挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

16/30

第15話 仮面の下の狂気

 王都をくまなく覆うように走る地下下水道網もその全てが都市全体に広がっているわけではない。

 例えば、元々地下にまで及んでいた王城の真下や、都市外周に近い住宅区などの防衛上や建築上の問題で地下を掘り進める事が叶わなかった箇所は広範囲に及ぶ。
 それでも、下水道は地表近くではなく現在の施工技術を駆使して随分と地下深くに張り巡らせるのが現代の基本である。だからこそ、アルセスとティエナはこの地下室の深さは異常だと判断した。降りた深度を考えれば間違いなく下水道の工事の範囲内に引っかかる。それでもこの地下室が存在する意味とは――この場所は館が建築された時から存在した、という事実である。
 館の建っている敷地の範囲を考えれば少々大掛かりな研究や開発も人知れず行えそうだ、という印象を受けながらレンガ造りの地下室の廊下を見渡し――思わず顔を顰めた。

「……微かどころじゃない程に血の匂いがするな。ここの主は医者のくせに仕事場を清潔にするって概念がないらしい。とんだタヌキな医者もいたもんだぜ」

 あくまで声は抑えてはいるが、廊下には物音一つしない。加えてあまり広くない廊下の作りはどことなく研究室や実験棟といった施設のような廊下を思い起こさせる幅だ。
 灯り一つ無い廊下は本来ならばランタンなり懐中電灯なりを持ち込んでくるべきなのだろうが、不意の遭遇で場所を知らせる事は避けたい。アルセスはこのままティエナの暗視の力を借りて進むと決めて、気配と物音を殺しながら慎重に歩を進めて行く。
 見上げると天井がそこそこ高い。室内の広さはどれ程かわからないが、いざ戦闘となったら狭くて戦いにくい、という可能性は低いな、などと考えながら一つ目の扉に差し掛かった。
 廊下はまだ先には続いている。視線の先には微かに壁が見えているが、歩いた歩幅から察するにやはり東館部分に相当する敷地にしか地下室は存在していないようだ。
 実に非合理的な作りがますますアルセスの中で疑念を高める。
 後ろのティエナに振り返り、中の様子はどうかと目で尋ねるとティエナはやんわりと首を振った。
 どうやらこの室内には生命反応はないらしい。

「……周りの作りの割に扉は新しいな。やはり元々存在した地下室を新たに手を加えたのか? 業者にでも頼んだらそこから足がつきそうだが」
「仕事を頼んだ後は『材料』になったのかもしれませんよ」
「……理屈は分かるがあまり気持ちのいい想像じゃあないな」

 口封じ兼研究材料という流れそのものは想像も出来るし理解もするが――不快と感じないとは限らない。
 それを理由に相手を糾弾出来るほど立派な人間ではないことをアルセスは痛いほど理解しているが、だからといって紛れもない非道に対して何も感じないほど心を殺した覚えはない。
 静かに踏み込んだ室内は――二人の予測を裏付けるものだった。
 放置こそしていないものの、血に汚れた形跡の目立つ実験台を筆頭に怪しげな物品を収めた棚、実験器具に大掛かりな装置、資料の類などが乱雑に散らばった――血濡れの実験室。
 今は真っ暗だが室内灯の設備はあるようだ。罠の類がない事を確認すると、アルセスは机の上に広げられた書類を斜め読みしつつ状況の検分を始めた。

「……専門的過ぎて俺にはざっくりとしか分からないが……これは生体兵器の研究……か? 一時流行った魔物を利用して合成生物を作ろうとしていた禁忌の実験に似た内容がある」
「アルセスは相変わらず勉強が足りませんね。そこまで単純な実験ではないですよ、これ。研究過程で生まれた副産物には人体強化の薬物や、世界基準で倫理的に認められていない人体改造の域にまで及んでます。学の無いアルセスではそこまでは読み取れないでしょうけどー」
「そりゃ、俺は学問の学の字もない田舎の生まれだし親父に拾われてからは偏った知識ばっかり学んだしなあ」
「そう、つまりアルセスの足りない知識を補ったわたしを褒め称えていいんですよ?」
「ありがとうティエナ。至らない俺をいつも助けてくれて感謝してる」
「……ほんっとーに、アルセスは素直だから時々腹が立ちます」

