3.酒場へ
「魔物だ! 魔物が出たぞ!」
冒険者たちが屯す街の酒場はその一言で騒然となった。本来ならそういうものへの対処は王国騎士団か宮廷魔道兵団が行うものであり、常に魔物が入り込まないように目を光らせているはずだった。本来ならば、だが。
「ギルドに報告したか!」
「意味ねぇよ、そんなもん! あの支部長なら真っ先に逃げ出すだろうよ!」
「ちっ、仕方ねぇな。せめてここくらいは守り通さないと、酒が飲めねぇな」
「死ぬならツケ払ってから死ね!」
恐ろしい魔物が迫ってきているというのに、酒場に居合わせた冒険者たちは酒場の主人と緊張感の欠片もないやり取りをしながら武器を手に取り表に出る。騎士団も魔道兵団も当てにならない今、彼らにとっての憩いの場である酒場を守ることが出来るのは彼等だけなのだ。彼等にとって酒場を失うということは、仕事への意欲を失うことと同義なのだ。
「な、なんだ……あれは」
冒険者の一人が思わずこぼした一言は、この場にいた冒険者皆が思い抱いた感想だろう。黒光りする鎧に身を包んだ六本足の魔獣はその頭部に巨大なメイスのようなものを持ち、力強い足取りで彼等のほうへと近づいてくる。まさに王者と呼ぶに相応しい威容の魔獣は、待ち受ける冒険者など物の数にもならない様子で歩みを止めない。
「やべぇぞ……逃げろ!」
誰かがそう叫ぶと同時に、冒険者たちは散り散りに逃げ出す。彼らにとって大事な酒場ではあるが、何より優先されるのは自分の命だ。そして彼らは六本足の魔獣を見た瞬間に自分たちの命の危機を感じ取ったが故に逃げ出したのだ。明らかな力の差は冒険者たちの戦意を容易く奪い取る。
「くそ! 俺は逃げねぇぞ! 俺の店は俺が守る!」
酒場の主人が店を背にして剣を構える。魔獣の強固な鎧に通用するかは怪しいが、それでも大事な店を守るためには戦わなくてはならない。圧倒的なまでの力の差を身体で感じ取り、剣先が小刻みに震えるが、それでも気力を振り絞って対峙したその時、緊張感の欠片もない言葉が投げかけられた。
「あのー、すみません、まだ開いてますよね?」
「お前さん……シェリーか?」
「はい、帰ってきました」
聞き覚えのある声に剣を下した酒場の主人はその声の主の存在を信じることができなかった。そして魔獣の背に乗るエルフは、この場に全くそぐわない無邪気な笑みを浮かべていた。
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「そうか……それは気の毒だったな」
「いえ、いいんですよ。死に別れた訳じゃありませんから」
「それにしても……まさかお前があんな魔獣を連れて帰ってくるなんて誰が想像するかよ」
「まあ色々縁があって……」
酒場のカウンターで親父さんと向かい合って話す。私の顔を見てようやく落ち着いた親父さんだけど、それは彼が私のことを昔から知ってるからであって、私と再会したことを心から喜んでくれているからだ。でも他の人達はそうもいかない。私のことを街で顔を見かけた程度の人たちは酒場に入ることも出来ていない。それを見かねた親父さんが申し訳なさそうに言う。
「お前のことを信じてないわけじゃねぇんだが、このままじゃ商売上がったりだ。何とかしてくれや」
「あ、ごめんなさい。カブトさんもお腹すきましたよね」
酒場の扉の脇でじっとしているカブトさん。威嚇してるつもりは無いんだろうけど、知らない人から見れば威嚇してるようにしか見えないので、カブトさんを酒場の裏口に連れて行って食事してもらうことにした。酒場の裏で大人しくしているカブトさんに夕食を食べさせて酒場に戻れば、いつもと変わらない活気が戻っていた。
「シェリー、生きてたのかよ」
「心配したんだからね」
「どこに行ってたんだ?」
顔見知りの冒険者たちが口々に私との再会を喜んでくれた。それもそのはず、私はもう死んだものと思われていたんだから。行方不明の冒険者がひょっこり帰ってくることは極まれにあるけど、まさか自分がそうなるなんて思ってもいなかった。そして皆の視線は私の持つ剣や防具、服に集まり始めた。やっぱりこれがとても良いものだということがわかるみたい。
「なぁシェリー、その武器はどうしたんだ?」
「まぁちょっとね……」
さすがに入手先を教える訳にはいかない。手に入れようとしても手に入るものじゃないし、何よりこれは私とあの人たちとの信頼の証だから。でも……ちょっとだけ自慢してもいいよね?
「実はね……これだけじゃないんだ。みんな見て驚かないでね?」
そう言いながら腰につけたマジックポーチに手をやると、皆が興味深そうに顔を寄せた。酒場の親父さんもいることだし、ここでお披露目させてもらおう。親父さんは鍛冶師や装飾師たちの伝手もあり、自分自身も素材を見極める目を持っているので、ある程度の値段を予測してもらうのもいいかもしれない。当面の間はソウイチさんたちに貰ったものを売って食いつながなきゃいけないんだし。さて、これから出すものを見て皆が驚く顔を見るのが楽しみだ。
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