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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
夜の訪問者
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4.UDON

「お兄ちゃん! どうしよう! 水、そうだ水! バケツで持ってきて!」

「ワンワン! ワンワン!」

「とにかく落ち着け!」


 初美は目の前の光景にパニック状態に陥っており、自分が何を言っているのか全くわかっていない。茶々もどうしたらいいのかわからずに居間を駆け回っている。そして座卓の上でうつ伏せの状態で苦しそうにのたうち回るシェリー。


「どうしよう! アタシのせいだ!」

「ワンワン! ワンワン!」


 何がどうして一体こうなった? ほんの少し席を外して戻ってきたらこの有様、俺自身も状況が把握できずに混乱している。詳しい説明を聞こうにも、シェリーは喋れる状態ではないし、初美は混乱したまま。だがこの状況を指を咥えて見ている訳にはいかない。


「落ち着け、初美」

「う……ああ……お兄ちゃん?」

「何が起きたのか説明しろ。原因を聞かなくちゃ対処も出来んだろ」


 初美の頭を両手で掴んでじっと目を見れば、ようやく正気に戻ったような反応になった。我に返った初美は再び慌て始める。


「シェリーちゃんが大変なの! 饂飩食べてたら急に苦しみだして!」

「饂飩? ちょっと待て、シェリーの様子を見てみるから。シェリー、こっち向いて……」


 うつ伏せのシェリーをそっと抱き起してこちらを向かせれば、顔を真っ赤にして苦しんでいるシェリー。だがシェリーの口から出ているものに思わず言葉を失った。どう見てもシェリーの口の大きさに合わないほど太い白い物体……


「饂飩じゃねぇか! ていうかこんな太いの飲み込めると思ってんのか!」

「だって饂飩はのど越しが命じゃない」

「のど越しで命を落としかけてどうする! ちょっと待ってろ、今取ってやるから」


 シェリーの背中を指で軽く叩きながら、饂飩の端をつまんでゆっくり引き出す。途中で切れたらどうしようかと思ったが、幸いにも饂飩のコシが強いおかげで切れることなく引き抜くことができた。シェリーは激しく咳込んでいるが、深刻な状態にはなっていないようだ。


「す、すみません……どう食べたらいいのかわからなくて……ハツミさんの真似をしてみたんですが……」

「あのな、どう見てもシェリーの口に入らないだろ。無理なら無理って言わないとダメだ」

「でも……その……せっかく作っていただいたのに失礼かと思って……」

「失礼とかそういうのは無し、家族なんだからな」

「は、はい……」


 ようやく落ち着いたシェリーは申し訳なさそうに言うが、シェリー一人分を別に用意するなんて大した労働でもない。むしろ初美の我儘のほうが大変だ。この暑い中饂飩を茹でさせられるなんて拷問かよ。


「良かった、シェリーちゃん。でもシェリーちゃんの食べるものが無いよ」

「一食くらい我慢しますよ?」

「ちょっと待ってろ、食べやすくしてやるから」


 言ったそばから無理しようとするが、これは性格によるものであればすぐに直るものでもないだろう。ならこちらが先んじて行動しなきゃならない。ザルに盛られた饂飩を一本小皿に取り、台所で細かく刻む。米粒大になったものを麺つゆとバターで味付け

……たぶんこんなもんでいいと思うが、口に合うかどうか。


「ほら、これでどうだ?」

「これなら食べられます。すみません、余計な手間をかけさせてしまって」

「だからそれは無し。早く食べよう、デザートの出番が無くなるぞ」

「そうよ、メロン! メロン様が待ってるの!」


 メロンと聞いて復活した初美が興奮した口調で言うが、少なくとも今食卓に並んでいる饂飩が無くなるまでデザートを用意するつもりはない。農業を生業とする者として、食べ物を粗末にするつもりはない。饂飩を作るための小麦を育てるのにどれだけ手間がかかるかを理解してるからこそ、食べ物に感謝する気持ちを忘れないようにしている。ただイタチ肉だけは無理だったが。


「この食べ物は不思議な食感ですね、なんかこう……くにゅくにゅしてるというか……味は美味しいですけど……」

「シェリーちゃんの世界には饂飩みたいな食べ物は無いの?」

「そうですね、こんな感じのは無いです。麦はパンが主体ですから……でもここのパンみたいに白いのは無いです」

「製粉技術の違いかもしれないわね、全粒粉使うと黒っぽいパンになるし」


 シェリーと初美は饂飩を食べながらそんな話をしている。麺類が無いとなると、やはり食べ物はパン主体にしたほうがいいのか?

ちなみに白米も食べたが、やはりパンほど喜んでいなかった。似たような穀物は存在するらしいが、もしかしたらインディカ米とジャポニカ米の違いのようなものかもしれない。ただ本人はあまり好んで食べていた訳ではないようだし。


「さて、ご馳走様。とりあえず腹八分目にしといたけど」

「あれだけ食べて八分目なのかよ」


 初美が自分の腹をさすりながら言うが、初美は軽く二人前は食べている。小さい頃から人より多く食べる傾向にあったが、独り暮らししてより多くなったようだ。その食べたものがどこに消えているのかが不思議でならない。腹にも胸にもつかないとはどれだけ燃費が悪いんだ。


「お兄ちゃん! 早くメロンを! アタシにメロンを頂戴! シェリーちゃんも楽しみでしょ?」

「はい、ハツミさんがこんなに喜ぶ果物を食べてみたいです」


 どうやらメロン待機組が増えたようだ。頂きものではあるが、もしかすると少し熟しすぎたようにも感じるメロンだった。だがそれでも今期の初物だ、有難くいただくとしようか。



読んでいただいてありがとうございます。

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