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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

序章 旅路の宿場街にて

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第1話 車窓から見える景色


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 ガタン、と小さな車体の揺れに少年――アルセス・ルーナンは目を開いた。
 小さめの窓から見える景色は日が落ち始めており、アルセスは随分長いこと寝ていたのかと軽く伸びをする。
 夕暮れによって赤く染まり始めた草原を列車は往く。高い鉄柵と有刺鉄線で囲まれた線路を走る列車の車内に客はまばらだった。
 そして正面に座す少女がからかうような笑みで自分を覗き込んでいることにアルセスは気づく。

「あらあら~? やーっとお目覚めですかぁ? 可愛い可愛い相棒を放っておいてぐーすか居眠りさんとか、随分な人もあったものですねぇ?」
「……悪い。ちょっと気が緩んだら落ちてた」

 口調こそ随分と拗ねたように聞こえるが、顔はからかいの笑みを浮かべている金髪の少女――ティエルライーナにアルセスは素直に頭を下げた。連日の移動による疲労も多少はあっただろうが、それは言い訳にしかならないからだ。
 正面に座っていたティエルライーナは立ち上がるとアルセスの隣に座り直す。二人の荷は鞄一つで済むので座席上部の簡素な作りの台に乗せてあるので、狭い座席とはいえ二人で座るには十分だ。
 何故わざわざ座りなおしたかと言えば、アルセスが船を漕ぎ出したのと同時に気を使ったティエルライーナが一度正面に移動したからなのだが、その事実を彼女は口にしないし、アルセスも分かっていてもその点を尋ねはしない。
 二人の間にはそんな気遣いなど不要であるからだ。

 紺色のショートジャケットに薄い色のジーンズという軽快な旅装であるアルセス。
 黒のシャツに薄手のベスト、膝上までのショートパンツに黒のストッキングという組み合わせのやや露出を抑え目の服装のティエルライーナ。
 二人の姿と出で立ちを見れば、多くの人間が旅慣れたカップルという印象を受けるだろう。
 ボディラインが浮き彫りになる衣装に身を包んでいるティエルライーナは見目麗しく男性限定で劣情の方が先に催すかもしれないが。何分形の良い胸を筆頭に、細い腰と肉付きのよい足までくっきりと浮かぶボディラインはそこらの女性など目もくれぬ造形美に匹敵するバランスの良さだ。
 加えて流れるような金色の髪とそこから一房の髪を彩る紺色のリボンで整った髪に、顔つきは綺麗な女性というよりは大人になりかけの美少女という可愛さの方が全面的に目立つものの、多くの人間が容姿端麗の美少女だと断定するに相応しい可憐な容姿である。
 男性の好奇の視線のみならず、女性からの感嘆の視線か、はたまた嫉妬の視線すら集めそうなティエルライーナは、今は愛嬌のある笑顔を浮かべてここぞとばかりに、アルセスに文句を並べ立てている。

「全く、いくつになってもアルセスはしょうがないですねー。わたしがいないと本当にダメな人なんですからっ。車掌さんへの切符の点検、わたしがちゃーんと済ませておきましたからね? 感謝の言葉とかは無いんですか?」
「助かったよティエナ。愛してる」

 照れる事無くアルセスは断言した。偽りない本音である。
 ここであくまで爽やかな笑顔を浮かべたままこのような歯の浮くような台詞を言い切った裏には、彼の凄まじいまでの精神力による努力があっての事だという事をティエナは知る由もない。
 何故そのような事をしたのかといえば、歳相応に女性を褒めるのには勇気がいる、ということもあるが、下手にどもったり動揺を表に出しては反撃の意味が無いからだ。

「――っ!? え、ええ、当然ですね、当然ですよね。わたしはアルセスの唯一無二のパートナーですから、ええ、そのくらいの感謝の言葉でなんて動じてません、動じてませんってば!」

 ティエナ、とはアルセスがもじった彼女の愛称であり――彼のみに発言することを許された愛称である。他の仲間内からは長ければティエルと呼べと命じているだけに、ティエナにとってはこの名は特別なのだ。
 まあ、たったの一言であっという間にしどろもどろになった事から二人の力関係は分かるというものだろう。
 ティエナは全く信憑性の無い発言によって隠し切れていない嬉しさが前面に出ている上に文句を言いながら満面の笑顔という器用な表情を浮かべているが、これを見ればこの二人の関係性など誰もがあっさりと推測するであろう。たった一人だけに許された愛称など、この二人からすれば今更騒ぎ立てるほどの事でもない、と。そのくらいには濃密な時間を過ごしてきたのではないかという雰囲気が滲み出ているのだ。
 幸い、と言うべきかこの車両に他に客が居なかった事はある意味で幸運だろう。独り身の男性でも乗っていた日には、苛立たしげに席を立ってもおかしくはない。
 ティエルライーナ改めティエナはおほんと咳払い一つすると少しだけ雰囲気を変えた。

