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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

第一章 アルデステン国の影

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第10話 足場固め

「出張所とは別に城砦の一部が詰め所か。相当に厳重だな」
「城壁の角を塔にして上と下で行き来が出来るようにするのは昔からの作りですが――中身は別物ですね。対空用の砲台に、王都の内と外の両側に向けて設置されている銃座と死角を少しでも減らそうとする作りです」
「昔はあれがバリスタと弓矢だったって言うんだから時代の進歩ってすげえよな」
「バリスタは対魔物でしたら今でも採用している国はありますよ? 砲弾作るよりは低コストですしねえ」

 通りすがりの人間が聞いたら何だこの物騒な会話はと顔を顰めそうな内容を話しながら、街の外れも外れ、城砦に隣接する裏道を歩くアルセスとティエナ。
 荷解きと整理で時間を潰し日の落ちた深夜。商店街を照らし出す街灯すら消え、月明かりが頼りない薄暗い道を男女が連れ立って歩く姿は、見回りの兵が見咎めれば即座に詰問が始まるだろう。
 現状の王都は治安が荒れている事もあり、兵の緊張も張り詰めている。少しでも不審な動きを見せれば即座に寄ってきてその場で尋問が始まるか、詰め所にしょっ引かれて説教のどちらかになるくらいに厳戒態勢である。
 二人は丁度古い家と家の間の路地から周辺を探っている最中だった。
 出来るだけ目立たない道を選んだつもりであったが、路地から表通りに出る度に随分な数の兵士達の姿を見かけた事から二人は深夜の散歩気分でいることを諦めた。
 普段の仕事よろしく気配を消しつつ、路地から路地へと素早く移動し今も物陰からしゃがんで憲兵の詰め所の入り口を見張っているのだ。

「……人数もそうだが交代のペースが早いな。一人が担当している範囲は狭そうだ。その分人数を投入してるんだろう」
「国お抱えの便利な犬とはいえ連日連夜随分な時間使い潰しますねー。それとも出世でも狙ってるんですかね。軍部って昔以上に手柄を立てないと偉くなれないんですよね?」
「軍部の中でも都市内での治安維持に務める保安局は採用の基準となる知力、体力が若干甘くなってるらしいからな。軍部で上に行こうと思ったら憲兵の採用試験じゃなくて、兵隊の方を受験する方がいいとは言われているな」
「はー、昔の様に強くて魔物相手に暴れていれば表彰されるような時代じゃなくなってますねえ」
「騎士階級の廃止に伴って爵位とかも無くなったからな。純粋にステータスとして役に立つのは実績と役職、そしてそれをどれくらの間続けられたのか、という個人の功績こそが全てになったからな。名門だとか長らく続いた歴史がある家柄だから……みたいな恩恵は小さくなってるから、選ぶ道も様々になりつつあるんだろうさ」

 執政と軍部は近年随分と間口が広がった。
 王政を敷いてはいるが、地方ですら基礎的な学力を学べるようにと幼少期に学業を教え知識を得ることが難しくなくなった昨今では、国力の増加を掲げて実力主義を重視している国が多い。
 そうなってくると階級制度は要らぬ不和を招きかねないとして少しずつ撤廃され、ここ数年でようやく社会体制に変化が起こった。
 国土内に点在する地方を分担して治める領主という役職は変わらないが、王に任じられて常に同じ家が治めるのではなく、数年に一度検分を行いその執政に問題があると判断されれば即座に首が挿げ替えられる。
 「家」が治めるのではなく「人」が治めるという側面を強めた。
 無論、敏腕な領主であれば一家共々長くその座に君臨できるわけだが、名領主の子もまた賢人とは限らないわけで、その資格なしと判断されれば椅子を取り上げられる事は免れない。
 その過程で元来であれば領主が土地を治めるのに必要な労働力であった騎士階級も全て国が派遣する軍からの兵士に取って代わられ、必然貴族制は徐々に意味をなくし、名のある家は家名ではなく立場や職業を守ることを重視するようになった。

