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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第14話 夜に隠れし素顔

 その日の夜は――月のない夜だった。
 空を覆う雲は厚く、翌朝に雨を予感させる肌寒い空気が満ちている。
 間もなく日が変わろうかという夜。王都でもごくごく普通の所得を得ている人々が住む静かな住宅街の外れにひっそりと佇む白い洋館、否、病院へ音も無く二つの影が忍び寄る。
 周囲はほぼ無音。館を囲む高い鉄柵で縁取った塀から道を挟んで建ち並ぶ周囲の家々の明かりも消えているような時間に、その訪問者達は現れた。

「アート、機器類、オーファクト、どの類の警戒装置や仕掛けの類はありませんね。無用心なのか、それとも見咎められても問題ないと考えているのか」
「あまり厳重な警戒を敷き過ぎるのも目立つだろう。何かありますよ、って自分から暴露するのに等しい」

 警戒しすぎて挙動不審な人物が怪しく見える理屈と一緒だ。
 治安的にも問題がない地域で、異様な程に厳重な警備を敷くのは逆に不審を抱かせるだろう。
 もっとも、それが目に見える形であれば話は違うだろうが。
 それでも営業している間に門番として私兵が立っている程度の警戒であればともかく、オーファクトや心機述構(グリモワルアート)による特殊な結界などが張られていたりすれば――その筋の人間には要らぬ興味を抱かせる。

「……現在活動中の生体反応が屋敷の地下部分に相当する箇所からありますね。西側の方の方々は完全に眠っているようです。東側から侵入すればそちらへの警戒は必要ないでしょう」
「この時間に地下で活動している、ね。真っ当な勉強や研究なら別にそれもおかしくはないんだろうが……」

 ティエナの手元には淡く光る文字のようなものが円となって一定の間隔で回転し一つの形を為していた。
 アートを使用する際に起こる現象で、本来であればオーファクトの周囲に引きおこされる現象である。それを手元で引き起こす、それだけで知る者が見ればティエナの特異性を看破されてしまう情報の一つなのだが、アルセスもティエナもそれを大っぴらにこそしないが、敵対者にそれと知れても問題が無いので使用には躊躇する事は無い。
 オーファクトはその作成時期が古いほど特殊かつ強力な物が多く、古い物ほどその詳細が判明していない。
 ワンダラーであれば「そういうオーファクトもあるのか」の一言で済ませられるくらいに多様性に富んでいる。きちんとした体系や技術の種類などでカテゴライズ出来るのは後期開発されたオーファクトに限られるのである。
 武装としての側面が強いのは歴史が古いものほどその傾向が強く、戦いの為に作り出された道具であるという部分が強調、或いは求められてきたからだと分析されている。事実、大半のオーファクトが戦闘用だ。誰にでも扱えるようにとマイナーチェンジされ汎用性を持たされたものは、技術こそ共通しているが心気を必要とせず、あくまで機械だけでは難しい用途を満たすために製作されたものが多い。

 ワンダラーと呼ばれる者達が特殊な活動に身を置く事が常となるのは、扱える物の用途の専門性の高さにもあるのである。その専門職に就くためにオーファクトを手に入れるか、オーファクトを手に入れたからこそその道を目指すか。スタート地点がどちらになるかは人それぞれであるが。

 アルセスとティエナは物音一つ立てずに建物の影まで移動する。
 その足運びから気配の消し方一つとっても熟練の技によるもので、その技術の高さはアルセスがティエナに頼りきりではないことを物語る。
 位置としては丁度一階の部屋に通じる扉のある廊下の奥。両開きの窓のある壁の下に辿り着いた二人は周囲を警戒しつつ様子を窺った。

「……真っ暗ですね。元が住居用の館ですから足元を照らすような室内灯なども取り付けてはいないようですよ」
「入院設備は……二階だったか」
「ええ、今は患者はいなかったと思いますが。そもそも、重病人が運び込まれる事は滅多に無いみたいですけどね。長期入院が必要であれば、もっと設備の整った大病院を紹介しているそうですので。あくまで緊急用としての設備らしいですから」

 助手を通して小耳に挟んだ情報をティエナが話すと、アルセスは納得したように窓から目を離ししゃがみ込む。

「鍵は枠の内側についてて外からは弄りにくいタイプだったな。やれるか、ティエナ?」
「ええ、お任せあれ。仕込みも道具も不要。ティエナちゃんの念動でちょちょいのちょいですよー」

