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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第13話 医者

 グラムピア暦の黎明期の時代には人類が絶滅するかしないかのギリギリのラインで人口をかろうじて保っていたと伝えられる。逆に言えば、そこまで人類は数を減らしたのだ。まさしく生存戦争の始まりの時代でもあった。
 偏にそれは、文明崩壊と同時に数え切れぬ人命が失われ、生き残った人々も日々魔物の脅威に晒されていたという歴史によるものだ。まさしく当時は食うか食われるか、死ぬか生きるかの選択が当たり前のように存在していた過酷な時代だった。
 そんな時代より時を重ねて現代。人類はようやく種を安定して維持できるだけに総人口を増やしてきたというが、その実態には安全の確保が容易になった事と医学の発展による貢献が大きい。
 未だ平均寿命を僅かに延ばしたという形でしか目に見えないため、実感の及ばない者も多いだろうが、グラムピアがもたらした多くの知識の中には医学と薬学の進歩を目覚しくしたものがあったのだ。

 近年、病原菌という肉眼では捉えられぬ存在に対しても積極的に研究が進められているのも、そうした存在を裏付ける知識があればこそで、そうした共通見解が無い地域では単なる感染症が祟りだの呪いだのとまことしやかに囁かれることを考えれば彼の功績が以下に大きいかがわかるだろう。
 こうして多くの医者が誕生した影には国全体で医学を学ぶ場を提供している事も大きいだろう。
 免許制度によって利用する側にも正しい医者にかかれるようにと国が後押しすることにより、病気にかかればまずは病院へ、という習慣が根付いたのもその一環である。
 一方で利用するための金銭的問題は中々解決への糸口が見つけられてはいない。診療にはどうしたって金はかかる。救済の手が全ての人々に差し伸べられない現実はやはり存在する。
 また、それ故に無免許のモグりの医者、闇医者と呼ばれるような医師が昔ながらに存在する一因である。彼らの存在を一概に良し悪しで語るのは難しかろう。金のためではなく、ただ求められた人々を救うために、という一心で治療に携わる者も確かにいるのだから。

 そうした観点からリオネスという医師を評価したならばどのような結論になるのか。
 やや日が翳り始めた夕暮れ、こっそりと彼の病院での様子を影ながら偵察していたアルセス達の判断は。

「医者としては至極真っ当だな。二十代後半という若さながら医者という立場に驕ることの無い穏やかな人柄。男女分け隔てなく行われる治療、そしてその腕も判断も正確。静かな住宅街の外れに現れた街医者としては実に理想的な人間ではある、と」
「こっそり聞き耳を立ててみましたが、料金も良心的ですね。治療に対してかかる経費を考えると、病院としてやっていけるギリギリのラインのようにも見えますが……この辺りの住民の平均収入から考えると、多少重病や重症になってもここの病院になら普通にかかれそうですね」

 ティエナの「力」で中に入る事無く病院の詳しい事情まで調べた限りでは、大よそ問題は見受けられない男であった。
 容姿としては丸眼鏡の優男風で、白衣がいかにも似合う研究者っぽい雰囲気も醸しだす青年であった。
 助手として務めている職員への人当たりも丁寧で、例え患者がいなくてもそれは変わらず他所向きだけの性格ではないようだ。
 真っ白な館を改修した病院の敷地内にて植え込みの影に隠れて夜を待つアルセス達だったが、ティエナはどうにも不機嫌な顔を隠さない。
 アルセスがそんな彼女を気遣わない訳が無く。

「どうかしたのか、ティエナ?」
「いえ、実に――気に食わないタイプの人間だな、と思っただけですよ」

 ティエナはそもそも人間全般に対して基準となる点が最初から低い。
 とりあえず会話になるダンセイル一家の面々は非常に稀な例で、大半の人間とは一方的に喧嘩を売るかのような罵詈雑言が飛び出す事も珍しくない程に。
 そんな彼女ではあるが、観察基準は正確だ。自身の選り好みで好き嫌いは分かれても、人物評に対しては真っ当な人間であれば渋々ながらでも認める度量はある。
 ティエナの基準を知るアルセスからすれば、彼女がそのように呟いたと言う理由は一つしかない。

「あれだけの好青年を演じられるほど腹黒いからってか」
「ええ、その通りです。自身は醜い欲望をドロッドロにお腹の中で煮詰めてるくせに、それを覆い隠すための仮面を被ることを苦としない典型的な二重人格タイプの人間ですね。わたし、ああいう本性を隠すためにまるっきり正反対の人間を演じるヤツって虫唾が走るんですよねー。外道なら外道らしく生きろ、と。外面取り繕うにも程があるでしょう」
「そうは言うが、明らかに軍や兵士に目をつけられるようなヤバイ事に手を出そうとするんなら、危ない人間の本性は出しちゃ駄目だろう」

