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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
新たなる来訪者
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9.フラムに出来ること

 ダンジョンの最奥の穴は想像を超えた世界に繋がっていた。そしてそこで親友と再会することができた。そこは私たちがちっぽけな存在であるということを再認識させられる巨人の世界だった。私たちの世界にも巨人族は存在するが、とても凶暴で遭遇すれば取って食われるという言い伝えだった。しかしその巨人族すら小さな子供のように思えるほどに巨大な人間がシェリーを保護してくれていた。


 美味しい食事に綺麗な衣服、快適な部屋、とても恵まれた環境は元の世界では考えられない好待遇だ。決して一介の冒険者が得られるようなものじゃない。その証拠に、先ほど食べた夕食もとても美味しかった。ふわふわで柔らかい、空の雲のように白いパンに旨味溢れる肉、新鮮で濃厚な味の野菜に瑞々しい甘さのフルーツ。以前一度だけ参加した貴族の夜会でもこんな上質なものはなかった。冒険者として生活していた時は石のように硬い黒パンに干し肉だけという食事が何日も続いた。


「ベッドがふかふか……お姫様になったみたい」


 腰を下ろしたベッドは身体が沈み込むように柔らかく、かといって埋もれてしまうことのない極上の寝心地。私たち専用に作られた部屋の調度品は精巧な作りのもので、好事家に売れば信じられない価格で取引されることだろう。そんなものに囲まれながら、椅子に座ってのんびりお茶を飲んでいる親友の姿がある。


「どうしたの? フラムも飲みなよ。美味しいよ?」


 色鮮やかな赤い色のお茶は芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、シェリーはそこに雪のように白い粉を入れている。聞けばあれは砂糖だというけど、砂糖はもっと茶色いものじゃなかったの? でも甘い匂いは上質の砂糖のものだ。


「シェリーはこんな生活してて平気なの? 何もしないでいいの?」

「私の仕事は皆が眠ってからなの。だから今はまだこうしてのんびりできるのよ。ほら、こっちに来て一緒に飲もう?」

「……美味しい……こんな上質のお茶は初めて」


 促されるままに椅子に座って一口飲めば、どこか柑橘の風味すら感じられる美味しいお茶だった。こんな上質なお茶は上位の貴族か王族でも滅多に飲めないだろう。そんなものが当然のように与えられるこの世界の異様さに改めて驚いてしまう。


 と同時に、こんな生活と引き換えにする仕事とは一体どんなものかと考えてしまう。もしかしたら娼婦でも着用しないようなあの下着を使う仕事? まさかあれを着て夜伽の相手をさせられる? やはりシェリーはもう……


「フラム、変なこと考えてるでしょ。ちなみに私の仕事は夜の館の見回りだから」

「夜伽じゃない?」

「違うわよ! そうだ、みんなに食事をあげないと……フラムに紹介したいからちょっと来て」


 そう言って私の手を引き部屋を出て行くシェリー。今のシェリーは冒険者としての装備は身に着けておらず、マジックポーチ一つだけだ。着ている服はシンプルなデザインだけどとても上質な布で出来た服で、白いドレスのような服だ。まぁ私も似たような格好なんだけど。


 連れられて行った先には小屋のようなものがあって、中では何やら動く音がしている。シェリーは躊躇うことなく音のする小屋へと近寄り、声をかけた。


「みなさん、お食事ですよ」

「……ま、魔物!」


 シェリーの声に反応したのか、中から現れたのは黒光りする鎧に身を包んだ魔物だった。見るからに相当な硬度を誇るであろう装甲を持った魔物が四体、そのうち三体は頭部に巨大なメイスのような角を持ち、もう一体は巨大なハサミのようなものを頭部に持った異形の魔物だった。黒曜石のような瞳は何を考えているのかまったく分からず、それがより恐怖を感じさせる。


 しかしシェリーは全く恐れることなく魔物に近づき、嬉しそうにその身体を撫でれば魔物も嫌がることなくされるがままになっている。こんな異形の魔物を相手に平然としているシェリーに唖然としていると、シェリーはマジックポーチから一抱えもある樽のようなものを取り出して魔物に差し出す。


「シェリー……何してるの?」

「この子たちは私の従魔よ。こっちが壱号、弐号、参号、そしてこのハサミをつけた子がミヤマさん。みんな、彼女が私の親友のフラム。よろしくね」


 シェリーが私を紹介すれば、魔物たちは一斉に私に寄ってくる。恐怖で動けない私に身体を擦りつけてくるけど、逃げることができない私は為すがままにされてる。もしかしたらこのまま食べられてしまうの?


