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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰ってきた冒険者
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6.盗難

「すまんシェリー、昨日預かった剣を盗まれた」


 鍛冶屋が申し訳なさそうな顔でそう言ってきたのは、酒場の親父さん特製の煮込み料理を朝食に食べているときだった。カブトさんを寝かしつけた後、懐かしい味を堪能しているときにアンデッドのような顔で現れれば誰だって驚くと思う。


 鍛冶屋が言っているのは、昨日見せた大剣のこと。詳しく調べには自分の工房のほうがいいということで、それならばと一晩貸し出したんだけど、まさかその晩のうちに盗まれるとは思っていなかった。


「昨夜あの剣を調べてたら急に眠っちまってな……気付いたら朝で、剣も無くなってたんだ。すまない、この通りだ!」

「盗まれたものは仕方ないですよ、それよりも怪我が無くてよかったです」


 鍛冶屋が深々と頭を下げるけど、私は剣より鍛冶屋が無事だったことに安堵していた。もしそこで盗んだ犯人の顔を見てしまったら、証拠隠しのために命を奪われていたかもしれない。あの剣はハツミさんに貰った大事なものだけど、私には扱えないものだし、バドにでも使ってもらおうと考えていた程度だ。


 もったいないと怒る人もいるかもしれないけど、もしあの剣のせいで誰かが命を落としたなんてハツミさんが知ったらきっと悲しむ。だから今は鍛冶屋の無事を素直に喜ぼう。そもそも私に扱えない武器をずっと持ち続けても意味がないし、それは剣にとっても喜ばしいことじゃないと思うからね。


「他の素材は大丈夫だったんですか?」

「ああ、爪や牙は別の材料庫に入れてたから無事だった。あそこには賢者フラムの施した結界があるから賊も手出しできなかったんだろう」


 大事な親友の名が出てきて思わず頬が緩む。フラムはこの街で冒険者を支えてくれる人たちにとても協力的だった。その理由は、私たちが冒険者としての活動を始めたのがこの街であり、そのときに数え切れないくらいに親切にしてもらったからだ。カルアはこういう雑多な街があまり好きじゃなかったけど、フラムと私にとってはこの街の人たちも家族同然だから。


「一応闇市場に出てないかどうかも調べてみたんだが、あれだけの代物にも関わらず全く情報が無い。間違いなくベーカー絡みの連中だろう」

「ギルドが絡んでる可能性は?」

「無くはないと思うが、はっきり言ってそんなの悪手でしかないぞ? ただでさえあの支部長は評判が悪いのに、さらに上塗りすることはしないだろ」

「まあいいですよ、私には到底扱えない剣でしたし」


 これは本音。最初こそハツミさんに返そうと思ったくらいなんだから。だからそんなに畏まらないでほしい。むしろ私にとっては鍛冶屋があの剣を見てどう感じたかを知りたいところだしね。


「ところで……あの剣と同じような作り方ができますか?」

「無理……だろうな。調べてみたが、あれは違う種類の刃を重ねて作ってある。正直言ってどこをどうすればそれが一枚の刃にできるのかがわからない」

「確かタンゾウって言ってましたけど……」

「タンゾウ? なんだそりゃ? 新しい鉱石の名前か?」

「えっと……ごめんなさい、私もわかりません」


 ぱそこんで見せて貰ったけど、真っ赤に焼けた金属の棒をハンマーで叩いてたことはわかる。だけどその程度しか知らない。やっぱり巨人の国の技術は私たちの世界より遙か先を行ってるのは間違いない。私の剣と同じようなものが作れれば、魔物討伐で命を落とす危険性も減ると思ったんだけど……仕方ないか。


「とにかく、あれだけの代物を捌くにはそれなりの力を持つ奴らだろう。裏ルートで流れたら止めておくように話をしておくよ」

「そんなことして危険じゃないんですか?」

「冒険者にとってお宝を持ち帰ることはある種の夢でもある。それを横取りなんてされてみろ、誰もがふざけた考えを起こすぞ? 苦労して見つけてきた奴から盗めばいいってな。そんなことはこの街で冒険者相手に仕事をしてきた者として許しておくないんだよ。いいから好きにさせておけ」


