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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
雨の暴食者
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6.晴れ間

「うわー、いい天気。これなら溜まった洗濯物もすぐに乾くでしょ」


 雨戸を開けた初美が五日ぶりの梅雨の晴れ間を見て嬉しそうに言う。元々着る物に無頓着な妹なので自分の服の数は多くない。


「おかげで何年振りかでスカート穿いたわ。もしかすると入社の時のスーツ以来かも」


 本人もそう話す通り、どこか着心地悪そうな様子を見せる初美は珍しくフレアスカートなぞ穿いていた。よく見れば俺たちが小さい頃母さんが穿いていたスカートだった。


「ほんと、母さんってスタイル良かったのよね。ウェストきっつきつなんだけど。そのくせブラのカップEとか、どこのグラビアモデルかっての」

「……着けたのか?」

「着けないわよ! あんなん着けたら精神的に死ぬわ」


 両親の遺品は処分しなかった。というかできなかった。初美がそれを泣いて拒んだからだ。初美は実家と疎遠になったとはいえ、それは自分の夢を追い求めるための苦渋の選択であり、決して両親を嫌っていなかった。ただお互いに売り言葉に買い言葉のような関係になってしまい、なかなか譲歩できなかっただけなのだ。ただ下着まで残しているとは思わなかったが……


「それにまだ諦めてないし」


 まだ諦めていなかったらしい。どう見積もっても初美が母さんと同レベルまで辿り着くには四段階ほど乗り越える必要があると思うんだが、それを口に出すと俺が集中攻撃を受けそうなのでやめておく。はっきり言って口で初美に勝てる気がしない。


「ハツミさん、お姫様みたいです!」

「そ、そう? アタシもなかなかイケるってことかな」

「はい! お姫様みたいに綺麗なスカートです!」

「あ、スカートの方……」


 キラキラした目で素直にスカートを褒めるシェリー。さすがにシェリーに悪気など欠片程も存在するはずもなく、それが理解できている初美は大きく肩を落としていた。若草色の麻のような素材感のスカートで、物心ついた頃母さんが穿いていた記憶がある。母さんは派手な服こそ着なかったが、購入する服は素材も仕立ても良いものばかりだった。


「まだ母さんの服あるけどアタシ着ないし……そうだ、後で仕立て直ししてあげるね」

「いいんですか? お母さまの大事な服じゃ……」

「いいのいいの、処分するくらいならシェリーちゃんの服に仕立て直した方が服のためでもあるから。こんないい生地の服を処分しちゃうなんてもったいないからね」

「はい! ありがとうございます!」


 やはりいい生地の服というものは世界が違えども女子の興味を引くのだろう。初美のスカートの裾を触って手触りを楽しんでいる姿は年頃の女の子の姿だ。


「外に出ても大丈夫だよね?」

「これだけ晴れてれば警戒するだろ。俺は畑に行くけど、お前はどうするんだ?」

「とりあえず洗濯。あと掃除もしておくから。燃えるゴミはどうしよっか?」

「生ゴミは堆肥にするから裏にでも出しておいてくれ」

「了解、シェリーちゃんはどうするの?」

「私はいつもの見回りです。さっき見かけましたから」

「マジ? じゃあお願いね」


 シェリーの我が家での仕事は順調のようだ。その恩恵を主に受けているのは初美だが。茶々と一緒に見回りしているが、茶々も楽しそうなので問題ないと思う。茶々にしてみれば自分の娘のように考えているのかもしれない。大事な娘が危ない目に遭わないように付き従う母親の気持ちなんだろう。


「念のために忌避剤撒いとけよ」

「うん、わかったよ」

「ワンワン!」


 田舎育ちで猪の怖さを知っている初美は素直に頷く。茶々はこれが気に入らないらしいが、効果はあるので我慢してもらうしかない。猪の天敵である狼の匂い成分を使っているらしく、日本では既に狼が絶滅しているにもかかわらず効果がある。どうやら遺伝子レベルで本能に刻まれた恐怖を呼び起こすという説明があったが、茶々にしてみれば自分の縄張りに他のイヌ科の動物の匂いがするのが気に入らないらしい。一度畑に使った時、その後でしきりにマーキングを繰り返していたので、自分の匂いを付け直していたんだろう。

 

 念のために家の周りを確認してみたが、それらしい足跡は見つからなかった。雨のせいで消えたのかとも考えたが、雨のかからない辺りに置いてあった芋類は荒らされていなかったのでここには来なかったんだろう。芋は猪の大好物で、芋を優先的に狙うという実験結果もあるので、そこを狙われなかったということは安心していいだろう。


 問題は畑のほうだが、あれから毎日見回ったが荒らされた様子はなかった。足跡が増えていることもなく、忌避剤のおかげでこの近辺から逃げ出してくれたのならいいが、それが集落の畑に向かわせたとしたら厄介でもある。


 ただし、うちの畑から集落の農家の畑の間には松林が多く、手入れもされているので大型の野生動物はあまり見受けられない。反してうちの畑の周囲は雑木林がほとんどで、野生動物の好む草や木の実、昆虫などの小動物が豊富である。特に夏に向けてのこの時期はそれらが多くなるので、態々危険を冒してまで出てくることはないだろう。


 天気予報では晴れ間は夕方までで、早いところでは午後三時過ぎくらいから降り出すところもあるらしい。農家にとっては大事な梅雨の晴れ間、時間を無駄にすることはできない。一旦は猪のことは頭の片隅に押しやって、畑とハウスの方に集中しよう。 

読んでいただいてありがとうございます。

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