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双宿双飛のワンダラー 作者:本堂ゆうき

序章 旅路の宿場街にて

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プロローグ 冷たい雨が降った日

 天を覆う黒雲から絶え間なく降り注ぐ雨は滝のように強かった。
 それは恵みの雨を通り越して大地を流してしまうかのような豪雨だったが救いにも感じられただろう――この場に生き残った人がいたならば。

 この雨の中で沈静化しつつあるとはいえ少し前まで周囲は火の海だった。

 木造の家々は一つ残らず焼かれ、田畑は焼失し、人も家畜も軒並み炎に包まれた地獄絵図。
 倒れ付した人々は、最早人と分かる姿を留めていない。黒焦げの塊となって横たわるそれを遺体と判断できるのは、ここに人が住んでいたという事実を知る者のみに限られるだろう。
 雨音が耳にうるさい中、かつては小さな村であった場所の最奥。小さな社のような建物の残骸の中央に一人の少年が倒れていた。
 髪色はこげ茶色で不揃い。村の民芸品のような繋ぎの服に身を包むもあちこちが血に汚れてボロボロだが、何より少年に不釣合いなのは右手にしっかりと握られた黒い短剣。
 黒光りの刀身は刃渡りにして三十数センチ程。柄も鍔も洗練された装飾品のように美しく柄頭と鍔元に埋め込まれた揃いの宝玉は赤く、武器というよりは芸術品に近い印象を見る者に与えただろう。
 整った機能美と派手ではない美しさを兼ね備えているからこそ――怖さもまたその整った刃からは同時に感じるだろうが。

「……生き残りは一人だけか。奴等め、ろくなことをしやがらねぇ」

 そんな少年を見下ろしながら壮年の男性はぼやいた。
 鍛え抜かれた豪腕に旅慣れたことを窺わせる旅装、その二本の足だけで何処にでもいけるのではという力強さを余すところ無く感じさせる歴戦の勇士という風体。
 微かに息がある少年をかつごうと男が手を伸ばす。

『……彼をどうするのかしら?』
「――!?」

 突然聞こえたか細い少女の声に男は咄嗟に腰からダガーを抜いて身構えた。
 愛用の武器は背中に背負った「大物」の方なのだが、反射的な行動ゆえすぐさま反撃できる武器を抜いただけだ。しかしその素早い反応に対して周囲には一切人影は無い。
 ただ、鬱陶しい雨が降り続いているだけだ。
 もしやとばかりに男は少年が握る短剣に目を移した。
 まるで心臓の鼓動の様に小さな光を宝玉が放っていた。弱々しく明滅を繰り返すが、それはまるで残った力で威嚇するかのように男には見えた。
 恐らくは間違いないだろうと、意気込んで男は短剣に声をかけた。

「……取って食いやしねえよ。生きてるんならちょいとばかり手助けをな。後は、出来ればここであった話を聞きてえところだが……」
『……貴方はわたしが目的ではないというの?』
「お前さんの所在の『真偽』は確かめたかったところだが、ここに来たのは噂話を信じた程度の理由でしかねえよ。それに自分で使おうとは思わねえな。そうだろう? 『栄光と滅亡』の魔剣さんよ」

 魔剣と呼ばれた短剣は男の問いに無言を通した。
 だが、僅かに明滅する光が乱れた事から気分を害してはいるようだ。

『ふん、外から来る人間は皆一緒ですね。この村を焼いた連中もそう。あるだけで災いを呼ぶ、と言いながら、わたしを壊すのではなく持ち去ろうとしたわ。選ばれた自分達こそがわたしを正しく使えるなどとほざいていたわね。とんだ馬鹿ばっかりだこと』
「あー、その言い草だけで俺の確認したいことの一つは裏づけが取れたな。そいつらは何処にいった?」
『死んだわ、一人残らず。この子が――わたしを使って一人残らず倒した。村人全員を殺し、火を放って事故に見せかけてでもわたしを持ち去りたかったんでしょうけどね』
「……ったく、相変わらず手段を選ばねぇ外道共が」

 男は苛立たしげに毒づいた。「彼ら」の関わった事件はこの手の話が付きまとうとはいえ、気分のいいモノではない。もっとも、今回ばかりは因果応報とばかりに自らの身に災いが降り注いだようだが。
 男は改めて少年の状態をよく調べてみる。
 見れば血は殆どが返り血のようだ。衣服が切られている様子は無く、少年自身はどちらかといえば衰弱によって倒れているらしい。
 この魔剣を使ったことの反動だろうか。それとも目の前の光景と出来事によるショックか。或いはその両方。どちらにせよ、まだ子どものこの少年には受け入れがたいショッキングな事件ではあったのだろう。痛ましげに表情を歪ませながら男は言葉を重ねていく。