 そんな事では本懐を遂げられまい。明らかに怪しいヤツだと噂されるような人物では人知れず事を進める事など出来はしないのだから。その為に世間体や体裁だけでも取り繕うのは基本だと。
 しかし、ティエナはその手法や思考が問題なのではない。あの医者の内心があまりに醜悪だからとティエナはますます口を尖らせる。

「名声や評判、自身の功績を認める声を求めながら、対外的には自分のおぞましさは見せない。そういうポリシーの無さが気に入らないんですよ。別に彼にとってはこの医者としての仕事はあくまで目的の為の手段に過ぎません。ある程度の患者に利用されるだけの評判さえあればいいのですから殊更に媚を売る必要は無いでしょう?」
「そうだろうな。少なくとも親父の調査通りの実験しかしてないなら……そこそこの利用者さえいれば、少なくともヤツの目的は達せられるんだろう」
「この男、内心では他者には理解されない事をやっているという自覚がありながら、医者としての自分も認められたいという欲望も抱えてるんですよ。そういう小汚い思考が渦巻いてます。だから気持ち悪いし腹立たしいんですよね――素直に生きられないくせに、求めるものだけ欲張りという浅ましさが」

 ティエナは短剣として使われる度にその所持者の内面を感じることが多々あったという。
 その多くが不快さだけしか感じないものが多く、ティエナの人間嫌いを助長する要因になったためか、ティエナは特にこうした人間には容赦が無い。道具として生まれた故のストレスとでも言うのだろうか。
 そうして不機嫌になったティエナは矛先をアルセスに向ける。

「と、こ、ろ、でぇ? さっきからこーんな体勢でくっついてますけど、アルセスは平気なんですかぁ?」

 先程までの実にドスの聞いた声はどこへやら。今度は猫なで声に切り替わり、甘えるようにアルセスの背中にしなだれかけるティエナ。元々彼と密着してはいたのだが、その距離を更に縮めたのだ。どうなったかなど、説明するまでもないとばかりにアルセスは口を開く。

「……なんか背中にむにゅむにゅ当たってるのに平気なわけが無いだろう? プロとして冷静でいようとしてるだけだ」
「ふっふーん、そうでしょうそうでしょう。こういう時には仕方がないので、しーかーたーがーなーいーのーで! サービスしちゃうティエナちゃんに感謝してくださいねー? アルセスだけにしか味わえない極上の感触ですよー?」

 単に植え込みに隠れるだけならそこまで密着する必要が無いという事実には目を背けながら、そのような恩着せがましいことを言うティエナであったが、

「そうだな、顔真っ赤にしてまでのサービスだからありがたく堪能するさ」

 アルセスは振り返りもせずに答えた。
 この指摘に、ティエナは見る見るうちに動揺する。
 もっとも顔が赤いのは事実だ。平然と声を出しながら、意図的に胸を当てるような体勢には普通に照れが入ったのだ。他者を恥知らずと断言するほどには彼女もこの行為をいささか女性としてははしたないと恥じ入るくらいの感情はあるのだ。

「な、ななな何を言ってるんですかね。平気ですよー、わたしは平気ですよー。これくらいの密着なんてどうってことないんですからねー。というか、何でこっちも見ずにそのような事を!?」
「毎度毎度、こっちから反撃したら絶対動揺するの分かっててなんで色仕掛けをして来るんだよ……。そして見なくても声を聞けばティエナがどんな顔してるかくらい分かるよ」

 呆れたように呟くもアルセスは心中で、どうもありがとうございます、と強くつぶやいた。
 この程度の密着よりも物凄い事など既にいくらも経験はしているのだが、じゃあ何とも思わないのか? と問われて思わないと答える男性など世に居ないだろう。
 軽いスキンシップには軽いなりの良さというものがあるのだ、とはアルセスの持論である。
 何度腕を組んでも楽しいし、何度背中から抱きつかれても嬉しい。そこに飽きる事など絶対に無い。少なくとも自分は、とアルセスは考えている。

「くっ……相変わらずアルセスは人の勇気を出した一歩を簡単に受け止めますね……! この女慣れの度合い、一体誰に変な入れ知恵をされたのか……いえ、考えるまでもありませんでしたね。あの種馬に決まってます」
「いやいや、エモンドの女遊びに付き合わされたわけじゃないからな? 単にティエナの事が分かればこその対応ってだけで」
「ふーん? ほんとうですかねー? あの男なら『一人の女に入れ込むのもいいが、他の女との違いを知る事も大事だぜ?』とか言って繁華街や娼館辺りに連れ込んでてもおかしくないと思ってるんですけどねー?」
「ティエナと関係を持ってからも持つ前からもそんな場所行って……ないだろ?」

