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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰ってきた冒険者
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5.毛皮

 冒険者ギルドの支部長室にてせわしなく室内を歩き回る支部長。だがその顔は何らかの報告を待っているようで、決して彼の仕事が忙しいということではない。と、そんな彼の動きを止めるように扉が小さくノックされる。支部長は期待に満ちた顔を必死に隠しながら執務机に戻ると、平静を装った声で答える。


「入れ」

「へへ、すいませんね」


 扉を開けて入ってきたのは初老の斥候らしき男。そしてこの男こそ、フラム達がシェリー探索のために臨時でパーティに参加させた男でもあった。男は薄ら笑いを浮かべながら支部長の傍へと歩み寄り口を開いた。


「ダメですね、ありゃ。宿にはもう戻らんでしょ。酒場の親父のところにいるみたいですけど、迂闊に手を出したらこの街の冒険者のほとんどが敵に回りますよ」

「マジックポーチはどうした?」

「持って歩いてますよ。コショウやら砂糖やら出してましたね。どうやら相当なお宝を手に入れたようです」

「魔獣は手に入らんのか?」

「あんなバケモノどうやって連れてくるんですか? それこそ大勢で取り囲んでも仕留められるかどうかすらわからないのに?」

「ベーカーがあの魔獣を何とかしろと言ってきてる。王族への献上品にしたいらしい」

「また無茶を言いますね……」


 斥候の男は半ば呆れたような笑みを浮かべる。それは支部長の言っていることが非情に難易度の高い要求であることと、支部長が斥候の男に依頼したことは通常ならばあり得ないものだったからだ。そもそもギルドの支部長が本来ならば守るべき対象である冒険者の持ち物を狙うなどあってはならないことなのだ。


「これ以上は難しいですよ?」

「後はベーカーに任せるしかないか。あいつらは加減というものを知らんからな。下手をすると持ち物全部を横取りされかねんが……悪いがその辺りを牽制しておいてくれ」

「追加料金もらいますよ?」

「お宝が手に入ればいくらでも払ってやる。あの剣と魔獣だけでもその価値はあるはずだ」


 支部長の答えが自分の納得のいったものだったのか、斥候の男は薄ら笑いを浮かべたまま支部長室を出てゆく。そして支部長室には再びせわしなく歩き回る足音が響き渡るのだった。




**********



「本当にここじゃなきゃ駄目なのか?」

「はい、とにかく大きいですから」


 酒場の親父さんと一緒に向かったのは鍛冶屋の材料置き場。流石は王都の鍛冶屋だけあって、材料置き場もかなりの広さがある。でもこのくらいの広さがなきゃ私が彼らに見てもらいたいものが出せない。


「アンタが言うから特別に見てやるんだ、期待外れは無しにしてくれよ?」

「ああ、本当にな。ただでさえ最近は稀少価値のある素材が手に入りにくくなってるんだからな」

「大丈夫、きっと驚きますから」

「シェリーの冒険者としての目は確かだ、俺が保証する」


 疑いの目を向けてきたのは鍛冶屋と素材屋。最近は王国が高価な素材を集めてるらしく、手持無沙汰だからと親父さんの話を受けてくれた。でもこれはきっと彼らを満足させられるものだと確信してる。だって私ですらあんな大きな魔獣を仕留めたことないんだから。少なくともアキレアのギルドでもあんな大きな魔獣の討伐記録は無いはず。


「じゃあ出しますね。これです」

「「「 …… 」」」


 私が取り出したものに言葉を失う三人。まず取り出したのはイタチの毛皮。滑らかで柔らかい柔毛に包まれたしなやかな毛皮はソウイチさんがきちんと陰干ししてくれたおかげで見事な艶を放っている。こんな上質な毛皮は私だって見たこと無い。


