10.熱中
「ご馳走様、今回の食事もとても美味しかった」
慌ただしく昼食を食べ終えたフラムはそそくさと初美の部屋へと戻っていった。彼女が来た翌日から、こんな感じの生活になっている。何事かとシェリーの方に目をやれば、お手上げと言った表情で首を横に振る。
「ダメですよソウイチさん。あれはフラムが興味のあるものを見つけた時にとる行動ですから、今は何を言っても無駄です。むしろきちんと食事を摂っているだけマシですよ」
「そうか、シェリーが言うなら問題ないだろ」
「はい、何やらハツミさんと色々話したり、『ぱそこん』で見たりしてるみたいです」
「シェリーは参加しないのか?」
「私は……その……見回りが終わるとすぐに寝てしまうので……」
顔を真っ赤にして言葉を濁すシェリーだが、仕事が終わって寝ることのどこが恥ずかしいんだろう。いつもきちんと仕事をこなしてくれてるので、こちら(といっても主に初美が)も助かってる。初美は……まぁあいつも今は個人事業主だし、仕事の時間をいつに設定するかは自由だからな。
「特に問題が無いなら放っておいてもいいか」
「そうですね、私のせいでかなり心配かけちゃいましたから、自分のやりたいことが見つかったのは私にとっても嬉しいんです」
そう言ってはにかみながら見せた笑顔は、最初に出会った頃から今までで一番の笑顔だった。最近では女の子らしい服装も好んで着るようになったんだが、それは元の世界を忘れようと無理をしているようにも見えて、傍観者でしかない自分が無力に感じた。しかしフラムが来てからはそういった無理した部分が消えて、より一層年頃の女の子としての振る舞いが馴染んで見えてきた。元の世界への心残りがいくばくか解消されたことで起こった変化だろう。
「ま、馴染んでもらえたのなら何よりだな」
「はい、ミヤマさんもフラムのことが気に入ったみたいですし」
「ミヤマさんね……」
どうやらシェリーの誇る精鋭軍団(?)にも紹介したらしい。ちなみにミヤマさんはミヤマクワガタのことだ。フラムは無事受け入れてもらえたらしいが、ネーミングセンスに関してはいかがなものかと思うが……特に……
「どうして壱号、弐号、参号なんだ? カブトさんが壱号じゃないのか?」
「カブトさんは別格ですから。カブトさんの名前はカブトさんだけのものなんです」
旧漢字を使うあたりは初美の影響が大きいな。シェリーにとってはカブトさんは自分のことを身を賭して護ってくれた忘れることのできない存在で、決して代わりなどいないと思うのは当然だろう。俺には三匹とも同じにしか見えないが、シェリーの身体の大きさになれば細かい違いがはっきりと見えているのかもしれない。
「皆さんカブトさんみたいに聞き分けが良くて助かります」
「偶には茶々の相手もしてくれよ? 意外とあいつ拗ねるからな」
「はい、昼間は訓練に付き合ってもらってます」
とても聞き分けの良い茶々だが、あまり放置すると拗ねてしまう。特にシェリーがいなかった間は俺たちに対しての甘え方が激しかったので、戻って来てからは我が子を溺愛するかのようにシェリーにかかりきりになってたんだが、フラムが来てからは少々距離を置いているようにも見える。茶々なりに配慮してるのか?
