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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
小さな冒険者
7/400

6.協力者

本日一話目です。


視点移動があります。

「なぁシェリー、果物は好きか?」

「え? 滅多に食べられませんが……大好きです」


 シェリーが恥ずかしそうに、両手で赤くなった頬を押さえるようにしながら言う。この様子だと大好きのレベルはメーター振り切りそうな予感がする。だがそれでいい、あいつを即座に動かすには掛け値なしの本当の姿を見せなければならない。うまくいけば強力な味方になってくれるはずだ、俺の見立てではシェリーの容姿も仕草もあいつのどストライクだから……


「イチゴ好きか?」

「イチゴ? 何ですかそれ?」

「……見てもらったほうが早いか。ちょっと待ってろ」


 台所の冷蔵庫から小皿に乗った数個のイチゴを持ってきた。これは買ったものじゃなくうちのハウスで採れたもので、親父が実験的に育てていたものを引き継いだ。二年目にして株分けした苗が順調に結実してくれて、味も市販のものより甘味が強い。試作段階なので数がとれないのが現状だが、今年はもっと株分けできるはずだ。親父の研究成果がようやく実ったが、それを見届けることなく逝っちまったがな。


「これ……ベリーの仲間ですか? とても甘い香りがしますけど……大きいですね……」

「これでも小粒と思うんだけどな……まぁシェリーの身体のサイズから考えれば当然か」


 シェリーが抱えたイチゴは俺たちで例えるとバレーボールくらいの大きさだ。どうやらベリー類はシェリーも見たことはあるようだがストロベリーは無いようで、しきりに匂いを嗅いだり表面をさすったりしている。種が表面に出ているのが不思議なようだ。


「種は食べないほうがいいかもしれないから」

「は、はい……あ、甘い! ベリーってもっと酸っぱい果実じゃありませんか?」


 一口齧って目を見開くシェリー。その後はもう止まらなかった。瞬く間に半分ほど食べてしまい、とても満足気な笑顔を見せている。この瞬間しかない、そう思った俺はスマートフォンのシャッターを押す。念のために連写しておいて、最高の一枚を選んで送るつもりだ。


「うーん……間違えて動画にしちまったが……これでいいか。よし、これを添付して……」


 選んだのはイチゴを両手で持って齧りつき、満面の笑みを浮かべているシェリーの姿。たぶん俺の技術で撮れる最高の一枚だと思う。後はどうやってあいつに見せるか、だな。いきなり送り付けると後々厄介なことになりそうだし、件名も特に目を引くようなものにしないといけない。


「……まずは段階を踏んでいこう」


 とりあえず今撮影した動画を保存すると、無料通話アプリを立ち上げてリストからある人物を選択する。先ほど餡子を食べたばかりだというのに別腹とばかりにイチゴを食べ続けるシェリーを横目で見ながらメッセージを入力した。あいつがすぐに反応するであろう文面を考えながら……




**********




「初美ちゃん、これもお願いできないかな?」

「無理です、そのくらい自分でやってください」

「そんなこと言わずにさー、俺と初美ちゃんの仲じゃん」

「今は仕事中、プライベートと仕事は分けて。それとこんな簡単な仕事くらい自分でやって。こっちはもういっぱいいっぱいなんだから」

「……じゃあ他を当たるからいいよ」

「はぁ……」


 あの男はこっちがどれだけ仕事抱えてるのか分かってんのかな。はぁ……仕事とプライベートの分別もつかないし、何であんな男と付き合っちゃったんだろ。一応は東京二十三区内のオフィスビルに事務所を構えるデザイン事務所の社長だし、独り暮らしの寂しさもあってつい出来心で流されちゃったんだけど、ほんっとに後悔してる。昼ごはんすら食べる時間もなく働いてるってのに、あいつさっき鰻食べてたし。ほんっとにデリカシーの欠片もないんだから。


「初美先輩、いいかげんにここ見限ったらどうですか? 先輩なら独立しても今の取引先が仕事回してくれますよ」

「そうなんだけどさー、どうも一歩が踏み出せないんだよね」


 後輩が労いのコーヒーを淹れて持ってきてくれた。アタシの好みの砂糖たっぷりの超甘、ミルクもたっぷりのお子ちゃま仕様は疲れた脳によく効く。

 田舎を離れて早五年、今のデザイン事務所に入社してから一生懸命頑張って指名の仕事も貰えるようになった。元々好きだった造形の仕事をしたいって高卒で上京、今なら後輩の言う通り独立しても上手くいくかもしれないけど……こういう仕事はまさに水物、いつどうなるかなんて誰にもわからない。もし独立してダメだったら、あの時私の背中を押してくれた人に申し訳が立たない。独立に踏み出せないのはそれが理由。


「……メッセージ、お兄ちゃん?」


 滅多に連絡を取らないお兄ちゃんからの、しかも無料通話アプリっていうのが珍しい。いつもは面倒くさがって普通に電話なりメールなりしてくるのに……何コレ?


