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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
真紅の侵略者
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4.選択

 ハツミさんに言われて部屋に向かうと、彼女は既にたくさんの服を並べて待っていた。水着というものが泳いだりすることに特化した服だということはテレビで何度か見たから知っていた。大きな池や湖のようなところでたくさんの巨人が下着のような服を着て遊んでいたのを見ていたけど、みんなとても楽しそうだったんだけど……布がとても少なかった。


 そしてハツミさんの前にあるのは、綺麗な色をした、やはり布地の小さな下着のような服。やはりこれを着ることになるのかな。


「シェリー、あれは服? それとも下着?」

「あれは水着といって、水遊びするときに着るものなのよ」

「デザインは色々あるから、好きなの選んでね」


 ハツミさんがこの上ない笑顔で勧めてくる。確かに色は綺麗だし、布も肌触りが良いことは見ただけでもわかるんだけど、やっぱり下着みたいでちょっと恥ずかしい。それにこれを着てるところをソウイチさんに見られるわけで……そう考えただけで顔が赤くなるのがわかる。


「この生地はとてもしなやかで強そう。しかしこんなにも布を小さくしているのは何故?」

「水に濡れることを前提としてるからなの。水に濡れると身体の動きを阻害するでしょ?」

「そう言われてみれば確かに理に適ってる。濡れた衣服のせいで泳げなくなって命を落とす者もいる。水に濡れることがあらかじめ分かっている場合にはとても便利な服だ」


 フラムが水着を手に取って確かめている。確かに彼女の言う通り、水着は水辺での活動が余儀なくされるときにはとてもいいものだと思う。それはいつもハツミさんのお手製の服を着てるから十分理解できるんだけど、問題は……とても恥ずかしいってこと。なのにフラムはどうして平気な顔をしてるんだろう。


「一つの用途に特化した服というのはとても興味深い。これはきっと文明が進んでいる証だと思う。ならばそれを実体験できる機会を逃したくない」

「文明が進んでる?」

「そう、こんな無防備な服でも問題ないということは、それだけ危険が排除されているということ。危険なものを排除した上で成り立つからこそ文明は発展する。危険と隣り合わせでは生きることに傾向して文化の発展は難しい」


 フラムが真剣な表情で水着を物色しながら言う。確かに水浴びくらいなら何度もあるけど、水遊びなんて子供の頃ですらしたことない。それは水辺という場所が魔物や獣が集まる場所でもあるからで、魔物だって喉が渇けば水を飲みに来る。そこに獲物がいれば当然捕まえて食べてしまう。そんな危険な場所で丸腰での水遊びなんて、命がいらない馬鹿のすることだと思う。


「私はこれがいい。機能的にも問題ないはず」

「お、フラムちゃんはなかなかわかってる! そのチョイスは只者じゃないと思ってたわ!」

「伊達に賢者と呼ばれていない、私にとってはこの程度のことは容易すぎて腹立たしいほど」


 どうやらフラムは自分の着る水着を決めたみたい。私は……この上下別々なのはちょっと露出が多いような気もするし、最初に着るにはちょっとどうかなって思う。いきなりこんなの着てたらソウイチさんにはしたない女だって思われちゃうかも。


「どう? ビキニじゃなくてこんなのもあるよ?」

「シェリーはもっと攻めるべき、その胸についてるのはただの脂肪じゃないということを理解したほうがいい」

「攻めるって……そんなの無理……」

「じゃあこういうのはどうかな?」


 ハツミさんが出してきてくれたのは、今まで見たものよりは大人しく感じるものだった。これなら見られても恥ずかしくない……かな? この世界だって私たちにとっては絶対安全だとはいえないけど、チャチャさんも一緒に来てくれるらしいし、少しくらい冒険してもいいのかな?


「じゃあ……これにします……」

「むぅ……シェリーは自分の武器を理解していない。持たざる者への侮辱と受け取る」

「大丈夫よ、フラムちゃん……ごにょごにょ……」

「ふむ……なるほど、そういうことになるのか。これは当日が楽しみだ」


 私の選んだ水着を見て不満そうな顔をしていたフラムだけど、ハツミさんから何やら耳打ちされて納得したみたい。どんなことを言われたのかは聞き取れなかったけど、教えてもらおうにも絶対教えてくれないだろうし。何が楽しみなんだろう。


「お兄ちゃんには話しておいたから、きっと美味しいお弁当用意してくれるわよ」

「オベントウ? それは何?」

「外で食べるために作る食事のことよ。それを持って行って、遊んだ後に皆で食べるの。だから食べたいものをリクエストしておくといいわよ」

「それは興味深い。後でソウイチに伝えておく。シェリーはきっとたくさんのリクエストをするはず」

「そんなにたくさんはしないわよ! でもフルーツは欲しいかな……」


 フラムとこんなふざけた会話を交わすなんて、冒険者になってからは無かったな。冒険者になってからは、悪い考えを持った人たちに騙されないように、依頼をしっかりと完遂出来るようにって二人とも精神的に張り詰めた状態が続いていたから、今こうしてる時間がとても楽しい。ソウイチさんやハツミさんには手間を掛けさせちゃって申し訳ないけど、とても楽しい。


 フラムはまだソウイチさんに対しては少し対応がぎこちなくなる時があるけど、最初の頃に比べればずいぶん打ち解けてきたと思う。周りからは偏屈だとか人見知りだとか言われてたフラムだけど、それは幼い頃からずっと虐げられてきたから周りの人が信じられなかっただけ。でもここに来てソウイチさんやハツミさん、チャチャさんの裏表のない優しさに触れてだいぶ変わってきた……ううん、変わったんじゃない、元に戻っただけ。私と二人であの森で暮らしてた頃のフラムに。


 どういう因果でこの世界に来てしまったのかはわからないけど、少なくともフラムにとっては良いことだと思う。でもそれは私も同じこと、ソウイチさんたちの優しさに救われたのは私も同じだから。


「シェリー、こんなに楽しいのはいつ以来だろう。こんなに楽しくていいのだろうか?」

「いいのよ、フラム。だって今のフラムは森で楽しく暮らしてた頃と同じような顔してるから」

「……そうか。でも私一人が楽しいのは嫌だ。シェリーも一緒じゃなきゃ嫌だ」

「うん、私も楽しいよ」


 フラムが心配そうな顔で聞くけど、楽しくて悪いことなんかない。それが誰かを傷つけるようなことであれば話は別だけど、今この場において誰も傷ついてない。みんな楽しい、みんな嬉しい、そんな夢のような場所なんだから。

読んでいただいてありがとうございます。

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