2.作業
「またお願いしたいんだけどさ、今度は青髪の魔女っ娘なんだけど……」
『マジか! そんな狙ったような題材本当にやるの? まあこっちとしては仕事もらえるからいいけどさ』
「魔法の杖をお願いしたいの。魔法少女じゃなくて魔女っ娘だからね。とんがり帽子が似合いそうなやつ」
『わかった、ちょうど使えそうな材料もあるし。急ぎの仕事もないからすぐに取り掛かるよ』
「ありがと、じゃあ出来たらいつもみたいにお願い」
電話を切って一息つく。最初はどうしようか悩んだけど、やっぱり必要かなって思って依頼した。
頼んだのはフラムちゃんの武器、魔導士には欠かせないであろう杖。シェリーちゃんの時には具合が良かったけど、今回どうなるかはわからない。けどシェリーちゃんにだけ作ってフラムちゃんには無いなんて不公平だもの。
たぶんアタシのイメージはうまく伝わったと思う。武器はこれでいいとして、後はローブだね。フラムちゃんは魔法少女っていうよりも魔女のイメージだし、となれば基調は黒。それにとんがり帽子は絶対に譲れない。そしてローブはフード付きがいいよね、最初に会った時にもフード付きだったし、ここでは平気らしいけど元の世界に戻ったら髪の毛隠したいみたいだから。
「装備のイメージは出来たとして……問題はこっちか……」
アタシの机の上に並んだいくつもの素材。色はもちろんのこと、肌触りや伸縮性という重要なファクターを加味した上で選んだ厳選した素材候補たち。これらの中から正式なものに使われる素材が決定する。この作戦は絶対に失敗できない。失敗はそのままアタシの負けを意味する。そのためにも絶対に成功させなければいけない。
フィギュアに目覚めてから、ずっと思っていたことがある。このフィギュアが動くところを見てみたい、クレイアニメやCGなんかじゃなく、動くところを自分の目で見てみたいと。身体の各所にモーターを仕込んで動かしてみたこともあったけど、明らかにロボットみたいな動きで、それを見た後で死ぬほど後悔した。こんなはずじゃなかったって。
でも今、我が家にはずっと追い求めていた存在がいる。大好きなフィギュアと見間違うような小さな存在、何故かうちの居間の大きく開いた穴から出てきた、別の世界から来た女の子。天真爛漫で寂しがり屋で、とても友達思いのエルフの女の子と魔族の女の子。
決して他の誰かにその存在を知られてはいけない彼女たち、でも出来ることならこの世界を心の底から楽しんでもらいたい。そのためにはアタシはどんな努力だってしてみせる。そして……アタシも一緒に楽しむんだ。これから作るものはそのための大事な大事な道具になる。それを使って彼女たちがはしゃぐ姿を思い浮かべただけで、胸の奥から熱い何かがこみあげてくる。鼻血も出てきてるけど、これはいつものことなので気にしない。
「これさえ出来上がれば……」
どういう形に仕上げればいいのかは全部頭の中に出来上がってる。後はデザインだけなんだけど、それも二人の印象から大まかなイメージは出来てる。やましいことをしてるつもりはないけど、出来れば手渡すまでは秘密にしたい。サプライズみたいなものかな。
シェリーちゃんが毎晩見回りしてくれるからゴキブリの数がめっきり減った。しかもアタシが知らないうちに死骸を始末してくれてる。庭の鶏が食べてるらしいけど、そこは気にならないけどね。あの見た目と動きが嫌いなだけだから。
フラムちゃんもこの世界のことを一生懸命知ろうとしてるし、元の世界に戻るための研究もしてる。一番助かってるのは大好きなアニメの話を出来ることかな。今まではネットで知り合いと交流してたけど、画面ごしの文字だけのやり取りじゃ味気ないし、一緒の空間で同じ熱を共有できるのは素晴らしいこと。
だから少しくらいは羽根を伸ばしたっていいと思う。みんな自分の出来ることを頑張ってる。それが必ず最良の結果にならないことがあるのは世の常だし、シェリーちゃんたちも危険と隣り合わせの冒険者という仕事をしていたんだから、世界が理不尽なことだらけだなんて熟知してるはず。だからこの家にいる間だけは、嫌なことを忘れて楽しむ時間があってもいいと思う。
「これからも暑い日が続くし、このくらいの息抜きは必要だと思うんだ……」
素材を手に取り、指先で感触を確かめる。さらに頬に当てて細かな肌触りも確認する。二人がこの素材の感触をどう捉えるかがわからないので、出来る限りアタシ自身でも掴んでおく必要がある。自分が自信を持てないようなものを渡す訳にはいかないからね。二人の為でもあるし、クリエイターとしてのアタシの意地もあるから。
「こっちはちょっと粗いかな……これは良い感じだけど、水に浸したらどうなるかな……」
大事なのは見た目だけじゃなく、実際に使ったらどうなるかまで考えること。上辺だけ取り繕ったものに一体何の価値があるの?本物じゃなきゃ何の意味もない。
「うん、素材はこっちのほうがいいね。水に濡れても肌触りが落ちてない。後は色だけど……実はもう決めてあったりして……」
水に濡らした素材を一枚ずつ頬ずりして確かめる。濡れた布を頬ずりする姿は知らない人が見ればただの奇行にしか見えないと思うけど、ここはアタシの仕事場であり、ある意味戦場でもあるから全然平気。むしろこのくらいやらないと自分が納得できない。
素材選びを終えると、ここでようやく裁断に入る。アタシの頭の中にインプットされてる必要な情報をもとに型紙を起こし、その型に沿ってハサミを入れる。いくつかのパーツを切り出し、一つずつ確認しながら出来上がりを想像する。もちろんそれはこれを着けたシェリーちゃんとフラムちゃんが嬉しそうにはしゃぐ姿だ。……まぁ妄想とも言うけど。
「さあ、気合入れなきゃ! ここからが正念場なんだから! 頑張れアタシ! 負けるなアタシ! これが終われば楽園は目の前なんだから!」
改めて気合を入れなおすと、アタシの愛用の裁縫道具を取り出す。極細の針に特殊繊維の糸を使い、慎重にパーツを縫い合わせていく。縫い目は極力目立たないように、仮縫いで留めて最後の仕上げは特殊な接着剤とアイロンで熱を入れながら圧着。しっかりと強度が出るようにしないと、嬉しいハプニングが起こっちゃうから。そんなことが起こったら楽しい雰囲気が台無しになる。個人的には恥じらう姿も楽しみたいところだけどね。
細部の仕上がりを確認しながら作業を進める。これが終われば楽しいイベントが待ってる。そのためには手抜きなんて許されない。佐倉初美の全力をもって、この大事な作業、やりとげてみせる。
「夏といえば水遊び! 水遊びといえば水着! 何としてもシェリーちゃんとフラムちゃんの水着姿をファインダーに収めるんだから!」
読んでいただいてありがとうございます。