 武門に優れた家は、優れた兵士や軍人を。
 執政に優れた家は、優れた役人や大臣を。
 商売に長けていた家は、優れた企業や商売人を。

 それぞれ輩出することで家の名誉を守り、いつしか世界では家の名ではなく何を為した歴史があるかという事が重視されるようになった。
 とはいえ、それで一気に体勢が様変わりするわけではないが。
 例えば、古い家々が顔合わせと称して行うパーティのような社交場は相変わらず開かれているし、ただの平民の生まれと、名のある名家の子では、少なからず後者の方がこっそりと優遇されていたりと昔ながらの悪習が全く無くなったという訳ではない。
 それでも、権力者が表立って幅を利かせにくくなった昨今の情勢は、多くの一般の民からすれば暮らしやすい世界だと認識されているだろう。実際、やる気も実力も無いのに騎士になれるような国の国防力と、鍛錬と試験によって裏打ちされた確かな実力と意欲に満ち溢れた兵士達が揃っている国の国防力では天地の差があろう。
 そういう意味ではアルセス達の目の前の憲兵達の士気の高さは賞賛に値するものだった。
 交代制とはいえ二十四時間、常に街のどこかで憲兵が目を光らせている王都。
 届かない場所は確かにあるだろうが、それでも明るい場所に出て助けを呼べばすぐに人がかけつけてくれるだろう、と思えることは市民達にとってどれほどの安心を齎しているものか。
 それだけにアルセス達の仕事はますますやりにくいわけだが。

「しかし、これだけの厳戒態勢でも日々あちこちで事件は起こってるワケだ。王様も頭が痛いだろうねえ」
「頭を痛める良心があれば救いようがありますけどね。権力者というのは性根を腐らせるのが仕事、と言わんばかりの人間ばっかりですから」
「贅沢を覚えると人間は堕落するものさ。俺もティエナにはすっかり溺れてるし」
「ふふん、溺れさせてあげるわたしに感謝してくださいね?」

 胸を張って自慢げに頷くティエナ。やや極端な彼女の意見ではあるが、少なくとも人間を見てきた数だけならばティエナの方が圧倒的に多い。そんな彼女に性善説を説く気にもなれないアルセスは当たり障りの無い言葉で話を打ち切った。惚気話を話題を打ち切るのに使う彼はある意味では堕落している例とも言えるのだが、それは追及しないのが花だろう。

 少し遠目に、耳を突くような静寂の中、詰め所の扉が開き入る人間と出る人間が入れ替わる。
 二言三言交わした程度で、会話の内容は取りとめの無い業務連絡だけであったが、アルセスはポケットの中の懐中時計の蓋を開いて時間を確かめた。

「……ざっと一時間、ってところか。順番は分からないが、詰め所に人が戻ってくる間隔は結構短いな」
「ま、最悪騒ぎにならなければいいんですよね? ちゃっちゃと忍び込んで仕事を済ませましょう、アルセス。わたし、そろそろ眠いですし? 長旅の疲れも癒したいですからー」

 実に半日以上の時間を列車の固い椅子で過ごした事を考えれば、ティエナの発言にも頷けるアルセスであった。

「長旅っていうか移動の疲れだろ。まあ俺もティエナで癒されたいからさっさと済ませるか」
「わ、わたしで癒されたいとか、何をしたいんでしょうね、アルセスは。わたしが簡単に許可すると思ってるんですか?」
「大抵の事は許可された覚えしかないんだが」
「し、知りません。いちいちそんな細かい事を覚えてませんから」

 たまたま近場だったから早々に仕事に手をつけたが、本来であれば今日……というよりは既に日が変わって昨日だが、とっとと割り当てられた部屋で眠りたかったというのが偽り無い彼の本音なのだから。
 そして最早十八番芸ともなりつつあるティエナの赤面する姿を見て、時間に余裕があれば眠る前に色々したかった、という欲望が浮かぶのも仕方ないといえよう。

「ま、ティエナの意見には全面的に賛成だ――行くぞ」
「はーい、ささっと終わらせましょうー」

 積んである木箱、建物が生み出す微妙な死角、それらを利用しつつアルセス達はまるで影の様に夜の街の道を音も無く走り、瞬く間に詰め所の扉に辿り着く。
 扉を開ける――より先にティエナが鍵穴に手を伸ばす。

(予想通り鍵はかかってますね。ま、こんなのわたしの前では無意味なんですけど)

 ティエナが眼を閉じ静かに手に「力」を走らせると、カチリ、と静かな音がして扉が開いた。
 ピッキングどころではない不可思議な力。それを当然とばかりにアルセスは見守り音も無く中に入り込んだ。
 既に中の人数は気配で察している。小さな角部屋のような詰め所には最低限の設備と物が置かれているだけで、憲兵は二人ほど。姿を見られるより先にアルセスは音も無く忍び寄って二人の憲兵の意識を刈り取った。
 手刀一発でそれなりに鍛えている兵士ですら昏倒させるアルセスの腕前の凄さが垣間見えた瞬間である。彼がティエナのお飾りではなく確かな実力を備えていることが分かるだろう。

「ティエナ、今の内に目当ての物を」
「もう見つけてますよ。二重底になってた引き出しの中にありました」

 簡素な木製の机の上に端が多少痛んでいる色の変わった紙が広げられた。
 下水道内の詳細な地図――の一部だ。内容的には王都の四分の一を網羅している内容とアルセスは判断する。
 一つ目の目的は達したがもう一つがまだだ。外へ通じる扉には仕掛けを施したので時間を稼げるが、奥の方、螺旋階段で城砦の上部に繋がっている方は大丈夫だろうかとティエナに問いかける。

