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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰ってきた冒険者
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2.言いがかり

「シェリーさん! 起きてください! シェリーさん! いるんでしょ!」


 乱暴に扉を叩く音と宿の主人の怒鳴り声に目を開ければ、既に部屋は暗くなり、夜が来たことを理解した。このままでは扉を蹴破られそうなので、慌てて開ければ宿の主人が慌てながら話し出した。


「シェリーさん、あの魔獣を何とかしてください! 皆怖がってます!」

「え? カブトさんがどうかしましたか?」

「窓から外を見てください!」


 宿の主人の言葉に従って木窓を開ければ、そこにはカブトさんの黒曜石のような瞳があった。この部屋は二階のはずなのにどうしてと一瞬思ったけど、ダンジョンの垂直な壁も余裕で登りきるカブトさんにとっては宿の壁を登るくらい全く苦にならないみたい。


「カブトさん、おとなしくしてなきゃ駄目じゃないですか」

「……」

「もしかして私を心配してくれたんですか? ありがとうございます、もう大丈夫ですよ」


 カブトさんと別れた時、私は何も考えることが出来なかった。その姿を見たカブトさんは心配で我慢できなかったのかもしれない。宿の入口からは身体が大きすぎて入れないので、窓から出ている私の匂いを嗅ぎつけてきてくれたんだと思うと、カブトさんの優しさに心が温かくなる。


 ひとしきり泣いてスッキリした。よく考えてみれば、仲間がいなくなったといっても死に別れた訳じゃない。パーティを解消しただけで、皆に会いに行くことだってできる。私が戻ってきたって便りを出せば、うまくいけば戻ってきてくれる可能性だってある。悲観的になる必要なんてどこにもない。


「そうだ、カブトさんも夜の街に繰り出しませんか? パーティの仲間はいませんけど、それでも顔見知りはいるはずですから」


 冒険者が街で労いのひと時を楽しむのは夜。きっといつもの酒場に行けば、見知った顔がいるはず。たぶん私が戻ってきたことはもう知られていると思うので、顔を見せて安心させてあげなきゃ。


「カブトさん、準備が出来ましたから下りてください」

「……」


 身支度を整えて宿の外に出れば、カブトさんがゆっくりと降りてくる。その姿を見た通行人がびっくりして固まっているけど、カブトさんの強さと優しさを知ったら違う意味で驚くかもしれない。皆遠巻きに眺めているけど、私も最初にカブトさんと会った時はあんな感じだったな。ソウイチさんが危険じゃないって教えてくれたから安心して触れ合うことが出来たけど、これからは街の皆にもカブトさんと触れ合ってほしい。そのためにも危険じゃないってことを知らしめないとね。


「もう見回りは必要なくなっちゃいましたけど、やっぱりカブトさんは夜のほうがいいんですよね」

「……」


 カブトさんに跨って夜の街を進めば、昼間よりも力強いカブトさんの足取りが夜を待ち遠しく感じてたんだとわかった。カブトさんには申し訳ないけど、夜の依頼なんてほとんど無いから昼に行動するのも受け入れてもらわないといけないかも。


「おい、その魔獣強そうだな。どこで手に入れた……」


 酒場に向かう道すがら、言いがかりをつけてカブトさんを捕まえようとする連中がいたけど、みんなカブトさんに放り投げられていた。カブトさんをどこで手に入れたかなんて話しても信じてもらえないだろうし、そもそもカブトさんを他の誰かに渡すつもりなんてない。だから……今目の前にいる男がとても鬱陶しい。


「冒険者シェリー、その魔獣を私に売れ! 金貨十枚、いや、二十枚出そう!」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、カブトさんが僅かでも動けば大袈裟に飛び退くくらいに怖がっている。着ているものは煌びやかで一見して平民じゃないことはわかるんだけど、まさか貴族様じゃないよね。だって貴族様が夜に冒険者がたむろする街にいるはずがないし。


「この魔獣がいれば我がベーカー家の王国での評価も上がるというもの。国王への献上品にすれば陞爵も夢ではないはずだ」

「売りませんよ」

「そうだろうとも、ベーカー家当主直々の懇願を断るなどあるはずが……今何と申した?」

「どうして大事な友人を売らなくちゃいけないんですか? 他の人たちみたいに放り投げられたくなければ早く消えてください」

「くっ……我がベーカー家に刃向かったことを後悔させてやる」


 勝手に話を進めようとしているので早々にお断りしたら、思い切り睨み付けられた。大体どうして私がカブトさんを売るなんて思っているんだろう。カブトさんは自分の未来を捨ててまで私についてきてくれた大事な大事な家族なのに。私がいなくなる前はこんな訳のわからない人が言いがかりをつけてくるようなことは無かったはずなんだけど……何があったのか酒場で聞いてみよう。


「カブトさん、あんなの気にしなくていいですよ? それよりも酒場に行きましょう。カブトさんもお腹すいてますよね?」

「……」


 カブトさんは気にしていない様子で再び歩き出す。何だか遠巻きに眺めている人たちの表情が引きつったもののようにも見えるけど、きっとカブトさんの凄さに圧倒されてるんだよね。


 さあ、見知った人たちとの再会を喜び合う場所が近づきつつある。私のことを見たら、皆どんな顔をするか楽しみだな。

呼んでいただいてありがとうございます。

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