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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
雨の暴食者
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11.務め

「お兄ちゃんさー、シェリーちゃんに何かしたの? すっごく機嫌悪いんだけど」

「いや、ちょっとな……」

「まさか無理矢理手を出そうとしたんじゃないでしょうね? そんなことしたら兄妹の縁切るからね!」

「んなことするか」


 不意に初美から呼び止められればそんなことを言われる。俺がそんなことをする男に見えているのか? 渡邊さんのところから貰ってきた荷物を車から降ろしながら答えれば、初美は納得いかない様子で言葉を続ける。


「だって部屋から全然出てこないのよ? 不貞腐れた感じだし」

「ああ、実はな……」


 シェリーの変化に大きく心当たりのある俺はその理由を話すことにした。




**********



 事の発端は、昨日仕留めた猪をどうするかだった。流石にこの大きさのものがいたとなれば、集落の皆に知らせる必要がある。実物を見せれば俺が猟銃を使ったことも納得するだろうし、皆が山に入る時の注意喚起にもなる。だが百キロ近い猪を軽自動車に乗せるわけにもいかないので、渡邊さんから軽トラックを借りてきて、それを運びだそうとした時だった。


「ソウイチさん! どうして持って行っちゃうんですか!」

「皆に仕留めたことを知らせないといけないだろ?」

「でも……ソウイチさんが討伐したんだから解体の権利はソウイチさんにあるはずです!」

「いや、これは必要なことであって……」


 シェリーが猪の持ち出しに待ったをかけた。シェリー曰く、あの猪を倒したのは俺だから、そのすべては俺に権利があるということだった。だが猪が出ると集落の皆に伝えてしまった以上、その結果を見せなければ納得するはずもない。それにうちにある刃物ではこんなに大きな猪をバラすことも難しい。


「どうしてなんですか!」

「だからこれは集落の皆で……」

「もういいです! ソウイチさんなんて知りません!」


 そう言うと部屋を出て行ってしまった。シェリーどころか茶々まで俺に威嚇をする始末。だがこればかりはどうしようもないだろう。集落でも以前は俺が猟銃を持つことを嫌っていた人たちがいたくらいなので、使用した正当性を見せなきゃならない。で、朝のうちに渡邊さんのところに持ち込み、今はとある物を貰って帰ってきたところだ。


「それはお兄ちゃんが悪いよ、シェリーちゃん昨日から猪の解体を楽しみにしてたんだから」

「まさか渡邊さんのところに連れていく訳にもいかないだろ」

「そうなんだけどね……」


 渡邊さんは俺たちが物心つく前から両親を支えてくれた人だ。今でも家族ぐるみの付き合いがあるが、かといってシェリーのことを伝えることはできない。


「あの酒癖がなければいいんだけどさ、奥さんも口に戸が立てられないタイプだから」

「だろ? だからまだ他の人に知られるのはちょっとな」


 渡邊さんは面倒見もいいし、いざというときに頼りになる人ではあるが、酒が入ると簡単に他人の秘密を喋ってしまう。さらに奥さんのほうはもっと簡単に他人の秘密を喋る。そういったところから情報が流れていく可能性もあるので、迂闊にシェリーを連れ出せない。


「でも何か考えないとダメでしょ? 一緒に暮らしてるんだし」

「だからこいつを貰ってきた。ちょっと怪しまれたけど何とか無理を押し通した」

「どれどれ……ああ、これなら機嫌が直るかもね」


 後部座席に詰まれた段ボールの中身を見た初美が納得したような顔を見せる。解体をさせることも見せることも出来なかったのだから、せめてこのくらいはしてやらないと。あとはもう一つ、シェリーのために用意するものがある。それに気づいたのか、初美がにやけた顔で言う。


「どのくらいぶんどってきたの?」

「六割だな。上質のとこばかりだ」

「よく文句言われなかったわね」

「うちだけで仕留めたものだからな、流石にあつかましいことは言わせねえよ。今夜は楽しみにしてろよ」

「うん、アタシも手伝うね」


 二人で笑いあうと、積み込んだ荷物を台所に運び込む。さあ準備に入ろうか。



**********



「うう……ソウイチさんのばか……」


 せっかくの獲物を解体できると思ってたのに、集落の人に見せるからダメだって言われた。それどころか皆に分けるからと持っていかれた。あんな巨大な獣の毛皮なんて絶対に手に入らないのに、牙だってとても頑丈そうで、いい素材になりそうだったのに……


「くーん……」


 自分の部屋に籠っていると、チャチャさんが心配そうな声で鳴く。うん、わかってる。これは私の我儘。あのイノシシを仕留めたのはソウイチさんだから、権利はソウイチさんのもの。その判断には従うのが普通。ソウイチさんの優しさに甘えていた私が悪い。