「ま、まあ、それはさておき、アルセス? 何か嫌な夢でも見ていましたか。あまり、いい表情ではなかったようですけど」

 一転、悪戯心に溢れた表情はなりを潜め、真面目にアルセスを気遣うティエナ。
 アルセスは何でもないと首を振って否定する。

「ん? いや、何か昔の夢を見ていたような気もするんだけど……あまり思い出せない、というよりそれが昔かどうかも俺には判断がつかないし、な」
「んー、もしかしてまだわたしが人の属性を得てなかった頃の夢でも見ましたかねー。あの時、アルセスは力尽きてて寝てたはずなんですけど」

 周囲に人がいない事を知ってか、ティエナはそのような事を口にした。
 そう、彼女がこの姿を得たのは近年の事である。
 その正体はアルセスが持つ黒色の短剣に宿る「精霊」である。

 もっとも精霊というのはアルセス達が便宜上につけた名であり、その正体は不明。
 御伽噺のような話の中で、彼女を表現するのにもっとも近かったのがこの単語であったためであり、ティエナにとっては「姫」という自身を差す称号のほうが重要であり、他の人間が自分をどう呼称しようと興味は無かった。

 アルセスとティエナの付き合いは十年弱に及ぶ長い年月に及ぶ。

 その間、片時も魔剣と呼ばれたティエナの短剣を手放さなかった事を知れば、事情通の人間は首を傾げるか大きく驚くであろう。
 ティエナという存在にもそうだが、他にももう一つ大きな理由があるのだ。

「まあ、夢の事はどうでもいいか。それよりも時間的にそろそろ着くよな?」
「ええ、モードス大陸の中央、アルデステン王国の都ゼルダンタへの中間点、宿場街サンカーラまではもうちょっとですよ」

 南方の港町より列車に揺られること数時間。ようやく目的地に着くことを確認してアルセスは硬い背もたれによりかかった。座りすぎていて身体が強張っている感じもしたが、少々の辛抱だと耐える。
 自然と外の流れるような景色に視線が向いていて、ぽつりと感心したように呟いた。

「すっかり魔物避けの鉄柵は普及したんだな。こんな旅客車両でも安全な旅が出来るとはね」
「自然に対する脅威はそうでしょうけど、中からはどうでしょうね? ほら、この新聞記事見てください。過激派の思想集団がテロの標的に豪華客室を組み込んだ列車を乗っ取って暴れたって記事がありますよ。これぞ人間の安全に対する驕りというものではないでしょうか?」
「……そういう連中には乗り物の種類は関係ないんじゃないか? 隙があれば列車だろうが船だろうが脅迫の材料に乗っ取ってもおかしくないだろ」
「まあ、そうなんですけど、それなら飛行船くらいに警備や防犯にお金をかけても良いと思うんですが」
「それはまあ……けど、地上を走る列車と空を飛ぶ飛行船じゃあ脅威の度合いが違うだろ」
「乗客の命の価値は等しく同じじゃないでしょうか」

 痛いところを突く、とばかりにアルセスは困り顔になった。
 確かに駅の警備兵を含め、列車に常駐しているような護衛兵などの数に防犯、テロ対策、様々な要素が人類の新たな道である「空路」に比べて劣っているのは事実だからだ。

「人間は本当、技術ばっかり発展させるのは早いですよねえ。心は未熟なまんまで救えないですが」
「ティエナから見ればそうだろうな」

 アルセスは苦笑してティエナに言葉を返す。
 崩壊した文明から再び人間が文明を築いて300年弱。その大半を眠って過ごしていたとはいえ、ティエナは崩壊期からその歴史の流れの一端を見てきた生き証人だ。そんな彼女が言うのだから、確かに自分達人間は手に入れた力に対して心が及んでいないのは事実かもしれない、と。
 それでも、そんな時代に生まれついたことをアルセスは感謝していた。

「でも、そのお陰で世界を回るのも苦にならない。ティエナを本当の意味で解放する為の手段を探すのにも困らないんだから、悪いことばっかりって訳でもないさ」
「はぁ……これだからアルセスは困ったちゃんで困りますねぇ。ええ、本当に。世の中どれだけ悪人で溢れてると思ってるんですか。どれだけ力を手に入れたら見境無くアホや馬鹿が居ると思ってるんですか。そんなだからアルセス達の仕事は無くならないんじゃないですか。そんなだから……アルセスみたいな貴重な人種は損をするんじゃないですか。まったく……まったく!」
「ティエナ、顔が緩んでるぞー」
「う、ううううるさいですよー!」

 悪態を吐きながらも素直な感情は丸分かりのティエナだった。
 彼女にとって一部の例外を除いた大半の人間など、目に留める必要もない存在であるし、さらにその殆どが救いようの無い者ばかりだと判断している。
 それは魔剣(自身)を使われた経緯も含めてのことだ。力に酔った人間の顛末など大半がろくな最後ではない。長い時間、人間を見てきた彼女の評価がそのような最低に陥っているのも無理はないとアルセスは理解しているし、その点を否定するつもりもない。
 自分も含めて人間は馬鹿ばかりだ。
 アルセスは自分をそう評価する。何せ彼の旅の目的からして大半の人間からは失笑を誘うような内容だ。ティエナの言う愚かとは質が違うだけで、自身も愚かな人間の一人である事は否定しようのない事実であるとアルセスは受け入れている。

