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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
帰還する冒険者
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2.変化

 その異変に気付いたのは、マジックポーチの中身を整理している時だった。マジックポーチは定期的に中身を把握しておかないと、不要なものが入っていたり、そのせいで貴重品が入らなくなることもある。冒険者は討伐の証拠として魔物の部位を持って帰る場合があるけど、そんなときにマジックポーチが入らなくなっていたら大変なことになる。剥き出しで持って歩けば血の匂いを嗅ぎつけた魔物たちが集まり、一斉に襲われることだってある。弱い魔物でも集団で攻撃されたらとても危険、高位の魔道士がいれば広範囲の魔法で殲滅できるけど、一般の冒険者にそんなことはできないので、こうしてマジックポーチの点検を兼ねて中身を確認する。


「まだこんなに余裕があるの? もしかして魔力が増えた?」


 マジックポーチの容量は使用者の魔力の量に比例する。入っている中身に対してポーチの空きがかなりあるから、必然的に私の魔力が多くなったということだろう。でもどうしてこんなに急に魔力が増えたのかな? 


 魔力を増やす方法があるかと問われれば、その答えは『ある』だけど、簡単にそう言っていいものかどうかわからない。何故そんな表現をしたのかというと、魔力を増やすための訓練はとても過酷で時間もかかるから。私の知る限りでは十年近く鍛錬してようやく一割くらい増えるってことくらいだけど、少なくとも今の私はこの世界に来た当初から三割以上魔力が増えてる。


 魔力が増えたのは素直に嬉しいけど、何故そうなったのかがわからない。この世界に来てからしてることといえば、美味しいものを食べて、綺麗な服を着て、立派な部屋で暮らして、鍛錬を兼ねた見回りをしてるくらい。はっきり言って、元の世界にいた頃のほうが過酷な鍛錬してたのに、どうしてなんだろう?


 魔力を増やす鍛錬といえば、私みたいなエルフの場合は周囲の魔力を効率的に取り込むことが前提だけど、この世界の魔力を意識して取り込んだのは数えるほどしかない。たったそれだけでここまで魔力が増えるなんてあるのかな?


 親友のフラムなら魔法についてかなり詳しいので、何が原因なのかわかるかもしれないのに……今この場にいないのがとても残念。特に彼女は知識を得ることを至高の喜びと考える人だから、この世界のことを知ったらどうなるかな? もし元の世界に帰って色々と話をしたら、ぜひ連れてってくれって泣きつかれるかもしれない。


「帰る……いつになるのかな……」


 ふと思い出した親友の姿に胸が苦しくなる。彼女はどうしているだろうか、私が死んだと思って研究にのめり込んでるだろうか、もしかしたら……私が生きているとひたすら信じて探し続けているだろうか。彼女はのめり込むと周りが見えなくなる傾向があるから、無理して身体を壊していなければいいけど。


 正直なところ、元の世界に帰ることは半ば諦めてる。だって何故この世界とあのダンジョンが繋がってしまったのか全くわからないし、分からなければもし再び繋がることがあっても、それがいつになるのかを知らなければまた閉じてしまうかもしれない。そもそも元の世界に再び繋がるという保証なんてないんだ。


 危険を冒してまで元の世界に戻るなら、このままこの世界で一生を終えるのもいいとさえ思い始めてる自分がいる。快適な暮らし、優しい人達、危険と隣り合わせの冒険者時代では考えられなかった平穏な世界。ここでこのまま暮らしていけたらどんなに幸せだろうかと考えることも多くなった。結婚とか子供とかは望めないかもしれないけど、のんびり暮らしていくことができたなら……


「ううん、駄目。きっとみんな私のことを探してるはず、私が信じなくてどうするのよ」


 揺れ動く心を押さえつけるように、否定の言葉を口にする。そうだ、あの時あのダンジョンで仲間たちは言っていた、『必ず助けに来る』と。信頼できる仲間たちが約束の言葉を違えたことはない、なら私は元の世界に帰ることを諦めちゃいけない。どんなに可能性が低くても、諦めることは大事な仲間たちの信頼を裏切ることになるんだから。


「……みんな何してるかな」


 貴族の娘で『剣姫』の二つ名を持つ剣術の達人カルア、傭兵上がりの冒険者で身の丈ほどの大剣を軽々と操る『轟剣』バド、二人ともギルドの金級に認められた冒険者、そして『最果ての賢者』の二つ名を持つ特級冒険者フラム、私の親友。彼らは何をしてるだろうか。いつもの酒場で冒険者仲間と騒ぎながら酒を飲んでいるだろうか。それとも依頼を遂行中だろうか。


 私は銀級、皆と比べれば実力は劣る。そのことで周囲から揶揄されたことは少なくないけど、いつも仲間たちがそれを否定してくれた。そんな仲間たちに迷惑かけたくなくて、必死に頑張ったけどギルドの認定は下りなかった。認定審査の内容は重要機密だから教えてもらうことは出来ないけど、支部長が言うには『運が悪かった』ということだった。そんな理由で何回も認定審査に落ちている私のことを指差して笑う人たちもいたけど、仲間たちはいつも否定してくれていた。


 冒険者の真の実力はあんな審査じゃ測れない、どんな状況に陥っても生き残ることができる奴が優秀なんだ


 いつもそうやって励ましてくれた仲間たち、彼らが今の私の姿を見たらなんて思うだろう。腑抜けているって怒るかな? でも……私も危険な目に遭ってきた。鍛錬だって欠かしてない。きっと彼らは真実を見抜いてくれると思う。


「だから……頑張らないと」


 確かに私がもらった武器や防具はとても素晴らしいものばかりで、それを見れば武器のおかげだと吐き捨てる人もいると思う。でも、どんなに強い武器でも使う者によってその真価を発揮できないことなんてよくある話。

 この武器は何も言わずに私を受け入れてくれた優しい人たちがくれたもの、いわば真心の証でもある。この真心を穢すことのないように、もっと頑張らないといけないんだ、きっと……

 

読んでいただいてありがとうございます。

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