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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
新たなる来訪者
90/400

7.感謝

「お兄ちゃん、手に持ってる袋の中身って桃?」

「ああ、冷えてるからすぐに食べられるぞ。昼飯のデザートにしようとしたんだけど、今食べるか?」

「モモ? 見たこと無いですけど、これもフルーツですか?」

「そうだよ! 甘くて美味しいんだから! 一個剥いてよ!」


 自分で剥こうという言葉が出てこないあたりは相変わらずの低女子力っぷりだが、その変化の無さに僅かばかりの安堵を覚えるのも事実だ。これがいきなり『アタシが剥こうか、お兄ちゃん』とか言い出されたら過労を疑うところだ。中学生の頃に初美が作った料理を食べて三日間寝込んだことは今でも忘れていない。忘れてたまるものか。


 本当なら皮を濡れ布巾で軽く拭ってから丸かじりしたいところだが、それだとシェリーとフラムが食べられないので、台所に行き皮を剥いて小さくカットする。シェリー達には五ミリ角くらいのダイス状にする。もぎたてなので柔らかいが繊維質がしっかりしているので包丁を入れても型崩れしない。瑞々しい果肉から溢れ出る果汁が甘い香りを放つ。


「ほら切れたぞ、皆で食べよう」

「アタシ桃大好きなの! ほら食べて食べて!」


 待ちかねたように桃の乗った小皿を奪い取る初美。座卓の上に置かれた桃を興味深そうに見ているシェリーとフラム。そして桃があまり好きじゃない茶々は少し離れた場所から眺めている。茶々は歯応えのない果物はお気に召さないらしい。なかなかに我儘なお転婆御嬢様である。


「いい香り……とても甘そう」

「美味しい! こんなに甘いフルーツは初めてです。イチゴとは違う甘味が何とも言えません! ほら、フラムも食べて!」

「未知の食べ物をいきなりい食べるのは危険。もう少し慎重に……むぐ?」

「こんなに美味しいフルーツが危険なはずないでしょう? ほら食べて食べて」


 座卓の上では初めて見る桃を不審に思っていたフラムの口にシェリーが桃を押し込んでいる。危険なものを食べさせるつもりなんてないことは理解してほしい。


「甘い! 美味しい!」

「でしょ? ソウイチさんが出してくれるフルーツはとても美味しいんだから!」


 最初こそ桃を口に詰め込まれていたフラムだったが、桃の甘さが気に入ったのかシェリーにも負けない勢いで食べ始めた。その様子を初美がいつものようにデジカメに収めながら色々とノートに書き込んでいるが、一体何をしているんだろう。


「何やってんだ?」

「フラムちゃんの着るものがなくちゃ大変でしょ? だから分かる限りの情報を確保しとこうと思ってさ。シェリーちゃんの服だと色々と不都合がありそうだし」

「そ、そうか……」


 確かにフラムの体型はシェリーに比べれば出るところは出ていなくて、引っ込んでいるところも引っ込んでいない。所謂平坦な体つきといえるので、シェリーの身体に合わせた服だと色々と不都合がありそうだ。


「ハツミさんの服ってとても肌触りよくて着心地いいのよ? この服だって作ってもらったんだから。寝るところは私の部屋で大丈夫だから。ハツミさんもそれでいいですよね?」

「そうね、いずれはフラムちゃんの部屋も用意するつもりだけど、とりあえずはそれで我慢してもらえると助かるわ」

「住むところだけでなく着るものまで……ありがとう。そして疑っていたことを許してほしい。シェリーがこれだけ笑顔でいられる理由がわかった。私も出来る限りのことはしよう」


 口の周りを桃の果汁で汚しながら、フラムが突然のほうを見た。そこには先ほどまで顕著に見られた警戒の色が無くなっている。少しばかり考え込んだ後、フラムは再び口を開いた。


「ソウイチ、あなたがいなければシェリーは今ここで生きて私と再会することはなかった。そしてシェリーが余計な気疲れをしないようにしてくれたのもあなたがこの館の主人だったからこそ。その配慮に改めて心からの感謝を、そして私にできることがあれば何でも言ってほしい」

「そこまで深く考えなくていいさ、どういう縁かここで知り合って意思の疎通が出来た以上、放り出して命を落とすようなことがあると寝覚めが悪くなると思っただけだ」

「でも……それでは私の気持ちが収まらない」

「ならこれから色々と知ってからでもいいだろ? そのうえで出来ることを探せばいいさ。シェリーの時もそうだったし」

「そうよ、フラム。この世界では私の方が先輩なんだから。お姉ちゃんみたいなものね」

「いずれ追い越す。そうすればシェリーが妹になる」

「なによそれ!」


 最初の頃に感じた若干の言葉の棘のようなものが消えて、フラムの言葉はすんなりと俺の心に入ってきた。フラムにしてみれば親友のシェリーがこんな未知の世界で未知の種族である俺たちと親し気に暮らしているということがなかなか受け入れられることじゃなかったんだろう。しかし実際に話してみて、彼女の中での危険度の限界値を十分下回ったからこその変化だと思う。


 食費なんて微々たるものだし、こんなに小さければ部屋の心配もない。唯一の心配とすれば初美がオーバーワークにならないかだけだが、目の下に大きな隈を作っていながら、今まで以上の目の輝きを見せているから問題ないだろう。茶々もシェリーとフラムの他愛ないやり取りをじっと眺めているので、危険はないと判断してるようだ。


「お兄ちゃん、お腹空いたからお昼にしようよ」

「そうだな……ってお前今桃食べただろ」

「桃は別腹なの。ていうか桃一個じゃ全然足りない!」

「わかったよ、今から準備するから待ってろ」


 シェリーが戻ってきて元気を取り戻した初美も、フラムという新しい来訪者を迎えてより気力に満ちているようだ。この調子ならあと三日くらいは平気で完徹しそうな気がする。フラムもこの世界のことに興味津々の様子だし、案外いい関係を築きそうな気がする。とはいえあまりディープな世界に引きずり込むことだけは止めてもらいたい。


 シェリーの時は後で色々と説明を求められて大変だったんだからな。田舎の農業従事者にも説明できる程度のことにしておいて欲しい。

読んでいただいてありがとうございます。

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