4.まずは落ち着いて
本日二話目です。
月並みな表現しか思い浮かばないが、とりあえずは小人とでも言っておくべきか。その小人は俺に敵意が無いことを確認するとようやく剣を収めてくれたので、こちらも安心してコミュニケーションがとれそうだ。あんな小さな剣でどうにかなるものでもないと思うが、友好的であることにこしたことはない。
「えっと……君は人形……じゃないよね?」
「はい、生きてます」
やはり人形じゃないのは確定だ。となるとこの小人がどういった存在なのかが気になるところだ。確かコロポックルとかいう小さな妖怪がいたような気がするけど、あれは北海道の伝承じゃなかったか? 座敷童……にしては着ているものが洋風だ。
「わ、私は……アキレア王国のギルド所属の冒険者でシェリーと言います。い、一応銀級の冒険者です。ここは……どこなんでしょうか?」
「アキレア王国? そんな国あったか? それに冒険者ギルドって何だ?」
「大陸最大のアキレア王国を知らないんですか? どんな辺境でもその名が知れていますよ?」
「いやここ日本だし……あ、俺は宗一。で、こいつが茶々」
「二ホン? 初めて聞く名前です。新しく建国された国ですか?」
「いや、少なくとも……えーと平安京がなくようぐいすで平城京がなんときれいな……だから千五百年以上前からある国だけど」
「そんなに古くからある国が知られてないはずありません!」
シェリーは両手をぶんぶんと振って力説するが、全く理解できない単語にこっちも困ってしまう。そうだ、検索かけてみればわかるかもしれない。台所から持ってきておいたスマートフォンで検索かけてみるが……
「アキレア王国……そんなの無いな、本当にあるのか?」
「あ、あります! ていうかアキレア王国を知らないなんてどんな田舎なんですか!」
顔を真っ赤にして怒るシェリー。確かにここは田舎だという自負はあるが、スマートフォンの電波もばっちり入るし、インターネット回線も最近光回線が開通してそれほど僻地じゃなくなりつつある。言う程田舎ではなくなってきてるはずだが……
「ま、まぁそのへんは追々聞くとして、どうしてここに?」
「あ、はい、すみません、ちょっと動転しちゃって……実は新しいダンジョンが発見されて、仲間たちと探索してたんですけど……最下層のトラップで、その、ドラゴンが出てきて……見つけた横穴に入ったらここに……」
「ドラゴン……コモド?」
ドラゴンと言われてすぐに思いつくのはコモドドラゴンくらいなものだが、果たしてコモド島からここまでシェリーが旅してきたと言われても全く信じる気にならない。そもそもコモド島はそう簡単に行ける場所じゃないし、ダンジョンなんてものがコモド島で発見されたというニュースも聞いたことがない。
「そのコモドというのが何かはわかりませんけど、ドラゴンは最強の一角を担う魔物です。もう駄目かと思ったら……」
「あ、ああ、わかったから。とにかく落ち着いて」
自分で話していて感極まったのか、俯いて黙りこんでしまった。よく見れば大きな瞳から大粒の涙を零している。彼女の話を信じるのであれば、仲間たちとはぐれて死にそうになっていたところで飛び込んだ場所がここに繋がっていたということになる。ここ、というのは居間の壁に開いたままの大穴のことで間違いないだろうが、ちょくちょく茶々が遊んでる場所でもある。ハクビシンが入ってくることもあるあの穴がとんでもないことになってるようだ。ん、待てよ?
「も、もしかしてドラゴンがここまで追いかけてきてないだろうな?」
「それは……ないと……思います……全く気配を……感じないので……」
そんな得体の知れない生き物が追いかけて来たらヤバいが、シェリーが言うにはドラゴンの気配は肌でわかるらしい。強者の気配というやつか?
ふとシェリーの様子を窺えば言葉が途切れ途切れで調子が悪そうにも見える。小さくてよくわからないが、顔色も悪いようにも見えるが……緊張して疲れてるのかもしれない。今こうして会話出来ているのはシェリーの使った魔法のおかげらしいし、魔法なんてものが存在しない日本の国民としてはいまいち深く理解できないが、体力を消耗してしまってるのかもしれない。
くー
小さな蛙が鳴くような音が聞こえた。ここは居間で今は昼間、蛙が動き出す時期ではあるが、こんな時間から鳴くほど活発にはなっていないはず。周囲を見回してから再びシェリーに視線を移せば真っ赤な顔をして小さく震えている。
くー
再び聞こえる音にシェリーが慌てて自分の腹を押さえてこちらを見上げる。その可愛らしい仕草は初美に見せたら半狂乱状態になりそうだ。そしてようやく俺はシェリーの置かれている状況を理解した。
「す、すみません……お腹がすいて……」
小さな小さな、とても小さな女の子は縋るような目でそう言った。どうやら先ほどの蛙の鳴き声は彼女の腹の虫が暴れた音のようだ。
あと一話更新します。