 簡単に言うが、ワンダラーであっても心機述構(グリモワルアート)を使いこなすのには習熟と練習が不可欠だ。持ったら即座に最大効率で扱える、などという魔法のような道具の類では決して無い。才気はあれども使いこなす技術に関しては別なのだ。
 そんなアートをティエナはまるで手足の様に扱える。本人がオーファクトの化身であるからか、はたまたそれが彼女の性質によるものなのか。その理由をアルセスは知らない。
 それは彼女を知る事と彼女を暴く事とはまた別だというアルセスの認識からでもある。
 アートを使うこと、それが彼女の身を危うくしていないという事実だけ知れれば後はいずれ分かる事だと追求していないし、ティエナもまたそれ以上は語らない。
 二人にとってはそれは重要な事ではないからだ。

 ティエナが軽く力を使い念動――手を触れずして物を動かす力――を発揮し内側から鍵を外された窓は簡単に開いた。アルセスとて開錠の技術は持っているが、それも鍵穴があればこそだ。
 軽々と窓枠を越えて、やはり音も無く廊下に着地し素早く窓を閉める。一瞬の早業だ。彼らにとってセキュリティの低い屋内に侵入するなど赤子の手を捻るに等しい。
 さて、とアルセスは廊下を見渡す。一階は待合室と連結された診療室があり、廊下の奥、すなわち今アルセス達がいる場の近くにある扉は倉庫であったと記憶している。
 万が一にも見つからぬように地下室を作るとしたら何処か。

「診療室からだな」
「そうですね。まずは一番の本命から調べるとしましょう」

 隠し部屋にするにしても不特定多数が出入りするであろう待合室に入り口を作るのは考えにくい。隠すのならば常に目の届く場所をこそ人は求めるもの。
 二人の見解は一致し、少し進んだ先にある診療室と書かれた扉のドアノブを回してみる。
 鍵はかかっていない。

「……無用心なのか、それとも粗忽なのか判断に悩むな」

 よもや誘い込まれている、とは考えにくいがアルセスは待ち伏せの可能性は捨てずに慎重に診療室へと足を踏み入れた。対象が自分ではなく別のターゲットの可能性が無くもないからだ。
 清潔なベッド、整理された机、鍵のかかったキャビネットとおよそ医者としてはまともに整頓された室内。待合室に繋がっている扉の方には鍵がかかっていたが、そちらを調べるのは後回しでいいだろうと判断し、アルセスはまず床を這うようにして家捜しを始めた。

「俺は床を調べてみる。ティエナは壁にも隠し扉の類がないか探ってみてくれ」
「はいはい、面倒ですけど、家捜しに向いたアートをわたしは持って無いですからしょーがないですね」

 ぶつくさ言いながらもティエナは鋭い目で周囲の観察を始めた。
 不自然な調度品や家具は無いか。
 机の裏や引き出しの下は基本中の基本。
 さらには普段人が意識しないような死角に何か無いかと探り始める。
 ティエナが使うアートはあくまでオーファクトの力であり、万能の神の如き力では決して無い。
 先程の館内の生命反応を探ったアートとて、あくまで探索範囲内の生物の状態を知覚するというだけの能力に過ぎない。その範囲に地下が含まれていたからこそ、この館に地下がある事が分かったのだが、それとてリオネスが今日地下にいなければ判明しなかった事だ。
 だからティエナは――学習する。自身のアートだけでは補えぬ技術はアルセスと同じように訓練し、学習し、理解し、己の技術とした。その努力を彼女はアルセスの為にという一心だけで怠る事は無かったのだ。
 家捜しを始めてほんの数分。

「……ここ、床から返って来る音が若干おかしいな。響いてる」
「アルセス、見つけましたよ。参考書の入った本棚の一番下に妙なスイッチが」

 その位置は奇しくも本棚の隣に空いたスペースだった。部屋の角に位置する場所であり、物が無くても不自然ではない位置だ。
 ティエナが見つけたスイッチも本をどかし、側面の一部をスライドさせる事で開く仕組みになっており厳重に隠してある。
 雇い主の本棚を漁る助手などまずいないだろうし、掃除の為にとどかしても側面をいじる、という発想にまでは至らないだろう。いかにも怪しいスイッチを二人は簡単に押した。そうでなければここまで忍び込んだ甲斐もないのだから。

