2.湯上り
「はぁ~……生き返るぅ~」
滝みたいに流れるお湯を浴びながら、心底気持ちよさそうな声を出すハツミさん。
「本当ですねぇ」
それに応えるように、気の抜けた声を上げる私。でも本当に気持ちいいんだから仕方ない。身体にべたつく汗が洗い流されて幸せな気持ちになる。ハツミさんの横に置かれた台の上、大きな桶に入れられたお湯に浸かっていると、身体中の疲れが抜けていくみたい。
「シェリーちゃんも身体洗うでしょ?」
「はい、お願いします」
お湯を浴び終わったハツミさんが私を桶ごと下してくれるので、桶から出て身体を洗う。とても良い香りのする石鹸を使えば、お肌が滑々になるのがとても嬉しい。元の世界では石鹸なんて高価なものは使えるはずもなく、汚れを落とす効果を持つ草の汁を使っていたけど、とても青臭くて嫌々ながら使ってた。
「髪の毛洗ってあげるね」
「お願いします」
私が身体を洗い始めると、ハツミさんが髪の毛専用の石鹸を泡立てて髪を洗ってくれる。誰かに髪を洗ってもらうなんて、子供のころお母さんに洗ってもらって以来かも。髪の毛専用の石鹸があるなんて最初は信じられなかった。だって元の世界では石鹸すら滅多に使えなかったんだもの。
「流したらコンディショナー使うね」
泡が口に入りそうなので無言で頷けば、丁寧に泡を洗い流してくれるハツミさん。その後は髪の毛専用の化粧水をつけてくれた。化粧水なんて上流貴族でも夜会の前とかしか使わない超高級品のはずなのに、ハツミさんは当たり前のように私に使ってくれる。最初はそんな高価なものを使えないって断ったんだけど……
『シェリーちゃんってそんなに綺麗な髪なんだから、お手入れしないとダメよ。髪は女の命なんだから』
と言われて無理矢理使われた。でも一度使ったら髪がさらさらになってとてもびっくりした。冒険者の生活では十日くらい水浴びできないなんてよくあることだったのに、今では毎日水浴びならぬお湯浴びをさせてもらってる。化粧水をつけた後はもう一度桶にお湯を入れてもらって浸かる。髪の毛や身体から漂う石鹸の香りに包まれてゆったりするこの時間が大好き。
「シェリーちゃんお風呂好きだよね」
「だって冒険者は水浴びもそう簡単にできませんでしたから、お湯に浸かって身体を洗えるなんて夢みたいです。宿屋でもほとんどが水浴びで、それも別料金。お湯なんて一泊の宿代の半分くらいかかりましたから。ここは水が豊富なんですね」
「うちは井戸だし、他の家と違って水脈まで届いてるからね。滅多なことじゃ枯れないわよ」
「個人で井戸が持てるなんてそれこそ信じられませんよ、どこの街でも井戸は共有するものでしたから」
そう、ソウイチさんの所に来てまず思ったのは、水が豊富だということ。どの街でも水は買うものだったから、こんな風に水を、ましてやお湯を流しながら使うなんて最初は絶対に嘘だと思った。後で高いお金を支払うことになったらどうしようって考えてた自分が恥ずかしい。
「そろそろ出ようか。夕食も出来る頃だろうから」
「はい。そう言えばさっきソウイチさんに言っていたのって……」
「それはお風呂を出てからのお楽しみ」
そう言って悪戯っぽく笑うハツミさんの後に続いてお風呂場を出ると、足ふき用の布の上で身体を拭く。足元の布も身体を拭く布も、とても肌触りが良くてよく水を吸い取ってくれる上質な布だ。
「シェリーちゃん、こっちおいで」
ハツミさんが手招きするので、そこに行けば小さな椅子が置いてある。座るとハツミさんが温かい風を作る道具で髪を優しく乾かしてくれるんだけど、この時間もとても好き。優しく髪を梳かしてもらって、夜会に出るお姫様の気分になれる時間。
「よし、これでいいでしょ。ちょっと待っててね、今準備するから」
ハツミさんが何やら準備を始めたので、下着をつける。今つけているのはハツミさんの作った下着。最初は布の小ささに恥ずかしくなって着けられなかったけど、ものすごく丁寧な作りだったので試しに着けてみてお気に入りになった。布は小さいけど肌触りがよくて、何より動きやすい。ハツミさんが言うには『勝負下着』なるものがあるそうで、男の人に見せるための下着なんだって。そんなものがあるなんて信じられないけど、いつか私もそんな下着を誰かに見せる時が来るのかな……
「用意出来たよ……って下着つけちゃったんだ。本当は下着つけないんだけど……ま、いっか。これ着てもらうから」
「うわぁ……」
ハツミさんが用意してくれたのは、白を基調にして濃い青の花の模様のある服。今まで見たことの無い形でボタンや結びひもが見当たらないけどどうやって着るんだろう。そんなことを考えていると、ハツミさんが淡い橙色の幅のある長い布を持ち出してきた。
「これはね、こうやって着るの。こうして……こうして……これで良し、と。本当は髪を上げたいところだけど、今日のところは試着ってことで。うん、可愛い。これならどんな男も振り返るわよ」
ハツミさんの為すがままにされているうちに、その服を着終えた。袖と裾がゆったりしているので、とても涼しく感じる。肌触りもとても爽やかで、これなら暑くても平気かも。
「じゃあ行こうか、お兄ちゃん喜ぶよ」
「はい」
ハツミさんはそう言って先に進もうとするんだけど……ハツミさん、あなたも服を着た方がいいんじゃ……
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