「この小僧はお前さんを使えるのか」
『正しくないわね。彼がわたしを使えるんじゃない。わたしが――彼に使えるようにしてあげたのよ。わたしは貴方達人間が呼ぶ「オーファクト」の中でも由緒正しき「始まり」の一つ。「姫」の称号すら冠するわたしを程度の低い人間が好き勝手に使えると思って? だから、どいつもこいつも低脳ばかりだと言ったのよ』
「……よりにもよっていわくつきの品が最古のオーファクトかよ……いや、だからこそ、の逸話の数々ってわけだな……」

 オーファクト。
 それは未だ世界規模で追いつけぬ超技術の塊たる古代文明の遺産。
 空を往く船によって新時代の幕開けとまでされるこの時代においてもなお人の手で生み出すこと叶わぬ神秘の道具。
 それは時として人の認識の埒外な道具であったり。
 何の変哲もない石ころのようなものであったり。
 或いは建造物であったりすらする未だ全ての理解の及ばぬ歴史の遺物。

「諦めるな。人が生きる限り、時は未来へと続いて行く……か」

 世界共通の紀年法として制定されたグラムピア暦。
 それは世界復興の基礎を築いたかの偉人「グラムピア」になぞらえて名付けられた暦であり、それに従えば、現在はグラムピア暦307年。
 世界が再び復興の歩みを始めてから実に300年の月日が流れているが、人類の科学技術は終末期に造られた簡素なオーファクトにすら及んでいないとされる。

 オーファクトは人間の持つ心気と呼ばれる力に反応して稼動する技術だ。
 その時点で様々な外部の燃料や動力などに依存する機械などとは一線を画する道具であるが、それだけに使い手は限られる。適性の持たない者が無理に使おうとすればあっという間に心気だけではなく生命力まで吸い尽くされ死に至るほど。
 男はこの魔剣にまつわる逸話もその類だと思っていたほどだ。よっぽど使い手を選ぶ強力無比なオーファクトなのだろうと。

「ともかく、雨が鬱陶しい。そこらの物陰にこいつを移動するぞ」
『……そのくらいならば構いません。ただし、おかしな真似をすれば殺しますからね』

 持ち主が眠っていてなお自分を害せると宣言する少女の声音は本物の殺意に満ちていた。
 故に男も慎重に少年の身体を扱う。幸い、火がさほど回らなかったか、雨を凌げる程度には屋根が残っている家屋があったので男も避難するようにそこへ駆け込んだ。
 その間も少年は決して手から短剣を離さなかった。
 魔剣の方から少年に干渉しているのか、それとも気を失ってなお手放さぬという少年の意志か。いずれにせよ、それは少年とオーファクトの結び付きを示しているような気がしてならない男だった。

「……ったく大したガキだ。こんなになってもまだお前さんを手放さないと来た」
『何言ってるんですか? このくらいでわたしを投げ出すようならわたしを使う許可なんて与えませんよ。例え眠っていてもです』
「……いや、意識失ってるんだから勘弁してやれよそのくらい」

 だが、どうにも男にはこの少女の声から本意は言葉どおりのようには思えなかった。
 自分にも年頃の娘がいるからだろうか、本音と言葉が一致していないような、そんな素直じゃない心情が現れているようにも思えたのだ。
 認めてはいるがそれを素直に言葉にはしない、そんな意図が。
 男はしばし口を閉ざしたまま熟考する。
 このままこの少年と魔剣を置き去りにするのも寝覚めは悪い。それなりの身の振り方を決めさせてやれるだけの力も権力も自分にはあるが、このオーファクトの存在が果たして少年が平穏な日々に身を置くことを許すだろうかと。
 答えは否だ。少年がこの村でどのような生活をしていたかは分からない。村の生活水準は低くはなかったようだが、それでも残った建造物や村の作りから牧歌的な生活を営んでいたであろう事は想像に難くない。
 特にこの周辺は穏やかで魔物の出没も稀だったと記憶している。その分、資源には乏しいため中々国が積極的に開拓をしようとはしていない地域だったはずだと思い返しながら男は顎を撫でた。
 だが、こうして予期せぬ滅びを迎え、何の因果か少年は強大なオーファクトを手にしてしまった。
 それも意思を持ち、失われた過去の代弁者ともなれるやもしれぬ最古のオーファクトの内の一つが手にあるという事実は決して穏やかではない世界へと少年を誘うだろう。
 はぁ、と男は大きくため息を吐いた。元々嫌な予感のする「仕事」であったが、この魔剣のお陰で色々と事情が聞けたのは事実だ。それだけでも手土産としては十分であり、ならばせめてこの少年が己の生き方を選べる年になるまでは面倒を見てやってもよいだろう、と考えるくらいには収獲があった、と。
 控えめに見てもリターンとリスクが釣り合ってない結果になったが、男にとっては慣れっこだ。貧乏くじを引いてばかりの人生であるが、それに見合うだけのモノは得てきたのだ。