「……スイッチを押した瞬間、微弱な信号反応が床に飛びましたね。てっきり本棚を通して床と回路を繋いでいるのかと思いましたが……」
「最近じゃ遠隔操作の為に電波やら信号やらを利用する機器は増えてる。今後もこういう、物理的な隠し方だけじゃなくて大掛かりな仕組みで隠し部屋やら秘密基地やらを作るヤツらは増えるかもしれないな」
「うちの本アジトに比べたら玩具みたいなものですけどねー」
「それは言わないでやれよ」

 実態が知れたらそれこそ国が奪いに来そうな秘密の塊である本拠地の事を思い出しながら苦笑いをするアルセスの前で、ゆっくりと角の床がスライドしていく。
 やがて開ききった床下から現れたのは地下へと向かう階段だ。少々狭いが降りるには十分だし、いざという時に駆け出すことも出来ない程狭いという訳ではない。だが、この場で戦うには間違いなく厳しいだろう。

「退くとなったら足止めのアートを頼む。この場じゃ俺もティエナもまともに戦えない」
「正面からガチの殴り合いとかスマートじゃないですもんね。ですけど、これ……」

 ティエナが開いた扉に手をやって難しい顔をし始めた。
 スイッチからの信号を受信する装置の類があるだろうと当たりをつけ、この隠し扉の仕組み事態を探っているのだ。普通の技術者であれば、基盤なり回路なり、ある程度分解しなければ分からない中身を彼女はただ手で触れ目で見るだけで分析する事が可能なのだ。

「……多分、開きっぱなしにはなりませんね。降りた先にこのスイッチと同じ役割を果たすスイッチがあるはずです。それは探しておきましょう」
「なるほどな。逃げようと思ったら出口が塞がってました、は笑えないな」

 階段の周囲には灯りもない。アルセスは手早く携帯式のライトを取り出して周囲を照らす。

「……暗いな。余分な灯りはつけてないんだろうか」
「秘密の地下室に快適性を求めないと思いますよ。それにどれだけの規模の地下室か分かりませんが、電気も食うでしょうし」
「物音はしないな。防音はしっかりやってるって事かな」
「これだけの大掛かりな施設を作ってますからね。隣近所に聞こえるようなヘマでバレたくはないんでしょう」
「ここまでやっておきながら、実は真っ当に研究してただけです、だったら俺達はとんだピエロになるな」

 実際問題ありえないことではないのだ。あの好青年の裏の顔がティエナの言うような醜悪なものであったとしても、研究内容自体がギリギリ法にも触れず、アルセス達の仕事の見解で見ても問題にならない可能性はまだゼロではない。
 だが、アルセスのそんな呟きをティエナはありえないと断じるかのように横に首を振った。

「すみません、アルセスには分からないかもしれませんが――階下から微かにするのは血の匂いです。それにわたしにも感じられるくらいあまり良くない気配も」
「……親父の見立ては外れない、か。ライトは消していく。ティエナ、暗視のアートをかけてくれ」
「ええ、どうやら敵は思ったよりも曲者かもしれません。アルセス、油断なんかしないでくださいよ?」
「ティエナがいるのに無様は晒せないさ」

 それに、と付け加えてアルセスはベルトから提げている鞘をぽん、と叩く。

「ウェバルテインの所持者としてうっかり、なんて真似も出来ないしな。そして隣にティエナがいるんだ、負けるなんて微塵もありえないね」
「強気はいいことですけど、慢心はダメですよ? 男の人はちょーっと興が乗るとすーぐ頭から慎重とか警戒とかが抜けてっちゃうんですから」
「その穴をティエナが埋めてくれるから俺は大丈夫だって言ってるのさ」

 信頼に満ちた笑みを浮かべて断言するアルセスにティエナはあっという間に顔を真っ赤に染める。

「なっ……そ、その不意打ち気味にいい顔をするのはやめてくださいと、あれほど! 全く! わたしに対する礼儀がなってません! 女性を不意打ちでうろたえさせるとか、それが人間のやることですかっ!」

 普通じゃないかな、とアルセスは思うのだが言っても通じなさそうなので口を閉じる。代わりに頭をなでる事でティエナの機嫌を取ろうとして失敗していたが。
 そして緊張感に欠けつつも普段通りの自然さに戻った二人は医者の狂気が隠れた地下へと潜って行くのだった。


 
シリアスだけど砂糖は微供給(微?
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