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賢者

幕間です

「どうしても考えていただけないのですか?」

「無理……私にはやるべきことがある。それが片付かないうちには何も出来ない。だから帰ってそう伝えるがいい」


 アキレア王国の王都の外れに建つ、お世辞にも立派とはいえない建物の中で向かい合うのは青い髪が特徴的な黒いローブ姿の少女。相対するのは実用性など微塵も見られない派手な鎧に身を包んだ騎士数人、胸に一際輝く金細工はアキレア王国の紋章だ。


「どうしても我が王国の宮廷魔導士を引き受けていただけないのですか?」

「くどい、そんなことにかまけている時間は無い」

「そんなこと、だと! 貴様、言わせておけば……」

「待て! 今日は敵対するために来たのではない!」


 青い髪の少女フラムの興味なさげな返事に騎士数人が激昂して剣柄に手をかけるが、フラムと相対していた男が慌てて押しとどめる。その顔にははっきりと恐怖の色が見える。


「……消し炭にしてやろうと思ったのに」

「こちらの非礼、平にご容赦を賢者殿。貴女が僅かでも本気を出せば、いくら我らとて生きてはおりませぬゆえ。しかしこの者たちも王国への忠誠の高さにより先走ったことはご理解いただきたい」

「わかった、その点については理解した。だが宮廷魔道士の職は他を当たってほしい、私にはその気はない」


 フラムは平静を装いながらも、誰にも気づかれぬように魔力を練り上げていた。『最果ての賢者』の二つ名を持つフラムにとってはその程度のことなど造作もないことだが、今までそれを気取られたことはない。しかし目の前にいる騎士はその気配を察して部下を制した。静かな物腰の裏に隠した技量に気付いたフラムは魔力を抑えて静かに自身の考えを話した。


「しかし貴女も冒険者ギルドのアキレア王国支部に籍を置く身、王族の意思に逆らうことは得策ではないと思いますが?」

「たまたま登録したギルドがここだっただけ。それにギルドは王権から独立した組織のはず、ギルドにも強制力はない」


 騎士の発した言葉にほんの僅かに顔を顰めたフラムだったが、すぐに表情を戻して騎士の言葉の矛盾を指摘した。本来冒険者ギルドは国という枠組みを超えて作られた冒険者の互助組織であり、如何なる権力にも縛られないという立場である。高ランクの冒険者は単独でも高戦力であるため、国に利用されないようにとの基本思想によるものだ。だが騎士はそれを聞いた上でも自信に満ちた顔を崩すことはない。


「確かにそうですが……ギルドの支部長はとても協力的でしたよ?」

「……この家にいきなり来た理由がわかった」


 フラムが生活しているこの家は一時的な拠点とするべくギルドから借り受けているものだ。冒険者ギルドに所属する高ランク冒険者には緊急の場合に優先的に招集がかかるため、ギルドが所在を掴むために家を無償で貸し出すことはよく知られている。だが当然の如く高ランク冒険者には倒して名を上げようと考える者も多い。そのため高ランク冒険者に貸し出す家の所在は秘匿が大前提となる。つまりこの騎士たちがいきなりフラムの家を訪ねてきたということは、秘匿されるべきその情報を知る立場の者が流出させたということだ。


「どうしますか? ギルドからの強制依頼という方法もありますが……出来ればこちらも穏便に済ませたいのですよ」

「……わかった、今日この時点で冒険者を引退して故郷で隠居する。冒険者の引退を止める方法はない」

「な……そんなことをしてどうやって生きていくおつもりですか! どうして宮廷魔導士を拒むのですか! 王国の宮廷魔導士といえば最高の栄誉だとは思わないのですか!」


 フラムの言葉に明らかな動揺を見せる騎士たち。まさかフラムがいきなり冒険者引退と言い出すなど全く想定していなかったのだ。冒険者はギルドに所属することで様々な恩恵を受けている。この家についてもそうだが、討伐依頼では持ち込んだ魔物素材の買い取りの際の手数料も大きく割引されている。冒険者登録してある場合はギルドの取り分は二割だが、もし登録していない者が持ち込んだ場合は六割以上の手数料を取られるのだ。命がけで討伐した獲物の六割以上を持っていかれては生活など出来るはずもなく、ほとんどが冒険者登録をするのだ。


 しかしフラムほどの実力があれば生きていくことは難しくない。その上冒険者の引退をギルドが止める権利はなく、引退を表明して登録証を返納すればその時点でギルドとは無関係になる。命の危険に晒される冒険者稼業を諦めて平穏な生活を願う者も少なくなく、そういう人間を強引に引き留めて死んでしまった場合、引き留めたギルドが冒険者の家族などの面倒を一生みることになるのでギルドとしては引退を表明した冒険者を引き留められないのだ。なので騎士は宮廷魔導士という栄誉を持ち出したのだが、それはフラムを説得するには悪手でしかなかった。


「宮廷魔導士と言えば聞こえはいいが、結局は王国の飼い犬になれということ。私は命じられるままに人を殺すために魔道を探求しているのではない。最近フロックスとの国境線がきな臭いが、私を当てにしているのなら早々に他を探すがいい」