「こら! フラムが動けなくなってるじゃない! もうちょっと優しくしないと食事抜きにしますよ!」

「「「「……」」」」


 シェリーが一喝すると魔物たちは大人しく私から離れてシェリーの前に一列に並んだ。シェリーが従魔師の技術を持っているなんて長い付き合いの中でも聞いたことがないし、そもそも従魔師の使う魔道具のようなものを魔物が付けてる様子もない。もしかするとこの魔物が街で噂になっていた魔獣なのかもしれない。こんな強そうな魔獣が現れれば街でも騒ぎになるだろうし、支部長やベーカーが欲しがるのも無理はない。こんな魔獣すら喰らってしまうドラゴンの恐ろしさを改めて実感した。よく生きて逃げられたものだ。


「ちょっと早いけど見回りに行きましょうか。部屋に戻って準備してきますから、それから出発しましょうね」


 自分の言葉に従う魔獣たちを見てシェリーは満足げに言うと、茫然としている私の手を引いて部屋へと戻った。もう何が何だかわからない。ただ言えるのは……この世界はやっぱり私の想像をはるかに超えた世界だということ……




**********




「じゃあ行きましょうか。チャチャさんもお願いしますね」

「ワンワン!」


 シェリーが冒険者装備を整えて壱号と呼ばれた魔獣に跨って進むと、他の魔獣もそれについていく。一番後ろをチャチャという巨大魔獣が大きな袋を咥えてついてくる。私はなぜかミヤマさんという大きなハサミを持った魔獣に気に入られてしまい、その背中に乗って移動している。


 シェリーの装備は消息を絶った時よりも数段良いものへと変わっていた。防具は強固だが動きを阻害しないつくりのものへ、そして剣は遠目からでも魔力の親和性が高いことがはっきりとわかる極上のものになっていた。


「フラムはまだ装備がないから今日は見てるだけね」

「……わかった」


 シェリーの言葉に頷く私。確かに今の私には杖もないし防具もない。丸腰の私が戦えるかといえば否で、本当なら見回りについていくことも避けるべきだろうけど、シェリーがどうしてもというのでついてきた。確かに最後尾に控えるチャチャがいれば、大概の敵も倒せるだろうけど。


 見回りの目的は、夜に出没する『ゴキブリ』という虫を討伐することだという。そしてそれはすぐに出てきた。黒光りする身体を持ち、信じられない敏捷性のそいつは魔獣の攻撃を簡単に躱してしまう。果たして魔法を使ってもあの速度を捉えられるかどうかわからない。しかし……


「はぁっ!」


 シェリーの剣がゴキブリを一刀両断する。正直言って、シェリーの一撃は見えなかった。それくらい速い踏み込みと剣筋はかつてのシェリーには無かったもの。一体いつのまにこんな技術を身に着けたんだろう。


「この世界で新しい戦い方を見つけたの。たぶん今なら昇級も間違いなしだと思うわ。戻れればの話だけど」

「あんなギルドに戻る価値はない。でもシェリーが強くなったのは嬉しい。シェリーがこの世界で頑張ってきたということがわかってもっと嬉しい」

「えへへへ……」


 シェリーは照れ笑いしながら、両断したゴキブリをチャチャが咥えていた袋に入れる。どうやらこのゴキブリとやらは素材にならないらしいとぼやいていた。確かにあの艶々した羽根は飾りにしたら映えるだろうとは思うが、それをするとハツミが半狂乱するので仕方なく捨てるのだという。でも無意味に捨てるのではなく、庭にいる鳥の魔物に食べさせるそうだ。


 果たして私はこの世界でシェリーのように強くなれるだろうか。聞けばこの世界には魔法という概念がないらしく、そんな世界で魔法しか取りえの無い私に何ができるだろう。


 しかし考えなくてはいけないことはたくさんある。元の世界に戻る方法も然り、その最大の障害になるであろうドラゴンについても。そのためにはこの世界の知識をたくさん憶えて、私なりに出来ることを探さなければ。


 まずはハツミに頼んでもっと色々なことを教えてもらうとしよう。

読んでいただいてありがとうございます。

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