6.深夜の出会い
「じゃあ見回りに行ってきます」
「うん、お願いね。茶々も頼んだわよ」
「ワフッ!」
ハツミさんは『ぱそこん』を使いながらお仕事中、ソウイチさんはもう寝てる。チャチャさんもそんな二人に遠慮してるのか、小さく吠える。いつものように夜の見回りに向かう私を小声で送り出してくれる。
ソウイチさんが以前言っていた通り、ゴキブリは日増しに現れる数が増えてきてる。この辺りに家が少ないから仕方ないとソウイチさんは言っていたけど、私にとってはいい訓練になる。特に素早く動き回るゴキブリは、瞬時の状況判断が求められる斥候の私にはうってつけの相手だ。ハツミさんに相談に乗ってもらって色々と戦い方を試しているけど、次第にそれが身に付き始めているのを実感する。
「……これで三匹目ですね、チャチャさん、袋をお願いします」
「ワフッ!」
チャチャさんが咥えている袋を下してくれたので、そこに倒したゴキブリを入れる。本当なら素材として加工して欲しいところだけど、それをハツミさんに伝えたら泣いて嫌がられた。
「お願いだからそんなこと言わないで!」
なんて言われたら、お世話になっている身としては従うしかない。あの黒くて艶々した羽根なんて飾りにしたら見栄えがすると思うんだけど、ソウイチさんも捨てたほうがいいって言うから仕方ない。もっと大きなゴキブリを倒したら加工してもらえるのかな、今の三倍くらい大きなやつだったらハツミさんも喜んでくれると思う。
「チャチャさん、居間のほうに行きましょう」
「ワフッ」
しばらく見回したけどゴキブリの気配がないので、居間へと向かう。すると探索に使っていた風に僅かな変化があった。ゴキブリとは違う反応、初めての変化に気持ちが引き締まる。反応があったのは居間の向こう、縁側のほうだ。ついさっきまで幻想的な光景を眺めていたあの場所にいったい何があるというの?
「チャチャさん、気を付けてください」
「ワフ?」
私の緊張した面持ちを見たチャチャさんが小さく首を傾げる。確かにチャチャさんから見ればどんな敵だって弱く見えるのかもしれない。先日のイノシシのような獣なら話は別だけど、家の中に出る虫程度なら問題ないはず。でも出来ることなら私の手で倒したい。それが私の修練の糧になるんだから。
足音を立てないように居間を抜けて縁側へと向かえば、薄明りが照らす中、それは圧倒的な存在感を放っていた。鈍く黒光りする身体、鈍重そうな動きをしているけど、それでもなお他者を寄せ付けない強者の風格。黒曜石のような瞳はどこを見ているのかわからないけど、しきりに何かを探すような素振りを見せている。
「……鎧なの?」
少し近寄ってみれば、その異質さが明らかになる。黒光りしていたのはまるで鎧のような装甲、そして頭部から伸びている巨大な角。そいつは私のことに気付いているのか、一瞬だけ私の方を向いたけど、興味が失せたのかすぐに向きを変えてしまった。そして私は……全く動けなかった。近寄ったことでそいつの全容が見えてしまったから。
身体は私よりも大きく、金属のような艶がある。ダンジョンで似たような魔物と戦ったことがあるけど、ここにいるのは比べ物にならないくらいに強い。その巨大な角で攻撃されたら、私は受け止めることが出来るだろうか?
「……ハツミさんに報せなくちゃ」
ゴキブリに怯えるハツミさんがこいつを見たらどうなってしまうんだろう。でもこんな危険そうなやつがいることを黙っておく訳にはいかない。ソウイチさんはゴキブリが平気だけど、ハツミさんがいきなりこいつを見たらきっと取り乱してしまう。それを防ぐためにも……
「どうしたの、シェリーちゃん? 何かあったの?」
突如ハツミさんの声が聞こえた。振り返れば居間の入口から顔を出して私たちの様子を見ているハツミさんがいた。
いけない、こいつを見たらハツミさんは……
「ダメです! こっちに来ないでください!」
「え? 何があったの? 何がいたの?」
私の制止の声も聞かずにハツミさんはこちらへと歩いてくるけど、あいつはそれにすら動揺する素振りを見せずに何かを探してる。一体何を探してるのか、もしかすると重大な何かがここにあるのかもしれない。すぐに追い払いたいけど、私の実力でそれが出来るかどうか……でもやるしかない!
「すぐに討伐しますから近寄らないでください!」
「え? 何を……ちょっと待ってシェリーちゃん、そこにいるのはもしかして……」
ハツミさんがついにそいつに気付いた。声も出せないくらいに驚いているから、きっと危険な魔物なんだ。一刻も早く倒さないと……
「へー、もう出てきてるんだ。それにしても大きいわね、メロンの匂いに誘われたのかな?」
「危険な魔物です! 離れてください!」
「え? 危険? 大丈夫、こいつは危なくないから」
ハツミさんは警戒することなく近寄ると、そいつの身体を軽々と掴みあげた。虫が嫌いじゃなかったの? 危なくないってどうして分かるの?
「こいつはカブトムシ、昔はよくこれで遊んだのよ。懐かしいな」
「カブト……ムシ?」
「うん、かっこいいでしょ」
未だに状況が分からない私に向かってハツミさんは笑顔で言う。そいつはハツミさんに捕まったまま、しきりに足を動かしていた。かっこいい……のかな、これ?
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