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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰還する冒険者
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9.カブトさん?

 シェリーの旅立ち予定の日まで後数日を残すのみとなったある日、居間の座卓の上ではシェリーが並べられた品物を吟味しているところだった。並んでいるのはシェリーが我が家で着ていた衣服、初美が贈った武器や防具、そして様々な調味料などだった。少し離れた場所にはイタチの毛皮と牙と爪が丁寧にまとめて置かれていた。


「これ全部もらっていいんですか?」

「いいのいいの、このくらいどうってことないから。そもそも武器や服はアタシたちには使えないし、調味料なんてすぐに手に入るからさ。イタチの皮も用途が無いし、むしろシェリーちゃんの世界の職人に加工してもらったほうがいいでしょ」

「はい、ありがとうございます」


 確かにシェリーの着ていた服や武器を残していっても俺には意味がない。初美の創作の足しになるかとも思ったが、なぜか本人に全くその気がないらしい。


「あれはシェリーちゃん専用に作ったものだから、いくらフィギュアと言えども他人に持たせるつもりはないわ。クリエイターの意地ってとこかな」


 なんて言っていたが、実はそれだけじゃないと考えている。というのも、シェリー曰く、初美が依頼した武器はもちろん、衣服もかなり高額で取引されるレベルの品質であるということだ。つまり、もしシェリーが戻ってすぐに生活基盤を組み上げられなくてもこれらを小出しに売ることで食いつなぐことが出来る。そしてその間に糧を得る方法を見つければいい。だがそれを強調すればシェリーが遠慮してしまうかもしれないと考えて、わざと不要であることを公言している。我が妹ながら回りくどくて、かつ思いやりのある手段を使うものだ。


「どう? まだ入る?」

「全然大丈夫です。こっちに来てから魔力の総量が上がったみたいで、マジックポーチの容量も三倍くらいになってます」

「じゃあどんどん入れよう、この袋は胡椒、ホールだから保存がきくから。それと塩ね、それからハーブ類……あとは砂糖ね」

「こんなにいただいて……貴重なものばかり……」

「こういうことでしか手助けできないからね」


 座卓の上に並べられたものが次々に消えていく様はいつ見ても不思議極まりない。初美は平然としているが、よくあんな光景を目の前で見ても平気なのかが信じられない。この世界には存在しない技術なのに。


「そういえばシェリー、カブトさんはどうするんだ?」

「カブトさんは……お別れですね。向こうにはカブトさんのような大きな虫はいませんし、カブトさんだってこっちの世界でお嫁さんを見つけたいでしょうし……」

「カブトさんには話したのか?」

「いえ……まだです。今夜お話します」


 カブトさんがシェリーが元の世界に帰るということを理解できるとは思えないが、懐かれているシェリー本人が話をするというのであれば止める権利などない。カブトさんがどんな反応を見せるか楽しみではあるが。




**********



「カブトさん、私は元の世界に帰らなければいけないんです。だからカブトさんとはお別れなんです。カブトさんももう自由にしていいんですよ?」


 夕食を終えた居間で、シェリーがカブトさんに説明をしている。カブトさんはじっと動かずにシェリーの言葉に聞き入っているようだが、果たしてその説明の内容を理解しているのかはわからない。


「だからカブトさんも自分のお嫁さんを見つけて、幸せに暮らしてください」

「……」


 当然のごとくカブトさんは無言だ。黒曜石のような瞳はシェリーに固定されている。しばらく無言の時間が続いたが、数分の後にカブトさんが動いた。いつもならシェリーのそばに寄ってくるはずが、カブトさんはシェリーから離れるように歩き出した。まさかカブトさんはシェリーの言っていることを理解して出て行こうとしてるのか?


「……おい、そっちじゃない。そこは出口じゃないぞ」

「カブトさん?」


 いつカブトさんが外に出てもいいように、窓は全開にしてある。だがカブトさんは窓に背を向けるように歩き出す。居間の壁に開いた大穴に向かって。


「カブトさん、そっちは外じゃありません! ソウイチさん、カブトさんを外に!」

「あ、ああ、わかった。悪いな、お前まで巻き込むつもりは無いんでな……っておい、飛ぶな!」


 カブトさんを外に出そうと手を伸ばした途端、カブトさんが羽根を拡げて飛び立った。俺の手を潜り抜け、室内を飛び回った後に着地したのはシェリーの傍。しかしそこで留まることはせず、再び穴に向かって歩き出す。そこに明確な意思があるかのような足取りで。


「カブトさん、お前、シェリーと一緒に行くつもりなのか?」

「だ、駄目ですよ! カブトさんは向こうでは独りぼっちなんですよ! ここに残ったほうが幸せになれるんですよ!」


 シェリーが必死に止めようとしているが、カブトさんの力を止めることができずに引きずられていく。まさか本当にシェリーと一緒に行くつもりじゃないだろうな?


「カブトさん、シェリーは今すぐ帰る訳じゃない。まだ準備が必要なんだ。もしお前がシェリーと一緒に行きたいなら、お前の分も準備しなくちゃならん。それを理解できたなら……そこで停まれ」

「……」

「停まった……のか?」


 半ば自棄になりつつカブトさんに話しかけると、カブトさんは数歩歩いて停まった。そしてこちらの様子を窺っているのか、そのままじっと止まっている。まさか本当に言葉を理解しているのか? カブトムシが?


「カブトさん……どうして?」

「それほど好かれてるんじゃないの? どこまでもシェリーちゃんを護りたいんじゃないの? 自分のことなんて構わなくなっちゃうくらいにさ」

「ハツミさん……」

「ならカブトさんの好きにさせてあげればいいよ、シェリーちゃんがどうしても嫌だっていうならカブトさんも言うこと聞くと思うけどね」

「……嫌なわけないじゃないですか。カブトさん、本当にいいんですか? もう戻ってこれないんですよ?」

「……」


 シェリーの言葉に了解の意を表すかのように、身体を擦りつけるカブトさん。何故こんな行動を起こすのか原因はわからないが、少なくともシェリーについていく気は満々のようだ。


「じゃあカブトさんの食事も用意しないとね。花の蜜とかでも代用できると思うけど、かなりたくさん必要になるから」

「……はい。カブトさんもありがとうございます」


 シェリーがカブトさんの身体を優しく撫でれば、カブトさんは安心したかのようにその身を預ける。でもこれでシェリーが独りで帰るということがなくなって、俺たちとしては少々安心できた。茶々も自分の代わりのボディガードが出来たことが嬉しそうだ。


「カブトさんは向こうじゃ絶対人気者になりますよ、とっても強いですから」


 目元に涙を浮かべながら話すシェリーの傍で誇らしげなカブトさん。おそらくカブトさんは向こうで骨を埋めることになると思うが、それもカブトさんが選んだ道。俺たちが口出しすることじゃない。それどころか自分の意思を貫くその姿は眩しく見えるくらいだ。そんな俺に初美が囁く。


「お兄ちゃん、もしかしたらカブトさん何年か生きるかもよ? ここまで常識はずれなカブトムシなんだから」

「ああ、そうだといいな」


 もしカブトさんが普通のカブトムシと同じなら、シェリーはじきに悲しむことになる。生き物としての性であるが故に避けられないことではあるが、ここまで俺たちのカブトムシの常識を粉砕してくれたんだ、もっともっと常識から外れた存在になってほしい。ひいてはそれがシェリーの為でもあるんだから。

読んでいただいてありがとうございます。

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