「おい、こんな毛皮を持った魔物いたか?」

「いや、俺も初めて見るな」

「やけに胴が長いな、でもそんなことよりこの手触りだ。こんなのが出回ったらどれだけの値がつくかわからんぞ? しかもほとんど損傷が無いときてる」


 イタチの毛皮を確認しながら真剣な眼差しで話し合う三人。でもまだ大物が残ってるんだよね。とりあえずそっちも判断してもらわないとね。


「まだまだありますよ、驚かないでくださいね」

「おいおい、これ以上のものが……」


 イタチの毛皮で興奮していた親父さんだけど、私が取り出したイノシシの毛皮を見て固まった。イタチより遥かに大きなイノシシの毛皮はそれだけで材料置き場の大半を占めた。イタチの時よりもはっきりと三人の表情が凍り付くのが容易に見てとれた。


「な、なんだこりゃ……」

「ボア……いや、こいつはそんなレベルじゃないぞ……」

「こんなのが出たらそれこそ災厄だろ……」


 イノシシの毛皮はイタチに比べれば獣毛も固くて分厚いけど、それでも素材としての価値は十分あるはず。何よりこの大きさだ、いったいどれほどの量の素材にできるだろう。


「素材屋、どう見る?」

「このデカいのは値がつかないかもな。まず間違いなく出どころを疑われる。こんな大きさの魔獣がいるなんて知れたら大騒ぎになるぞ?」

「やっぱりそうなりますか……」


 一番懸念してたのは、イノシシの出どころを聞かれること。でもそれだけは絶対に言えない。


「これは私がトラップで送られた場所で見つけたものです。それがどこなのか、どうやって戻ってきたのかもわかりません。偶然運よく戻ってこれただけなんですから」

「親父さんからも釘さされてるから詳しいことは聞かんが、これを売るなら小さく切る必要があるな。勿体ない話だが、それで本当にいいのか? あまり大金は出せんぞ?」

「いいんですよ、とりあえず当面の資金が作れればいいんですから」

「こっちの上質なのは表に出さないほうがいいかもしれん。こんなの王族が見たらどんな手段を使っても手に入れたがるぞ」

「わかりました。それから……こんなものもあるんですが」


 そう言って取り出したのはイタチの爪と牙、そしてイノシシの牙。それを見た素材屋が半ばひったくるように手に取ると、じっくり観察しはじめた。その迫力に思わず数歩後ずさったけど。


「この爪と牙も上質だな。それにこのデカい牙はなんだ? さっきのデカブツの牙か? 素材屋としてはこんな上質なものを扱えて嬉しい限りだが、これも危険かもしれんな。細工しちまえば分からんだろうが、このままの状態で見つかればこっちも大騒ぎだ」

「それよりもその腰の剣を見せてくれないか? さっきから気になって仕方がない」


 素材屋の興奮にも負けない勢いで鍛冶屋が詰め寄ってくる。でもこの剣だけは他人に触らせたくないんだ。だからこれとは別の剣を出してみよう。


「この剣は大事なものなので、かわりにこれを視てください」

「……こ、これは」


 取り出したのはハツミさんにもらった武器の中から、私には使えないであろう大剣。でもその切味は誰の目にもはっきりとわかるくらいの逸品だ。当然ながら鍛冶屋は言葉を失って刀身を見つめている。美しい波のような模様のある刃は、剣を扱う者ならば絶対に見惚れてしまうだろう。事実私がそうだったんだから。


「……なぁシェリー、本当にお前はどんなとんでもないところに行ってたんだ? もう驚きすぎて何がなんだかわからねえよ」

「それは内緒です」


 確かに私が行ったところはとんでもない国だった。でもとても優しい人たちのいる国でもある。だからこそ、私が彼らのことを言うことはできない。もし私がそれを言えば、皆が押し寄せてくるはずだから。かといってそれで勝てるはずもないけど、でも迷惑をかけることは間違いない。ただ迷い込んだだけの私にここまで優しくしてくれた人たちのためにも、あの国のことは絶対に秘密にしておかなくちゃ。

読んでいただいてありがとうございます。

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