表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
上京する婚約者たち
399/400

9、夜

 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。確か大学に進学して、初めて彼女が出来た時からじゃないかと思う。色々な妄想が頭の中を駈け廻り、記憶にはっきりと残っていることがほとんどない。そのくらい緊張していたが、きっと今はそれ以上じゃないかと思えてしまう。


 初美の手伝いを終えて宿へと向かったが、その宿は都心の超一流ホテルだった。初美がかなり奮発してくれたようで、最上階とまではいかなかったが、それでも東京の街を一望出来る展望は圧巻だった。外に出るのは憚られたので、夕食はルームサービスで済ませたが、シェリーとフラム、特にフラムの食べる量が少ないのが気になった。


 もちろん部屋は三人同室、これもまた初美が余計な気を使ったのだろう。その思惑が透けて見えるのが少し腹立たしいが、こうでもなければこんな高級ホテルに宿泊することなんて一生無いだろうと割り切った。それはいい、そこまではいい。問題はここから先だ。


 お互いに想いを通じ合わせる男女が同室で夜を明かすということが何を意味するのか、鈍い俺でもわかること。シェリーも何となく理解しているだろうし、ネット民になりつつあるフラムはもっとはっきりと理解しているだろう。


 二人の想いを受け止めることに抵抗はない。むしろあまりにも直球な想いにこちらの心が洗われる。相手を如何に自分よりも下の立場にさせるかの駆け引きのような、腹の探り合いをすることなく気持ちをまっすぐに伝えてくる二の存在は、現代社会ではほぼほぼ稀有なものだろう。


 そんな二人の想いを、まさに言葉通り身体で受け止める。お互いの愛を確かめ合う行為に至るのは必然。必然ではあるのだが、こんなにも緊張するものだったのか。


 先にシャワーを浴び、慣れないバスローブに身を包んで、都心の夜景を漠然と眺める。今はシェリーとフラムが一緒にシャワーを浴びている。いよいよその時が近づきつつあるが、それに伴い緊張もまた限界値を超えそうな勢いだ。うっかり酒に手が伸びそうになったが、それだけは止めておいた。二人の真剣な想いを受け止めるのに酒の力を借りるような情けない男にはなりたくなかった。


「……少し遅いな」


 二人がバスルームに向かってから小一時間経つ。女性には下準備が必要だとはよく言われているが、それにしては時間がかかりすぎる。かといって催促するのも、いかにも身体目当てのように思われてしまうかもしれない。手持無沙汰に室内をうろうろしていると、突然バスルームの扉が勢いよく開け放たれた。


「ソウイチさん! 大変です! フラムが!」


 俺と同じ白いバスローブに身を包んだシェリーが、ぐったりとしているフラムを抱きかかえて飛び出してきた。




**********



「いよいよなのね……」

「……」


 ソウイチさんと入れ替わるように、湯浴みをするためにフラムと一緒に浴室に向かう。いつもは動じないフラムだけど、今は緊張しているのかしら、夕食も少ししか食べなかったし、今もほぼほぼ無口でいる。ううん、緊張するなというほうが無理よね、だって私もとても緊張してるんだから。


 これから私たちはソウイチさんに全てをさらけ出す。お互いの愛情を確かめ合う。ソウイチさんの呪いを解くために、裸で一緒に寝たこともあったけど、あの時はソウイチさんを助けたい一心だったから緊張を感じてる余裕がなかった。でも今は違う、早まる胸の鼓動が苦しいけど、それ以上にソウイチさんと気持ちを確かめ合うことが出来る喜びが大きい。


 軽く汗を流して身だしなみを整えて、置いてあった白い部屋着を羽織る。下着は……どのみちこれから外すことになるんだし、このままでいいわよね?


「……どうしたの、フラム?」

「……なんでも……ない……」

「ちょっと! どうしたの! しっかりして!」


 隣で同じように部屋着に袖を通しているフラムの様子がおかしい。どこか目がうつろで、足元もおぼつかない。部屋着に袖を通すだけなのに、それすらも手間取ってる。いつものフラムならソウイチさんと愛を確かめ合うことに嬉々としているはずなのに、緊張しているという言葉だけでは表せないくらいに様子がおかしい。


 声をかけると、弱弱しい返事とともに私にもたれかかってきた。色白の肌は色が抜けたように白くて、どう見ても普通じゃない。呼びかけても譫言のように何かを呟くだけで、立っていることさえできないみたいだった。