 実に理不尽なお怒りを抱くティエナに、アルセスは困惑気味だった。

「……ご要望どおりにしてるのに何故怒る」
「嬉しさ余って怒り十分の一くらいの感情が胸の底からこう……ごごごって湧きあがるんですよ!」
「そこで怒鳴るのにも必死に声を抑えてる辺りはプロだよな」

 しかし、アルセスもティエナのこの複雑な感情には慣れっこだ。この程度の事も受け流せずして少女と組んでの仕事は出来はしないのだ。
 それは夫が妻のワガママも笑って受け流す様に似ている、と一家の誰かが言う程に。

「しかし、ティエナ。さっきも言ったように俺には大雑把にしか分からんがこの研究、どう見ても魔物を使う方がメインだろ? 何で人間の血やら肉やらが必要なんだ」
「触媒でしょう。アルセスも知ってのとおり心気を扱う機構を始め、オーファクトを扱う技術などは遺伝する情報の一つです。魔物と人間の間で子ども――などというおぞましい発想は置いておきますが、何かの形で――心気を扱える魔物に酷似した生体兵器を生み出せたら? そしてそれが量産できたら? などと発展の方向性を考えて行くとこの医者の目的は概ね見えてくると思いますが」
「……軍事利用による名声と富か」

 人型の魔物――いわゆる亜人と呼ばれるような魔物は今現在でも一定数存在し、魔物の中では高い知能を備えているケースも多い。集団で山賊まがいの行為にまで及ぶケースもあり、最近では何処から奪ったのか銃火器を扱う種まで生まれているといいタチが悪い。

「人間の心気による身体向上術や様々な戦闘技術を基軸にし、なおかつ頑丈でさらには再生能力などを持った大型の生体兵器の研究から始まり、そこからコストを抑えての大量生産までの筋道なども視野に入れていますね。明らかにどっかの国の軍部がこっそり欲しがりそうな要素を押さえてますよ。かつての時代にもいましたが、どうしてマッドな発想をする人間というのは現れてくるのか。数百年経っても変わらないというのは恐ろしいものですねえ」
「それで、あからさまに人間の身体を使ってないわけか。血や腕とか足とかだけで済むなら……軍なら調達に事足りないものな」
「まあ仮にこの生体兵器が採用されれば怪我をする兵士も減るわけですけど……少量なら難しくは無いでしょう。人を生きたまま利用するわけではないから、と倫理的な部分で目をつぶりやすい要素で実験している辺りもハードルを下げているように思えますね」

 医学、薬学の発展に治験という過程は必要だが、一歩間違えば人体実験に踏み込みかねない領域である為、何処の国も批判を避けるために倫理規定は厳しく設けられている。
 この実験はその倫理観に真っ向から対立しない事に念頭が置かれている。目を瞑るだけのリターンが生み出されれば飛びつく者が現れかねない。
 これくらいならギリギリ許されるだろう、と魔が差すような内容だと。
 アルセスが呆れて書類を元に戻したところで、隣の部屋から震動と共に轟音が響く。

「……んで、今まさに実験中、ってか?」
「生体反応はありますから間違いないでしょう。後は……うん、色々混ざってる大きめのが一つほど」

 それが件の生体兵器で間違いないとアルセスは確信する。
 証拠も動機も十分。最早これ以上調査の必要はあるまい、とアルセスは思い切って隣の部屋に踏み込んだ。
 敢えて乱暴に扉を開けることで乱入者の印象を植え付ける。まずは相手がどのように動くかを見極めるためだ。幸い、この部屋は今アルセスが入ってきた扉以外に出口はない事は判明している。

 その部屋は、部屋というよりは試験場に近かった。
 明るく照らし出された室内は真っ白に統一された部屋であったが、天井は高く広々としていた。
 だだっ広いスペースの角に実験室にあった機材よりもより大掛かりな設備が整っているが、そのスペースは培養層のようなカプセルが置かれているスペースとガラスと壁材で仕切られている。
 その向こうに――それはいた。
 浮き出た血管があちこちに走っている褐色の人型、しかしその身体を構成する肉は筋肉というよりは脂肪が醜く膨れ上がったようで、アルセスにはより醜悪になった豚人間の魔物オークを思い起こさせた。
 突然乱入してきたアルセスとティエナの姿を見て眼鏡をかけた白衣の青年――医者リオネスはしばし驚いた顔を見せたが、動揺を表に出さずに静かに呟いた。

