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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第16話 machine of Duel ~傀儡使いの医者~

 室内の広さは十分。天井の高さも合わせて閉塞感は感じない。
 場所による不利は無い、と判断しアルセスは思考を戦闘用へと切り替えた。
 感覚を研ぎ澄ませ、生き馬の目を抜くように勝利を――掠め取る強奪者の思考。
 それは正道邪道を問わずあらゆる手段を用いて勝ちを奪いに行く戦士にあらざる者の思考だ。

「まずは試す。フォロー頼むぞ、ティエナ」
「はーい、不出来なご主人様(マスター)の補佐は慣れっこですから~。どうぞご自由に――何があろうと貴方の身はわたしが守ります」

 前半の台詞と後半の台詞を180度違うトーンで言い放ったティエナもまたアルセスに寄り添うように並び立つ。
 姿勢を低くし獣のような俊敏さで距離を詰めたアルセスの右手には黒く光る短剣ウェバルテイン。
 刃渡り三十数センチという小型の刃物は、体格差だけならば子どもと大人にも等しい異形の巨人に挑むにはあまりにも頼りないように――傍目には見える。
 されどこの場の誰もがそれを見誤る事は無い。リオネスでさえ、短剣一振りで己の自慢の実験体に挑むアルセスを笑わない。
 ワンダラーの得物たるオーファクトは千差万別。見た目でその全貌が明らかになるという程度の道具ならば誰もが手を伸ばし欲しはしない。
 質の差は大いにある。特に開発時期の差によってその出来は歴然だ。ハズレも多くあるが、一級の品であれば急発展している今の時代の科学など軽く凌駕する技術の結晶と神の力もかくやとされる心機述構(グリモワルアート)を備えている。
 未だ人知の及ばぬ領域の力を秘めしモノ。それがオーファクトと呼ばれる存在だ。
 懐に潜り込もうとしたアルセスを潰すかのように振り下ろされた拳を軽やかに回避し、アルセスは鋭い薙ぎ払いのような横一文字を刻んだ。

「――シッ!」

 その短剣捌きは素人のそれではない。
 得物の間合いを把握した的確な位置取り。
 短剣ゆえの力の通し方。
 相手に合わせた太刀筋。
 その全てを経験と計算で理想的な剣筋へと昇華させるその技術は、全て弛まぬ鍛錬と過酷な戦線を乗り越えてきたからこそ。
 足を止めず縦横無尽に室内を駆け回る俊敏さは正道の武術のそれではない。
 右に左にと相手の視線を誘導し、大袈裟な動作に必殺の動作を紛れ込ませ翻弄する幻惑の技、曲芸(アクロバティック)の如き動きも織り交ぜた動きは残像によって分身したかのよう。
 高い敏捷性と優れた短剣の技術。その二つが合わさり振るわれる魔剣の切れ味はあらゆる物を断つに足る。
 刃は止まる事無く実験体の身体を滑らかに走った。そう、皮膚はおろか肉まで裂くに足るほどに刃は食い込んでいたのだ。
 しかし――実験体は無傷。
 血が通っていない、身体を構成する物質が生物のそれではない、様々な可能性が一瞬の内にアルセスの頭に浮かび上がるが、それ以前の問題であった。
 無傷、すなわち本当に刃は通っただけなのだ。傷口一つ残らぬ実験体は当然意に介さず、蹴る殴ると単調ながらも侮れない力でもってそれら乱雑に繰り出し暴れまわる。見切るのは簡単であったが、こちらの攻撃に効果が無いと知り、アルセスは一端距離を取る。

「剣は通った……はずなんだが」

 不可思議な感触ではあったが、確かに刃が相手の肉を裂いた感触があったと呟くアルセス。
 リオネスは満足げに薄ら笑いを浮かべているのを横目で確認したアルセスは、これが彼の想定外の事態ではない事を悟る。
 で、あればする事は一つだ。

「んで、分析担当のティエナさん。無学の俺にこのカラクリをささっと教えてはくれませんかね」

 相棒に丸投げすることだった。
 頭を使うことは嫌いではないが、自分があれこれ推測を立てるよりは即座に回答を導けるティエナに頼る方が早いのだ。戦闘では一瞬一秒を争う。無駄な思考にエネルギーを使うよりも、効率重視になるのは仕方が無い、と己に言い訳をしながら。

「はーい、ではでは頑張れば分かりそうなくせにわたしに甘えたがるアルセスの為にティエナちゃんの解説~。結論から言いましょう、あれ、ようするに液体じゃないスライムです。単純な切断や物理的な破壊に対しては細胞同士の結合力が物凄く高いんでしょう。だから切れるけど切ったその場でくっついちゃうんです。多分千切れても一緒でしょうね」
「ああ、なるほど、そういう……って、それって地味に凄いんじゃないのか?」

