れる一方だ、ということを学習したからでもある。

「アルセスったらようやくお目覚めですか。本来なら、愛らしいわたしを放置してぐーすか寝てたのは謝罪を要求するところですが、今日のところは許しましょう」
「などとティエルは相変わらず上からの言い分ですが、顔は真っ赤ですねえ。本当、昨日の戦闘とやらはどんなだったのやら」
「り、りり、リーン! それは語弊があります! わたしは昨晩の事については何も!」
「あれ? アタシは例の医者との戦いについて言ったんだけど?」

 そして懲りずに何度もハメられるのがティエナなのである。彼女が本当に高知能を有した存在であるのかが疑われる瞬間だった。
 リーンは実に楽しそうにティエナを弄り、ティエナも失言を理解したのかぬぐぐ、と唇を噛んで恥辱に耐えている。

「本当にティエルちゃんは私達姉妹の間の子みたいよねえ。ううん、みたいっていうか私はそう思ってるけど」
「それについては二人の器がデカすぎるんだと思うよ。いや、俺はあっさり受け入れてもらえて感謝はしてるけどさ」

 何しろ突然人間の肉体を得ていた事にアルセスも狼狽したがティエナも同様だ。以降、女としての知識だけではなく、実践を踏まえて日頃の生活面でのフォローをしてくれたリーンとレイリアの二人の義姉妹にアルセスは並々ならぬ感謝を抱いている。

「義母さんにも助けられっぱなしだったからな……その過程で俺は女って生き物がいかに大変かを思い知ったけど」
「アルセス君は本当に真面目よね。お父さんもそれくらい少しは思慮深くなればいいのに」
「親父は……二人の事が可愛いくてしょうがないだけだろ」
「私達もいい加減年頃の娘だってことを理解してくれないけどね」

 扱いのまずさについてはアルセスもフォローできなかった。
 ルガーの対応ははっきり言えば親バカかつ溺愛のレベルだ。そのように構われてはむしろ鬱陶しいと思われても仕方がない。特に自立心が強く、既に己の分を理解し半ば独り立ちしているようなリーンとレイリア相手に猫可愛がり的なのは悪手すぎるだろうと、娘を持たないアルセスでも理解できた。

「まあまあ、ティエルってば機嫌直してよー。実はさ、偵察の途中で美味しいパンケーキを出すカフェを見つけたんだけど、その情報要らない?」
「む、今日こそはと思った矢先にまたしてもそういう聞き逃しにくい情報を……いいでしょう。今日の非礼を詫びるというのなら、わたしとしても見逃すのはやぶさかではありません」
「ははー、ティエルさまー、どうぞアタシの入手した情報をどうぞー」
「うむ、くるしゅうないです。献上を認めましょう」

 そんな暢気な会話の最中に起こっていた姉妹喧嘩? も無事終結したようだ。すっかり誤魔化された感が漂うティエナの満足そうな笑みであったが、リーンの方はしてやったり、とこれまた悪い笑顔である。
 アルセスとレイリアにとっては見慣れた光景だ。末っ子特有のしたたかさをリーンも例外なく持っているようで、こうした口の上手さや場を切り抜ける頭の回転の早さが偵察(スカウト)の上手さや、無線を使っての情報戦などに生かされているのである。

「あ、そうそう、肝心なことを先に話しちゃわないとね。アルセス君、ティエルちゃんから頼まれていた件と、預かってたオーファクトの調整が終わったよ」
「お、本当か義姉さん……って仕事早くないか? 港町に着いた時に預けたから、まだ一週間も経ってないぞ?」
「え? そりゃ作る方はちょっと時間はかかったけど、もう一つの方はただのメンテナンスでしょ? それらくらいなら移動の片手間にも出来るよ。私達はずっとお父さんの小型艇に乗って王都入りしたから人目を気にしないで作業できたし」

 それでも並の技術者ならばオーファクトのような精密な機器の調整やメンテナンスには数日を要するのが普通だ。作業自体もそうだが、特殊な機器を使って基盤の中身である記述情報(プログラム)部分のチェックもしなければならないのだ。
 ティエナならば確かにものの数分でチェックが済む。彼女自身がそうした情報を扱うのに特化した存在であるからだ。しかし、レイリアは才媛であるが常人である。もともと突出した技術や知識は持っていると思っていたが、ここまで腕を上げていたのか、とアルセスは驚きを禁じえない。

「というよりも、皆、道具の扱いが雑なのよ。だから時間をかけていられないのに次から次へと、あれが壊れたー、これを見てー、って持ち込むんだもの。効率よくやる手段を生み出さないわけには行かないよね?」
「そ、ソウデスネ、大変申し訳なく思っております」

 普段通りのにこやかな笑顔なのに、少しばかり影が差した様に瞳が暗く見えると感じたアルセスは素直に頭を下げた。ウェバルテインはともかく、他の道具に関してはレイリアの言うとおり頻繁に調整や作成を依頼している身としては立場が無かったのだ。

「おーおー、アルセスってば相変わらずお姉ちゃんに頭下げてますなー」
「お前だって似たようなもんだろ、リーン」
「アタシは愛があるから! 愛があるからこそ、お姉ちゃんについイタズラを!」
「リーン? だから許される、なんて勘違いしてたら――捻るわよ?」

 その背筋も凍るような一言に作業室内の空気が凍り、一瞬にして音が消えた。
 ティエナですら固まったように動きを止めたほどである。この瞬間、誰もがこの場でレイリアに逆らってはいけない、という共通認識を持つに至った。

「は、はいお姉ちゃん。ちょっと気分良くて調子乗ってました! ご勘弁を!」
「そう、良い子ねリーンは。なら、今度のお仕事が終わったら雑貨屋に行きましょうか――私、マグカップが欲しいのよね」

 口調が元に戻り許されるかと安堵したリーンの表情が再び彫像の様に固まった。
 額から一筋の汗を流し、それでも意を決して尋ねるリーン。

「ま、まままま、マグカップですか、おねーたま」
「そうなの。一昨日、何故かお気に入りのカップの取っ手が取れていたのよね。落とした覚えもないのにおかしいなあ、って思ってたら一度折れたのをもう一度くっつけたらしい痕跡が見つかったのよねー」
「へ、へえ……そうなんですかあ」
「だから、新しいのが欲しいなって。リーンが買ってくれるのよね?」

 有無を言わさぬ静かな口調で断言するレイリアの態度で、アルセスもティエナも状況を察した。
 既にリーンは追い詰められたネズミに等しい。彼女に出来る事はただ一つ。

「う、うん、もちろんだよ! お姉ちゃんの気に入ったのなんでも買って良いよ!」
「ありがとう、リーン。良い妹を持って私は幸せね」

 言外に、それで今回の事は水に流してやると言いたげな姉に対して深々と頭を垂れて要求を飲むことだけであった。
実のところ姉妹間での力関係はぶっちぎりで
レイリアがトップです。伊達に長女やってない。
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