8.真相
その日は朝からギルドに冒険者たちが集まっていた。前日の夜に貼りだされた緊急の招集状によるものだったのだが、その招集状はいつものものとは様相が違っていた。
「どうして急に招集がかかったんだ? ヤバい魔物でも出たのか?」
「それにしては内容が何も書かれてないぞ。魔物ならその種類くらい知らせないと事前準備が出来ないだろ」
ベテランの冒険者たちがそう思うのも無理はない。冒険者の緊急招集は街が危機に瀕している場合に発動するもので、過去にも例はある。だがその場合には対象となる魔物の名前や種類が明記されており、冒険者たちはそれをもとに事前準備を行い、強い魔物に立ち向かうのだ。しかし今回の招集状はただ集合ということだけ書かれていた。
彼らが愚痴るのも当然である。緊急招集そのものには報酬など出るはずもなく、かといって無視すれば何らかのペナルティがある。それが街の危機であれば仕方ないことではあるが、今回はただ集まれという指示である。一体何事かと周囲を見回せば、同じように不満を露わにするベテラン冒険者たちと、おそらく初めて緊急招集を経験しているであろう若い冒険者の姿があるが、そこにはつい最近奇跡の生還を果たした女冒険者の姿が無い。屈強な魔獣を従えて帰還した彼女であれば、強力な魔物が相手でも互角以上に戦えるはずだが、その姿がどこにも見当たらない。
「シェリーは来てないのか?」
「生還したばかりだから身体を休めたいんだろ? いくら緊急招集でもそのくらいの配慮はあるだろ」
そもそも最近のアキレア周辺では街の危機となるほどの魔物が出没するという話は聞いたことがない。となればシェリー一人が抜けたところで大勢に影響は無く、もし万が一に危機的状況になったとしても、その時に改めて力を貸してもらえばいいだけだ。ベテラン冒険者たちはこの招集をかなり楽観的に捉えていた。支部長が現れて口を開くその直前まで。
「諸君、よく集まってくれた。今回君たちを招集したのは、ある冒険者の身柄の確保、いや正確に言えばその持ち物の確保にある」
支部長が現れて声を張り上げるが、その時になってベテラン冒険者たちは違和感を感じる。本来支部長と共に現れるはずの職員の姿がなく、その代わりに綺麗な鎧を身に纏った男たちが付き添っている。明らかに冒険者ではないその男たちは集まった冒険者を見下すような表情すら浮かべている。冒険者の危険を顧みない依頼遂行により成り立つギルドに勤める職員にはあってはならない態度だ。そしてその違和感は支部長の語った内容によって明らかになった。
「冒険者シェリーはお宝を見つけた! だがその情報をギルドに供与することなく、お宝を独占している! こんなことが許されていいものか! もしその情報があれば、君たちもお宝を得ることが出来るはずだ! 不公平だとは思わないか?」
「おいおい、何言い出すんだよ、あの支部長は……」
ベテラン冒険者たちは唖然とする。冒険者がお宝を見つけるなどよくある話で、それはその冒険者が命の危険を冒して手に入れたお宝である。それを何の苦労もしていない者が得ようなどと虫のいい話であり、何度も死線を潜り抜けた冒険者であれば当然と考える。もし羨ましければ同じように命を懸けて探すべきものであり、その覚悟が無い者にはお宝を得る権利すらないのだ。だが支部長は続ける。
「冒険者シェリーはマジックポーチにお宝を溜めこんでいる! それを持ち帰った者にはその何割かを与えよう! 従えている魔獣も連れて帰れば追加報奨金も出そう!」
「ふざけんな! 俺たちは盗賊じゃねぇんだぞ! 冒険者なら命がけでお宝探すのは当然だろうが!」
「私は未来ある若き冒険者が危険な目に遭うことを快く思わない! 見つけたお宝は公平に分配されるべきだ!」
「そうだそうだ!」
ベテラン冒険者たちは口々に異論を唱えるが、若い冒険者たちは支部長の話に乗っているようだった。支部長の話は聞こえはいいが、つまるところはシェリーが命がけで手に入れたお宝を取り上げろというものだ。他人の持ち物を奪うなど盗賊と同義であり、それは彼等にとっては卑しいことでしかない。受け入れられるはずが無いのだ。それに支部長は『何割か』と言っていても、それが実際にどのくらいの量なのかを明示していない。ベテラン冒険者たちはそこで気付く、もし持ち帰っても『ゼロ割』、つまり分け前無しということもあると。そしてその可能性は限りなく高いと。
