1.暑い
新章スタートです
ようやく長雨が終わりを見せ、夏の気配が感じられ始めた頃、山村の我が家も次第に夏に向けて様変わりしはじめていた。そしてとある光景が特に顕著に見られるようになった。
「あづい~、あづいよ~」
だぶだぶのTシャツにハーフパンツという、家族以外には見せられないだらしない恰好で居間で大の字になる初美。雨上がりの午後だというのに未だ蒸し暑い室内に辟易しているようだ。
「窓開ければいいだろ」
「誰かに見られたらどうすんのよ~、まだ嫁入り前なのに~」
彼氏持ちだったくせに今更何を言ってるのか。そもそも見られて困るような体型でもないだろうに。ていうか態々覗きに来るほどの身体じゃないだろ。
「エアコンつけるの忘れてたのは人生最大の失策……頼んだけど工事は来月になるっていうし……」
「エアコンなしでも暮らせるだろ」
「男の一人暮らしなら窓開けててもいいだろうけど、女はそうもいかないのよ」
仕事の機器のこともあるし、と初美が愚痴る。家の窓を全部開ければ風が通るので涼しく感じられるので未だエアコンはつけていないが、確かに初美の部屋にはパソコンやら何やら機械が満載なので、その排熱で相当な暑さになるだろう。この辺りに覗きがいるという話を聞いたことはないが、防犯面も考えられなかった俺の落ち度かもしれない。そもそもこの辺りで夜に覗きをしようものなら遭難するだろうけど。
「……で、こっちは何やってるんだ?」
居間の畳の上で死んだように転がる初美から視線を移せば、縁側の板の間で寝そべる茶々。茶々は毛皮を着ているようなものなので、暑さに弱いのは当然だ。そしてその隣で寝転がっているのは……
「ソウイチさん、どうしてこんなに蒸し暑いんですか……」
いつもの冒険者姿ではなく、南国の民族衣装のようなワンピースに身を包んだシェリーが板の間で寝転んでいる。時折動き回るのは少しでも涼しいところを探しているんだろう。茶々が冷たい部分を探して移動すれば、その後をとぼとぼとついて歩いている。
「くーん……」
「あ、そこも涼しそうですね……」
外は僅かばかりの雨が残っているので窓を開けられないため、室内はサウナとまではいかないがかなり蒸し暑い。扇風機を回してはいるが、温い風をかき混ぜるだけでほとんど役に立っていない。
「シェリーの世界には暑い場所は無かったのか?」
「ありますけど……砂漠だったのでこんなに蒸し暑くないです……」
「砂漠か……」
湿度の低い暑さに慣れてるのなら日本の暑さは堪えるだろう。かくいう俺も暑いことは暑いが、日中は40℃近くまで上がるビニールハウスの中で作業着で仕事をしているせいか、それほど辛く感じない。もちろん熱中症予防のためのスポーツドリンクは欠かさないが。
「……お兄ちゃん、晩御飯は冷たいものがいいな」
「乾麺は饂飩くらいしかないぞ」
「あー、それでいいよ。さっぱりと食べたいから」
脱力したままの状態で初美が夕食をリクエストしてくる。そのこと自体は構わないんだが、こいつは饂飩を茹でるということがどれほど暑いか知らないのだろうか。煮えたぎる鍋の前で十数分立ち続けるのは地味にきついんだぞ。
「もう雨は止んでるから、夜になれば涼しくなるだろ。渡邊さんからメロン貰ってきたから食後のデザートにしよう」
「メロン! 魅惑のメロン!」
「何が魅惑なんだよ」
「だって東京じゃメロンひと玉買っても持て余すし、カットフルーツじゃ味気ないじゃない」
メロンと聞いてやや気力が回復したらしい初美はゆっくりと身体を起こし始めた。よほど汗をかいたのか、髪がべっとりと肌にくっついている。見ているこっちが暑苦しくなってくるので何とかさせよう。
「シャワーでも浴びてさっぱりしてこい」
「うん、メロンの為だもんね。シェリーちゃんもシャワー浴びて着替えようよ」
「……はーい」
初美に促されてシェリーものろのろと歩いていく。汗を流してさっぱりすれば、夜風が気持ちよく感じるだろう。さて、初美のリクエストに応えて灼熱の台所で饂飩と格闘しようか。鍋に大量の湯を沸かし、乾麺を放り込む。うちの饂飩は両親の影響もあってか極太の讃岐饂飩なんだが、茹で時間が長いのが難点だ。サウナ状態で鍋を見ていると風呂場から声がかかる。
「お兄ちゃーん、湯上りを楽しみにしててねー」
どうやら初美がまた何かを企んでいるようだ。面倒くさいことこの上ないが、きっとシェリー絡みのことでは別段迷惑をかけるようなことはしないはずだ。最近ではシェリーも初美の手伝いを楽しんでいるようだし、いい関係になってきているのかもしれない。
さて、後はメロンを冷やしておけば……そういえばシェリーは饂飩を食べられるんだろうか?
読んでいただいてありがとうございます。