「くっ……後悔しますよ」

「もうこの街には古い知己はいない。後悔などするはずがない。どうしてもというのなら、『最果ての森』まで来るがいい、丁重にもてなそう」


 フラムの言葉を聞いて騎士たちが憎しみに満ちた目を向けてくるが、フラムは追手がくることはないと考えている。フランの出身地、通称『最果ての森』は魔物の多く出没する森である。フラムにとっては庭のような森ではあるが、他の者にとっては迂闊に踏み入ることのできない場所なのだ。そしてその森はフラムの親友と出会った場所でもある。そんな大事な森を穢そうとする者をフラムは許すつもりはない。


 騎士たちはその後すぐに立ち去り、フラムは荷物を纏めて家を出る。ギルドに向かい引退を表明し、登録証を返納してさっさとアキレア王国を出てしまったのだ。ギルドではかなりしつこく慰留されたが、そもそも自分の住居の場所を簡単に他者に教えるようなギルドに残るつもりはなかった。そして自らの出身地『最果ての森』に戻ったのである。




**********




 自分の家の研究室に籠ったフラムは机の上に大量の資料を並べて片っ端から目を通してゆく。王国近辺に伝わる伝承の類からおとぎ話、諸国の建国史など種類は多岐に渡るが、そのすべてをフラムは読み漁ってゆく。ほんのわずかな手掛かりをも見逃さないように、と。そして寝る間も惜しんで読み漁った後、気付いた点を書き出してゆく。


「ドラゴンの出現情報……討伐記……風土伝承……書かれていることは様々だけど、どれも決め手に欠ける」


 フラムが調べていたのはドラゴンについて。シェリーの行方を探そうにも、彼女についての手掛かりが全くない状態だった彼女は、シェリーが遺したドラゴンという単語から調べることにした。ほんの小さな手掛かりから崩すつもりだったフラムは自身の知識が如何に偏ったものだったのかを知ることとなる。


 ドラゴンという存在は広く知られているが、実はかなり大きな分類でしか分けられていない。地を支配する地竜、空の支配者である飛竜、水中の王者水竜、火山地帯に棲む火竜はフラムも知っているし、討伐した経験もある。それらはドラゴンと一般的に呼ばれているが、所謂魔物と呼ばれる部類であり、複数の冒険者パーティによる討伐の記録は予想以上に多いのだ。だがフラムの知りたいものではなかった。


「あの場所にはドラゴンの痕跡が残っていなかった。知性の低いドラゴンにそれが出来るとは思えない」


 先ほど上げたドラゴンは暴威の限りを尽くす魔物ではあるが、その暴れ方は無秩序で必ずどこかに痕跡が残る。だがあのダンジョンには痕跡らしきものが見当たらなかった。ならあの時シェリーが見たものは一体何だったのか?


「後は神話の類だけど……」


 フラムが目をやるのは、資料とは別に積まれた神話の数々。だがフラムの顔には若干の逡巡が見られるのは、その神話が偽物だからという訳ではない。


 白銀の魔狼フェンリル、水の龍リヴァイアサンなど、神に匹敵するであろう力の持ち主、すなわち神獣のことが書かれた神話の数々。それらを読むのに躊躇う理由、それはフラムの全力をもってしても敵わない存在だからだ。神話とされてはいるが、その存在は確認されており、守護神のように扱われている。そんな存在を相手にシェリーが生き延びた可能性は限りなく低い。かといって敵討ちしようにも実力差がありすぎる。


「でも……やるしか……」


 震える手でその本を開き、読み進めるフラム。しかし読み進めるにつれてその手の震えは収まり、目は必死に記述を追い続ける。そして読み終えた時、フラムの目にははっきりとした希望の色があった。


「フェンリルとエンシェントドラゴンの戦いが定期的に……そしてお互いに大きな傷を負った。でも……傷を負ったエンシェントドラゴンについての記述はどこにもないのはどうして?」


 エンシェントドラゴンも神話で語られる存在ではあるが、実はアキレア王国の辺りに伝わる伝承でもある。事実何度も目撃されており、フラムも遠巻きに一度だけ見たことがあるくらいだ。圧倒的な力に震えることしか出来なかった過去が甦るが、そこで疑問点に気付く。


 フェンリルとの戦いが定期的に起こっていることは事実だろう、そして傷を負ったことも。だがエンシェントドラゴンが傷を負っている姿を見たという記述がどこにもないのだ。では一体どこでその傷を癒しているというのか。


「もしかして……あのダンジョンが? まさか……でもエンシェントドラゴンほどの存在なら……」


 神獣と呼ばれる存在が独自の高度な魔法を使うことは知られている。もし本当にエンシェントドラゴンがあの場に現れたのなら、その魔法を使って痕跡を消すことなど造作もないことかもしれない。あくまでもフラムの仮説にすぎないが、それでももっと詳しく調べるべき何かがあのダンジョンには存在する。そう考えただけで、フラムの心に僅かに灯る希望の火がより大きくなる。


「絶対に見つける……シェリー……」


 蜘蛛の糸よりも細いものではあるが、ようやく見つけた大事な手掛かり。それがいずれ大事な親友へと辿り着くものであると信じたフラムはもっと多くの手掛かりを求めて残った神話の数々を読み漁るのだった。


 

 

 

次話より新章です。


読んでいただいてありがとうございます。

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