 打つ手が無く相手から逃げ回るしかない、という風に見せかけながら二人は相手の情報を共有して行く。
 粘性の液体の身体を持つ魔物であるスライムは様々な派生種がいるが、その多くが物理攻撃による対処のしづらさが問題となる。
 打撃武器はその柔らかい体によって受け流され、突き刺す、斬るといった刃物による攻撃で少しずつ相手の本体から身体を切り離し、核となっている部分を壊す事で討伐するのが一般的だ。
 揮発性の物質を含んでいることが多いため、火による攻撃も有効だが生息地が水場であることが多い事から火を持ち込むにはそれなりの工夫が必要でもある。一番有効なのは衝撃を生み出す闘術で内側から破裂させる事などだろうか。

 それらの対処法をあの実験体に通じるかどうかを考慮すると――難しいと判断せざるを得ないとアルセスは考え込む。
 切り離す、では恐らく難しいだろう。見かけの割に決して鈍重とは言い難い。自身で腕や足を回収できれば即座に修復されるのならば持久力はかなり高いと考えられる。
 現状の銃火器が通じるかと聞かれればかなり答えは微妙だ。
 大型の重銃火器を数種持ち出し火線を集中させれば撃破は可能だろう。だが、一体に対してそれはあまりに効率も費用もかかりすぎる。これが量産され、対銃火器装備などを身につけ隊列を組んで現れたら――とそこまで想像するとどれだけ厄介かは嫌でも理解できた。
 さらには使っている技術こそ徒手空拳の真似事だが、動き自体は人のそれに近い。
 恐らくはある程度の動作の基準に格闘技の技術が組み込まれているのだろう。リオネスが手塩にかけて育てているというのが窺える手の込みようだ。
 そのカラクリをティエナは次々と解き明かす。

「んー……脳の覚醒を促すのもそうですけど、あの医者のオーファクト、恐らく遠隔操作の類のアートが使えますね。さっきから微妙な信号であのバケモノと医者が繋がってますから」
「手を使わず人形遊びしてるってか? 良い趣味してるなあ、お医者様」
「ま、この手の洗脳やら催眠やら遠隔操作やらは、知性の高い生物にはまるで通用しませんからね。生み出された経緯も賢くない魔物を出来るだけ低コストで追い払いましょうって目的ですし。だから、この実験体も学習は出来ても知能はそう高くないんじゃないですかね?」
「反抗されても困るから……というよりは」
「ええ、コストがかかるからでしょう。それに意思や知性というのは時として――妙な覚醒を促したりします。主の意のままに動く人形が欲しいのなら――善悪の判断にまで思考が及んでしまいかねない高度な知性など足かせにしかならないでしょう。道具に意思なんてあっても役に立たない、とは昔からよく聞きますからね」

 ドオン、と轟音を立てて実験体が床を叩く拳を悠々と避けながら、皮肉るようにティエナが笑った。
 道具でありながら身体を持ち意思を持つ異端たる己を笑うかのように。
 けれどもその笑みも長くは続かない。即座にアルセスがティエナに駆け寄り、足と背中を支えて運び去ったからだ。見ようによっては実験体の丸太を振り回すような蹴りから彼女を庇ったようにも見えるだろう。だが、そんな必要は微塵も無かった。その攻撃にはティエナとて気づいていたし、彼女の身体能力なら見てから判断しても避けられる、その程度の攻撃だった。
 それをまるで絶対に手放さない、という意思を示すかのようなアルセスの行動にティエナは彼の腕の中から思わず顔を見上げてしまった。

「いいんだよ、俺は何でも言う事を聞く人形が欲しかったわけじゃないんだから。ティエナがいてくれたから――俺はこいつを使える」

 静かに彼女を下ろしアルセスは己の手の黒き短剣を構えなおす。
 栄光と滅亡もたらす破滅の魔剣。その異名だけが一人歩きし、人々が恐れ、しかし渇望するだけの力を秘めた最古のオーファクト。

「ティエナが意思ある道具であったから、俺はこの命を繋いでこれた。あの日――死なずに済んだ」

 記憶はおぼろげだ。ただ胸を焦がすような寂寥感はあったが、それでも失ったものへの実感が未だあやふやだから。
 気がついたら全て失われていた。アルセスにとってはそれだけの感想しか思い浮かばない。思い浮かべられない。
 彼が全てを悟った時には終わっていたのだから。

「さ、医者のくだらない玩具のせいで感傷に耽るのはそれくらいにしようぜお姫様。相手の性能は割れた。なら俺達は俺達二人で――それを上回れば良い、それだけだろう?」

 だからアルセスは何があろうとウェバルテインを手放さない。
 それは己の相棒と繋いだ手を離すに等しい。
 あの運命の日に、彼女に手を伸ばした決意を否定するに等しい。

 誓いは常に胸に。決して彼女の素直ではない信頼を裏切らぬという真っ直ぐな決意を――

「……ふん、だ。アルセスはここぞという時には口が回りますね。平々凡々の人生ギリギリ飛行の男がわたしのような高位の存在をそんな安っぽい言葉で励まそうなんて、神経は並の人間より図太いですよね、ほんとうに」

