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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
夜の訪問者
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5.メロンと……

 裏の流し場に向かって流水で冷やしてあるメロンを手に取れば、程よい冷たさが手に伝わる。あまり冷やしすぎでもメロンの持つ本来の甘さが感じられなくなるので、この程度がちょうどいい。蔓の部分に若干の割れがあり、規格外としてはねられたものを有難くいただいてきたんだが、予想以上に熟しているようだ。


「お皿と包丁持ってっとくね」

「ああ、頼む」


 待ちきれなくなったのか、初美が皿と包丁を用意するという。普段は食事の支度すらしない妹の豹変ぶりに改めてメロンの底力を実感する。水気を拭いて居間に向かえば、シェリーと二人で目を輝かせている。


「ねーねー、夕張かな?」

「夕張メロンなんざこの辺りでできるはずないだろ。渡邊さんとこはクインシーだ」


 メロンと言えば有名なのは夕張だが、実はメロンにはいくつもの種類がある。年配の方がよく知るプリンスメロンやホームランのようなネット無しの種類と、夕張のようなネット有りの種類が大きな分類で、最近はネット有りのほうが流通は多い。メロンのイメージもネット有りがほとんどだということもある。そしてネット有りでも青肉種と赤肉種に別れ、タカミやアンデスは青肉、夕張やクインシーは赤肉だ。ちなみにアンデスメロンの語源は「安心です」メロンの略で、決してアンデス山脈が原産地だからではない。


「甘くて良い香りがします。でもこんなに傷だらけの果物、食べて大丈夫なんですか?」

「これは熟したしるしなんだよ」


 座卓に置かれたメロンを眺めながら不思議そうな顔をするシェリー。確かにメロンという果物を知らなければ傷だらけに見えるのかもしれない。


 メロンに包丁を入れて二つに割れば、クインシーメロンのオレンジの果肉が露わになる。そして一気に広がるメロン特有の甘い香りにうっとりとした表情を見せるシェリー。


「とても甘い香りですね」

「でしょ? 食べたらもっと甘いわよ」


 俺たちには皮ごと櫛型に、シェリーには小さなダイス状に切り分けて皿に乗せると、初美が早速手を出してきた。何かを企んでいるような笑みを浮かべているが、また面倒なことを考えているんじゃないだろうな?


「お兄ちゃん、縁側で食べようよ。月も出てるし、電気消してさ」

「ああ、もうそんな季節か」


 初美にしてはなかなか風流なことを考えたものだ。確かに今夜は月が綺麗に出ているので、電気を消しても十分明るい。初美が狙っているものがよく見えるだろう。


「シェリーちゃん、こっちにおいで。いいものが見られるよ」

「いいもの、ですか?」

「うん、お兄ちゃん電気消して」


 初美の言葉に居間の灯りを落とすと、外から差し込む月明りが優しく照らす。次第に暗さに目が慣れてくると、やや離れたところでそれは姿を現し始めた。初夏の山里、それも綺麗な小川のある場所限定の幻想的な存在。


「……妖精ですか?」

「あれは蛍、綺麗な水にしか生息しない虫よ。雄の蛍は光るの」


 初美が考えたのは、蛍の光を見ながらメロンを食べようというもの。うちの前には側溝があり、常に山からの湧き水が流れているが、うちより上流に人家がないので水はとても綺麗だ。綺麗な流れを好む蛍にとっては良い生息環境であることは間違いない。そして今年も幻想的な光の乱舞を見せてくれている。


「こんな素敵な風景を見ながら美味しい果実を食べるなんて、とても幸せなことですね」


 シェリーがメロンをつまむ手を止めずにうっとりとした顔で言う。


「でしょ? 蛍が見える家なんてなかなか無いわよ?」


 初美がメロンの汁を縁側にこぼしながらシェリーに話しかける。そのままにしておくと蟻が寄ってくるので後で綺麗に拭かせよう。


「ここにいると幸せすぎて、自分が冒険者だということを忘れそうです。今も私のことを探してくれているはずの仲間たちに申し訳ないです……」

 

 ふとシェリーがメロンを口に運ぶ手を止め、気まずそうに視線を落とした。シェリーの仲間たちがどれほど骨を折っているかなど俺たちに知る方法はないが、日本みたいに情報網の発達した世界ではないようだし、かなり困難を極めたものになっているだろう。もしかしたら既に……いや、これは考えるべきじゃない。その考えはおそらくシェリーがここに来て最初に思い浮かんだことであり、思い出さないように必死に心の奥底に押し込んでいるものだ。それを俺たちが思い出させてどうする。


 今の俺たちが出来ることは、仮初とはいえ家族として温かく接し、いつかシェリーが帰るその時まで健康無事でいてもらうことだ。決して嫌な記憶を甦らせることなんかじゃない。


「でもさ、シェリーちゃんが苦しい思いをしてるって仲間たちが知ったらどう思う? 出来るだけ無事でいて欲しいって思ってるんじゃないの? アタシがもしシェリーちゃんの仲間ならそう思うよ」

「ハツミさん……そうですね、無事でいることが一番大事ですよね」


 シェリーが再び蛍に目を向ける。その顔は懐かしいものを見るような、郷愁に焦がれるような表情だった。


「私の生まれた森も、月夜になるとこんな風に妖精たちが飛び回るんです。妖精は手入れの行き届いた森にしか住み着きませんから、この虫たちと同じですね。もし妖精たちがこの山に来たら、きっと喜んで飛び回ります。妖精は甘い果実が大好きですから」

「……ということは、メロンを用意すれば妖精が来るかもしれないってこと?」

「その前に虫がたかると思いますよ?」

「……そうだった、アイツが来るかもしれない……妖精招来作戦は中止か」


 初美が怪しげな作戦を実行しようとしていたが、シェリーのおかげで未然に阻止することができたようだ。そもそもお前、昔似たようなこと言ってバナナ軒下に吊るしたのを忘れてるのか? あの時虫がたかって真っ黒になったバナナを見て泣き叫んだだろう。その処理を泣きながら俺に頼んだのはどこのどいつだと思ってる?


「俺はそろそろ床に入るけど、食べ終わったら部屋に入れよ?」

「「 はーい 」」


 声を揃えて返事をするが、きゃいきゃいと楽しそうに話している二人が部屋に入る様子はない。何かあったら困るが、不審者の類であれば用心棒が反応するだろう。


「茶々、二人を頼むぞ」

「ワンッ!」


 茶々が任せろと言わんばかりに一声吠える。そんな茶々も二人のそばで嬉しそうに尻尾を振っているので、もしかしたら会話に参加しているつもりなのかもしれない。どうやら月明りの下でのお茶会はまだまだ続きそうだ。お茶会じゃなくておメロン会になってしまっているが、そこを突っ込むのは止めておこう。

読んでいただいてありがとうございます。

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