「……ふむ、こんな夜更けに他人の屋敷にズカズカと踏み込む君達は何者かな?」
「訪問のベルを鳴らさなかった無礼はお詫びするよ、リオネス先生。俺は――アンタが隠し持ってるオーファクトが欲しくてね。真正面から譲ってくれと言っても首を縦には振らないだろうから、こうしてアンタの秘密を探りにきたってワケさ」

 事実を悪びれもせずに堂々と言い放つアルセス。ティエナの暗視の力のせいで部屋の明るさによって少しだけ目が眩んでいたのだが、そんな様子は露も見せずに。

「ワンダラーの泥棒とは……まあ、このご時勢では珍しくもないか。しかし、当てが外れたね。私はそのような物は所持しては――」
「面倒なので断言しますが貴方の白衣の内側にしまってあるそれがオーファクトですよね? 先程から全身の心気の流れがそこに集中していますし、そこから貴方の……頭に作用していますね。常時覚醒型のオーファクトでしょうか」

 しらばっくれようとしたリオネスに対して、あまりにも的確にまるで見えているかのように追及するティエナの物言いにリオネスの穏やかな表情が僅かに崩れた。
 そもそも優れたワンダラーであっても相手の得物を確かめもせずにその具体的な能力を見抜くことなど不可能に近い。
 だというのに、その詳細を告げられた。その事実をリオネスは――

「……そうか、既に下調べは済んでいたという事か。教会の手の者、ではないな。とてもではないが信心深そうにも見えないし――吐き気のする香の匂いもしない」

 自分が随分前から目を付けられていたのだと誤認した。バレていないのは自分だけだったと己の迂闊さを呪って。
 その勘違いをわざわざ是正する事無く、アルセスは淡々と告げた。

「アンタの研究にもやることにも俺たちは興味がない。その懐のオーファクトさえ渡してくれればアンタの好きにすればいいさ」
「ほう? 私の実験を知って止めに来たのではないのかね」
「共感も感心もしないが、俺も俺の目的の為に好き勝手やってる身だからな。俺の邪魔にならないなら潰すつもりもない。いずれ、アンタのやってる事が気に食わない連中が勝手に潰しに来るだろうさ」

 そう、アルセスが手を下す事無く、この手の非道はいずれ露見するものだ。
 ならば不要な労力を使う事無く目的だけを達せられればそれでいい。アルセスはそう考えてのことだったが、リオネスは薄ら笑いを浮かべながら首を横に振った。

「中々に魅力的な申し出だが断らせてもらう。この実験は――私の知恵だけでは到底時間が足りない。このオーファクト無くしては研究が日の目を見ることは無いだろう。私は私が生きている間にこの研究を発表し、世に知らしめねばならないのだ」
「――そうか」

 ならば、とアルセスは身構える。
 構えは無手のまま。これから戦う相手に自分から手の内を晒すつもりは無いとばかりに。
 相手が譲らぬならば奪うまで。それが自分に必要の無いものであったとしても仕事はオーファクトの入手か破壊が目的。言葉による交渉が失敗に終わったのならば――後は力による物理的な対話のみ。

「ふふ……随分と腕に自信があるようだが、これを見てもまだその強気が保てるかな?」

 一歩下がったリオネスが机の上のスイッチを押すと、ガン、という大きな音と共に室内を二つに分ける仕切りが――シャッターの様に天井に収納された。
 それはすなわち――彼が生み出した怪物とアルセス達を隔てる仕切りが無くなった事を意味する。
 代わりに設備とリオネスを隔てる仕切りが天井から素早く降りてきた。
 あれではリオネスは部屋から出ることは出来ないが、代わりにこの怪物がどれ程暴れようとも、貴重な資材もリオネス自身にも害が及ぶことは無いだろう。

『扉はロックさせてもらった。ワンダラー相手に戦闘実験が出来るとは私は実にツイている。無粋な侵入者よ、私の研究の礎となる事を光栄に思うがいい。いずれ――軍事に革命を起こすであろう私の名誉の礎にな!』

 天井からリオネスの声が聞こえて来る事から、どうやら防音までしっかり対策されている壁であるらしい。
 ズシン、ズシン、と鈍重な、しかし重厚でもある足音を響かせてアルセスより一回り大きい巨体の生体兵器がゆっくりと二人に迫る。

『制御を解除、さあ、実験体二十三号! その性能を存分に発揮しろ!』

 人知れず、医者の悪意の下に邪悪な臨床試験が始まった。
 
きょ、今日こそ砂糖供給は微糖だよね!(震え声
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