 若干の間があるのは即座に否定しようとしてとある一件を思い出したからだ。
 そして、それを見逃すティエナではない。

「へぇ~? わたしがこうして肉体を持つ直前くらいにー? きれーなお姉さんがお相手してくれるようなお店に連れて行かれてますよねー?」
「あ、ああ、酒は飲まなくていいから話の種について来いよ、と言われて……」

 この世界では飲酒が認められるのは十五歳からであり、アルセスは当時十四になったばかり。
 そんな店に行っても仕方がないと断ったのだが、ある目的を掲げた仲間によって連れ込まれたのである。
 当時のアルセスは少々陰のある少年という風貌だったので、その筋の女性には密かに人気があったのだ。それにあやかる計画を立てた団員によって連れて行かれたのである。
 ティエナの目が怖くて振り返られないアルセスだったが、やましい気持ちからではない。
 当時は本当にダシに使われただけなので何かあったという訳ではなく、単にジュースを飲んで店を後にしただけなのだ。けれども拗ねたような声を発するティエナに対して何故か小さな罪悪感のようなものを感じてしまうのは、アルセスの愛の深さゆえか。
 当時はまだ単なるワンダラーと所有するオーファクトという関係だったのだから、何もやましい事はないはずなのだが、そう割り切れないのがアルセスの優しさでもあるのかもしれない。
 だが、ティエナの愛も甘く見てはいけない。

「やはり、エモンドに再会したら改めて釘を刺す必要がありそうですね。わたしのご主人様(マスター)に変なことを教えるなと。ええ、あの手癖の悪い見た目だけは伊達男には身体に教え込まないといけませんねぇ……人間は痛みがないと学ばない生き物ですから」

 理不尽な怒りをアルセスに向けない。それがティエナの愛の深さの証明だった。
 例え仮にアルセスの方から望んで連れて行ってもらったとしても、連れて行ったアイツが悪い、とティエナの中では変換されるだろう。
 理不尽と嘆くなかれ。恋する乙女に真っ当な理論など存在しない。

「ま、まあまあ、ティエナ。どうせまたアイツの事だから勝手に遊んで勝手に痛い目見るだろうし、わざわざティエナが手を下さなくてもいいだろう?」
「ですけど、アレは男の悪いところの見本市ですし」
「そんな事に時間を割くくらいなら俺と一緒に過ごした方がいいだろう?」
「……うっ、アルセスはまたそういう断りにくい目で断りにくいお誘いを……っ!」

 だが、高慢で居丈高な姫気質でもティエナの本質は恋に恋する乙女であり、愛を知った女性であり――生粋の犬気質も持ち合わせている。
 要するにご主人様至上主義なのだ。例え、それが己の意に反する事であろうとも、アルセスが望めば喜んで手を貸すし、アルセスが呼べば尻尾を振って懐いてくる。言動はそう思えなくともその本音の内は甘えたがりの少女なのだ。
 本当に理解者以外には分かりにくい愛だというのが難点だが。

「あ、看板を変えたな。今日のお仕事は終了か」
「急にお仕事モードになって……もう……」

 もうちょっと構って欲しかったのに、とは聞こえないように心中でぼやいたティエナも入り口近くに目を向ける。入り口の扉の近くに立てかけてある小さな看板は裏返しになって本日の診療は終了した、という文字がそこには書かれていた。

「……助手や職員は何人かは泊まり込みだったか?」
「ええ、そう聞いてます。確か……入り口のあちらから向こう側は完全に職員の寮のようなものになっていると。二階部分も同様で、閉院後は病院として利用している東側の館内には誰も入れないようになっているとか」
「なら、調べるのはそっち側だな。職員がいつ起きてるかも分からないような場所に隠し部屋なんか作ったりしないだろ」

 どこから物音が漏れるか、誰が異常を察知するか分からない。
 それだけでなく、仮に夜な夜な隠れて活動しているのだとしたらそんな不審な物音が夜毎するような病院に信用など生まれるはずもない。
 聞き込み調査でも不審な点は無く、本人の行動も見た限りでは怪しい点は無い。

 ならば、探るべきは人の目が隠れる夜だ。
 そう判断したアルセスは一度、病院を離れて仕事道具を取りに行くことにした。

「さて――今宵の夜は狩りの時間になるのかな」
「どうでしょうね。限りなく――そうなるとは思いますが」

合間合間に砂糖を供給する間が作れるという
このカップルの恐ろしさ。
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