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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
新たなる来訪者
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3.親友

 程よく涼しい温度に保たれた部屋、綿の詰まったふかふかのベッドに毎日取り換える綺麗なシーツ、まるで空気のように軽い上掛けは鳥の羽毛が詰まった超高級品。そんな夢のような場所で私は微睡んでいた。


 ここで再びお世話になり始めてから数日、以前は何ともなかった夜の見回りだったのに、今は翌日の朝がちょっと辛くなってる。カブトムシさんやクワガタさん、そしてチャチャさんがいてくれるおかげで負担は軽いはずなんだけど、身体の疲れが完全に抜けてない。ハツミさんは気にしないでゆっくりしてって言うけれど、少しばかり心苦しい気持ちはある。気持ちはあるんだけど……この気持ちいいベッドから抜け出る決意が固まらない。


「こんなに弱かったんだ、私って……」


 もう二度と戻らないと心に決めたはずなのに、もう二度と親友のこと、仲間のことを思い出さないって心に決めたはずなのに、毎夜夢に見るのはかつての仲間との辛くとも楽しい冒険の日々。命を落とすような危険な目に遭ったことも多かったけど、それ以上に楽しかった。もうあの日々が戻ってこないと心の整理をつけたはずなのに、やはり思い出してしまう。


 改めて自分の心の弱さを思い知った。こんな稀有な経験をしている冒険者が私以外にいるとは思えないから比較対象がいないけど、それでも最初にここに来た時に比べれば間違いなく弱くなった。大事な親友ともう会えないという辛い現実が私の心を傷つけ続ける。


 こんな生活してちゃいけないのはわかってるけど、何か行動を起こすたびに昔のことを思い出す。このままずっと何も考えずにいられたらどれ程幸せだろう……


「シェリーちゃん! 起きて! 大変なのよ!」

「……どうしたんですか?」


 突然ハツミさんが勢いよく扉を開けて入ってきた。片手に『すまほ』というマジックアイテムを持ってるのはいつものことだけど、様子がおかしい。どこか焦ってるようにも見えるんだけど、一体何があったんだろう? 今はソウイチさんは畑に行ってる時間だから私たちだけで対処できることであればいいんだけど……


「これを見て! 早く早く!」

「またシャシンですか?」


 眠い目を擦りながらベッドに身を起こして、ハツミさんが差し出す『すまほ』の画面をのぞき込む。もう慣れたけど、この『すまほ』も凄いマジックアイテムだ。あんな薄い板みたいなものなのに、遠くにいる人と会話したり、色々な情報を調べたりも出来る。親友のフラムもたくさんの本を持っていたけど、あれ以上の情報がこんな一枚の板に収められてるなんて、実際に見ている私ですら未だに信じられない。そしてシャシンという使い方も信じられない技術だ。その場にあるものの姿を写し取るという使い方だけど、私たちの世界では絵描きが描いた絵が使われてる。ギルドにも魔物の絵を描く専属の絵描きがいたけど、このシャシンは今までに見たどんな素晴らしい技術の絵描きが描いた絵よりも精巧で、本物そっくりだった。もしフラムがこんな凄いアイテムを知ったら、食事も忘れて没頭しちゃうんだろうな。


「またあの穴が開いたみたいなの! この子が迷い込んできたんだけど、もしかしてシェリーちゃんを追いかけてた連中かと思って写真とったのよ」

「え? 本当ですか?」


 寝間着のままで画面をのぞき込んで、一瞬時間が止まったように感じた。何故ならそこには写っているはずのないものが写っていたから。もう二度と会うことはないと心に言い聞かせていた存在、私が行方不明になってもたった一人、生存を信じて探し続けてくれた存在。最果ての森で出会い、そしてずっと一緒に過ごしてきて、一緒に冒険者になって、たくさんの冒険をしてきた、大事な大事な私の親友。


 見間違うことなんてあるはずがない。肩のあたりで切り揃えられた綺麗な青い髪はいつも目立ってて、本人はそれが嫌で買うローブは全部フード付きだった。私よりも先に特級冒険者になっちゃったけど、青い髪を見られるのが嫌で偉い人たちに夜会に呼ばれても全部断っていた。青い髪は魔力の保有量が多い種族に時折見られる特徴らしくて、その力目当てに来る連中が多いから嫌だってよく愚痴をこぼしていたっけ。


 少しばかり傷んではいるけど、綺麗な青い髪は最後に見た時のまま。若干頬がこけているように見えるのは、私が心配かけちゃったせいなのかな。ローブはぼろぼろだけど、もしかして私を庇って冒険者たちとやりあったのかな。様々な想像が頭の中を駆け巡る。気が付けば私は部屋を飛び出していた。


「ハツミさん! 居間ですよね!」

「うん! 茶々がいるから!」

「わかりました!」


 寝間着姿のまま、居間に向かって走り出す。身体に残った疲れなんて一瞬でどこかに吹っ飛んでいったようで、走る身体がとても軽い。こんなに身体の動きを軽いと感じたことは数えるくらいしかない。身体の疲れなんて感じなくなるくらいに、この状況が嬉しい。


 何故こんなことになったのかなんてわからない。でもそんなことはどうでもいい。とにかく今は再会を喜びたい。こみあげる涙は決して悲しさなんかじゃない。ようやく親友と再会できる喜びの涙だ。


「フラム! フラム!」


 涙が雫になって流れ落ちていくけど、そんなの全然かまわない。こんなに嬉しい涙なら、いくらでも流してあげる。そして私が居間に着くと、チャチャさんに見守られてる青い髪の少女はゆっくりと起き上がって私のほうを見た。そして驚愕にその両目を大きく見開くと……そのまま白目を剥いて仰向けに倒れていった。

読んでいただいてありがとうございます。

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