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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
真紅の侵略者
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3.お誘い

「水遊び? まさか海にでも行こうってのか?」


 畑から戻って後片付けを終えてシェリーとフラム一緒に家に入ると、居間で寝そべっていた初美がそんなことを言っていた。ちなみにシェリーとフラムは茶々の首のあたりに乗っており、後で茶々の汚れた足を掃除してやるんだと息巻いていたので、そのまま風呂場に向かったようだ。


「海なんて行かないわよ。もうちょっと奥に入ったところに沢があるじゃない? そこなら人も入ってこないからいいかなって思ってさ。たまには二人にも家と畑以外のものも見せてあげたいのよ」

「あの辺か、まぁ大丈夫じゃないか?」


 シェリーたちを海に連れて行こうなんてもってのほかだが、初美の言う沢であれば問題ないと思う。うちからさらに山のほうに入ったところ、ということはつまり民家などない場所で、誰かが入ってくるようなことはまずあり得ない。渓流釣りできるほどの水量もなく、魚がいても小魚や稚魚だほとんどで大物なんていない。水深もくるぶし程度の深さしかない小さな沢だ。


 海だとどこの人の目があるかわからないので、万が一にもシェリーたちが見つかってしまう可能性を捨てきれない。でもあの沢であれば地元でも知る人など片手で数えるほどで、二人をのびのびと遊ばせられると思う。あとは二人の意向次第だが。


「シェリーたちは知ってるのか?」

「これから話すんだけど、お兄ちゃんに一言言っておこうと思ってさ」

「本人たちがいいならかまわない。あの辺りは茶々の縄張りでもあるし、茶々がいればイタチも近寄らないだろ」


 二人が遊びたいのなら止めるつもりもない。初美も自分の趣味に付き合わせてる負い目があるのか、きちんと人目のない場所を選んでるようだ。となれば心配なのは獣の類だが、そこは茶々という屈強な護衛がいるので大きな問題はないだろう。猪や狸、野犬は茶々の強さを理解しているから近づいてくることはなく、イタチ等の小型の肉食動物は言うまでもない。唯一の危険性は熊のような大型の肉食獣だが、この近辺での目撃情報は少なくとも俺が生まれてからこのかた聞いたことがない。


「じゃあ二人に話してくるね」

「無理強いするんじゃないぞ?」

「わかってるわよ」


 最近は見られなくなったが、シェリーは俺たちに遠慮がちなところがある。初美に言われれば従ってしまうかもしれない。初美のあの様子だと何やら企んでいるようだが、まさか二人を面倒ごとに巻き込むようなことはしないだろう。嬉しそうに風呂場に向かう初美の背中を見送りながら、一抹の不安をどうしても払拭できなかった。



**********



「水遊び……ですか?」

「うん、この近くに小さな沢があってさ。最近のこの暑さだし、そうやって涼むのもいいかなって」

「私は……構いませんけど……」


 お風呂場で茶々の足を洗ってるシェリーちゃんとフラムちゃんに声をかけると、シェリーちゃんは茶々の足先についた土を一生懸命落としてるところだった。フラムちゃんはアタシの声も耳に入らないくらいに熱心に茶々の足の裏の肉球を観察してる。


「こんな大きな獣の足の裏を見る機会はそう多くない。チャチャのおかげでまた私の疑問が晴れた……どうしたの、ハツミ?」

「みんなで水遊びにいかないかって聞かれたのよ」

「水遊び……この世界の水棲動物に興味はある。でも遊びは……ちょっと気が引ける」


 フラムちゃんが手を止めて少し考え込んだ後、控えめに言う。正直なところフラムちゃんのこの反応は予想外だった。むしろシェリーちゃんのほうが断るかと思ったんだけどな。


「私は何も貢献できていない。シェリーのように手伝いが出来る訳でもない。そんな私が遊びなど……」

「フラムちゃんはこの世界のことが知りたいんでしょ? 環境研究の基本はフィールドワークが基本じゃないの?」

「ふぃーるどわーく?」

「実際に外に出て実物を見ることも大事でしょ? パソコンやスマホの画面越しじゃわからないこともたくさんあると思うよ。それに言ったでしょ、遠慮なんてする必要ないし、フラムちゃんがやりたいことを優先すればいいの。お兄ちゃんだって了承してるし」

「ソウイチも……」


 フラムちゃんはどういうわけかお兄ちゃんにすごく遠慮してるところがあるんだよね。本人の前じゃ平気なふりしてるけど、お兄ちゃんがいないところだとこうやって遠慮しがち。だからお兄ちゃんも了承してるってきちんと伝えないと、自由に遊ぶことも出来なくなっちゃう。色々溜めこむのは絶対に良くないよね。


「うん、だからもっと自分のやりたいようにしたらいいよ。もっと楽しんでほしいのはアタシもお兄ちゃんも一緒の気持ちだから」

「フラムは幼くして両親が亡くなって知人の家をたらい回しにされていたので、この家の主人であるソウイチさんの機嫌を損なうことを恐れていると思うんです。そうでしょ、フラム?」

「うん……本当は気に入らないんじゃないかといつも不安になる。だから……」


 やっぱり複雑な裏事情があったか……こういうのは一筋縄でいかないから難しいのよね。でもここにはフラムちゃんを邪険に扱う人間はいないし、もっとのびのびと暮らしてほしいんだ。そういうのって、隠しててもどこかでわかっちゃうから。わかった時には手遅れってことのほうが多いから。


「大丈夫よ、妹のアタシが言うんだから。むしろもっと無邪気にはしゃいでくれたほうがお兄ちゃんも安心するから」

「……わかった。私も行く」

「よかった、それじゃ後でアタシの机のところに集合ね」

「何があるんですか?」


 シェリーちゃんが不思議そうな顔で聞いてくる。何があるかって? そんなの決まってるじゃない。水遊びといえばこれが無いと始まらない。むしろこの為に今まで頑張ってきたと言っても決して過言じゃない。


「水遊びといえば当然水着! 水着の試着会を始めるわ!」

読んでいただいてありがとうございます。

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