 酒場の親父さんがそう言ってくれたから話を収めたけど、危ないことはしてほしくない。きっとハツミさんもそんなことを望んでいないはずだから。



**********



「ベーカー伯爵、如何ですかな?」

「素晴らしいぞ支部長! この剣は王国の名工が束になっても足下にも及ばない出来だ! これを本当にあの冒険者が持っていたのか!」

「はい、鍛冶屋が預かって帰ったところを後をつけましたんで間違いないですね。あの冒険者の口ぶりだとまだ何か持ってそうですがね」

「そうだ、奴が身につけている剣と防具もきっと同類のものだ。だがあれは個人の持ち物として認識されているから迂闊に手出しできん……」


 ギルドの支部長室で顔を綻ばせているのはベーカー伯爵、王国西部地方の貴族であり、最近王都に進出してきた野心家である。そしてこの男こそ、街でシェリーにカブトさんを譲るように話を持ちかけてきた本人である。そんな彼のご機嫌を伺うようにへりくだる支部長と、その様子を苦笑いしながら眺めているのは斥候の男である。


「アシはついていないだろうな?」

「ゆっくり効く眠り薬を使ったから気付かれることはないでしょうね」

「ふむ、ではあの女冒険者もその手で攫ってくるがいい」

「無茶言わんでくださいよ、相手は精霊の加護持ちエルフでしょう? 眠り薬なんて即座に見抜かれますよ」


 鍛冶屋から剣を盗んだのはこの男である。ベーカー伯爵からの執拗な催促に負け、何か持ってくるように支部長が命じたのだ。そして偶然にも、鍛冶屋がシェリーから預かった剣を見つけて盗んできたのである。


 だがベーカー伯爵はそれでも満足しないらしく、さらなる要求をしてきた。しかも今度はシェリー本人を攫えなどと言う。斥候の男とて実力が無い訳ではないが、遠巻きにシェリーを見た時に直感した。明らかに自分よりも実力が上であると。そんな相手を攫えなど、返り討ちにあってこいと言っているようなものだ。


「この剣にしろあの魔獣にしろ、あんな冒険者風情が持っていていいものではない。我がベーカー家が王国の実力者となる道具に使われるべきだ。違うかね?」

「伯爵、その際には是非とも叙爵の口添えを!」

「そうだな、おまえはギルドの支部長にしておくのが惜しいほどに見所がある。ベーカー家が王家とつながった暁にはそれも考えておこう」

「それはいいんですがね、いったいどうやってあの冒険者を手に入れるんでさ。力押しじゃ間違いなく逃げられますよ。あいつはエルフだ、きっとこの街が居づらくなればすぐに逃げ出す」

「簡単なことよ、逃げられなくしてしまえばいい。私の指示する通りにしておけばいい」


 ベーカー伯爵は自信に満ちた顔で言うと、支部長はようやく安堵の表情を見せた。そして伯爵の考えた案を聞き、納得の表情を浮かべるが、それを聞いていた斥候の男は逆に表情を険しくする。その内容があまりにも理不尽であり、それを実行すれば間違いなく大きな混乱に陥ることが容易に想像できたからだ。


「まぁここから先はそちらでやってほしいんですがね」

「ふん、後ですり寄ってきても分け前は無いからな。なあ支部長」

「ええ、その通りです」


 手を引くことを伝えれば、あっさりと許可が出たので斥候の男は胸を撫でおろす。ベーカーという伯爵も支部長も、自分たちがしようとしていることがどれほど理に適っていないかすらわからないらしいと判断した男は、そのままギルドの建物を後にする。背後では支部長から出された指示を疑問に思い、建物を出てゆく職員の姿も多く見受けられた。だが男にはもうそんなことはどうでもよくなっていた。


「あーあ、明日からの食い扶持をどうやって稼ごうかね。ここのギルドももう終わりだし」


 男は飄々とした態度を崩さないまま、アキレア王国を後にした。これから起こるであろう大騒動から一刻も早く逃げるかのように……


 

読んでいただいてありがとうございます。

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