どうやら茶々を相手に楊枝を使って剣の訓練をしているらしい。茶々にとってもいい遊び相手になるだろうし、シェリーの訓練にもなるしと一石二鳥だ。
「それに……その……訓練の後は一緒にお昼寝もしてますから……」
顔を真っ赤にして身体をもじもじさせながら言うシェリー。これだけはシェリーが羨ましい。触れば誰もが虜になる茶々のふわふわで柔らかい毛並みを全身で味わえるんだからな。もし俺がシェリーと同じくらいの身体のサイズなら絶対にあの柔らかい獣毛めがけてダイブしてるだろう。
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フラムが初美のところで色々と教わりだしてからさらに三日が過ぎた。食事に関してはそれなりに食べているから問題ないようだが、シェリーの話では夜の見回り中はミヤマさんに乗ったまま居眠りしてることもあったらしい。初美に付き合って徹夜をしているようだし身体を壊さないか心配だったが、それをシェリーに話すと……
「あのくらい平気ですよ。以前には徹夜しすぎて戦闘中に居眠りしたこともあったんですから。それに魔族は生命力が高いので、あの程度なら多少調子を崩すことはあっても身体を壊すまでには至りません」
と笑顔で返された。魔族というものがどんなものかは知らないが、それでも無理をするというのは個人的にはしてほしくない。
「何があるかわからないから無茶してほしくないんだよな……」
「ソウイチさんはみんなに優しいんですね……」
どこか不貞腐れたような顔で言うシェリー。そりゃそうだろう、一つ屋根の下に暮らす以上、同居人が体調を崩すのを見て平気なほど冷血漢じゃないという自負はある。この家の主人として皆の健康を願うのは当然のことだ。
「初美は何も言わないのか?」
「それが……ハツミさんは何かを作ることに熱中していて、フラムが独りで『ぱそこん』を見ていることが多いんです。作ってるのは服のようですが……」
初美も何かにハマると周りが見えなくなる傾向が強いから、似た者どうしなのかもしれない。まぁあいつのことだからフラムがシェリーの親友とわかった時点で受け入れる気満々だったからな。
「……お兄ちゃん、お腹空いた。何か食べるものない?」
「……ソウイチ、私にも何か頼む」
「お前なぁ、そんなことじゃフラムに悪影響が……」
もう昼前だというのに酷い寝ぐせのついた頭をぼりぼりと掻きながら居間に入ってきた初美。相変わらず高校時代の体操着にハーフパンツという女子力皆無の格好で入ってきた初美に苦言を呈するが、フラムの声が聞こえてきたにもかかわらずに初美の足元にその姿はない。その姿を探して見回すと、初美の右肩に乗るフラムの姿に言葉を失ってしまった。
フラムが着ているのは初美と同じくすんだ赤色の縁どりのある体操着、そして同じくすんだ赤色のハーフパンツ。ご丁寧に胸にはひらがなで『ふらむ』と書かれたゼッケン付きである。どこで作ったのかお揃いのデザインのメガネまでかけているという徹底ぶりに絶句していると、フラムの姿を見たシェリーが興奮した様子で言う。
「フラム! それ可愛い! 私も同じの着てみたい!」
「これはシェリーには無理。シェリーが着たらゼッケンがうまく読めないから」
「そうよ、このゼッケンは持たざる者のみが己の名を掲げることが出来るの。シェリーちゃんには装着できないわ」
初美は偉そうに言っているが、結局のところ胸部に膨らみが足りないからゼッケンが簡単に読み取れるだけのことだ。確かにシェリーのふくよかな胸ではゼッケンの文字が歪んでしまうだろうけど。だからシェリー、そんなに愕然とするんじゃない、言ってることは大層な響きに聞こえるが、結局は負け惜しみの意味合いが強いから。
「初美……お前フラムに何を吹き込んだんだ?」
「何もしてないわよ……アタシの秘蔵アニメ画像を見せただけよ。後は趣味のことを多少……」
「ハツミ、私はあなたを誤解していた。やはりあの監督の作画は素晴らしかった」
「でしょ? まだまだお勧めはいっぱいあるから覚悟してね」
「やはりこの世界は素晴らしい。私の求める道はここにあったと今なら断言できる」
「……アタシの目に狂いは無かったわ、フラムちゃんにはこの素晴らしさが理解できると信じてた」
「フラム……アニメもいいけど、魔法の研究はどうするの?」
「だ、大丈夫、魔法の研究もする。大丈夫、明日から本気でやる」
シェリーの呆れ混じりの言葉に咄嗟に目を逸らすフラム。その言い訳は絶対に明日になってもやらないタイプのものだぞ。というか小さな初美が出来上がっただけのような気もする。まさか賢者様がアニメにハマるとは思ってもいなかったが、夢中になれるものが出来たのはいいことなのかもしれない……のか?
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