表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
夜の訪問者
51/400

3.浴衣

「そろそろ出来るぞー」


 饂飩の茹で上がりに合わせるように料理を準備し、茹で上がった饂飩を水洗いする。さっぱりした夕食がいいということなので、塩麹漬けの肉を少量焼いて、他は漬物類と軽くしておく。もちろんメロンは井戸水で程よく冷やしてある。食卓に一通り並べ終わると、ちょうど初美が入ってきた。


「お兄ちゃん、ちょっと来て」


 促されるままに居間から風呂場のほうを見ると、シェリーが襖の端から顔だけ出している。若干顔が赤いように見えるのは湯上りだからか?


「あの……ハツミさん、これ……下が心許ないんですけど……」

「大丈夫よ、巻きスカートだと思えば」

「は、はい……」

「おお……」


 姿を現したシェリーは白を基調にした浴衣に身を包んでいた。所々にある藍色の模様は朝顔、淡いオレンジの帯の結び方は金魚結びというやつだろうか。シェリーの綺麗な金髪と相まって可愛らしい印象を受ける。ここのところ初美が夜な夜な作業をしていたのはこれを仕上げるためだろう。


「ど、どうですか?」

「ああ、可愛いぞ」

「あ……ありがとうございます」


 顔をより一層赤らめてはにかんだ笑みを浮かべるシェリー。初美はそんなシェリーを寝転がるような体勢から一眼レフカメラで激写している。先日見たカメラよりさらにグレードアップしたように見えるのは俺の見間違いだろうか。


「いいよ! いいわよ! 目線こっちにちょうだい! よし、もうちょっと肩見せてみよう!」


 お前はシェリーに何をさせたいんだ。怪しげなグラビアカメラマンみたいなセリフはやめろ。シェリーがその気になったらどうするんだ。こうなったら最終兵器を投入しよう。


「茶々、行け!」

「ワンッ!」

「ちょっと茶々、邪魔しないで! あ、こら、レンズ舐めるな!」


 ちょうど茶々が昼寝から復活してきたのでそのまま初美に突撃させると、初美の様子に若干シェリーが辟易していることを察知した茶々はカメラとの間に割り込み、その元凶ともいうべきカメラのレンズを舐めて邪魔をしている。しかしそれでも初美がカメラを手放さないと見るや、すかさず次の行動に移る茶々。


「わぷっ、ちょ、やめ……」

「ワンワン!」


 初美の顔とカメラの間に強引に身体をねじ込むと、思い切り背中を顔面に擦りつける。これからの時期には少々暑苦しくも感じる長い毛が初美の顔面を襲い、その煩わしさにとうとうカメラを手放す初美。だがそれでも茶々は攻撃のい手を緩めない。初美の顔にのしかかると、勝ち誇ったようにこちらを見ている。


「そのへんにしておけよ? 食事の準備も出来てる」

「……わかってるわよ」


 茶々を押しのけて渋々卓につく初美。茶々に護られるようにしながらシェリーもやってきた。浴衣の裾を手で押さえながらステップを登り、食事の際の定位置になっているコースターの上に座る。テーブルがわりに使っているのはガラス製のペーパーウェイトだ。


「この白いロープのようなものは食べ物なんですか?」

「うん、小麦の粉を水と塩で練ったものを茹でた食べ物よ。暑い時には冷たく冷やしたこれが美味しいのよ」

「麦がこんな風になるんですか?」


 座卓の中央に置かれた饂飩を見てシェリーは不思議そうな顔をしている。果たして麺料理がシェリーの世界に存在するのかどうかはわからないが、こっちの世界でも麺の歴史は古いから似たようなものはあると思う。パスタも紀元前から存在していたという話も聞いたことがあるからな。


「茶々の食事の準備するから先に食べてていいぞ」

「はーい」


 茶々が自分の器を咥えてきたので、その要望に応えるべく席を立つ。本来犬は朝夕二回の食事だが、うちでは一日に必要な量を調整して朝昼夕の三回にしている。以前は朝夕だけだったが、昼飯を食べている俺の横で物欲しそうな顔をする茶々に申し訳ないような気がして今の状況になった。一緒に暮らす家族なんだから、出来るだけ一緒に食事したいという俺の我儘でもあるが。


「ワンワン!」

「わかったよ、すぐに用意するから」


 足元でしきりに吠える茶々。早くしろ、と言わんばかりに飛び跳ねる姿はとても愛嬌があってこのまま見ていたい気持ちになるが、茶々もシェリーたちと一緒に食事をとることを楽しみにしているので止めておく。一緒に暮らす家族が増えたことを喜んでいるのは茶々も同じということか。


 いつまで一緒にいられるかわからないが、それまでは家族として愛情を共有したいと思っているのかもしれない。だからこそ今この一瞬、一分一秒が惜しいと思っているんだろう。催促する茶々を宥めながらドライフードに蒸した野菜を刻んで混ぜる。野菜の味付けはしないが、特段嫌がることなく食べてくれるのはありがたいことだ。もちろん玉ねぎ等のネギ類は入れていない。犬はネギ類の持つ成分を体内で処理できず、中毒症状を起こすことがあるからだ。


「よし、出来たぞ。一緒に食べよう」

「ワン!」


 明らかに俺と二人きりの時より喜んでいる姿に少々複雑な気持ちになるが、家族の団欒が嬉しいという気持ちの表れだろうと思えば俺の心の中も穏やかになる。まさかこんな楽しい食卓を囲える時が来るとは思ってもいなかったからな。ここはひとまず茶々と一緒に心温まる夕食の時間を楽しむとしよう。


 

読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