「……おい、あの男たち、ベーカーの私兵だ。あの家紋見たことがある」
「ベーカー? 支部長が最近懇意にしてるっていう西部の貴族か?」
「ああ、最近王家に貢物ばかりしてるって噂だが……ああ、そうか、シェリーの持ち帰った珍しいお宝が欲しくなったって訳か」
「ということは俺たちはベーカーの手先になれってことか……やってられるか、そんなもの」
次第に状況の掴めてきたベテラン冒険者たちは次々にギルドを後にすると、その様子を見た支部長が声を荒げる。まさか自分の提案に乗らない者がいるなど想像もしていなかったのだろう。
「貴様ら、この私と敵対するつもりなのか!」
「盗賊まがいのことするくらいならこんなギルド辞めてやるよ! 冒険者にも誇りってもんがあるんだよ!」
「ふん、貴様らみたいな老骨がいなくても若い力があれば何とかなる! 後で分け前欲しさに来ても相手にせんからな!」
そしてギルドには支部長とベーカーの私兵、若手冒険者だけが残った。こうして街は反支部長派と支部長派の二つに分かれて争うことになった。シェリーを、いや、その持ち物を巡って……
**********
「……まさかそんなことになってるなんて……」
「あの野郎、昔から卑屈な奴だったが、まさかここまで馬鹿だったとはな……」
「ベテラン冒険者は皆お前の味方だ。夜を待って街から出ろ、こんなところにいたら、捕まったら最後何をされるかわからないぞ」
「ああ、殺しはしないと思うが、お宝の出どころを吐かせるまで拷問されるだろうよ。ベーカー家はあまりいい噂を聞かないからな」
親父さんが戻ってきてすぐに、素材屋と鍛冶屋が酒場にやってきた。彼らはギルドの登録こそ抹消しているけど、今でも素材やら鉱石やら食材やらを自分で手に入れるために行動してる現役だ。若手冒険者に後れをとるなんてことはない。そして彼らが手に入れた情報をここですり合わせしてる。まさか支部長がこんな暴挙に出るなんて思わなかった。そう言えばしきりに私の剣を見ていたけど……
「お前がここにいることを嗅ぎ付けてる奴はまだ少ないからな。それにあの魔獣は夜が強いんだろ? なら丁度いい、幸いにもお前を追ってる連中は若手の冒険者とベーカーのところの私兵だ。あいつらが夜に街の外に出ていくはずが無い、そこまでの実力が無いからな」
「わかりました、皆さんには感謝のしようがありません」
「なあに、俺たちはお宝を譲り受けたから、見合うことはしないと気まずいんだよ。それにこれでも俺たちは元冒険者だ、今回みたいなことが無いようにと作られたのがギルドだってのに、それを全く逆行しやがって……あの馬鹿は思い切りぶん殴ってやらなきゃ気がすまねえ」
「支部長と知り合いだったんですか?」
「ああ、同じパーティだったよ。戦士だったがうだつの上がらないやつでな、ただ色々と目利きだったんで皆で守っていたんだが、ギルドの職員に転職してから疎遠になっちまったんだ。まさかこんなことをやらかすなんて……」
「あいつは貴族になりたかったんだよ、でも冒険者から貴族なんてよほどの手柄をあげないと叙爵なんて無理だ。だが王家に近い貴族の口添えがあれば違ってくるんでベーカーを利用してるんだろうが……そう上手くいくとは思えないけどな」
「賄賂塗れのベーカーなんぞ信用できるはずないだろうが……食い尽くされておしまいだ」
悲し気な表情を見せる親父さんたち。きっと私が持ち帰ったものに目が眩んでいるんだろうけど、これはソウイチさんたちが私にくれた絆の証でもある。素材はともかく、武器や防具、衣服に関しては取り上げられるつもりなんてない。
だけどこのまま街に残ってもトラブルの種になってしまうのは間違いない。やっぱり私の行くべきところはあの場所しかないのかもしれない。私の親友と共に過ごした森、人の入り込まない最果ての森。そこで彼女は待っているはず。
親友フラムのところへ……帰ろう。カブトさんと一緒に……
読んでいただいてありがとうございます。