「そっちにも術を施しましたから大丈夫ですよ。わたしに抜かりはありません」
「なら俺はちょっと家捜ししてみる。その間、地図は任せた」
「はーいはい、ティエナ様のお力、とくとご覧あれー」

 口調とは裏腹にティエナは真剣そのものの表情で地図の表面を手でなぞるように滑らせる。
 その手はうっすらと淡い光に包まれており、それは人間が心気を高めた時に発する光とは似て非なる輝きだった。

情報(データ)取得ゲイン……開始……」

 それは擬似人格という「情報」でしかなかったティエナが、人の身体を得た時に生み出した副産物。
 オーファクトが人間の心気を用いて超常現象すら引き起こす魔具であるように。
 魔具から命を得たティエナもまたその技術を有するのはある意味必然。
 ただ一つオーファクトと違うのは――彼女は擬似人格の頃から既に「学習」し「自己進化」を可能とする存在であった事だ。原初のオーファクトにしか存在し得ない特徴であり、だからこそ彼女は「成長」する人間としての特性を得られたのかもしれないと、ルガーが推論を立てたこともあった。

 しかし、彼女にとってはそのような経緯だの事実だのはどうでもいい。

 口に出す事は滅多に無いが、この特性があればこそウェバルテインと自分は――時代に置いていかれる事無くアルセスの力になれる。

 心機述構(グリモワルアート)

 オーファクトを通してワンダラーにしか扱えぬ古の業を、生身でなんの制限も無く振るえる事こそがティエナの強みなのであった。

「……終了……取得情報の記憶領域への退避(ムーブ)(&)保護(プロテクト)を実行……」

 彼女が淡々と作業を進める中、アルセスは長年の勘から壁を叩いたり、本棚の中を探ったりと慎重に部屋の中を調べて行く。
 部屋の隅には簡素な型だが受信機と送信機が並んで設置されており、チャンネル調整用のダイヤルも存在している。周囲にはメモ書きが散乱しており、日常的に使われているのが窺えたがその中にチャンネルの番号や周波数を示すような情報は見受けられない。

(当然だな。普通なら頭で覚えて書面には残すな、そういう風に教育を受けているはずだし)

 だが、それでも非常時にど忘れしたり何らかの形で必要になる事もあるだろう。
 だからこそ目立たない場所にメモを残したりはしてないだろうかとアルセスは踏んだ。
 隠し扉、本の隙間、そして――

「あった、な」

 兵士の規律や法律などを記した、国から兵士一人一人に提供される軍規手帳。
 その中にあるメモ用のページの一部に数字でチャンネルが記されていた。ご丁寧に通じている先まで書かれている。

(せめて数字の羅列にするとか本人にしか分からないルールで暗号化するくらいの対策はしろよ……)

 セキュリティーという面では迂闊にも程があるとアルセスは呆れたが、人間の記憶には限界がある。そして、誰しも万が一、という事を恐れてしまうものだ。非常時に司令部へのチャンネルを思い出せなかったら? などという不安を抱える兵士が一人もいないとはアルセスも思わない。それ故に安全策を用意する者も一人くらいはいるだろうとも。
 アルセスは手早くそれらを書き写すと、まだ倒れている兵士の懐に手帳を戻した。念の為に詰め所を探るが、目ぼしい情報は他にないようだ。

「よし、ティエナ。後は事後処理だけ頼む」
「ええ、わたし達の痕跡は消しましたし、詰め所の中も元通りです。この人達も間もなく目を覚ますでしょうが――」
()()()してた、なんて他の兵士に話すはずが無いもんな。まあ……真面目な奴なら自分から頭を下げるかもしれないが」
「それはそれでわたし達には関係の無い話ですもんね」

 そう、室内に一切の異常が無いように見えて、なおかつアルセス達が入ってきた事すら見ていない以上、彼らはそうとしか判断できないのだ。そして、この状況で自らの失態を口にするほど高潔な軍人であるかどうかは――アルセスもティエナも知らないのでどう転ぶかは不明だが。

「後、残り三つ。全部このくらい上手くいけばいいんだがな」
「地図はともかく、チャンネルの周波数はどうでしょうねえ……場合によってはアートを使う事も視野に入れておいたほうが良いですよ、アルセス」
「そうだな、情報の入手は出来ればスマートに、が一番だからな」

 そう呟いて二人の男女は忽然と姿を消す。
 眠らされた二人の兵士がこの数分間の事をどう話したかは彼らの知るところではなかった。
基本的にイチャイチャしながら仕事してるのが
デフォルトです。
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