8.神の国
「美味しかったね、フラム」
「あんな上質な食事は食べたことが無い。ここの人たちに出会えたことは僥倖」
アタシの部屋に戻ったシェリーちゃんとフラムちゃんはドールハウスの中で楽しそうに話してる。食事といってもいつもと変わらず焼いたハムと温野菜、小さく切ったパンだけど、それでもシェリーちゃんは喜んでくれたし、フラムちゃんはハムのおかわりまでしてくれた。フラムちゃんは食事の用意が出来るまでの間もずっとこの世界のことを聞いてきた。
知識を得ることになると食事をするのも忘れるくらいだってシェリーちゃんに聞いてたけど、まさしくその通りだった。目に付いたものは片っ端から質問してきて、アタシが説明すればその都度驚いたり納得したりと忙しそうだったけど、全く疲れた様子を見せなかったんだよね。
「食事するのを忘れていきなり倒れたりすることもありました。あの時ちょうど私が帰宅しなかったらどうなってたかわかりませんでしたよ」
「あの時は私の計算でもうすぐシェリーが帰ってくることは分かっていた。だから安心して倒れた」
「倒れる前に何か食べてよ!」
そんなやりとりをしていたけど、お互い本気で怒ってないことはわかる。二人がどれだけ一緒に過ごしてきたのかはわからないけど、種族が違うのにここまで仲良くなれるのって羨ましい。あれ、そういえば……
「フラムちゃんって何の種族なの? エルフ……じゃないよね?」
「私は純血の魔族。純血の魔族は稀少種族なので滅多に人前に出てこない。だから私は人前では混血ということで通していた」
「魔族は生まれつき魔法に対しての親和性が高いので、その血を取り入れたい者たちに迫害されていた歴史があるんです。近年ではその傾向はなくなりましたが、それでも全くないと言う訳ではありませんでしたから……」
「そう、両親が病気で亡くなって、身寄りのない私は里から出たところを人売りに捕まりそうになって、最果ての森に迷い込んだところでシェリーに出会った。あの時シェリーに出会わなければ私はどこかの貴族に売られていた」
「あの時は本当にびっくりしたわ、森の中で倒れてたんだから。それから一緒に暮らし始めたのよね」
フラムちゃんは魔族なのか。見ていて気付いたんだけど、シェリーちゃんよりも肌の感じが違うし、なんていうか青白いって印象がある。といっても病的なものじゃない。そして耳の形もエルフとは若干違って少し先が尖ってるし、青い髪色と相まっていかにも魔族って感じがする。といっても魔族なんてものを見たのはこれが初めてなんだけどさ。
そういえばフラムちゃんって服もボロボロだけど、身体も埃まみれでちょっと、というかかなり汚れてるんだよね。シェリーちゃんの時もそうだったんだけど、素材がいいのにお手入れ全然しないんだよね。青い髪なんてきちんとケアすればすごく綺麗になりそうなのに。
本当は専用の着替えを用意したいところだけど、今すぐに準備できるものはないし、とりあえずシェリーちゃんのを使ってもらえばいいとして、問題は身体の汚れよね。時間が早いけど、アタシもこれから始める製作活動のためにさっぱりしたいから……
「フラムちゃん、身体を綺麗にするためにお風呂入ろっか」
「オフロ? それは何かの儀式?」
「いいですね、お風呂。フラム、お風呂っていうのは水浴びを温かい湯でするものなの。とても気持ち良くて身体も綺麗になるのよ。絶対に気に入るはずよ」
「……シェリーがそこまで言うなら」
「よし、じゃあ準備してきちゃうね」
昼間からお風呂なんて贅沢かもしれないけど、これも自宅で仕事が出来る個人のデザイナーの役得ってところかな。それよりもお風呂の準備とアタシの心の準備をしておかないとね。まさかお風呂場までカメラ持ち込む訳にはいかないし。でもこれはフラムちゃんの服を作るための情報収集だからね。決して色々堪能したい訳じゃないんだからね。
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「ふう……いい気持ち……」
「……」
浴槽に浮かべた洗面器の中で蕩けた表情のシェリーちゃんと、目を閉じて何かを考えているようなフラムちゃん。二人の様子からみて湯加減は問題ないみたいだけど、フラムちゃんがさっきからずっと黙ったままだ。もしかして水が苦手な種族だったのかな?