 言葉とは裏腹に小躍りしそうなほどの高揚感と共にティエナは受け止めた。
 彼女から見てアルセスは決して才溢れる者ではない。
 後天的努力で伸びてきた幅は人間の中でも大きい方だとは評価している。
 重ねた努力の時間も質も大したものだと認めるほどだ。
 だが、天賦の才として持ちえたのは残念ながらワンダラーの資質だけだろうと。
 今でこそ、一流と呼べる技術の数々も全ては会得するに相応しいだけの年数を重ねたからであり、その努力が実る程度の才はあったというだけだ。
 世の中には今のアルセスの域に達するのに、彼の半分の時間も要らない者だっている。
 アルセスは本当に極々普通の少年が持っている程度の器でしかなかった。過酷な戦場を生きるには、本当に綱渡りの日々になるであろう事が、あの雨の日より分かっていたことだ。

 それでもティエナはこの少年に強く焦がれた。
 今でさえ敵の攻撃を避けながらの会話だという状況でありながら――アルセスの言葉はティエナの心を強く打つ。
 道具であることを肯定するのと同時にティエルライーナとしての存在すらも肯定する。
 それなりの数の人間の手に渡ったが、積極的に声をかけようと思ったのは後にも先にもアルセスだけだ。
 欲望に酔った者、力を欲した者、様々なものがウェバルテインを手に取り、しかし己の思うままに力を振るっては自滅していった。

 その中でもアルセスは本当に普通の少年だった。
 そんな少年は素直に彼女に頼る。己の非力を認めた上で共に歩んで欲しいと。
 力を欲し、しかしその実、ティエナという少女を求める少年。

「ほんとうに――アルセス以外じゃそんな言葉、嬉しくなんてないんですからね!」
「俺だってティエナ以外にこんな事言わないっての」
「当然です。浮気なんてしたら死なない程度に殺します」
「どうして浮気という発想にまで飛ぶのか……ま、いずれにせよ、だ」

 センチな気分になるのはもういいだろうと二人の瞳に真剣さが帯びる。
 これ以上の時間稼ぎも分析も不要。
 後は――その力を解き放つのみ。

「打ち込みは俺がやる。ティエナ――心機述構(グリモワルアート)の発動は任せた」
「ええ、一発で決めますよ。あの手の再生魔物って半端にするのが一番手間がかかるんですから」
「全くだ。そろそろ暖かいベッドが恋しいし、さっさと仕事を仕上げるか」

 その一言でアルセスは手の中のウェバルテインの「鞘」に手をかけた。
 無論、物理的に存在する鞘ではない。ただ一つ――リミッターを外しただけ。
 瞬間、黒い刃の鍔の宝石から黒い光が溢れ出す。
 静かに、そして刃を軸に収束したそれは黒い短剣を――黒い長剣へと変貌させる。
 その刀身は明るい実験室においては異様な程に黒く、そして月の無い闇夜であってもその底知れぬ黒は浮かび上がるのではないか、そう思わせる程の深い闇の色であった。
 それを目にしてリオネスは今日初めて驚愕に目を見開いた。
 オーファクトをある程度知れば誰でも聞くだろう、その魔剣の名が即座に脳裏に浮かび上がる。
 馬鹿な、という驚きと、まさか、という疑念が同時にリオネスの胸中を占める。

『そ、それは……その形状にここからでも感じる力の波動……まさか、まさか!?』

 ありえない、否定してくれ、という願望が僅かに声音に出たのをアルセスが察したのか彼は意地の悪い笑みでガラスの向こうにいるリオネスにこう答えた。

「ああ、そのまさかだよ。中々物知りじゃないか、リオネス先生。存在自体が眉唾だって言われてるのに、さ」
『で、では……本当に……本当、なのか? それが……かの小国が滅ぶ原因になり……一人の兵士が将軍にまで昇りつめ……しかし、そのいずれも……関わった全てに栄誉と滅びがまつわるあの……!?』
「ああ――最古のオーファクトが一つ、ウェバルテインさ」

 アルセスはまるで恋人を自慢するかのような笑顔でそう宣言したのだった。
 さあ、本当の恐怖を教えてやろう、と少年は笑う。

 己の意思だけではその剣は命を食い尽くす。
 己の意思だけではその力は振るわれること無く眠ったまま。

 互いが互いを補え合えばこそ、真価を発揮する魔剣の所持者――人知れず呼ばれたその名は。

 双宿双飛のワンダラー。
 
アルセスの戦闘イメージはこの界隈では有名な
月○の漫画版を参考にしています。
あれの戦闘シーンはガチで神がかっている。

それはさておき、ようやくタイトルの意味合いが
出せました。そしてバトルですら砂糖が止められない
こいつらを作者はどうしたらよいのかw
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