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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
新たなる来訪者
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5.フラム

「ん……ここは……シェリー?」

「ここにいるよ、フラム。無事でよかった」

「シェリー! やっぱり生きてた……良かった……良かった……ぐす……」

「うん……フラムもね……」


 目を覚ましたフラムは私に抱きつくと、大きな瞳から大粒の涙を零し始めた。かくいう私も同様で、二人で抱き合って再会の涙を流した。街での出来事やドラゴンと遭遇したこと、他にも色々あったけど、今は何も考えずに生きて再会できたことの喜びを実感していた。時間も忘れて……


「……ところでシェリー、その服は何?」

「え? 寝間着だけど?」

「そんな上質な服、持ってなかったはず。どこで手に入れたの?」

「作ってもらったの。ここの人たちに」


 しばらくの間再会を喜び合った後、フラムが私に問い質す。確かにこの服はとても上質で、冒険者が着られるようなものじゃない。そもそも冒険者は寝間着なんて着ない。いつでも動けるように装備もつけたまま床に転がるのが常で、良くて干し草の寝台がある程度だ。フラムが不審に思うのも無理はない。


「どうしてシェリーにそんなに親切にするの? 何か裏があるんじゃないの?」

「そ、そんなことないよ! そんなこと……ないと思う……けど……」


 最初に思い浮かんだのはソウイチさんとチャチャさん。あの二人は決して裏があるような人じゃない。ハツミさんは……時々シャシンというものを見ながら不気味な笑みを浮かべてるけど、作ってくれる服の布地が段々少なくなってきてるような気もするけど、裏なんて無いと思う、多分。


「あの巨人は私たちが勝てる相手じゃない。奴隷のように扱うことだってできるはず。なのにそれをしないのは何故? わからないことが多すぎる」

「私だって全部を知ってる訳じゃないけど、この国にはそういった考え方が無いみたい。それに私に親切にしてくれたのはこの家の主であるソウイチさんの人柄だと思う。だからまずは……話をしてみて。風の魔法をかけておくから」


 確かにフラムの言うことは理に適ってる。私だって最初はソウイチさんたちに邪推していたんだから。確かに『てれび』や『ぱそこん』で見た人たちの中には恐ろしい人もいた。同じ種族なのにどうしてここまで酷いことができるんだろう、私たちの世界と大して変わらないじゃないかって思った。ああいう人たちと最初に出会っていたら、私はどうなっていただろうって思うと今でも身体に寒気が走る。だからまずフラムもソウイチさんたちと話をしてもらいたい。でもフラムは私の言葉を信じていないみたい。


「そんなのいつ悪い方向に変わるかわからない。だから早くここから逃げよう」

「……ここから逃げたとして、何処に行くつもりなの?」

「ハツミさん!」


 フラムも私も話に熱中してしまい、ハツミさんが居間の入口に来てることに気付かなかった。手にはお茶とお菓子の乗った盆を持っていて、話に夢中になっていた私たちに気遣ってお茶の用意をしてくれたみたい。でもどこかその表情は不満気に見えるけど、それもそうだと思う。ハツミさんは優しくしてくれるけど、そこには陰で企んでいるようなことが無いのは明らかだから。でなければ他の巨人たちの目が私たちに届かないように注意してくれる意味がない。


「まずは自己紹介だね、アタシは初美、この家に住んでる。こっちの犬は茶々」

「……フラム。シェリーを保護してくれたことは感謝する。あなたがこの家の主?」

「この家の主人はアタシのお兄ちゃんだよ。今は畑に行ってるけど、たぶんもうすぐ帰ってくるよ。そろそろお昼だからね」


 表情を変えずに自己紹介するハツミさん。フラムも迂闊なことを言って言質を取られないようにしているのか、極力言葉少なに応対するフラム。フラムは話をしながらも周囲の様子を探り、状況判断の材料にしている。以前のパーティでは交渉事が起きた時はリーダーのカルアが交渉を担当して、フラムは状況の変化を迅速に把握する担当だったせいか、常に状況を把握しようとしているんだけど……知らない情報があまりにも多すぎて混乱してるみたい。


