4.再会
なんというところに来てしまったんだろうか。
空腹と渇水で注意力が散漫になっていたのは確かだけど、それでも魔力探知は怠らなかった。なのにあんなすぐそばに接近されるまでわからないなんて……だからビックリして失神した。したのはそれだけじゃないけど……
巨大魔獣の存在に驚いて失神したのは本当だけど、すぐに意識を取り戻した。でも動くことができない。魔獣は私を食べるつもりなのかわからないけど、下手に動いて興味を引いてしまうのは悪手だ。このまま死んだふりをして立ち去ってくれるのを待つしかない。
(何でいつまでもここにいるの……)
魔獣は私の意識が戻ってるのを認識しているのか、私のそばから離れようとしない。少しでも離れてくれれば逃げ出すことも出来るかもしれないけど、こんなに接近されてたら動きようがない。魔力は少しだけ回復してるけど、こんな巨大魔獣を倒すだけの魔法を放つなんて無理。何とかしてこの場を逃げ出さなきゃいけないのに……
「フラム! フラム!」
遠くから聞こえてきた声に心臓の鼓動が急激に速くなった。あのダンジョンで別れた時の声がずっと耳に残っている。聞こえてきた声はそれと同じ声質のもので、私が心を許した数少ない親友のものに違いなかった。もう聞くことは出来ないかもしれないと諦めかけた声が今、私の名を呼んでいる。
諦めなくて良かった。パーティの仲間でさえ諦めていたけど、私は諦めなかった。ほんの僅かな可能性に賭けて、そしてその可能性は謎のゲートの先で繋がった。すべてはあの時に諦めなかったからこそ、今この瞬間がある。
私が彼女の声を聞き間違えることなんてありえない。最初に出会って、意気投合して、それからずっと一緒だった。私が研究に没頭していると、いつの間にか狩りに出て食べ物を手に入れてきてくれた。彼女が魔法の技術が上がらなくて悩んでいた時は、魔法の発動のしかたから教えてあげた。見聞を広めたいと一緒に旅をして、冒険者になった。いつも私の傍には彼女がいた。そんな大事な親友の声をどうやって間違えろというのか。
声がしたせいか、魔獣は私のそばから離れてゆく。状況がどうなってるのかわからないけど、とりあえず身体を起こして声のした方向を見れば、とても元気そうな彼女の姿が見える。とても上質そうな服を着て、泣きながらこちらに走ってくる姿に私の涙腺も決壊寸前で、話したいことがたくさんあるにもかかわらず、最初にどんな言葉をかけたらいいのかが全くわからない。
いや、話なんて後回しだ。まずはここから脱出しないといけない。私の魔力はかろうじて一発放てるかどうかだけど、彼女の足取りから見るに彼女の魔力は十分。これなら二人で協力すれば逃げ切れる。そんな淡い期待に自然と顔がほころぶ。
でもそれは本当に淡い希望だった。走ってくるシェリーの後ろに見える存在が私の希望を粉々に打ち砕く。さっきの巨大魔獣なんて比べ物にならないくらいに巨大な身体を持った存在は、以前見たことがある巨人族ですら全く及ばないくらいに大きかった。あんな大きな相手にどうやったら勝てるというのか。
そうか……シェリーはあの巨人に飼われているんだろう。だからあんな冒険者らしからぬ服を着せられているんだ。そして私も同じように飼われるのか、いや、私はシェリーのような可愛らしさを持ち合わせていないから、あの魔獣のエサにされてしまうだろう。
終わった。これで全て終わってしまった。自分の中でそんな結論に辿り着いた時、私は全てに絶望して再び意識を闇の底に落としていった……
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「フラム! どうしたのフラム!」
身体を起こしてこちらを見た途端、フラムは倒れてしまった。再会できた喜びで失神したのかと思ったけど、失神する直前の驚いた顔は何だったんだろう。私のことを出迎えてくれたチャチャさんも心配そうにフラムの匂いを嗅いでいるけど、呼吸はしているようだから大丈夫だと思うんだけど……
「ありゃ、驚かせちゃったみたいね」
「ハツミさん……」
私の頭上から声が聞こえる。どうやらハツミさんが後ろからついてきていたみたい。そうか、フラムはハツミさんの姿を見て驚いたんだ。私も最初にソウイチさんに会った時には驚いたし、あの時はたった一人だったから何とか対処することができた。でもフラムは私と再会した喜びの中でいきなりハツミさんを見てしまったから、その驚きはかなりのものだと思う。
「……それよりさ、その子の介抱をしたほうがいいんじゃない?」
「あ、そうですね。きっと何か早合点したんだと思います。彼女は賢者と呼ばれるくらい様々な知識を持っているので」
「じゃあシェリーちゃんの言ってた仲間っていうのは……」
「はい、『最果ての賢者』の二つ名を持つ冒険者、フラムです。私の大親友です」
どういう理由でフラムがここに来たのかはきちんと話を聞かなくちゃわからないけど、考えられるのはやっぱりあのダンジョンが関係していると思う。そしてあのドラゴンも。一体何が起こっているのか、あのドラゴンが深く関係しているのは間違いないと思うけど、私にはその真相はわからない。
でもフラムが来てくれたなら、それが解明できるかもしれない。フラムの魔法の知識は誰にも負けない。そのために様々な国から狙われたくらいだから、もしかしたらもう糸口は掴んでいるかもしれない。
「フラム……心配かけてごめんね」
すぐそばでその顔を見れば、やっぱり少しやつれてる。彼女がどれだけ私のことを探してくれたのか、それはこのぼろぼろの衣服とやつれた身体、目の下に出来た大きな隈が雄弁に語ってる。きっと私が街を追われたことを知り、その勢いのまま探しに来てくれたんだろう。
フラムが此処をどう感じるかはわからないけど、少なくとも私にとっては敵地じゃない。優しい人たちが私のことを支えてくれてる。きっとフラムもソウイチさんたちのことを深く知れば、私と同じような気持ちになるはず。きっと皆のことが好きになるはず。まずは彼女が目覚めたら、お互いの無事を喜び合おう。再会できた喜びを心の底から噛み締めよう。
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