「……ハツミ、あなたは酷い人だ」
「え? やっぱり水が苦手だったの?」
「違う、こんな気持ちのいいものを知ったらもうただの水浴びでは我慢できない。まさに悪魔の所業」
「どこが悪魔なのよ……こんなに気持ちいいのに……」
薄目をあけてアタシを見るフラムちゃん。言葉が少ないのでキツいように聞こえるけど、蕩けた顔で言われてるのでいまいち緊張感が無い。窘めるシェリーちゃんなんてもう完全に蕩けてるね。
「こんなに水を贅沢に使って、しかも温めるなんて贅沢は王族でも難しい。こんな贅沢を味あわせて私たちをどうするつもり?」
「どうするつもりもないよ。これがアタシたちの普通だから、贅沢って言われても困るよ。水に関してはうちは独自の井戸を持ってるから思い切り使えるだけだし」
「井戸を個人所有できる時点で信じられない。普通なら集落に一つ共同の井戸があるくらいなのに」
「私たちの世界と比べちゃ駄目よ……ここはとても進んだ文明の世界なんだから……」
洗面器の縁に顔を乗せてお風呂を堪能しているシェリーちゃんがフラムちゃんを窘める。進んでるとは言うけど、この世界には魔法っていうものがないし、技術が発達しただけなのに。
「ハツミさん、そろそろ身体を洗いたいんですが……」
「今降ろすから待ってて……はい、これでどう?」
「ありがとうございます、ほら、フラムも身体を洗おう? 今日は私が洗ってあげるから」
「……そのくらい自分で出来る」
「いいから、今日くらいは私に任せて。ほら、こんなに泡立つし、すごくいい香りでしょ?」
「……うん、まるで神の国にでもいるみたいな感じ」
洗い場の床に洗面器を下して、掌をあてがって二人が洗面器から降りる手伝いをすれば、シェリーちゃんに手を引かれてフラムちゃんも慎重に降りていく。既にお風呂の使い方を知ってるシェリーちゃんが先輩風を吹かせているのがとても微笑ましい。
フラムちゃんは神の国にいるみたいって言うけれど、それはアタシが言いたいセリフだ。
何故そう思うかって聞かれれば、今この場で展開されている光景そのものが夢のような光景だからとしか言えない。
だってフィギュアが動き出したような小さな女の子が、泡まみれでキャッキャウフフしてるのを間近で見てるんだよ? それも一糸纏わぬ姿で。全身に泡をつけたシェリーちゃんが同じく全身泡まみれのフラムちゃんの髪の毛を洗ったり、背中を洗ったり、その後にはお返しとばかりにフラムちゃんがシェリーちゃんの身体を洗ってる。今ここにカメラが無いことが口惜しい。だから必死で心のⅮドライブに保存してる最中だ。こんな光景がこれからも見られるかと思うと……アタシ幸せ過ぎて死んじゃうかもしれない……
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「どうだった? 気持ちよかったでしょ、フラム」
「うん、こんなの初めて。それにすごくいい香り。こんな良い肌触りの水拭き布も初めて」
フラムの濡れた髪の毛を布で優しく拭ってあげれば、さっきまでとは段違いの艶やかな光が甦る。肌だって埃で汚れていたのが雪のような白くてきれいな肌に戻ってる。身体が温まったせいか、若干顔が赤くなってるのが可愛い。
「そういえば、出会った頃はよく一緒に水浴びしたよね」
「でもこんな温かい湯での水浴びなんてしたことない。シェリーはとてもいい人たちに巡り合えた」
「うん、とても幸運だったよ。ここでの暮らしはとても快適だから」
「見たこと無い道具に知らない知識、とても興味深い場所。でも……」
私にされるがままにされていたフラムの言葉が詰まる。何か不安なことでもあるのかな? 大丈夫、私も一緒にいるんだから。
「どうかしたの?」
「シェリーが着ていた下着、どうしてこんなに布が少ないの?」
「え……そ、それは……その……」
フラムがいつの間にか手にしていたのは私の下着。最初は恥ずかしくて身に着けることが出来なかった、ハツミさんが作ってくれた下着。こっちに戻って来てから、気落ちしたままじゃいけないって気分転換に着てみたんだけど、とても肌触りが良くて、とても動きやすくて、もう以前までのは着られなくなっちゃった。それ以降愛用してるんだけど……
「……シェリーが痴女になった」
「え?」
「こんな破廉恥な下着を着てるなんて信じられない。シェリーは私の知らないシェリーになった」
「ち、違うの、これはとても肌触りが良くて動きやすくて……」
「もうシェリーは私の手の届かないところに行ってしまった……」
「だーかーらー、違うって言ってるでしょ! それにフラムもここで暮らすんだからいずれこれを身に着けるんだから!」
「……私もシェリーに痴女にされてしまう……」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないで! ハツミさんもそこで見てないできちんと説明してください!」
埒があかないのでやや離れた場所でこっちを見ていたハツミさんに助けを求めるけど、ハツミさんはとても清々しい笑顔で右手の親指を力強く立てただけで動かなかった。たくさんの鼻血が出てるけど大丈夫なのかな。
それよりもフラムの誤解を解かないといけない。確かにあの下着はちょっと恥ずかしかったけど、まだ誰にも見せたことないし、まだ見せる予定もないんだから。
でもやっぱりこんな下着を身に着けてるって知ったら、男の人は引いちゃうのかな……
読んでいただいてありがとうございます。