「ま、せいぜいわたしの為に世界を奔走してください。ようやく始まったばかりの旅ですし? しょうがないからアルセスがおじいちゃんになってそんな方法が見つけられなくてごめんなさい、って謝るまでは付き添っててあげますから。わたしって何て慈悲深い姫なんでしょーねー」
「ほー、つまり何があっても俺が天寿を全うできるように力を貸してくれると。いやー、そいつはありがたいなー、最古のオーファクトが力をフルで貸してくれるなんて、国の一つを相手にしても勝てそうだなー」
「え、ええ? ええ!? あ、うん、そうですね、わたしの全力なら大軍だろうが戦艦だろうがそりゃー木っ端微塵にしてやれますとも、もちろん!」
「そんだけの事をしたら、アフターサービスにどれだけ頑張ればいいんだろうな、楽しみだなー」
「う、うううう、うううっ! あーるーせーすー! 分かってて言ってますね!? 分かってて言ってますね!?」
「そりゃ、それだけ口元を引き攣らせながら顔真っ赤にしてたらな。いい加減、無駄に高飛車なキャラ維持しようとするのやめたらどうだ?」

 ティエナの居丈高な態度はアルセスに対してだけは半分以上は単なるポーズに過ぎない事を、彼はおろか周囲の仲間達にさえ周知の事実だった。
 発言の意図の裏はティエナの顔をみれば丸分かりであり、本音を覆い隠すような発言は必要ないのではと何度もアルセスは忠告しているのだが。

「ちーがーいーまーすぅー。これは格好付けとかポーズとかじゃなくて、わたしの! わたしから滲み出る高位存在としての誇りからの立ち居振る舞いなんですぅー」
「数年一緒にいる俺から言わせれば、極度の捻くれ者か、素直に気持ちを言えないだけじゃないかって結論が出てるんだけど」
「あ、アルセスもすっかり生意気になりましたね……! ふ、ふん、もしかしてもうこいつは自分の女だぜ、とかちょっと勘違いしちゃってるんじゃないですかねっ」
「そんなティエナの気持ちを踏み躙るような事は一度だって考えた事は無いぞ。むしろそういう面倒なところが可愛いとすら思っている」
「か、かわ――っ!?」

 たった一言でこの有様である。ブツブツと不満を言いつつも顔は満面の笑みという見た者を呆れさせる笑顔。
 もっともこんなやり取りすら、彼女が「肉体」を得てからは日常茶飯事であるアルセスにとっては微笑ましいものを見守るような笑顔しか浮かばないのだが。

 要するに――この二人は周囲を幸福にするようなカップルなどというレベルではなく、見た者を呆れさせるか胸焼けさせるほどのカップルなのであった。巷ではバカップルなどと呼称されるそれである。
 それを指摘したところでティエナは断固として認めないだろうが。アルセスが細かい事を気にしない大らかな性格なのも、ティエナのこの面倒な性質を助長した遠因ではあるのだが……そういう意味では出会うべくして彼らは出会ったのかもしれない。

『間もなく終点サンカーラ、間もなく終点サンカーラ、ご乗車のお客様はお忘れ物のないようご注意ください』

 ややノイズの混じる車内アナウンスに二人は顔を見合わせて立ち上がる。
 頭上の荷物であるお互いの鞄を降ろすと自然と目は外の景色に向かう。

「しかし、ルガーも気が利きませんね。どうせ仕事が王都だというのなら直接降ろしてくれればいいものを」
「セイブウイングはまだメンテナンス中だからな。サンカーラには飛行船の発着場はないし、陸路で行くなら列車の方が早いんだから仕方ないさ」
「本当に……陸も空も海も、ずいぶんと早く人間の手に戻ったものです。グラムピアもここまで早い復興は予測してなかったんじゃないでしょうか」
「見本となる『オーファクト』があちこちにあるからなあ……なまじ身近に成功例があると、なら俺達にも出来る! って思うのは普通じゃないか?」
「それが人間の強さでもあり――怖さでもあるんですけどね」

 その恐怖の象徴でもあるティエナの独り言に、アルセスはただ静かに肩を抱く事で応えた。

 ――所持者は例外なく栄光を手にし、しかし必ず手に入れてより一年と経たぬ内に滅亡も迎える。

 そのような逸話を聞いて人々が思い浮かべるのはたった一つのオーファクト。
 文明が崩壊する以前より生み出され、崩壊を免れた中でも古い古い時代に由来するオーファクトに名付けられる「最古のオーファクト」が一つ。

 魔剣ウェバルテイン。

 アルセスが()()、手放す事のなかった相棒たるオーファクトの逸話であった。
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