「おい、魔剣のオーファクト。お前さんの事情は聞かんが、とりあえずコイツは俺が預かってやるよ」
『どうする気なのでしょう?』

 抑揚は無いが周囲の気温が下がるかのような冷たい声だった。
 男は肩を竦めて宥めるように諭す。

「そう慌てなさんな。コイツはもう普通の生活には戻れねえ。お前さんのような『力』を手にしちまった以上はな。隠し続けられるもんじゃないし、いつか必ずコイツの意志とは関係なく厄介事を呼び寄せる。せめて、そんな時にテメエの力で生きのびられるくらいの事は教えてやれるって言ってんだよ」
『……その言葉を信じろと?』
「信用できなきゃ、お前さんがしっかり見張ってな。こっちは何も痛くも痒くもねえ。ま、真っ当な道からはちっとは外れるかもしれんが、どういう道を選ぶかの自由くらいは残してやれるからよ」

 男は全て本心で語っていた。
 選べる道はある程度限られてしまうではあろうが、それでも自分の様に「裏家業」でなければ生きていけない、という事は無い。
 少年がこのオーファクトを利用してどういう道を、将来を望むかはまだ分からないが、少なくとも選びたい道が閉ざされてしまうような事には少なくともならないし、させない腹積もりはあった。
 我ながら甘いと男は思ったが、自分の子に近い年頃の少年だったという事に親心を感じさせられたかもしれなかった。

(……まるで値踏みされてるかのような感じがしやがるな……どこまでも人間くさいオーファクトだぜ……)

 ルガーはその底知れぬオーファクトに悪寒すら感じ始めた。長年、こうした仕事を続けてきたがここまで人知の及ばぬオーファクトに触れるのは初めてだったからだ。 
 しばしの沈黙の後、先に言葉を発したのは魔剣の方だった。

『……ふん、いいでしょう。とりあえず貴方の言葉に嘘は感じられませんし、人間にしてはマシな部類のようですからこの件に関してだけは信じてあげます。ええ、わたしは心が広い姫ですから』

 どうにも多い一言のせいか、男は魔剣から聞こえる少女に妙な愛嬌があるようにすら感じてしまった。
 こんな気難しそうな魔剣にここまで言わせるこの少年が一体どんな人物なのか、これを手にする経緯は……村の状態からしてあまり聞いていて気分のいい話ではないだろうが、それでも見込まれた理由には多少の興味が湧いた。

「ああ、魔剣魔剣、じゃ面倒くさいな。お前さん、名は無いのか」
『由緒正しきわたしの名をただの人間が尋ねるんですか? 思い上がりも甚だしい。いずれ彼から聞いてください。わたしの名を呼んでいいのはわたしが認めた人間とその人間が許可したものだけですから』
「分かった分かった。そんじゃいずれ名前を聞かせてくれることを願ってるぜ『黒の栄光と滅亡の魔剣』――ウェバルテインさんよ」

 男は立ち上がり、少年を肩に担いで村を後にした。いや、村であった場所と言うべきか。
 降り注ぐ雨は村の痕跡を洗い流すように、男と少年と魔剣が去った後も一晩降り続いた。
 或いは死した村人が流した涙が、狼藉者が予期せぬ死を迎えたことに対する悔し涙であったのか。
 人の居なくなった地の風化は早い。幸いにして火によって遺体が焼かれたからか腐敗する事無く地に帰り、建物はあっさりと木々に覆われ――その村が密かに魔剣を隠匿する為に作り出された村だという事実は時の流れと共に忘れ去られた。

 そして幾ばくかの時が流れ。

 十五歳の時に選択を求められた少年――アルセス・ルーナンは迷わず――道を選択した。
 全ては魔剣ウェバルテインを手にした時に決めていたことだったからだ。
 その傍らには金色の長い髪をストレートに伸ばし、黒を基調とした可愛らしい衣装に身を包みながらも、気位の高さの中に愛嬌が見え隠れする少女が立っていた。

 少女の名はティエルライーナ。

 彼女こそ魔剣ウェバルテインより権限せし過去より現代へと命を繋いだ精霊であり、高位の存在たる証を持つ「姫」の称号を抱く少女。

 その選択より更に二年の時が流れ、アルセスが十七歳を迎えたグラムピア暦317年の春。
 アルセスとティエルライーナの物語は、とある大陸の都市を繋ぐ横断列車より始まるのだった。

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