「うう……もったいないなぁ……」


 この世界ではあの獣の毛皮にあまり価値が無いらしいけど、私にとってはとんでもないお宝だ。解体を任せるって言ってたから、きっとその人に横取りされちゃう。ソウイチさんが決めたこととはいえ、とても口惜しい。


「……いい匂い」


 ふと肉の焼けるいい匂いがしてきた。上質な赤身肉だということは匂いだけでわかる。思わず涎が垂れそうになるのは、意地を張ったせいで昼食を食べられなかったから。ハツミさんの心配そうな声を思い出して心が苦しくなる。


「……シェリーちゃん、ちょっとおいで」

「ハツミさん……いいんです、放っといてください」


 ハツミさんが部屋を覗き込む。意地を張ったせいで顔を合わせづらいので、少々投げやりな言い方になった。でもハツミさんは腹を立てることなく、いつもの笑顔で話しかけてくる。


「いいからいいから、お兄ちゃんがとっておきのものを用意してくれたから」

「ソウイチさんが?」


 とっておきのものって何だろう? でもあれだけ失礼な態度とっちゃったから、きっとすごく怒ってるかも……


「大丈夫、お兄ちゃんは怒ってないから。それより早くおいで、絶対にシェリーちゃんが喜ぶものだから。ほら茶々も一緒に」

「は、はぁ……」

「ワン!」


 半ばハツミさんとチャチャさんに押し切られるような形で居間に向かえば、ソウイチさんがテーブルの上で板のようなもので何かを焼いていた。芳醇な香りにうっとりしているとソウイチさんと目が合った。


 気まずい。あれだけ失礼なことを言ったのでとても気まずい。気まずい空気のままテーブルのステップのところまで来て、大きな箱が置いてあることに気付いた。見た感じでは食べ物のようには見えないけど、一体何が?


「……あー、シェリー? 今日はすまなかったな」

「……あ、はい」

「仕留めた獲物をおすそ分けするのはここでの古いしきたりのようなもんだ。それを無視すると後々面倒になるから……」

「お兄ちゃん、そんなこといいから早く見せてあげなよ」

「あ、ああ。シェリー、解体は出来なかったけど、これを貰ってきたから……」

「うわぁ……」


 ソウイチさんが箱から取り出したのは大きな毛皮。間違いなくあのイノシシのものだけど、解体の技術が素晴らしい。私でもここまで出来ないってくらいに綺麗に剥がれた毛皮には全く脂肪がついてない。ギルドの解体職人でもこんなにきれいに皮を剥ぐことはできないと思う。


「渡邊さんとこの爺さんは猪を捌くのが得意なんだよ。だから無理言ってもらってきた。出来れば綺麗なほうがいいだろ? それからこれも」


 ソウイチさんが手渡してくれたのはあのイノシシの牙。綺麗に切り取られた一対の牙。


「イタチの時に牙に拘ってたからこれももらってきた。蹄までは無理だったけどな」

「どうして……」


 いきなりのことで考えが纏まらない。どうしてこれを私に? ソウイチさんは欲しくないの?


「あの時シェリーが魔法を使ってくれなかったら仕留めるチャンスすら来なかった。だから一番の功労者はシェリーだ、遠慮なく受け取って欲しい」

「は、はい……ただ魔力を暴走させただけですけど……」

「でもそれで助かったのは事実だからな。それから……これも貰ってきた。あれだけ肥えた雌猪の肉だ、美味いぞ」

「お肉!」


 さらにソウイチさんが取り出したのは巨大な肉の塊。私の身体の何十倍も大きな、美味しそうな色あいのお肉。これを焼いたらどれだけ美味しいだろう。


「ほら、もう焼けてるからシェリーちゃんも食べよ? こうやって食べることも狩りをする者の務めだから。無意味に命を奪わないようにってね」

「はい!」


 いきなり嬉しいことが重なって、もう何が何だかわからない。ただお肉はとても美味しくて、元の世界で食べたどんなお肉よりも美味しいと感じた。ひたすらお肉に没頭していた私にソウイチさんが声をかける。


「色々と面倒なことも多いけど、頑張ってやっていこう」

「……はい」


 照れているのか、顔を赤らめたソウイチさんが可愛らしく見える。全く文化の違う世界、私の常識とは違うものがあるなんて当たり前のことを理解できていなかった。でもそれはソウイチさんも同じなんだと思う。だからこれからは……お互いに理解しあえばいいよね。お互いの世界のことを知っていけばいいよね。


 でも毛皮に包まって喜ぶ私を見てちょっと引いていたのはどうしてだろう。こんなに肌触りがいいのに。元の世界でも仲間に微妙な顔をされた行為だけど、どうやらこの行為はこの世界でもしないほうがいいみたい。

これで本章は終わりです。次は閑話?


読んでいただいてありがとうございます。

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