 どうしよう、どうしたらいいの? いつもしっかり者のイメージの強いフラムのこんな状態に、どうしたらいいのかわからなくなってくる。治癒魔法を使おうとしたけど、フラムから魔法は使うなって言われているし、他に何か方法があるの? わからないけど、とりあえずソウイチさんのところに連れていかなくちゃ! 浴室の扉を蹴り開けて、フラムを抱きかかえて出れば、部屋をうろついてるソウイチさんがいた。


「ソウイチさん! 大変です! フラムが!」


 フラムの異常を目にしたソウイチさんは、私からフラムを受け取ると優しくベッドに横たわらせた。



**********



「ソウイチ……大丈夫だから……」

「そんな訳ないだろ、この状態じゃ」

「大丈夫……少し魔力の消耗が激しかっただけ……だから……」

「ダメだ、こんな弱った状態の女を抱けるか。商売女ならともかく、大事な婚約者なんだぞ」

「じゃあシェリーだけでも……」

「何言ってるの、二人で一緒って約束したじゃない」

「……わかった。ソウイチ、もっと手を繋いでいてほしい」

「わかった、無理だけは絶対にするなよ」


 ベッドでしばらく身体を休めたフラムは、何とか会話できるくらいまで回復した。彼女曰く、東京には彼女が吸収できるような魔力、というか土地の持つ力が極端に少ないらしく、今の身体を維持させつづけることが困難になりつつあるそうだ。ならシェリーはどうなんだと聞けば、シェリーは草木や風などの自然物に僅かに宿る精霊の力を無意識に分けてもらっているので、そこまで消耗は激しくないらしい。とはいえ長時間になれば危険らしいが。


 とりあえずの対処法として、俺の手を通して、以前に呪いを解くために摂取したドラゴンの血に由来する魔力を吸収してもらっている。流石ドラゴンというべきか、あの時は希釈した血液だったが、その残留分でも十分すぎる魔力があるらしい。さらにそれだけではなく、ドラゴン由来の魔力に呼応して、自然と俺の身体に魔力が蓄積されているそうだ。


「ソウイチ……ごめんなさい。好きな男の求めに応じられないのは妻として失格」

「何を言ってる、好きな女は大事にしたいと思うのは当然だろ。今はとにかく自分の身体のことを最優先で考えろ。そういうことはいつでもできる、今じゃなきゃいけない道理はない」

「場を設けてくれたハツミさんには申し訳ありませんけどね」


 次第に元気を取り戻してくるフラムだが、決して無理はさせられない。やがて起き上がれるくらいに回復したフラムは、窓から見える東京の夜景を見て感慨深く言葉を漏らす。


「この街はとても綺麗、でもそれは作り上げられた美しさ。世界そのものに満ちる力を拒絶した冷たい美しさ。たぶん私たちとは相容れないもの」

「そうですね、魔力を使うという考え方がほとんど存在しないのであれば仕方ないのかもしれませんけど……私はいつもの場所のほうがいいです」

「うん、チャチャやクマコと一緒にいるほうがいい。偶に遊びにくるくらいはいいかもしれないけど」

「でもそのためには準備しておかないとまた同じことになっちゃうわ」

「大丈夫、こうしてソウイチと一緒にいれば回復できるから」

「あー、ずるい、私も」


 ベッド横に腰かける俺の右隣に座ったフラムが、バスローブをわざとはだけさせて右腕に身体を密着させると、それを見たシェリーもまた同じように左側から密着してくる。いつもよりも大胆な二人に少々驚くが、お互いに想いが通じ合っているのならばこのくらいはいいだろう。


 何もこんな場所に来て二人と結ばれる必要性なんてない。俺はいつもの、普段通りのシェリーとフラムが好きなのだから。そんな二人だからこそ、多少の倫理観など捻じ曲げてでも、その想いを受け止めようと思ったのだから。


 それから三人で体を寄せ合って、色々なことを話した。二人の冒険者時代の話やそれ以前の話、俺の昔の話など、今まで面と向かって話したことがない話をした。時間の経つのも忘れ、お互いのことを知ろうと、知ってもらおうと話に夢中になり、いつしか三人ともそのまま眠ってしまった。


 朝になり、フラムが大きなチャンスを逃したと悔しがっていたが、正直俺はそこまで深く考えていなかった。やはりお互いをさらけ出すのであれば、慣れた環境でのほうがいいに決まっているし、その機会は決して遠くないうちに来ると確信していたから。

読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