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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰還する冒険者
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10.帰還

「大きさはもう十分だと思いますけど、まだ魔力が安定していません。この様子だと明日の夜くらいだと思います」

「そうか……」


 シェリーが穴から出てきてそう言った。そうか、明日で帰ってしまうのか。わかっていたこととはいえ、こう間近に迫ってしまうと若干不安になってくる。


「準備はいいのか?」

「はい、ハツミさんにいただいたものは全部ポーチに入ってますから」

「そうか……」


 困ったことに、いざ帰るとなったシェリーと二人きりになってしまうと会話が続かない。初美のように女同士の話が出来るわけでもなく、かといって元々冒険者だったシェリーと農家の俺では根本的な話題が一致しない。ここでこれからの山村農業についてのあれこれなど聞いても面白くないだろうし、冒険者としてこんな魔物を討伐しましたとか言われても理解が追いつかない。


「最近どうだ?」

「最近……ですか?」


 何を聞いてるんだ俺は。最近どうだなんて一つ屋根の下で暮らしていて、三食食卓を囲んでいるんだからどんな様子かなんてわかるだろうが。聞かれたシェリーも返しに戸惑ってるし、何を考えてるんだ俺は。帰るまでに残された時間を満喫してもらうために、そして後ろ髪を引かれるような別れ方をしないようにするって決めたはずなのに。


「……良かったです。少し安心しました」

「……安心? 何が?」

「ソウイチさんは私が帰ることに何の気持ちも持っていないんだと思ってました。でも今のソウイチさんからはそんな感じがなくて、やっぱり別れを惜しんでくれてるんだと安心したんです」

「……いや、そんな……いや、実のところちょっとばかり辛くはあるな」


 シェリーに本心を見抜かれたことを取り繕おうとして諦めた。本音で付き合うと言った本人が本音を隠してどうする。シェリーについては年の離れた妹のような感じに思っていたのだが、妹が旅立ち、そして戻ってこないということを知ったら皆こんな気持ちになるだろう。いくら鈍感な俺でも、そこまで非人間的になるつもりはない。


「でもまぁ……深く落ち込むかと言えば、そうでもなかったりする」

「え? どうしてですか?」

「春にシェリーがこの家に来てからおよそ三月、つまりその間に二度、世界を繋ぐ穴が開いたということになる。となれば、またこちらに来ることだって可能だと考えるほうが普通だろ? それとももう二度とこんなところに来ないと思った?」

「そんなことありません! こんなに素晴らしい場所はどこにもありません!」

「そう言ってくれると嬉しいよ。とまぁそんな感じで、あまり深刻にとらえていないんだよ。楽観的と言われるかもしれないが、こういう時はしんみりとするよりも、これくらい明るいほうがいいんじゃないかと思ってな」

「ふふふ……ソウイチさんらしいです。それがソウイチさんのいいところですね」


 とりとめのない、いわばただの雑談。だがとても心温まる時間でもあった。何を気にするでもなく、お互いを知るための雑談がこんなに心地よいものだと今更ながらに気付いた。これならもっと早くから二人で色々と話しておくべきだったのかもしれない。


 こうして時間は進む。やがて日が沈んで夜になり、そして再び陽が上る。目新しい何かが始まるでもなく、いつもどおりの一日が始まる。そしてその夜、ついにその時はやってきた。




**********



「魔力が安定しはじめました! 通行可能な状態です!」


 居間に勢ぞろいした俺たちに向かってシェリーが嬉しそうに言う。それもそうだろう、俺たちとの別れがあるにしても、元の世界に戻るということはずっと願っていたことなのだから。シェリーの傍には既にカブトさんが待機しており、いつでも騎乗できる状態になっている。そこで俺はあることを思い出し、席を立つ。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「すぐ戻る」


 ふと大事なことを思い出し、急いで納屋へと走る。そこにはずっと陰干ししていたものがあった。これを渡すのを忘れていた。急いで手に取り戻れば、皆が不思議そうな表情で出迎えてくれた。


「何やってんの?」

「これを渡さないとな。うちにあっても無用の長物だし、それなら活用してもらったほうがコイツのためでもある」

「イノシシの皮!」


 先日剥いでもらったのをずっと陰干ししておいたのを忘れていた。シェリーはとても気に入っていたようだが、俺に気兼ねして受け取らなかったんだが、正直なところ俺にも使い道なんてない。ただ廃棄されるくらいなら、世界を渡ってでも活用してもらったほうが猪の為にもなるだろう。


「いいから持っていけ、遠慮なんてするな。家族だろう?」

「は、はい! それじゃそろそろ行きます。皆さん、ありがとうございました」

「シェリーちゃんも元気でね?」

「ワンワン!」

「はい、ハツミさんもチャチャさんもお元気で」


 既に涙ぐんでいる初美と茶々が別れの言葉をかけている。それに応えるシェリーの目にも涙が滲んでいるようだ。


「シェリー、またいつか……な」

「はい、それまでお元気で!」


 シェリーは気丈に笑顔で答えると、毛皮をポーチにしまってカブトさんに騎乗して穴へと入っていった。時折振り返りそうになっては前を向くという動作を繰り返しているのは、後ろを振り向くと涙でくしゃくしゃの顔を見せてしまうからだろう。そんなシェリーを乗せたままカブトさんはゆっくりと進み、そしてついにシェリーの後ろ姿は暗闇の中へと消えていった。




**********



「行っちゃったね」

「ああ、そうだな」

「お兄ちゃん、またいつかってどういうことなの?」


 目元を真っ赤に腫らした初美が不思議そうな表情で訊いてくる。だが俺がそんな別れ方をした理由を話せば、合点がいったかのような顔をした。


「そっか、そうだよね。たった三ヶ月くらいの間に二回も世界が繋がるなんて、二度あることは三度あるっていうしね」

「ああ、しかもその原因が何なのか全くわかっていないからな。だからこの先いつか、またシェリーが現れる可能性はゼロじゃないと思ってる。子供じみた夢だけどな」

「いいんじゃない? そういう皆が幸せになれるような夢ならいつまで見ててもさ。ね、茶々もそう思うでしょ?」

「ワンワン!」


 壁の穴から小人が出てくるなんて、いい年した大人が何を言っていると馬鹿にされるかもしれないが、少なくともここにいる二人と一匹はそれを目の当たりにしている。それが事実だと知っているからこそ、また同じようなことが起こると信じていても許されるだろう。それほどシェリーのいた日々は俺たちにとって心地よく、楽しい幸せな日々だったんだから。


「お兄ちゃん、今日はここで寝てもいいかな」

「ああ、昔はここで家族全員で川の字になって寝てたっけな」

「ワンワン!」

「もちろん茶々も一緒だよ、大事な家族なんだから」

「ワン!」


 

 それからしばらくの間、夜眠るときは居間で揃って寝るようになった。いつシェリーが戻ってきてもいいように、皆で笑顔で出迎えられるようにと……

完結ではありません。

読んでいただいてありがとうございます。

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