「最初に言っておくけど、アタシたちに危害を加える気は全然ないから。でなければシェリーちゃんを自由にさせたりしないし、茶々だってこんなに懐いていないでしょ?」

「確かにそうかもしれない。だからといってその言葉を鵜呑みにすることもできない。会話が出来るのは僥倖だけど、あなたたちがあのドラゴンの関係者じゃないという確証はない」


 やっぱりフラムもあのドラゴンに遭遇したんだ。だとするとあの穴が生まれた原因はあのドラゴンにあると考えたほうがしっくりくる。でもそれは私たちが元の世界に帰るのはドラゴンの気分次第だということになるのかな……


「確証なんて示しようがないけど、そこはシェリーちゃんの今の状態から考えて欲しいな。アタシたちは彼女を虐げてなんていないし、出来ることならこの世界を満喫して欲しいと思ってる。シェリーちゃんの親友であるフラムちゃんにもそうなってもらいたいってね」

「……どうしてそこまでしてくれる? 真意がわからない」

「真意なんてないよ。もしあるとすれば……困ってるシェリーちゃんを放っておけなかったってとこかな。実際にシェリーちゃんも来て早々にイタチに殺されかけたし、逃げ出したところで元の世界以上に危険がいっぱいだと思うけど?」

「本当なの?」


 フラムが疑いの目を向けてきたので、私は首肯してハツミさんの言葉が間違いじゃないことを示す。あの時チャチャさんが助けてくれなかったら、私はあの時に終わっていた。私たちの世界とは明らかに動きの違う獣相手に歯が立たなかったことは、外の世界が過酷な環境であることを思い知らされた。たった一人で放り出されることの恐怖は今でも忘れない。


「フラム、ハツミさんはとてもいい人よ。私の生活のこともしっかり考えてくれてる。私もお願いしてここに置いてもらったんだ。たぶん私がまだ遭遇していない恐ろしい獣もいるはず、私たちだけで外に出るのはとても危険だよ」

「アタシたちだってシェリーちゃんを閉じ込めたい訳じゃないんだ。でもね、外には危険な獣もいるし、危険な虫だっている。それどころか、理解のない人間に捕まればそれこそ見世物か研究材料にされちゃうわ。だから元の世界に戻れるまで一緒に暮らしてたの。まぁ色々あって戻ってきちゃったんだけどね」


 ハツミさんの言葉に街での光景が甦る。冒険者たちから逃げるように街を脱出したあの時、とても悲しかった。私も迂闊だったんだと思う。元の世界に戻れたこととカブトさんの強さに危機感を失っていたから、貴重なものを見せびらかすような真似をしてしまった。強引にでも奪い取ろうとする輩がいてもおかしくない世界だと理解していたはずなのに……


「とにかく今は落ち着いて話をしようよ、もうすぐお兄ちゃんも帰ってくるし。何よりシェリーちゃんを受け入れるって決めたのはお兄ちゃんなんだし、フラムちゃんもお兄ちゃんと話し合ってから決めればいいよ。シェリーちゃんもそれでいいでしょ?」

「わかった」

「わかりました」


 結局結論はソウイチさんが戻ってきてからということで、フラムは早速ハツミさんに色々と訊き始めた。特に『てれび』はとても興味を持ったみたいで、しきりに『りもこん』を触ってはチャンネルを変えて喜んでいた。ただ少し納得いかなかったのは、私がこちらの世界の言葉を少し読める(ひらがなだけだけど)ということにフラムがかなりの衝撃を受けていたこと。私だってそのくらい出来るんだよ?


 外からはソウイチさんの乗る『クルマ』という道具の出す低い音が聞こえてきて、チャチャさんが尻尾を振って喜んでる。チャチャさんの勢いに驚いたフラムがビクッとしてるのがちょっと面白かった。私はチャチャさんが優しい魔獣だってことは知ってるからいいけど、フラムにとってはまだ怖いのかも。


 ソウイチさんはフラムを見てどう思うかな。ソウイチさんのことだから、無碍にしたりはしないと思うんだけど……フラムが失礼なこと言わなきゃいいんだけどね。


 

読んでいただいてありがとうございます。

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