『新しい同居人が増えました』


 茶々だけで我慢できずにペット増やしたのかと思ったけど、それにしては文面が変。お兄ちゃんはペットのことを家族って言うから、もしペットが増えたなら『新しい家族』って言うはず。……同居人ってもしかして……恋人? それとも色々すっ飛ばして結婚相手? たった一人の肉親である妹のアタシに何の連絡もなく? ちょっと待って、どういうことそれ? そんなの一人で決めていいはずないでしょう!


『ちょっとそれどういうこと? アタシ聞いてないんだけど!』

『色々訳あり、後でメール送るから時間できたら連絡くれ』


 簡潔で事務的なメッセージなのはいつものこと。なのに今日はそのメッセージがとても気になる。時間できたら、ということは急ぎの要件じゃないと思うけど、それなら態々仕事中にメッセージ送るかな? お兄ちゃんも元サラリーマンだからいつも連絡は夜とか休日にくれてたのに……


「ごめん、ちょっと休憩入る。後は仕上げだけだからお願いしていい?」

「いいですよー」


 後輩に仕上げを任せて女子トイレに駆け込むと、すかさずメッセージを送る。いつもなら気にも留めないメッセージがとても気になるのはどうしてなのか、私にもわからない。仕事のストレスが溜まりすぎて限界を突破しそうなのかもしれない。


『時間できたよ』

『誰もいないところに行ってくれ、他人に見られたくない』


 返ってきたメッセージは訳ありという言葉の通り、いつもと大きく異なっていた。仕方なく個室に入り、便座に腰かけて再度メッセージを送った。まったく、一体なんなのよ……


『トイレの個室に入ったよ』

『これからお前の個人携帯にメールで画像送る。それ見たら連絡くれ』


 いつもは仕事用の携帯に連絡してくるくせに、どうして今だけ個人携帯なんだろ。まあ持ってるけどさ。急いでポケットから出せばちょうど受信したとこだけど……重いデータが添付されてる。画像って動画? まさか結婚相手の紹介を動画で済ませようっての? それはちょっと、というかかなり違うんじゃないの? いくら三十すぎて焦ってるとはいえ、そこまで周りが見えなくなってるの? 


 まあいいや、とりあえず添付動画を見てみよう。これがどう見ても財産目当ての女だったらこの後無理矢理有給とってぶん殴りに行くから。最近その手の話が無かったから油断してたアタシも悪いんだけどさ。お兄ちゃんは交通事故で死んだ両親から受け継いだ山と畑があるから、財産目当ての女がよく近づいてくる。一時高速道路が通るかも、なんて噂が流れた時にはどう見ても浮気しそうなケバい女とかがよく来てたけど、あの時はお兄ちゃんも色々あったからそれどころじゃなかった。まさか今になって変なのにつかまってたりしないよね……


『……あ、甘い!』


 あれ、おかしい? アタシの携帯に神が降臨してる。目の錯覚なんかじゃない、だって茶々と一緒に映ってるから。思わず取り落としそうになった携帯を壊れんばかりに握りしめて画面を凝視する。こう見えても造形から映像まで幅広く手掛けるデザイン会社の主戦力として働いてきたんだから、動画が加工されているかどうかくらい判断できる。


 結論、これは加工してない。というかお兄ちゃんにそんな技術無い。つまりこれは実物を撮ったことになる、すなわち茶々と一緒に映ってるのは神。いや、神すら足元に及ばない可愛らしさを持つ存在。


 デフォルメされたほぼほぼ三頭身の身体、大きな瞳にさらさらの金髪、特徴的な耳、白磁のような肌、アタシが大好きだった(というか実は今も集めてる)フィギュアそのものだった。それが動いてる、口の周りを汚しながら笑顔で大きなイチゴを抱えて食べてる。いや、イチゴが大きいんじゃない、この神をも軽く凌駕する可愛らしい生き物が小さいんだ。茶々と比較してもそれは明らか、でもどうしてお兄ちゃんが……


 うん、一旦落ち着こう。まずは状況確認。メッセージでは『同居人が増えた』ってあった、とすれば実家で暮らすことは確定ってことよね、となればアタシにメッセージを送ってきたということは、絶対に秘密を守れる人間に協力してほしいってことだと思う。この存在が心無い人間に知られたらどんな酷いことをされるかわからない。そんな人間は私が絶対許さないけど。


 震える手を何とか抑えながら、お兄ちゃんの携帯に発信する。お兄ちゃんは困った、とか大変、とか言ってたけど詳しいことは全然覚えてない。ただ覚えてるのは、その可愛らしい存在がシェリーちゃんという名前だってこと。ただそれだけ。


 ううん、今はそれだけでいい。これはきっと天啓、神がアタシに与えた使命、そうに違いない。


 アタシは自分の心の奥底から湧き上がってくる衝動のまま走り出す。自分のデスクに戻ると隣のデスクで後輩が仕上げを終わらせるところだった。


「あ、先輩。もうすぐ終わりますよ」

「ごめん、アタシ辞めるから」

「「「 は? 」」」


 周囲の同僚たちの唖然とした声も耳に入らず、アタシはひたすら退職願の作成に没頭した。

後一話更新します。

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